C
カルデアの廊下を立香は慌ただしく駆けていた。すれ違うものたちは立香に声をかけようと口を開けはするものの、走る立香の形相に何か嫌な予感を察し言葉を発するものは居なかった。走る立香の姿を見かけることは少なくないが、普段の彼はそんなときでも話しかけやすい雰囲気をまとっており、声をかければ笑顔で返事が返ってくるのだ。そんな彼をここまで急かせるものはなんであろうか。
「立香くん何があったの?」
「さぁ?エミヤさんにつまみ食いしたのがバレて逃げてるとか?」
すれ違った職員たちがそんなことを話していることなど露知らず、目的地に着いた立香は目の前の扉をノックもせずに勢いよく開けた。
「あ、立香くんいらっしゃい」
机に向かい何やら作業をしていたロマニは、入口でぜぇぜぇと息を切らす立香を横目で確認した後すぐまた机の方へ意識を移動させた。そんな態度のロマニに立香は
「え、五分以内に来いって呼ばれたから急いで来たのにそんな態度なの」
と口を尖らせた。ロマニはそれに対して、うーんと言いつつも未だに視線は机の上だ。
「何も用がないならオレ帰っていい?ジャックたちと遊ぶ約束してるんだ」
「ま、ま、まって、帰らないで!」
呼び出した要件をろくに言わぬまま引き留めるロマニに立香はため息を吐くしかない。もう暫く待ってみてそれでも要件を言わないならば引き留められても帰ろうと立香が一人で決意したとき、ロマニが漸く立香の方へ顔を向けた。
「あー、立香くん、前に僕が宝生くんのことについて話したこと覚えてる?」
「え、あー…うん。覚えてるよ。それがどうかした?」
宝生の話をされるとは全く考えていなかった立香は、数秒考えた後、先日ロマニに宝生が戦闘後のメンテナンスに来てくれないと話していたことを思い出した。サーヴァントは戦闘で怪我をしてもカルデアに戻れば何ともないのだが、魔力の数値が変化してしまうことが時たまあるため、三回に一度はロマニもしくはダヴィンチちゃんの元で検査を受けることがカルデア内のルールとして決められていた。そのメンテナンスに宝生が一度も来ていないという話をロマニから聞いてすぐ立香は宝生の所へ赴き検査を受けるよう頼んだのは記憶に新しい。
「立香くんが頼んでくれたからか、宝生くん最近はちゃんとメンテナンスに来てくれるようになったんだけど…。えっと…」
メンテナンスに来るようになったという報告にしては歯切れが悪すぎるロマニに立香は眉間に皺を寄せた。彼の魔力にどこか不具合でもあったのだろうか。しかしそれが本題ならば立香だけでなくダ・ヴィンチちゃんやマシュにも同席してもらわないといけない。勉強をしていないわけではないが、立香は自分が魔力に関しての知識が乏しい自覚があるため二人に解説してもらいながらの方が理解しやすいためだ。
「あの、宝生くんの数値はどこもおかしくないんだけど、どこかおかしいというか、検査していて引っかかる部分があるんだよね…」
「は?」
立香が想像していたものとは異なる言葉がロマニから綴られ、思わず変な声が出た。
ロマニの主観で引っかかる部分があると言われたところでそれを立香が分かるとは思えなかった。
「なんでそんな曖昧なこと感じるんだろうって自分でも考えたんだけど、彼の事を知らなさすぎるのも原因かなって思って。仮面ライダーのこととか僕全然知らないしね。親睦を深める意味を込めて彼に直接聞いてみたんだけど、なんだかうまいこと躱されちゃって…」
ロマニの言葉に立香はそういえば、と思い出す。宝生は人の話はよく聞くのに自分の話をなかなかしようとしないのだと。立香が彼について知っていることは変身して戦うということとゲームが好きだという二点だけ。彼が生まれ育って生きた時代さえ知らなければそもそも仮面ライダーがなんたるかすら知らない。わざとこちらに自分の事を教えようとしていないのか、それとも尋ねなかったから言ってないだけなのか、ロマニは尋ねても躱されたと言っていたけれど自分には教えてくれるのか。何も、何もわからない。
「だから立香くんが何か知ってたら教えてほしいんだけど……。立香くん?」
立香の視線が不安定なことに気付いたロマニが優しく立香の名を呼ぶと、立香は我に返り、そして静かに微笑んだ。
「ごめん。俺宝生のこと全然知らない。知ろうともしなかった。…俺仮にもマスターなのに。…だから今から聞いてくる!」
立香の言葉にロマニは一瞬目を丸くさせるとすぐに元の表情に戻った。
「いってらっしゃい。もし彼が君以外の人に自分のことを知られたくないっていうなら、その旨だけは僕に教えて」
「うん、わかった」
ロマニの部屋を出て、廊下を左から右へ視線を走らせるとアーラシュの背中が見えた。彼ならば宝生が今どこにいるか知っているかもしれない。最近アーラシュと宝生が仲良くなったのだというオジマンディアスの言葉を思い出しながら、立香はアーラシュの方へ走っていった。
「アーラシュ!」
後ろから追いついて呼び止めようとした立香だったがいつまで経っても縮まらない距離に痺れを切らし、大声で目の前にいる人物の名を呼ぶことにした。
「お、マスター。俺に何か用か?」
自分を呼ぶのが立香だと気づいたアーラシュは、立香の方へ振り返り左手を上げた。
「アーラシュ、俺が後ろにいたの気づいてただろ」
「そりゃあんな視線感じたらな」
「やけどした?」
アーラシュが足を止めてくれたおかげで漸く彼に追いついた立香は、思わず非難めいた声を出すがすぐに笑みを零した。
「さあどうだろうな。ところでマスター、俺を呼んだのはどうしてだ?」
「そうだった!宝生、どこにいるか知ってる?」
「宝生か、多分部屋じゃないか?」
「部屋?」
どうせまた宝生はオジマンディアスと一緒にいるのだろうと考えていた立香はアーラシュの予想外の返答に目を丸くした。そんな立香の姿にアーラシュは苦笑いを零した。
「別にあいつだって一人になりたいこともあるだろうさ」
「そ、そうだよね…。とりあえず、ありがと!」
「おう」
挨拶もそこそこに来た道を戻る立香の背をアーラシュは見守っていたが、暫くすると背を向けて元の道を歩み始めた。
…ここにいるのはとても苦しい、気が重い。
自分がうまく演じられているのかわからない。
別に自分がどうなってもいいのだが、願いをかなえることができないのは嫌だ。
「永夢―?いるー?」
不意に叩かれた扉の音に我に返った。なぜマスターがここに?生まれた疑問はすぐに消えた。マスターが自分のサー ヴァントの部屋に来るのはおかしいことではないじゃないか。
ドンドンドンと再度戸が叩かれる。
返事をしないのはよろしくない。
さらに人が来ているのに暗い部屋っていうのもよろしくない、慌てて部屋の電気を点ける。
願いを忘れるな。
今一度言い聞かせ、覚悟を決める。
そして、部屋の扉をゆっくり開けた。
「はーい!…あ、立香さん、呼びましたか?」
「うん、呼んだ。…ごめん、もしかして今忙しかった?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
にこりと微笑むと、少し眉が下がっていたマスターの顔も笑顔になった。マスターは笑顔が良く似合う。
「あんまり宝生と話したことないなと思ってさ。もしよかったら俺の部屋来ない?」
「えぇ、いいですよ。せっかくですし、僕の部屋でもいいですけど…」
永夢が遠慮がちに出した提案を立香は首を横に振った。
「今日は宝生に俺の部屋、来てもらいたいんだ」
「…分かりました」
しょうがないなとでも言いたげな表情を一瞬見せた宝生は、部屋から一歩外へ出ると
「立香さんの部屋ってどこでしたっけ」
と尋ねた。
「あっち」
立香は部屋に近い方を指差すと
「案内するよ」
と言葉を続けた。
普段からサーヴァントが行き来している自分の部屋にサーヴァントを呼ぶことなんてなんてこともないはずなのに、どうしてこんなに緊張するのか立香自身にも分からなかった。
「ちょっと散らかってるけど…。テーブルのところは整理してるからそこの椅子座って」
永夢が初めて足を踏み入れた立香の部屋は、本人の言う通り物が散らかっていた。
部屋が汚いとかそういう意味ではない。本は本、服は服でまとめて床に置かれていることを見るに恐らく部屋の収納スペースが小さすぎるのが問題だ。
ダ・ヴィンチ辺りにでも言えば、何か良さげな収納棚の一つや二つ見繕ってもらえそうなものなのに。
宝生の考えは口に出されることはなく、当然立香にも届かない。
「えっと、お茶でよかった・・・?って用意してから聞くもんじゃないね」
テーブルの上にマグカップを二つ並べながら苦笑いをする立香に宝生は首を横に振る。
「ありがとうございます。マスターからもらえるならなんでも嬉しいですよ」
「そ、よかった」
早速マグカップに口をつける宝生に、立香はほっとしたように微笑むと彼の向かいに腰を下ろした。
「…あ、このお茶おいしいです」
「ほんと?前エミヤが食堂でこのお茶煎れてくれてさ、気に入ったから少し分けてもらったやつなんだ。永夢も気に入ってくれて嬉しいや」
「そうなんですね、…僕もエミヤさんにお願いして分けてもらおうかな」
「いいんじゃない」
二人でお茶を飲み、顔を見合わせ笑う。
「…そういえば、立香さんの部屋って誰か一人はサーヴァントが在中してるんですよね?」
「まぁね。在中といっても四六時中いるわけじゃないんだけどね、実際今いないし」
「そうなんですね。ずっと居るものなのかと思ってました。ところで今は誰がその役なんですか?」
「今は…」
立香が言葉を続けようとした時、部屋のドアが開いた。
「なんだマスター、ここに戻ってたのか」
開いたドアから姿を見せたのはアンデルセン。
「おかえり。うん、今永夢とお茶してたとこ。アンデルセンもどう?」
「…えむ?」
立香から宝生の名を聞いたアンデルセンは眉間に皺を寄せると、宝生の方を向いた。
「……失礼する」
宝生の顔を見るなり忌々しそうに顔を歪ませたアンデルセンは二人に背を向け、そそくさと部屋から出ていった。
「どうしたんだろアンデルセン…」
「僕、彼と初めて会ったと思うのですが何か嫌われるようなことしてしまったんでしょうか」
アンデルセンが出ていった扉をじっと見つめ、そう呟く宝生に
「多分誰も居ないか、居ても俺くらいだと思ってたのに永夢がいたからちょっと驚いたんじゃないかな。気にしなくて大丈夫だよ」
と立香は笑って返した。
「そうだといいんですけど…」
「それよりも俺、アンデルセンと永夢が初対面ってことの方が驚いたんだけどまだ全員に会ってないの?」
立香の問いかけに思わず宝生はふふっと笑みを零す。つい先日全く同じことをオジマンディアスに聞かれたからだ。もちろんそのことを知らぬ立香は突然笑い出した宝生に困惑した表情を浮かべている。
「ごめんなさい。実は…」
立香の表情に気づいた宝生が何故自分が笑っているかを説明すると立香は声を上げて笑い始めた。立香につられ、宝生も笑いだす。二人してひとしきり笑った後、立香は穏やかな表情で尋ねた。
「永夢の願いって何?」
立香の問いを聞いて一瞬僅かに目を見開いた宝生は、目を細め優しい声色で呟いた。
「僕の願いは、みんなの笑顔を取り戻すことですよ」