「ん?宝生、まだここに居るやつらに挨拶しきってないのか?」
「えぇ。タイミングとかいろいろありまして…。あとここ結構人多いですよね?全員で何人いるのかよく分かっていなくてどのくらいの人と挨拶して誰に挨拶していないのかが把握できないんですよ」
「なるほどなるほど、では槍のアルトリアにはもう会ったか?黄金のは?」
「槍のアルトリアさんはこの前ご挨拶しましたが、黄金?さん?ってのは…えっと誰です?」
 その日の戦闘訓練を終えたオジマンディアスと宝生永夢は、食堂で軽食をとっていた。
そこで宝生がカルデアに召喚され二週間ほど経っているが他のサーヴァント全員に挨拶しきれていないのだという彼にオジマンディアスは僅かに目を丸くさせていた。
 オジマンディアスの中で宝生の評価は高い。最初の挨拶もそうだったがそれ以降も崩さぬ丁寧な姿勢、それだけでなく自分の意見をきちんと伝える芯の強さ、そして先日シュミレーション室で戦闘訓練した際知った彼の戦闘スタイル、これらすべてをオジマンディアスは気に入っていた。オジマンディアスは自身が気に入ったものが他のものに好かれないわけがないと考えていたし、事実彼がカルデア職員らと親し気に食事をとっているところもオジマンディアスは何度か目撃したことがある。
 そんな宝生がまだ挨拶すら出来ていないサーヴァントがいるとは…。オジマンディアスは心の中で宝生を知らぬ哀れな奴らに手を合わせた。


「黄金のはギルガメッシュだ。ウルクの王であった男だ。まぁ余ほど王にふさわしいものはいないがな」
「ギルガメッシュ王ですか…。僕はただの一般人なので王様にお会いするとなると緊張しますね」
「ほぅ宝生、もしや余より黄金のの方が王に相応しいとでも?」
「いえいえ!そんなことないですよ」
 目を細めじっと宝生の顔をみつめるオジマンディアスに宝生は笑いながら首を横に振る。オジマンディアスはそんな宝生を見て、くすりと笑みをこぼした。
「オジマンディアスさん?」
「…なんでもない。ふん…。暫くそこで待て」
「え?」
 突然オジマンディアスは立ち上がり、宝生を一瞥すると食堂から立ち去った。
残された宝生はオジマンディアスの態度に疑問を抱きながらも言われた通り待つことにした。話の流れからして恐らく誰かをここへ連れてくるようであるし、その人のためにもここで待っている方が賢明だと考えたのだ。元々オジマンディアスと二人しかいなかった食堂も現在は宝生の一人のみ。食事はとうに食べ終え、待つ間何をしようかと考えあぐねていると廊下から足音が聞こえてきた。

「エミヤの兄さんいるかい?」
「あ、えっと、エミヤさんは先ほどマスターに呼ばれてどこかに行ってしまいましたが…」
「おっと、あんたは…」
 食堂に宝生しかいないことを確認したその人は、宝生が座っている席まで近寄ってきた。
「僕は宝生永夢です。何度か廊下ですれ違ったことはありましたけどこうやってお話するのは初めてですよね?」
 宝生は立ち上がり近づいてくる相手に会釈する。相手も宝生に応えるように片手をあげた。
「お互い誰かといたもんな。俺はアーラシュ、よろしくな」
 あげた手をそのまま宝生永夢の前に差し出したアーラシュに応えるように宝生は握手を返した。
「こちらこそよろしくお願いします」
 宝生は爽やかに笑顔をこちらに振りまくアーラシュに、微笑み返すとアーラシュを自分が座っていた席の横に座るように促した。
「エミヤさんを探してたってことは何か軽食でも食べに来られたんですよね、エミヤさんのように素晴らしい料理は無理ですが、僕でよければ何か簡単なもの作りますよ」
「お、いいのか?ありがとな」
「いえ」
 アーラシュの用事は宝生の言った通りであったようで、彼は嬉しそうに椅子に腰かけた。そんな彼に背を向け、宝生は勝手にキッチンで料理をしてはいけないという規則はないはずだと、カルデアに初めて来た時マシュから教えてもらったカルデア内規則を思い返しながらキッチンの方へ足を進めた。簡単に作ると言ったはいいが、宝生がキッチンに足を踏み入れるのはこれが初めてである。料理経験が豊富とはとてもではないが言えない自分に何か作れるものがあるだろうか、そう考えていると廊下から誰かの声が聞こえてきた。

…ったい……!…ちょっ…

「ん?」
 アーラシュも声に気付いたようで、右腕を椅子の背もたれにかけ、上半身を廊下の方へ向けた。
「誰かがこっちに向かってるようですけど朗らかな雰囲気ではありませんよね…」
「あぁ、誰だ?」
 二人が顔を見合わせて状況の把握を行っていると食堂に聞き覚えがある声が響いた。

「宝生!連れてきたぞ!」
「え、えっと…?会わせたい人物ってどなたなんですか!?」
 やってきたのは先ほど居なくなったオジマンディアスと褐色肌の女性。
オジマンディアスが彼女の左手首をがっしり掴んでいるところから察するに、彼女はオジマンディアスに無理やり引っ張られてきたようだ。先ほど聞こえてきた声も彼女のものだろう。
宝生がそう考えていると、オジマンディアスは掴んでいた女性の手を離し、大股で宝生の方へ歩み寄った。宝生の目の前に仁王立ちするとオジマンディアスはそのまま自身の顔をぐっと宝生の顔へ近づけた。
「聞いておるのか?」
「えっ、あ、はい」
 急に近づいてきたオジマンディアスの顔にドキリとしながらも、宝生は言葉を返す。以前同じことをされたとき答えられずにいたら怒られたのは記憶に新しい。
「ニトクリスだ」
 オジマンディアスが一歩左に身体をずらし、自身の背後に隠れていた女性を紹介する。
「…ファラオ?彼は一体…」
「この前話したであろう?宝生だ」
「あぁ…あの」
 あのってなんだろうと考えつつも、それは顔に出さないように気をつけつつ宝生は先ほどアーラシュにしたのと同じようにニトクリスの前に手を差し出した。
「えっと、ニトクリスさん。僕は宝生永夢です。これからよろしくお願いします」
「……ニトクリスです。最近ファラオの口から出てくるのは貴方の名ばかりだったので一度お会いしたいと思っていました」
 宝生はニトクリスから快い握手が返ってきたことに好感を覚えたが、同時に彼女の発言に目を丸くすることになった。体勢はそのままに、首だけオジマンディアスの方へ向ける。
「えっ?ちょっとオジマンディアスさん、それどういうことですか?」
「そのままの意味だが?」
 永夢の言葉に文字通り首を傾けたオジマンディアスはなんてことはないように答え、宝生もまたこの人がこういうなら本当にそうなんだろうなと納得してしまった。他の人に同じことをされてもこうすんなり納得できるか分からないが、オジマンディアスの言動には謎の説得力がある。これが太陽王の力であろうか。
「へぇ、さっきから宝生ってどっかで聞いたことある名だなと思ってたんだ。ファラオの兄さんが話してたやつだったんだな」
「え、アーラシュさんにまで話してるんですか?…というより何を話してるんですか?」
 先ほど自己紹介をしたばかりのアーラシュにまで自分の話が広がっているなんて微塵も思っていなかった宝生は少し語気を荒げた。しかし、宝生が多少声を荒げたところで動じる彼らではない。それどころかアーラシュは
「ところで宝生、さっきなんか作ってくれるって言ってたけど何にするつもりなんだ?」
 と話を変える始末。もうこれは聞いてもダメだと諦めた宝生は先ほど向かうだけ向かって結局何もしていないキッチンへ再び足を進めた。アーラシュの分の何かを用意しようとすると恐らくオジマンディアスやニトクリスも欲しくなるであろうし、自分の分も含め四人分用意する必要がある。簡単に四人分も用意出来るものがあるだろうか?暫し悩んだ結果宝生はキッチン内に三台ほど並んでいる炊飯器を一つずつ開けていった。宝生の行動の真意が掴めず、他の者たちはその場から動かずただ宝生の方を見つめている。そんな視線に気づいているのかいないのか、宝生はうーんと唸ってから彼らの方へ向き直った。
「炊飯器の中に中途半端に残った白米があるのでおにぎりはどうですか?そうですね…。一人一つ分くらいなら握れそうです」
「ほう」
 宝生の言葉に真っ先に反応したのはオジマンディアス。アーラシュもいいねぇと首を縦に振っている。そんな二人と対照的にニトクリスの表情はどこか暗い。
「ニトクリスさん、おにぎり苦手ですか?」
「えっ、いや、あの……おにぎりってなんですか?」
 隣にいるオジマンディアスの顔色を伺いながらおずおずと尋ねるニトクリスに宝生は苦笑いを隠せない。生まれ育った場所も時代も違うのだから知らないことがあるのは当然で恥ずべきことではないのに。
「炊いたお米に具を入れたりして、手で握って食べる……おにぎりって料理なんですかね…。…うーん、おにぎりの説明難しいですね。アーラシュさんお願いします」
「え、俺?」
 突然名指しされたアーラシュは困惑した表情を浮かべたかと思うと
「実際作ってみたらいいんじゃないか?」
 と朗らかに答えた。
「なるほど、じゃあニトクリスさんは手を洗って手伝ってください」
「え、わ、わかりました」
 手を洗ったニトクリスが宝生の隣に並んだ頃、オジマンディアスとアーラシュは近くにあった椅子に腰かけた。そして、心なしか嬉しそうにしているオジマンディアスにアーラシュは小声で話しかけた。
「にしてもなんで嬢ちゃんと宝生を引き合わせたんだ?生前接点があったわけでもないんだろ?」
「あぁない。そもそも宝生が何時の時代の者かも知らん」
「えっ、そうなのか」
「あぁ。話を聞く分にはマスターに近い時代の者だとは思うが」
「へぇ」
 
 宝生のこと深く知ろうとしないのはわざとなのか?

 そう言おうと口を開きかけた時、ニトクリスのはしゃいだ声が二人の会話を遮った。
「ファラオ!見てください!できましたよ!」
 彼女が持っている白いお皿にはおにぎりが4つ。
「宝生に教えてもらって、全て私が作ったんですよ!」
 どうだと言わんばかりに得意げな表情にアーラシュは会話が中断されたことも忘れ、にこやかに
「うまそうだな」
 と本心を口にした。ニトクリスはそうでしょうそうでしょうと言いながらアーラシュに一つとるように促した。アーラシュがそれじゃあお言葉に甘えて、と手を伸ばしたところで彼より先に褐色の手がおにぎりを掴んだ。二人が呆気にとられている間にオジマンディアスはぺろりとおにぎりを平らげ
「うむ、うまいな。まぁ複雑な手順なしで出来るものがまずかったらそれはそれで才能だと思うがな」
 と言うと、未だキッチンにいる宝生の方へ歩いて行った。
「今、私の事褒めて…?」
「褒めてたな。よかったじゃねぇか嬢ちゃん。…俺も一つ」
 ニトクリスが突然の出来事に固まっているのを気に留めずアーラシュは漸くおにぎりを口に入れた。
「うん、美味い」


「ところで宝生、この後予定はあるか?」
 四人がおにぎりを食べ終えた時オジマンディアスが声をかけた。
「この後ですか?特にありませんけど…」
「よし!では行くぞ!」
「え?」
 宝生の返事を聞いた途端オジマンディアスが大股で移動し始めたが、宝生はついていけない。
「ど、どうしたらいいんですか?」
「ついていけばいいんじゃないか?」
 アーラシュに宝生が尋ねると彼はそう答え、いってらっしゃいと手を振った。
「?何をしている。勇者もニトクリスも行くだろう?」
 誰もついてこないことを不審に思ったのか食堂の外からオジマンディアスが顔だけ覗かせた。
「わ、私もですか!?」
「行くぞ、と言ったではないか。聞いてなかったのか?」
「え、いや、宝生だけ呼んだのかと」
「誰もそんなことは言っていないだろう」
「まぁそうだけどよ」
 宝生の予定だけ確認して自分たちの予定は確認せず一緒に行くことが彼の中で確定なのはオジマンディアスらしいと言うべきなのだろう。アーラシュは宝生の肩を抱き、オジマンディアスに続くように促した。ニトクリスは仕方ないですね…とどこか嬉しそうに呟きながら三人の後ろに並んだ。
「ところでどちらへ行くつもりなんですか?」
 我先にと前をゆくオジマンディアスに宝生が声をかける。
「レクリエーションルームだ」
「レクリエーションルームに宝生は行ったことあるのか?」
 未だ肩を抱いたままのアーラシュの質問に宝生は首を横に振った。
「あそこは色んなゲームが置いてあってとても楽しいところですよ!」
 後ろにいたニトクリスが身体を前のめりにさせながらレクリエーションルームの説明をすると宝生の目が輝いた。
「ゲームですか!」
「えぇ!テレビゲームだけでなくボードゲームと呼ばれるものもあってそれはそれは飽きないところなんです!」
「僕ゲームが大好きなのでとても楽しみです!」
「ほう、それならもっと早く誘えばよかったな」


 四人が話しながら廊下を歩いていると誰かが反対側から歩いてきた。
「黄金のではないか!」
「なんだ太陽のか」
 オジマンディアスと仲良さげに話す人物が誰か分からず、宝生は小声でニトクリスにあれは誰か尋ねた。
「あちらの方はギルガメッシュ王ですよ」
 そっと返された答えに、そういえば先ほど「黄金のとは話したか?」と聞かれたなと宝生はぼんやり思い返した。黄金と言われているだけあって髪も鎧も装飾品もキラキラと目に眩しい。宝生たちが話していることなど気にする様子もなく、王同士の会話は続く。
「なんだとはなんだ。まぁよい。今からレクリエーションルームに行く予定なのだが一緒にどうだ?あぁ、あと宝生と話したことは?」
「宝生?」
 聞きなれぬ名前にギルガメッシュは目を細めオジマンディアスの後ろを覗く。彼の後ろにいる人物のうち二人は面識があるということは見知らぬ彼が「宝生」であることは容易に想像できた。
「…宝生、といったか」
「え?は、はい」
 オジマンディアスとギルガメッシュの会話をぼんやりとしか聞いていなかった宝生は突然ギルガメッシュに自身の名を呼ばれびくりと肩を震わせた。
「は、初めまして。バーサーカー宝生永夢です」
 王相手に馴れ馴れしく握手を求めるのは不敬だろうと考え、代わりに宝生は頭を下げた。宝生をじっと見つめていたギルガメッシュは自身の名だけ名乗るとそのままオジマンディアスの横を通り過ぎた。
「ん、レクリエーションルームには行かないのか?」
「あぁ」
 オジマンディアスの問いに短く答えたギルガメッシュは宝生の横を通る瞬間、宝生の肩に手を置き、顔を宝生の耳元に近づけ他の者には聞こえない声量で


「本当に貴様は宝生永夢か?」


 とだけ言って去っていった。
「……え?」
 一方的に伝えられた言葉に驚き、後ろを振り向くも見えるのは黄金の背中のみ。
「何言われたんだ?」
「あ…、っと、ただの挨拶ですよ」
 不思議そうな顔をしたアーラシュに、宝生は曖昧な言葉を返す。アーラシュはあまり納得していない様子ではあったがそれ以上追及することはなかった。
「む、お前たち来ないのか?」
「あ、今行きます」
 気づけば先に歩き始めていたオジマンディアスとニトクリスを、アーラシュと宝生は追いかけた。