ケーキバースな探囚 続
*ケーキバースな探囚の続き
▽▼▽
「バルサーさんはフォーク、そしてキャンベルさんはケーキってことでしょうね。」
ばっさり。
エミリーの言葉にノートンとルカ、そして二人の付き添いで医務室に来たアンドルーとナワーブの四人は皆目を丸くさせた。
「いつもの『バグです』って言ってくれないの!?」
「バグじゃないから仕方がないわ」
診断書を書架に納めるエミリーの対応は変わることがない。
ナワーブは目線だけ横にいるノートンの方を向けた。
(まさかこいつがケーキだったとはね)
まだフォークだと言われた方が納得したかもしれない。
この世界の人間は男女の性差以外に『ケーキ』『フォーク』『一般人』の三種に分類される。大多数の人間は『一般』であり、日常生活に影響はない。
問題は『ケーキ』と『フォーク』に当てはまる人間だ。
ケーキとは、先天的に生まれるフォークにとって美味しい人間の事。
彼らは自分で自らをケーキだと自覚することはなく、フォークに出会って初めて自分がケーキだと知る。
フォークとは、ケーキを美味しいと感じる人間の事。
ケーキ以外のモノを口にしても味覚を感じないのが特徴で、彼らにとってケーキは極上の御馳走に該当する。
時折フォークによるケーキ食人事件が起こるため世間一般的にフォークは「犯罪予備軍」として扱われることが多い。
「バルサーさんから味覚がないって話を聞いた時点で疑うべきだったわ」
「私はこれからどうしたらいいのかな?」
アンドルーに両腕を後ろ手に握られながら、ルカが間延びした口調で尋ねる。
エミリーはノートンをじっと見て、ルカの方へ向き直った。
「特に薬もないし、キャンベルさん食べないようにして、としか」
「生憎私に食人趣味はないけれど」
「過去に同じことを言っていたフォークが殺人を行っているわ」
呆れるルカとは裏腹にエミリーの表情は固い。
ルカ・バルサーは元来三大欲求よりも探究心が勝る人間だ。
しかし、本人の意識、理性では抑しているつもりでも、飢餓状態に陥った時ヒトは野生に戻る。
ルカ・バルサーがこれからどう転ぶか誰も分かりはしないのだ。
「エミリー先生の話だとまるで僕が無抵抗にやられるみたいじゃないか」
それまで黙っていたノートンが話に入り、むすっと口を尖らせた。
その態度にエミリーは深いため息をつく。
「誰もそこまで言ってないでしょ。気をつけてねって話よ。お互い」
質問はこれ以上受け付けたくないようで、彼女は「じゃあ私そろそろ試合があるから」と医務室を出ていってしまった。
家主の居ない部屋に何時までいても仕方がなく、4人も部屋を後にする。
食堂へ戻ろうとするナワーブとノートンにルカがついていこうとすると、その首根っこをアンドルーが捕まえた。
「っ、わ!」
「お前はこっち」
ずるずると引きずられていくルカの姿をしばらく眺めていたナワーブたちだったがアンドルーが廊下の角を曲がったのを確認すると、背を向けて歩き始めた。
「にしてもお前がケーキで良かったな」
アンドルーやルカの声が聞こえなくなった頃、ナワーブが茶化すように言った。
「他人事だと思って」
「実際他人事だしな。…もしかして役満だとか思ってんの?」
「…………」
「おい?」
途端に黙りこくったノートンへナワーブが数度声をかける。
「ちょっと思ってる」
「思ってたのか……」
「いやだって、僕がケーキってことはルカが意識してなくても、こっちを見てもらえるってことでしょ。
他の誰かにこの役とられなくてよかった」
ナワーブから見たノートンはいつも通り何を考えているか分からない顔。しかし声は若干上ずっていている。
「もし他の奴もケーキだって分かったら?」
統計的にはありえないことだが、この荘園ではありうる話だ、念のためにとナワーブが聞いてみる。
「うーん、そうだなぁ」
もったいぶって考えるふり。ちらっとナワーブに視線を向けた。
「ルカがそいつを食べる前に僕が殺してしまうかも」
一方、ルカは相変わらずアンドルーに引っ張られる形で廊下をずるずると歩いていた。
「どこまで行くんだ?」
「いいから!」
連れてこられたのは誰も居ない玄関ホール。
アンドルーは誰かが隠れていないことを確認してから真剣な表情でルカを見た。
「お前、…その、……フォークのことだが、いや、ここは僕のこと化け物と言わない奴等ばかりだし、その、分からないが」
「顔と言葉がちぐはぐだよ。なんだい?」
「言葉で説明するのは苦手なんだ!あー、だから、その、フォークってのはそれだけで人から疎まれたりする、んだ。だから……」
「気をつけろって?具体的にどうすることも出来ないでしょ」
「なんでそういう話になるんだ!だから、そう、…怪しまれたり、不審がられたりすることはやめろって言いたいんだ。あのキャンベルにもなるべく近づくなよ!今は何ともないかもしれないが、分からないだろう?」
真剣にルカを見つめていた目が次第に垂れ下がり困った顔へと変わる。
そんなアンドルーの姿に、ルカはがしがしと頭を掻いた。
「あー、そんな情けない顔しないでくれ。どうして君がそんなに私のことを心配してくれる?」
「…昔住んでた場所……で、…化け物だって言われていた僕よりも、彼らへの差別は酷かったから…だから「ありがとう」…は?」
「君は私を心配して言ってくれているんだろう?その気持ちだけで十分だ」
貰った優しさを返そうとルカは自分が出来る限りの笑みを返す。
アンドルーの垂れた眉が少しあがり、ほっとした顔になる。
「もし、私が…彼を食べようとしたら、その時は止めてくれるかい?」
「当たり前だろ」
次の日、朝食を摂るためアンドルーはいつものように食堂へ足を踏み入れた。
部屋に入った途端目に入ってきた光景に目を丸くさせる。
「ねぇ、早くー!」
「慣れないことさせてる自覚ある!?」
キッチンにキャンベルが立っており、カウンターでルカが料理の催促をしていた。
アンドルーは思わず、自分は昨日ちゃんとルカに注意したよな?と記憶を思い返す。
……夢を見ているわけでなければ確かに言った。
「……あの、あいつら、何してるんだ?」
近くにいたトレイシーに声をかけると彼女は「あぁ!」とはにかんだ。
「キャンベルたちのことでしょ。変だよね。ケーキとフォークなのに」
「え?」
「なんかルカが、ケーキが手に触れたものは目には見えないながらに、ケーキの皮膚片や組織片が付いてるはずだからフォークがそれを食べたら味を感じるはずだ〜〜って!今その仮説の検証中みたい。ルカらしいよね」
「え、いや、なんでルカたちのこと」
ルカがフォークだと知っているのはあの場にいたアンドルーを含めた5人だけのはずだ。
どこから話が漏れたのだろうとアンドルーはきょろきょろと周囲を見渡す。
「え?さっき2人がみんなに説明してたよ。今のところ何もないけど、様子がおかしかったらよろしく。って」
「はぁっ!?何考えてるんだあいつら」
「おっかしいよねー。でも、まぁここにいる人間なんて限られてるし、目がいくつもあった方がもし異変があった時気づきやすくなるからいいんじゃない?今はあんな感じで…」
ちらりと横目でトレイシーがキッチンへ視線を向けた。釣られてアンドルーも向くと、ノートンとルカは未だ小競り合いを続けている。
「仲良くしてるし?もしルカがフォークだって理由で疎む人がいるなら私がこいつで殴ってやるしさ!」
こいつと言いながら何処からか取り出されたスパナに乾いた笑いが漏れる。
「クレスさんもルカが心配だったんでしょ?そんな顔してる。多分大丈夫だよ」
ほら、さっさと朝ご飯食べなよ!とトレイシーはその細腕からは想像しにくいほどの力でアンドルーの背中をはたくと、自分はこれから試合だからと食堂を出ていった。
「ねぇ、まだー?」
「あぁもう煩いな!出来たよ!」
ドンとルカの前に出されたのはサンドイッチ。ノートンが手で作業することが多くなるような調理は何かと二人で考えてのことだった。
料理をする前、エミリーに散々言われたのでしっかり手洗いはしているが人間生きていれば手を洗っても手汗などは出てくるし垢も出る。
ルカの仮定を検証するには十分だろう。
渡されたサンドイッチを一切れ、手に取って恐る恐る口に運ぶ。
これまではこんなものを食べても布を噛んでいる感触しかなかった、が……
一口齧って、咀嚼。ルカの様子をノートンも見守った。
「……うっすらだけど、味がする!」
「それはよかった」
「パンじゃなくてなんか甘い味だけど何もしないよりかはずっといい」
余程味がすることが嬉しいのか、ルカはもぐもぐと口の中へサンドイッチを入れていく。
ルカがフォークであるというカミングアウト以前に、ルカに味覚がなくそれ故に食が進まないことを知っていたサバイバーたちは、ルカの食べっぷりに良かったね等とそれぞれ声をかけて行く。
ぺろりと平らげたルカは満足そうに手を合わせた。
「ご馳走様」
「お粗末様でした。……それで、ルカ。約束は覚えてるよね?」
サンドイッチを作ったノートンが、小声でルカに確認を取る。
ノートンの言葉にルカは「二言はないよ」と頷いた。
「それにしても、君って物好きな男だね」
唇の端についたソースを舐めとりながら、ルカは鼻で笑った。
初出:20201012Twitter