*フォロワーさんへの誕生日プレゼントとして書いたもの

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 試合が終わり、自室へ戻ろうとしたノートンを背後から引き留める人物がいた。
医師のエミリーである。彼女が言うには、最近ルカがくしゃみをしているのが目立つから様子を見てほしいのだという。
「なんで僕が?」
面倒くさいというオーラを全開にして断ろうとすれば、彼女からぴしゃりと言葉が返ってくる。
「貴方の恋人でしょう?」
「恋人だからって別に世話係じゃないよ」
「ルカさんが風邪をひいたら真っ先にかかりやすいのは一番接触率の高い貴方だし、そもそも荘園で誰か一人でも風邪をひいたらすぐ他の人にも広がって、最終的に全部の面倒を看なきゃいけないのは私なの。今は多分私が行くよりノートンさんの言うことの方がルカさんも聞くと思ってお願いしているんだけど」
「……あー」
そう言えば以前誰かが風邪をひいた時瞬く間に荘園中で広がり、大変なことになった記憶がある。あの時ノートンも元々咳き込みやすい喉が悪化して呼吸がしにくい状態になったので二日ほど試合を休ませてもらった。もう一度あの体験をしたいかと言われれば答えはノーだ。
「じゃあ、よろしくね」
ノートンの表情を見て、了承したと判断したらしい。エミリーはにこりと微笑むと何処かへ行ってしまった。
取り残されたノートンは深いため息を一回漏らすと、足の向きを自室からルカの部屋へと変えた。多分今の時間なら彼は部屋にいるだろう。





 コンコンコン
部屋のドアを三回叩く。…礼儀だからと、部屋を訪ねる度に叩いてはいるが返事が返ってきた試しはない。
「ルカ、入るよ」
 案の定施錠もされていないドアを開ければ、ふわっと香る石鹸の匂い。
風呂に入ったばかりなのだろうか。仄かな湿気と柔らかい匂いに、ノートンは素直に珍しいなと思った。ルカは研究さえ出来ればいいと言い張って、風呂は勿論食事のことも疎かになりがちだ。食事は最近試合で身体を動かすこともあってか食べるようになってきたが、風呂なんか誰かが浴場へ引っ張らない限り入らないと言っても過言でもない。本当に珍しいこともあるものだと思いながら、部屋中を見渡すとぽつぽつと床に残る水の跡。途端に嫌な予感が襲ってきて、慌ててルカ本人を探す。
 彼は室内に備え付けられたソファに座りながら本を読んでいた。寝間着の格好だったのでノートンの推察通り風呂に入った後ではあるらしい。
しかし、よく見ると髪の毛がびしょびしょのままだ。恐らく風呂に入り、寝間着に着替えたはいいが、そこで頭が研究の方にシフトしてしまい、髪の毛を乾かすことを忘れている。
「ルカ、髪の毛」
ノートンが声をかけるも聞こえていないようだ。そもそもノートンが入室していることにすら気づいていないかもしれない。ノートンは仕方ないなとため息を吐き、勝手に脱衣所にある棚から新しいタオルを取り出しルカに近づいた。
彼の背後に立つと、タオルを髪にかけわしゃわしゃと拭いていく。
「うわっ!?ノートン?」
「やっと気が付いた…。髪の毛びしょびしょだから乾かすよ」
ルカが驚いた様子で飛び上がりノートンの方へ顔を向けるが、ノートンはすぐさまルカの頬を掴み前を向くように顔の向きを無理やり変えた。
「……もしかして最近ちゃんと風呂入ってる?」
「入ってないのが前提みたいな聞き方だな」
読んでいた本を近くのテーブルに置き、ルカはノートンに身を預ける体勢に。
このままノートンに髪の毛を乾かしてもらう算段のようだ。
「実際、今までは入ってなかったでしょ」
「君が風邪ひくから風呂入って暖かくしろって言ったんだぞ?」
「は?」
手を止め、ノートンは数日前のことを思い出した。
確かにそんなことを何かの会話の流れで言ったような気がする。ノートンですら覚えていなかったような言葉の一片をルカが覚えていたことに驚いた。それと同時にルカの中に自分の存在が確かにあるのだと知り、耳が熱くなる。そして、
「髪の毛乾かさないから却って逆効果じゃないか」
と、ルカがこっちを向かないように先ほどより強い力で髪の毛をタオルで拭いていく。
「ちょっと!」
ルカの咎めるような声は聞こえない振りだ。
粗方髪の水滴がなくなったことを確認するとノートンはドライヤーを持ってきて、ルカの髪に熱を当てていく。
「熱すぎるとこない?」
「んーー、」
ゆらりゆらりとルカの頭が揺れる。柔らかな猫毛に手櫛を通しながら、ノートンは「眠いなら寝ちゃっていいよ」と声をかける。
ドライヤーの音が止まると、ルカが本格的にソファに横になった。
「……おやすみ」
乾かしたばかりの髪を手で梳かしながら、ノートンは小さく呟いた。
「あ、そうだ」
風邪をひかないように、ルカの身体にブランケットをかけると、ノートンもソファのすぐ近くで座り込み目を閉じた。


 次の日結局風邪気味になったのはノートンの方で、エミリーから小言を言われたのはルカの知る話ではない。

*初出:20201121Twitter