ノートンは、試合待機の場所に着くと違和感を覚えた。
今日の編成は確かルカと一緒だったはずだ。
それなのに、ルカが座るはずの席には機械技師のレズニックが座っている。
「ルカは?」
「さぁ?熱があるから変わってくれって言われたよ。風邪でも引いたんじゃない?」
しれっと答えるレズニックに「ふぅん」とだけ言葉を返すと、ノートンは自分の席に腰かけた。


 試合の後、ノートンはエミリーから預かった物を手にルカの部屋の前に立っていた。
三度ノックしても中から返事はない。ノートンは気にすることなく、ドアノブに手をかけた。
「ルカ、大丈夫?リンゴ持ってきたけど食べられそう?」
話しかけるも言葉はない。代わりにベッドの中から咳き込む音が返ってきた。
そろりと近づくと、ルカが額に汗を滲ませながら薄ら目を開けてノートンの方を見つめていた。
「大丈夫じゃなさそうだね、少し起き上がれそう?」
ルカは黙ったまま頷くと、のそのそと上半身を起き上がらせる。ノートンはそれを横目で確認しながら、リンゴと一緒に持ってきた濡れタオルを絞ると、タオルを手にルカに近づいた。
「ちょっと寝間着、脱がせるよ」
一言断りを入れて、前のボタンを開ける。そして汗でじめついた身体をタオルで優しく拭い始めた。
「…ふふ」
擽ったいのか、普段より元気のない声でルカが笑う。
「何さ」
笑い方が気に食わなかったのか、ノートンが身体を拭う手を止めてルカの顔を見る。
目が合うと咳を抑えながら揶揄うように言った。
「セックスの時以外で君に身体を触られたことなんて、ないから可笑しくてね。汗をかけば早く治るよ。とか言って襲ってきそうだし」
「仮にも恋人にそういうこと言う? 病人にそんなことするわけないよ」
身体を拭き終え、寝間着のボタンをかけなおしたノートンの顔は不服気で、ルカはそんなノートンの頬をぎゅむと掴んだ。無理やり目を合わせると、眉を下げながら謝罪の言葉を口にする。
「仮にも、じゃなくて恋人だろ。機嫌損ねること言って悪かったよ」
顔を近づけ、ノートンとキスしようとするルカの口の前にノートンが手を挟み、キスを拒んだ。
「んがすふんだ」
唇ではなく、手のひらとキスすることになったルカは不満そうな声をあげるが、ノートンはため息を吐いて「病人とはキスもしない」と言い切った。
「ちぇ」
「ちぇっ、じゃない。そんなに元気ならリンゴ食べれそうだね?剥こうか」
「頼もうかな」
ノートンの手が離れると、ルカはもぞもぞと布団の中へ。ノートンに気を遣ってか、反対側へ顔を向け咳き込むルカの姿を見て、
「無理して元気に振舞わなくていいから」
と小さく呟いた。聞こえたかどうかは分からない。やがて落ち着いたのか咳き込む音は一度止まり、二人の間にはノートンがリンゴの皮を剥く音だけが聞こえるようになった。

「はい、剥けたよ。食べれそう?」
少ししてノートンが声をかけると、布団の中でルカが動きだし、先ほどと同じように身体を起き上がらせた。
「あ」
わざとらしく口を開けるルカ。
「食べさせろって?」
ノートンの言葉に、口を開けたまま頷いた。
「仕方ないなぁ」
食べやすい様にと一口サイズに切ったリンゴにフォークを突き立てると、ノートンはそれをルカの口に近づけた。リンゴが口の中に入ると、ルカは口を閉じ、咀嚼を始める。何もなくなったフォークを手に持ちながら
「食べれそう?」
とノートンは問いかける。ルカはそれには答えずに、口の中を空にすると
「あー」
とまた口を大きくノートンの前で開けた。
「はいはい」
風邪をひいているのだ。今日くらいの我が儘は許してやろう。
日頃の自分の態度は棚にあげて、ノートンは恋人の口の中へリンゴを運んだ。


 次の日、朝食をとるためにノートンが食堂へ足を踏み入れると、聞こえたのは元気そうなルカの声。
「ノートンくん!」
テーブルについていた彼は既に朝食を食べ終えたようだ。空の食器がテーブルの上に並んでいる。ルカの傍に近づいてノートンは言った。
「もう体調は平気なの?」
「あぁ、熱は下がったし、食事も普段と変わらずだ。主には病み上がりだからと今日一日試合を免除してもらったが」
「そう」
じぃっと椅子に座るルカを立ったまま見つめるノートンに、ルカは「どうかしたか?」と首を傾げる。ノートンは何も答えずに、ルカの手首を掴むと無理やり立ち上がらせて、周りに他の人がいることも気にせず唇にキスを送る。
「んっ!?」
手首を掴んでいない手はルカの後頭部に回すと、ちゅっ、ちゅっとリップ音をたてながら何度も角度を変えていく。
「…っぁ」
漸く離された頃にはルカの息は上がっていて、いきなり何をするんだとノートンを睨み付ける。
「そんな物欲しそうな目で睨まれても怖くないよ。今日、僕も休みなんだ。昨日のお礼してほしいな」
そう言って、ルカの耳たぶに舌を這わせるノートンに、誰かが缶を投げつけた。

「ここじゃなくて部屋でやれ!」


▼初出:20211101Twitter