後悔してももう遅い(探囚)
*フォロワーさんに誕生日プレゼントとして書いたもの
*「甘々なロナ囚」とリクエスト頂いて書きましたが甘々かどうかは読者に委ねます。
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この日のルカは朝から夕方まで休みなしで試合の予定が入っていて、その日最後の試合を終えた時はもう体力の限界だった。
重い身体を引きずり、廊下を歩く。ちらりと壁にかかった時計を見れば夕食にはまだ早い。
今日は早めにシャワーを浴びて休んでしまおう。
そんな考えが頭をよぎる。
漸く辿り着いた部屋の扉を開けると、「お疲れ様」と聞こえるはずのない声。
驚いて顔をあげれば、恋人のノートンがルカの帰りを待っていた。
ノートンがルカの部屋を訪れることは稀で、あってもその時はルカと身体を重ねるのが主目的だ。きっと今日もそうなのだろう。
正直、今のルカはそんな気分ではない。なし崩しに抱かれる前にさっさと帰ってもらおうと、改めてノートンを見るといつもと違う服を纏っていることに気が付いた。
「…どうしたの…その衣装」
「ん?あぁ、これ?ロナードの衣装。さっきデミさんたちに衣装揃えて試合に行こうって誘われてそのままなんだ」
「なるほどな」
ルカもそうだが、ノートンも衣装に関してこだわりが薄く、着替えて試合に行くことは滅多にない。しかし、誰かとお揃いの衣装と聞けば納得がいく。ルカもパトリシアやホセに誘われて、何度か揃いの衣装で試合に挑んだことがある。
「あ、シャワー浴びるよね」
「え、…あぁ。そうだな」
「じゃあ入ってきなよ」
ぐいぐいと背中を押され、ルカが帰ってほしいと言う前に脱衣所へ押し込まれた。
試合でついた汚れを洗い流すためシャワーを浴びたかったのは事実だが、これではまるで抱かれるために入ったみたいでルカはむむ‥と眉間に皺を寄せる。
ここでいくらごねても仕方がない。
ルカはそう割り切っていそいそとシャワーを浴びた。
体がすっきりすると重かった心も少しは楽になった。しかし抱かれる気はない。
どうやってノートンを追い出そうかと考えながら脱衣所から出ると、心地よい香りがルカの鼻孔を擽った。
「あ、ちょうど紅茶淹れたけど飲む?」
ノートンの言葉に思わず首を縦に振る。「わかった」とノートンは微笑んでお茶の用意をしていく。ただカップにお茶を注いでいるだけなのに、衣装のせいか普段よりノートンがかしこまって見えて、なんだか目が離せない。
「ほら、椅子に座りなよ」
すぐさま彼を追い出すつもりだったのに、言われるがままに椅子に腰かけた。
「はい、どうぞ」
ルカが落ち着いたと同時に紅茶で満ちたカップが机に置かれる。
「気に入ってくれたらいいんだけど」
なんて頬を掻きながら呟くノートンの目の前でカップに口づけた。
「…美味しい」
「よかった」
ふわり、といつもなら見せることのない微笑みを向けられ、ルカはカップを口につけたまま顔を反らす。
衣装が違うだけのはずなのに、別人のようで戸惑ってしまう。
「朝も昼もそんな食べずに試合してたよね。小腹空いてない?」
「……少し」
「そういうと思って…」
机に置かれたのはマドレーヌ。どうしたのかと聞けば「ウィラさんたちと一緒に作った」と言う。器用なことをするもんだ、とキッチンに立つことなんてほとんどないルカは素直に舌を巻いた。
自分の分の紅茶も用意したノートンは、ルカの隣に腰かける。椅子を引いて座るだけの動作がどうしてこうも様になるのか。見ていても理由は分からない。
するとルカの視線に気づいたノートンがいたずらな笑みを浮かべた。
「そんなに見つめてどうしたの?」
「な、なんでもない!」
誤魔化すようにルカは机の上のマドレーヌを手に取り、口の中へ。……うん、美味しい。
お腹が空いていたことも相まって、口に入れたそれはすぐに胃の中におさまった。
そんなルカを見つめていたノートンは、ルカが2個目のマドレーヌに手を伸ばしたのを見ると漸く視線を外し、自分もマドレーヌを頬張り始めた。
「…それにしても」
机の上にあった紅茶もマドレーヌも既に2人のお腹の中。
試合の疲れと満足したお腹の心地に誘われて、船を漕ぎながらルカは呟いた。空いた食器を片付けていたノートンはルカの方を向く。
「ん?」
「なんだか、今日の君、変じゃないか?」
「変ってどういうこと?」
眠いならベッドに行きなよ、とノートンはルカを立たせてベッドへと誘う。
瞼が重たいルカは促されるままにゆっくりと進んでいく。
ルカがベッドに横になると、ノートンも一張羅に皺が付くのも気にせず、向き合うように横に並んだ。
そしてルカに腕を回すと、子をあやす親のように一定のリズムで背を叩いていく。
ルカの瞼は閉じたり辛うじて開いたりを繰り返している。
「寝ちゃいなよ。夕飯の時間には起こしてあげる」
予想に反するノートンの行動に、心の声がぽろりと漏れた。
「……君が私の部屋に来るときは、その…抱かれることが多かったから、今日もそうなんだと…思って、た」
「ふぅん」
こつんと額と額が合わさる。突然の事に、眠りに落ちかけていたルカの頭は少し冷め、ぱちくりと目を瞬かせた。ルカの視界はロナードの仮面の奥も映せる距離に。
仮面に隠された瞳はいつもの如く真っ暗で、やはりノートンはノートンだと一種の安心感を得る。再び目を閉じ眠ろうとするルカを、ぎゅっとノートンは先ほどより強い力で抱きしめると、耳元で囁いた。
「お望みならこのまま抱いてあげるけど、ルカはどうしたい?」
甘い吐息が耳から直接脳に届き、ルカは身体を震わせる。
いつの間にか居なくなっていた眠気に戻ってこいと願ってもそれが叶うことはない。