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立香が扉を開けると、インクと微かなカビの匂いが鼻孔を刺激した。他の部屋よりも照明の明かりが弱いこの部屋は、日中もどこか薄暗い。
「あら、マスター。ごきげんよう」
「おはよう、ナーサリー」
図書室へ足を踏み入れた立香に最初に声を掛けたのはナーサリー・ライム。彼女の近くには、ジャック・ザ・リッパー、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタリリィ、ボール・バニアンの三人。立香の存在に気づくと、それぞれが近づき話しかけてきた。
「お母さん、おはよう」
「トナカイさん、おはようございます。私たち今から食堂に行くんですけどトナカイさんもどうですか?」
「パンケーキ、焼いてもらうんだよ」
「えっと、誘いは嬉しいけど、俺ここに用があるからまた今度でもいいかな」
「仕方ないですね…」
立香が誘いを断ると、サンタリリィはむすっと口を尖らせながら部屋を出ていった。
「あ、先に行かないで!」
「パンケーキはみんなのものよ!」
サンタリリィを追いかけるように、他の三人もバタバタと部屋を出ていった。
「…やっと居なくなったか。ところでマスター、此処に用とは珍しいな。熱でも出たか」
静かになった部屋の奥から低い声が聞こえた。声が聞こえた方を向くと、立香に背を向けるように座っているアンデルセンの姿があった。
「生憎、身体は健康体だよ。此処に来たのはアンデルセンに聞きたいことがあったからなんだ。俺の部屋で話しても良かったけど、そうしようとするとアンデルセンは逃げるでしょう?」
「俺が今は執筆に忙しくないことを知ったうえで、わざわざ此処まで来て話したい事だと?やはり熱があるに違いないな。まともな精神の持ち主ならこんな童貞より彼女たちと話す方が有益と考えるはずだからな」
「宝生永夢のことで聞きたいことがあるんだ」
立香の言葉にアンデルセンはぴくりと肩を動かした。そして、椅子を半回転させ立香と向き合う姿勢になった。
「何が聞きたい」
「なんであそこまで永夢のこと毛嫌いするのかなって」
「それなら答えは単純だ。俺はあいつのことを信じられない。他に理由は必要か?」
これ以上は何も話したくないとでも言いたげにアンデルセンは立香を睨み付けるが、立香はそれをさほど気にする様子はない。
「アンデルセンのことだから、その信じられないっていう言葉には理由があるんでしょ?」
暫しの間、アンデルセンと立香はじっと互いを眺めていたが、最終的にアンデルセンが折れた。彼は大きなため息を一つ吐くと、自分の傍のテーブルに置いてあった本を一冊指さした。
「これを読め。この部屋の蔵書の中で一番仮面ライダーについて詳しく書かれている」
アンデルセンの方へ歩み寄り、本を手に取った立香はぺらぺらと中を捲った。
「本当は最初から読むのが良いが…とりあえず五十五ページを開け」
言われた通りのページを開くと、ちょうど章の節目らしく副題が比較的大きな字で書かれていた。
「…サーヴァントとしての仮面ライダー?」
「そうだ、続きも読んでみろ」
「えっと、仮面ライダーの定義については前述した通りだが、まってその前述を知らないんだけど」
「いちいち読み返していたらキリがないだろ。気にせずさっさと続きを読め」
「お、横暴だ…」
アンデルセンの横やりを受け流しながら立香はページを読んでいく。
――仮面ライダーの定義については前述した通りだが、そんな彼らが英霊として名を刻むには一つの条件が必要となる。その条件とは、仮面ライダーとしての運命を背負った人間が己の戦いに一区切りつけることである。一区切りの付け方はそれぞれで定義するのは困難だ。しかし、奇しくも仮面ライダーとなった者たちの戦いは人類史の時間流れでおよそ一年を目途に区切りがついており、2016年現在、仮面ライダードライブまでが英霊として記録されている。以下、英霊として召喚できる仮面ライダーの一覧である
仮面ライダー一号、仮面ライダー二号、………
「…仮面ライダーウィザード、仮面ライダー鎧武、仮面ライダードライブ……。あれ?」
「気づいたか」
立香は目を大きく見開き、先ほど読んだ箇所をもう一度読み返すが、何度見ても仮面ライダーエグゼイドの文字はない。
「その本は、何かしら魔術がかけられているようで常に仮面ライダーに関して最新のデータを更新する。2016年という文字が記載されているのもそのためだ。その本の中に一度も宝生永夢、ならびに奴が変身してから名乗るという仮面ライダーエグゼイドの名前すら出てこない。俺が信用できないといった理由はそこだ」
「じゃ、じゃあ、宝生永夢は…?彼は一体…?」
「さぁな。本来召喚されるはずがない存在であることは確かだ」
「なんで永夢はそのこと黙ってるんだろう…。本来の召喚システムを無視してでもやりたいことがあるのかな」
顎に手を置き、宝生のことを考える立香を、アンデルセンは鼻で笑う。
「本来召喚されるはずのない奴の心配とは。知ってはいたがよほどのお人よしだな。
まぁそこがお前の長所ともいえるし短所とでも言えるのだが…。まぁ、とにかくそういう理由で俺は信用できない宝生永夢に関わりたくない。しかし、お人よしなあんたは宝生永夢が何かやらかすまでは奴の事を信じるとかいうのだろうな…、そうだな、そんなマスターに一つ良いことを教えてやろう」
「…良いこと?」
これまでの流れで何故良いことなのか、立香は眉間に皺を寄せた。
「宝生永夢を不審人物として認識している奴が俺以外に少なくとも一人いる。これまでは俺の考えすぎだと思っていたが昨晩そいつはその本を読んでいた。恐らくそれで奴の疑惑は確信に変わっただろう」
アンデルセンは立香の持つ書物を指差した。立香は震える声をなるべく抑えて尋ねた。
「アンデルセンのほかに宝生永夢について知りたくてこの本を読んでいたのは誰?」
アンデルセンは眉一つ動かすことなく、淡々と答える。
「アーチャー、ギルガメッシュ」
一瞬二人の間に流れた静寂。それを切り裂いたのは部屋の外から聞こえた爆発音。
「は?」
二人が居る図書室には何も影響はないが、扉の外の声がどんどん騒がしくなっているのは分かる。緊急事態を知らせる警報音は鳴っていない。騒ぎの原因は侵入者やカルデアスの暴走ではなくカルデアにいるサーヴァントの誰かだ。
「お、俺ちょっと見てくる!」
バタバタと走って図書室を出ていった立香を見送ったアンデルセンはやれやれといった様子で椅子を元の状態に戻した。
「どうか俺に書籍に記されているものより、現実の方が面白く奇怪だと教えてくれ、マスター」