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小腹が空いた立香は食堂でなにか軽食でもとろうと廊下を歩いていた。ふと目に入ったのは壁にかかっている掲示板。多種多様な言伝が所狭しと掲示されている中でひときわ目を引く一枚の用紙がある。サーヴァント召喚スケジュールだ。
召喚の儀式によってサーヴァントはカルデアに呼ばれるのだが、時期によって呼ばれる可能性のあるサーヴァントは変化する。何故変化するのか、誰がその部分を設定しているのか、はたまたその原理などこれっぽっちも分かっていない立香はただ不定期的に更新される掲示板の召喚スケジュールを眺めるだけだ。召喚スケジュールと聞くと儀式を行えばすぐ特定のサーヴァントが来てくれるようだが実際はそんなこと滅多にない。これまでに何度貴重なあの七色に光る石を塵と化したことだろうか。想像するだけで痛む頭を抑えていると立香の傍を後輩が通りかかった。
「先輩、どうかしましたか?」
「あ、マシュ。いや、なんでもないよ、大丈夫」
「そうですか?もしどこか痛むのでしたら早めに医務室に行ってくださいね。ナイチンゲールさんがなんとかしてくれます」
「うん、わかった」
カルデアに居るときは医務室に在中している彼女に自分の悩みなど話したが最後そんなことを考えてしまう脳が悪いのだと切除されかねない。なるべく彼女の手を借りることがないように気をつけようと心に刻んだ。
「…あ、掲示板が更新されてますね」
立香の胸の内など知らないマシュが、立香の背後にある掲示板を見ていった。
「か、めんらいだー?聞いたことない名前ですね…いつの時代の英霊なのでしょうか」
「その人たちはね、偉人枠の英霊じゃなくてどちらかといえば私のような立場の者達のようだ」
マシュの疑問に答えながら現れたのはシャーロックホームズ。マシュと立香は急に現れた存在に驚きはしたものの相手が分かるとすぐに平常心に戻った。そしてマシュが再び尋ねた。
「ホームズさんと同様ということはどこかの世界線で実在した人物ということですか…?」
「あぁ。彼らは確かに存在した。生があった。しかしそれは歪曲された形で現代に伝わっている。そしてそんな存在の彼らの総称を誰かは言った。……仮面ライダーと」
「その仮面ライダーとは新しいクラスなのでしょうか?」
「いや、どちらかというと、探偵、作家、音楽家、そんな括りだ。クラスは異なるが属性が同じと言った方がいいかな。まぁ物は試しだ。ミスター立香」
「えっ、は、はい」
マシュとホームズの話をぼんやり聞きながら、これから食べる予定の軽食のことを考えていた立香は急に話を振られ、とまどった。
「先ほど、ダヴィンチ女史からこれを預かった。君に渡すように、と」
差し出された手の中には貴重な石が三つ。以前、石を無駄遣いしたこともあり、現在立香は石の管理をダヴィンチに託していた。その彼女がこれを渡してきたということは考えられることはただ一つ。
「召喚の儀式をやってみるといい」
立香はホームズから石を受け取ると空腹も忘れどたばたと召喚室へと駆けて行った。あまりの速さにマシュも慌てて追いかける。
「ま、まってください!先輩、私も行きます!」
嵐のようにいなくなった二人の背中を見つめ、ホームズは呟いた。
「君に幸運があるといいけれど」
暫く使われていなかった部屋は、扉を開けると澱んだ空気で満ちていた。
このままでは来てくれる者も来てくれない、そう考えた立香は急いで部屋の換気をし、埃だらけの床を軽く箒で払った。本当に来るかどうかなんてわからないが、実際来てもらったときに部屋が汚いとそれだけで還ってしまうかもしれない。そんな不安もあった。
「これからはちゃんとここの部屋も掃除しなくちゃ…」
「そうですね、先輩。召喚するたびに掃除をしていては大変です。毎日こつこつ綺麗な状態を保つようにしましょう」
あらかた綺麗になった部屋を見渡すと中央の床には大きく描かれた召喚陣。この陣の中央に石を置くと召喚が始まる。
「…い、いくよ」
「はい、先輩」
久しぶりの召喚儀式に二人はドギマギしながらも、先ほどホームズから渡された石を陣の中央へ置く。その後陣の外側へ出て、召喚が始まるのを待った。
何分経っただろうかもしくは数十秒だったかもしれないが、時計のない部屋でただ待つというのは大変時間が長く感じられた。緊張を和らげようと立香が口を開いたとき、突如召喚陣に置かれた石を中心として白くまばゆい光が旋回し始めた。けたたましい音と共にセイントグラフが現れ、サーヴァントの召喚に成功したことを知る。眩しさに目を細めながらも誰が召喚できたのか立香は確認しようとしたがよく見えない。これ以上光を見ていては目がやられてしまう。光が収まれば誰が来たのかすぐわかると言い聞かせ、立香は確認を諦めた。そしてぎゅっと目をつぶった。
しばらくして光と音がやんだ。
立香とマシュは恐る恐る目を開けると見たことのない青年が一人、陣の中央に立っていた。白衣を着たその青年は立香とマシュの存在を把握するとニコリと笑い、立香の目の前まで歩み寄った。
「初めまして。貴方がマスターですか?僕は宝生永夢です。よろしくお願いします」
「よ、よろしく…」
爽やかな笑顔を共に差し出された左手に握手をすると、宝生永夢と名乗った青年はさらに笑顔を深くした。
「ほ、宝生さんですか…。あ、私はマシュ・キリエライトと申します。マシュと呼んでいただければ…」
マシュに声をかけられた宝生は立香と握手していた手を離し、マシュにも握手を求めた。
「マシュさん、初めまして。これからよろしくお願いしますね」
「は、はい!」
握手に応えつつ嬉しそうにマシュは笑う。言葉は優しく、笑顔もぎこちないものではない。立香は初めて召喚した彼に悪い印象を持つことはなかった。
「え?宝生さんってバーサーカーなんですか?」
他のサーヴァントに挨拶に行くため一番人が多いであろう食堂に行くついでに、カルデアの内部を案内しているときぽろりと宝生が自身のクラスを名乗った。それに真っ先に反応したのはマシュであった。
「しまった。あとで言って驚かせるつもりが…。ええ、そうですよ。僕はバーサーカーです」
「そうなんですね…。そうは見えないのに…」
「僕は時々自分の意見を曲げずに押し進めてしまうことがあって…、多分そのあたりの性格で判断されたんじゃないですかね…」
クラスを決めたのは宝生自身ではないため彼は困ったように言うと、マシュは慌てて悪い意味ではないと弁解を始めた。
「いえ、マシュさんもそれだけ僕に対していい印象をもってくださったというだけのことですから気にしないでください。えっ、あ、いや、バーサーカーのクラスが一概に悪いって意味じゃないんですけれど」
立香はあまり二人の会話に加わらず聞いているだけであったが、それだけでも宝生永夢の聖人のような為人は伝わってくる。立香も宝生永夢がバーサーカーだと信じられなかったが本人がそういうのだから間違いはないのだろう。
もっともホームズのようにクラスが変わることはしばしばあり得ることなので確証は得られないが。
「あ、二人とも、食堂着いたよ」
そうこうして歩いているうちに食堂の入口が見えてきた。複数人の話し声が廊下まで聞こえてくる。
二人よりさきに食堂に顔を覗かせた立香はその場にいた職員とサーヴァントを確認した。ざっと頭数を数えると思っていたより人が多くカルデア内にいる人の半分近くが集まっているようだ。
「む?立香よ。そこで何をしているのだ。さっさと入るなら入るがいい」
ニトクリスとお茶をしていたらしいオジマンディアスが、入口から顔だけ出し中に入ってこない立香を見つけそう言うと食堂中の人々が立香の方を向いた。
「あ、うん。入るんだけどその前に紹介したい人がいて」
「おや、じゃあ召喚には成功したんだね」
部屋の片隅で紅茶を嗜んでいたホームズが口を挟む。ホームズの言葉に食堂はざわざわと騒がしくなる。
「そうなんだ。じゃあ紹介するね」
騒がしさに気にもせずそう言って立香は引っ込むと、青年は食堂に足を踏み入れた。
「みなさん。初めまして。バーサーカー宝生永夢です。
これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた青年を無下に扱うものがいるはずもなく、すぐに宝生永夢はサーヴァントの輪の中に入っていった。
「宝生さん、みなさんと仲良くなれそうでよかったですね」
「うん、よかった。あとで彼と気の合いそうな人とでシュミレーション室に行かなくちゃ」
オジマンディアスに肩を叩かれ痛そうにしている宝生を、ほっとした様子のマシュと共に離れた場所から眺めていた立香はカルデアにまた一つ心強い戦力が加わったことに安堵し、またこれから彼とどんな冒険ができるのかという高揚感にわくわくしていた。