*クリスマスプレゼント交換企画に参加させていただいた時に書いたもの。
*衣装毎人格ではなく、衣装は衣装として存在する荘園の話。

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 その日の試合のスケジュールも、夕食も終わった時間帯。ノートンは人もまばらなキッチンに立っていた。鍋に牛乳と蜂蜜を入れて、火にかける。弱火でコトコト。蜂蜜が溶けたかと思ったタイミングで火を止めてマグカップに注ぐ。
「ノートン!何してんの!」
二つ目のマグカップに出来上がったばかりのホットミルクを注いでいると、マイクが声をかけてきた。ノートンはミルクを注ぐ手を止めて、マイクの方へ顔を向けた。
「ホットミルク作ってた」
「いいなぁ!僕の分も作ってよ!」
マイクはぴょこぴょこと跳ねるように近づくと、駄々をこねる。
「嫌だよ。牛乳ならまだあるから自分で作りな」
「マグカップ二つ分も作ってるじゃん!一個は僕の分じゃないの?」
「違うってば、これはルカの分」
ノートンの言葉を聞いたマイクは、動くのをやめ途端にニヤニヤと揶揄うように笑い始めた。
「何」
その笑い方を不快に思ったノートンがじろりと睨むも、マイクにはどこ吹く風。
「いや、随分と仲がいいんだなって」
「そうだよ、知らなかった?」
含んだ言い方をするマイクに、ノートンは負けじと言葉を返すとそのままマグカップをもってマイクの横を通り過ぎた。



「今日はきっと星が良く見える」
たまたま一緒になった試合の後だったか前だったか、そうルカが言っていた。
そんなことを言った日の晩、ルカがどんな行動を取るかなんてノートンにはお見通しで。
「やっぱりここにいた」
ノートンが向かったのは荘園の館の屋根上。ノートンの探し人は望遠鏡を持って、空を眺めていた。
「…ノートン」
どうしたんだ?と笑うルカの口から漏れる息は真っ白で、ノートンはルカの格好を見る。ルカの格好は通常衣装のままだ。
「誰かさんが薄着で外に出てないかと思って」
嫌味たっぷりに言葉を返すと同時に赤いものを投げつけた。
「うわ、何……これ君の衣装じゃないか」
ルカに投げつけられたのは“ロナード”のジャケットで、ノートンはそれでも羽織ってろと言うとルカの横に座り込んだ。ノートンは寒くないのかとルカが彼の方を見ると、彼は“モグラ”のジャケットを上から羽織っていた。ロナードのジャケットはルカのために持ってきてくれたのだ。
「君は気が利くなぁ……」
遠慮なくルカがロナードのジャケットを羽織る。ルカがジャケットを着たことを確認した後ノートンは持ってきたマグカップの片方をルカに手渡した。
「ホットミルク、飲むでしょ」
「本当にどうした?至れり尽くせりじゃないか」
受け取ったマグカップを両手で持ち、かじかんだ指を温める。仄かに香る甘い匂いがルカの心を和ませた。
「たまにはいいでしょ。…で、星は見えるの?」
「あぁ!今日はやはりよく見える。望遠鏡を借りてきてよかった。…君も使ってみるかい?」
「そうしようかな」
ルカから望遠鏡を借りて、その小さな窓を覗き込む。黒の中に無数の小さな星々が広がっていた。ノートンにはどれがどの星かは分からない。ただ、手を届けば届きそうな輝きに目を奪われた。
「すごいね。ほんとに綺麗だ……、って何してるの」
望遠鏡から目を離し、ルカの方を向く。すると、彼がロナードの仮面を顔につけている最中だった。
「いや、ジャケットのポケットに入ってたからせっかくだし付けてみようかと…」
「何それ」
「うーん、でもやはり私にこういうのは似合わないな。君が付けてるのが一番良い」
ルカはつけていた仮面を外すとそのままノートンへ投げてよこした。
「つけてみてよ」
ロナードのジャケットを着たルカがそう言って笑う。
「このジャケットに合わないんだけど」
ノートンは不服気にそう言い返すも、恋人からのお強請りであれば断る理由もなく、「少しの間だけだからね」と前置きしたうえで仮面をつけた。
「満足?」
「ん、やはり君のための衣装は君が身に着けているのが一番良い。まぁこのジャケットは今私が寒いから遠慮なく借りているが」
「満足いただけたなら、」
ノートンがそう言って仮面を外そうとすると、その手をルカが止めた。
「せっかく仮面をつけてるんだ。そうだなぁ、普段言えない気障な言葉の一つや二つ言ってみてくれないか?ロナードの十八番だろ」
「なんなのそれ……」
「別に本心を言えとは言ってないさ。少しかっこつけた君が見たいだけだよ。あ、セリフはゆっくり考えてくれて構わない。その間に私はもう一度星を見てるから」
ルカはそう言いながら持っていたマグカップを落ちないような場所に置いた。そして、ノートンが脇に置いていた望遠鏡に手を伸ばす。
あと数センチで望遠鏡に手が届く。といったところで、ルカの手首をノートンが掴んだ。
「え?」
ノートンは無言のままルカの腕を引っ張って、無理やり自分と目が合うように距離を詰める。突然の事にルカは右目を大きく見開いた。
「のーと、」
「嗚呼、うん」
ルカの腕を掴んでいる手とは逆の手がルカの左頬に触れる。ノートンが覗き込んでいるのはルカの歪な左目。
「やっぱり、これだけ近づいても、君の左目に僕は映らないのか。右目は僕でいっぱいになってるのに」
右目、と言いながらノートンの視線はルカの右目…水晶体へ移動する。ルカの右目は仮面をつけたノートンの姿を映していた。そのことに満足そうに一度微笑んだ後、ノートンはすぐ視線を左目に戻す。事故の影響かほとんど何も映さなくなった黒い球体の上にノートンは軽いキスを落とした。
「んっ、」
「君の左目は僕の知らない物を映してるかもしれない。本当は僕なんか見てなくて星に夢中かもしれない。そんなこと考えて嫉妬で狂わないように、両目とも僕でいっぱいにしてやれたらよかったのに」
「のぅと、ん」
矢継ぎ早に紡がれる言葉に、いつも目まぐるしく駆けまわるルカの脳は思考を停止させた。僕なんか見てない?そんなことあるものか。思考を停止させるほど、ノートンの存在はルカにとって大きなものになりつつあるのに。
「それ、本心じゃないよな…?」
確認するように、少し臆病に、ルカが聞く。
「さぁ、どうだろうね」
仮面を外しながらノートンは寂し気に笑うと、ルカがいる方とは反対側に置いていた自分のマグカップに口を付けた。
「君の本心はどうあれ」
ルカはノートンの手からマグカップを取ると、自分のマグカップの横に置きなおす。
「今、私には君しか見えてないとだけ伝えておこうか」
「こんなに君の興味をそそるものが上にはあるのに?」
「上ばかり見たってつまらないだろう?」
軽口を言い合いながらどちらからともなく、二人の間の空間は縮まっていく。ついには距離がゼロになり、二人は互いの熱を求め唇を交わす。

マグカップからはもう湯気が立たなくなっていた。


*初出:20201223Twitter