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マイルームを出て、立香は廊下を走った。周りには誰も居なかったが、騒ぎが大きくなっていることから現場に近づいているのは分かる。
「あっ、いた!」
暫くして立香の視界に、広いとも狭いとも言えない廊下で対峙する宝生永夢とギルガメッシュの姿が映った。カルデア職員や他のサーヴァントたちが二人を囲むようにして群がっている。
「すいません、ちょっと通してください」
「…あ、立香くん。あの二人どうしたの?」
「お、俺にもよく分からなくて…」
立香の存在に気づくと人垣はモーゼの十戒よろしく道をあけた。
「みんな、ありがとう。……、王様!永夢!何してるの!?」
人垣の最前列に着いた立香は、ギルガメッシュが宝生に向かって彼自慢の宝物庫を展開していることに気が付いた。ギルガメッシュの顔は険しく、下手に話しかければこちらに火の粉が飛んできてもおかしくない。それでも、立香は声を掛けるしかなかった。
「はっ、雑種、見てわからんか。我は今からこいつに制裁を与える」
ギルガメッシュがこいつと指さすのは目の前にいる宝生永夢。宝生永夢はというと、ギルガメッシュの宝具を前にして涼しい顔をしている。
「いや、俺が聞きたいのはその理由なんだけど!」
予想以上にギルガメッシュが冷静であることに安堵しつつ、立香はどうにかして宝具を収めてもらえないか思案する。しかし駆けだした立香の思考はギルガメッシュの言葉によって減退することとなった。
「……雑種、お前も分かっているだろう?
こいつは明らかに何か隠している。今この場で消しておけばよかったと後で泣く羽目になるかもしれんのだぞ」
「それは……」
先ほどのアンデルセンの言葉が立香の脳裏をよぎる。
――宝生永夢は本来召喚されるはずがない存在である。
それは違う、宝生永夢は仲間なのだと言いたいがその根拠がない。
ギルガメッシュの言葉にざわつき始めた人だかりにも、ギルガメッシュにも、立香は投げかけるべき言葉が見えない。
「隠し事?僕が?」
ずっと黙っていた宝生が口を開いた。目を僅かに見開き、何を言っているか分からない、そう言いたげな表情だ。
「たとえ僕が隠し事をしていたとして、何を隠しているというんですか」
「それが分かっておれば、わざわざこんなことなどせずに問答無用で叩きのめしているのが分からんのか」
「ええ、わかりません。僕のことが気に入らない貴方が出鱈目を言ってるようにしか聞こえません」
立香の背中に冷や汗が流れた。確信があるわけではないが、なんだか今日の宝生の様子はおかしい。宝生永夢というサーヴァントはこんなことを言っただろうか?それとも今までが猫を被っていただけで実際は目の前にいる宝生が本来の宝生永夢なのか?
「貴様、図に乗るなよ」
ギルガメッシュが言葉を紡ぐと同時に一筋の光が廊下を駆けた。その光は自分たちの周りにいる人を巻き込むまいとギルガメッシュが考えてくれていたのか普段の戦闘よりも控えめな威力だった。しかし、思わず目を瞑ってしまうほど眩いことに変わりはない。光が消え、立香が恐る恐る目を開けると、そこには左の上腕を右手で押さえる宝生の姿があった。そして彼のトレードマークといえる白衣は一部が赤く染まっている。宝具で脅すくらいならばと目を瞑っていた立香だが、怪我をさせるのはいくらなんでもやりすぎだとギルガメッシュを叱責した。
「雑種!貴様は我よりこいつの味方をする気か!」
返ってきた言葉に立香は目線を下にしてしまった。ギルガメッシュもただの我が儘でこんなことをしている訳ではない。彼なりにこのカルデアの事を、人理修復の事を考えての行動なのだ。
「そうじゃない!……そうじゃない、けど…俺は、どっちかの味方とかじゃなくて、」
視界が揺れる。
何が正解か分からない。
自分は何をしたらいい…?
「黄金の、貴様の言い分も分かる。しかしこれでは本当にそなたが一方的に宝生を責めているようであるぞ」
第三者の声に立香は俯いていた顔を上げた。
人垣をかきわけ、三人の元へ近づいてきたのはオジマンディアス。彼の少し後ろではアーラシュとニトクリスもいて二人は静かに様子を伺っていた。
「…太陽の、それでは貴様もあいつの味方をするというわけか?随分と奴の事を気に入っていたようだしな」
オジマンディアスの介入にギルガメッシュはさほど驚く様子もなく、宝具はそのままに体の向きを宝生からオジマンディアスへと変えた。宝物庫からは僅かに武器が姿を現わしており、少しでも変なことを言おうものならばすぐにこいつを放ってやるぞという脅しにも受け取れる。しかし、オジマンディアスは怯むことなく片方の手の平をギルガメッシュに向け、そのまま話を続けた。
「嗚呼、余は宝生を気にいっている。だからこそ、余から宝生へ聞きたいことがある」
黄金を映していたオジマンディアスの瞳が今度は宝生の姿を映した。
「貴様の名前は?」
「…え?っと、宝生永夢、ですけど」
「血液型は?」
「AB型です」
「好きなものは?」
「うーん、ゲームをすることですかね」
「嫌いなものは?」
「な、なんなんですかこれ…。」
意図が不明な質問に宝生は困惑するが、オジマンディアスは至って真剣だ。二つの太陽に射抜かれ、宝生は居心地悪そうにぼそりと呟いた。
「……嫌いなものは命を大切にしない人」
「ほぅ意外な回答だな。それはどうしてだ?」
「どうしてって…僕、医者なんですよ。言いませんでしたっけ。といってもまだ研修医なんですけど」
苦笑いする宝生に対し、オジマンディアスは眉一つ動かさない。
「最後の質問だ」
「お前は何時の時代のサーヴァントだ?」
辺りから音が消えたかと錯覚するほどの静寂が廊下に満ちた。これまでこんなにこの場所に人が集まったことがないにも関わらず誰も話さない。皆がまるで息をするのも忘れたかのようにただじっと宝生とオジマンディアスを見つめていた。
「答えられないのか」
痺れを切らしたオジマンディアスが再度同じことを問いかけるも、宝生は口を開こうとしない。オジマンディアスが小さくため息を吐いた。
「ねぇ、ちょっと」
その時、ダ・ヴィンチがオジマンディアス同様人垣をかき分けてやってきた。
「アンデルセンからざっくりとだけど話は聞いた。そんなわけで」
「答え合わせをしよう」
ダ・ヴィンチの後ろから今度はホームズがやってきた。
「…答え合わせ?」
ホームズの発言に立香は眉間に皺をよせる。
「そうだ。答え合わせ。といってもこれは本人の口から答えてもらわない限り正解が分からない。だから私の口から明確な何かや不確定な要素を言うことはできない」
「君ってやつは本当に面倒な性質を抱えてるね。ま、だから宝生くん自身に素直になってもらうしかない」
打ち合わせでもしてきたのかな、と立香が考えてしまうほどに二人の話は他を置いてどんどん進む。ダ・ヴィンチは気が付くと宝生の目の前に立っていて、彼の額にそっと手を置いた。
「ねぇ、宝生永夢。君って本当は宝生永夢じゃないんだろう?
けど、宝生永夢という人間を全く知らない人間とも思えない。君は誰だい?」
「さっきからなんなんですか!」
額にダ・ヴィンチの手が置かれたまま、宝生は声を荒げた。
「僕は僕…宝生永夢です!見たらわかるでしょう?僕が僕でいる限り、僕が宝生永夢である限り、僕は僕なんです。そうじゃなきゃ……、…そうじゃ、なきゃ」
突然宝生の身体にノイズが走る。
「えっ」
驚く立香や職員に対し、オジマンディアスやギルガメッシュ、ダ・ヴィンチ、ホームズの四人は顔色一つ変えることなく「宝生」を見つめている。ダ・ヴィンチは相変わらず宝生の額に手を置いたままだ。
「僕は、ぼ、く、えむ、えむ・・・・」
譫言を呟きながら、糸が切れた人形のようにかくんと宝生は膝から崩れ落ちる。その頃にはノイズが全身をめぐっていた。ここで漸くダ・ヴィンチは宝生から手を離した。
「・・・・え?」
宝生の姿が見えなくなるくらい彼を覆っていたノイズが徐々に消えていく。ノイズが消えるとそこに見慣れた宝生の姿はなく、宝生が居た場所には黒いコートを身に纏った青年が蹲っていた。
「…あーあ、戻っちゃった」
心底残念だと言わんばかりにそう呟いた青年は立ち上がり、腕を天に向けてぐぐぐっと背伸びをする。
「ん。成功だね」
ダ・ヴィンチが満足そうにそう言うと、青年から離れ、今度はホームズが彼に近づいて行った。
「これが君の本来の姿かな。名前はなんという?」
「俺はパラド」
青年は渋ることもなく問いに答えた。
「ちょ、ちょっとまってよ。な、なにこれ?」
立香たちを置き去りにしたままパラドと名乗った青年を含む五人で話が進みそうな勢いに思わず立香は待ったをかけた。立香の一番近くにいたダ・ヴィンチは、なんてことのない様子で
「そういえば説明がまだだったね」
そう言うと、立香の方を振り向き話を続けた。
「宝生くんの様子がおかしいってロマニからは聞いただろ?私も彼から聞かされた時は何を根拠にと思ったものだけど、よくよく調べると彼の霊基状態が安定していないことが分かってね。安定していないといっても通常の点検では分からない程度の不安定さだ。誤差、といっても過言ではない」
「それって本当にただの誤差では?」
「いいや、違うよ」
はっきりとダ・ヴィンチは否定するとさらに言葉を続ける。
「宝生永夢のクラスはバーサーカーだ、でも彼が疲労状態の時とかゲームをしていて気持ちが高揚している時、まぁそうだ精神が不安定な時と言えるかな。そんなときだけアサシンとしての数値が上昇することが分かったんだ」
「…アサシン?」
「そう、おかしいよね。バーサーカーなのにアサシンの側面があるなんて。いや、もちろん誰だって別側面を持つ可能性はあるけれど、バーサーカーの皮を被りながらアサシンの側面があるなんて普通はありえない。じゃあ考えられるのは」
「誰かが宝生永夢のふりをしている…?」
「ご名答!」
ダ・ヴィンチは嬉しそうに笑うと、今度はパラドの方を振り向いた。
「宝生永夢のふりをしている誰かを知りたかった私は、ホームズにこのことを話した」
「そしてダ・ヴィンチ女史から話を聞いた私は、彼の精神を不安定にさせたらいいと答えた。そして、ギルガメッシュとオジマンディアスに声をかけたんだ」
「…ちょっと待って、そうなるとギルガメッシュがここで騒いでたのって」
「すべては宝生永夢の正体を暴くための芝居にすぎん。やっと気が付いたか雑種」
「しかし、黄金の。演義にしてはやけに力が入っていたのでは?」
「たわけ。それは貴様も同じであろうに」
ギルガメッシュの起こした騒ぎから始まった一連の流れがすべて仕込みであると分かると立香は肩の力が急に抜けたのを感じた。やはり自分の信じていた通り、ギルガメッシュもカルデアのためにあんな行動をとっていたのだ。
「ふーん、それで俺をこの状態にするために色んな事してたっていうんだな」
頭をがしがしと掻きながらパラドが呟く。
「あぁ、そうだ。こんなにうまくいくとは思わなかったが…、数点君に聞かないといけないことがある。いいかい?」
ホームズの問いかけにパラドは黙って頷いた。
「まず一つ、なんのために君は宝生を名乗っていた?カルデアに侵入してまで何をする気だった?特異点でも作る気かと私は考えたのだが、それにしては君は他の英霊たちと距離を縮めようとするそぶりがあった。普通ならそんなことしないはずだからね」
「…別にカルデアを襲うためとかじゃない。俺は俺の世界の2017年を守らないといけない。2017年にならないと俺は目的を果たせない。2017年が訪れず、永夢の存在が世界から忘れられたら俺も消えてしまう。それはだめだ。だから永夢になった。俺はあいつで、あいつは俺。永夢の真似くらいなら俺はできる」
パラドの返答に、ふむ…と暫く考えこむ素振りを見せたホームズだったが、特に何か言うこともなく次の問いへ。
「…君は正式な手順、カルデアの召喚システムを使ってここに来た。どうやって召喚システムに入り込んだ?」
「俺はバグスターだ。バグスターは電子空間を自由に行き来できる。電子空間じゃなくたって…」
パラドはそう言いながら、その場で粒子状となって消え、立香の横に姿を現した。
「こんな風に移動できる」
そう言うと、パラドは再び姿を消してホームズの目の前に移動した。
「……なるほど」
口元に指を添えながら、ホームズはそう言葉を返したがまだどこかよく分からないという表情だ。ホームズだけでなく、周りにいるもの皆が同じような表情をしている。
「俺がいた世界とこの世界は多分、本来繋がるはずのない世界なんだ。でも俺がゲーム空間を移動しているときに間違えてここと繋がってしまったんだと、思う。繋がらなければ、俺の世界は先へ続いたはずなのに、俺がここの世界を知ってしまったから。
この世界の流れに俺たちの世界も巻き込まれることになった」
「重なることのない世界が君という存在を介して重なってしまったと?」
「そうだ」
ホームズとパラドの会話に、誰も割って入ろうとしなかった。この世界は何が起こるか分からない、そのことを皆分かっているからだ。
「特異点とかそんなの俺は知らない。ただ世界が2017年になる前に滅ぼされると俺は困る。永夢も困る。だからその、人理修復?の手助けをしたいってのは本心だ。永夢の存在する世界を壊されるわけにはいかない」
「どうする立香くん。彼のことを信用するかい」
粗方パラドの話を聞き終えて、ホームズは立香に話を振った。彼の中でパラドという存在がどう位置付けされたのか分からない。でも、
「俺の意見は決まってる。ほうじょ…じゃない、パラドが人理修復を手伝ってくれるなら、それだけで十分だ」
立香の言葉をホームズは目を瞑りながら聞いていた。何も言葉が返ってこないということはそういうことなのだろう。
「オジマンディアスもギルガメッシュも、それでいい?」
「元々余はこやつがここにいることに異論はない」
「いいだろう、雑種が言うなら我も特に言うことはない。しかし、変なことを企てでもしてみろ、すぐに我が制裁を与える」
オジマンディアスとギルガメッシュは、もう用事は終わったとばかりにその場から立ち去り、見ていた人たちもどんどん減っていく。
そして廊下に残ったのは、最終的に立香、ホームズ、ダ・ヴィンチ、そしてパラドの四人となった。
「改めてよろしく、パラド」
「俺の事信じるって言うのか?人間ってのは本当に訳が分からないな」
「いいんだ、それでも。パラドのことはこれから知っていけばいいんだし」
立香はそう言ってパラドに手を差し出した。数秒の間、立香の手を見つめていたパラドだったが
「ほんと、あんたってお人よしだな」
そう言って、立香の手を握り返した。
「うん、よく言われるよ」
サーヴァント、パラドを正式加入したカルデアの未来は誰にもわからない。
ただ今日も彼らは時を超え、世界を救うために駆けてゆく。
---To be continued…?