審神者セキュリティ


「時間押してるって」
 受付から帰ってきた審神者は顔を顰めて刀剣男士の元へと戻ってきた。
 あまり気の長い方ではない審神者は、わざとらしく大きくため息を吐き、近侍の長谷部を困らせる。
「一度戻りますか?」
「いや、それも面倒だし待ってる」
 長谷部の提案に、審神者は一度考えると、うーんと退屈そうに眉をひそめ首を振った。
「どうせそんなに押さないだろうし」
「そうなのかい?」
 この度の演練の隊長である蜂須賀虎徹が、審神者の顔をのぞき込む。すると審神者の眉間の皺が一層濃くなった。
「……う、うん」
 蜂須賀からそらされた顔は紅潮している。「良い戦いをしているんだろうね」とそんな審神者に様子を気づく事の無い蜂須賀は嬉しそうに微笑む。
「主、前から来るあの男……」
 そう小さく呟いたのは膝丸だった。その言葉通り、顔を上げた審神者は前へと視線を戻す。
 先日演習相手だった男が、こちらに気づいたようだった。にこにこと笑みを浮かべて此方へとやって来る。
 男は審神者より年上で、落ち着いた深い鶯色の着物がよく似合っていた。
「こんにちは。四日ぶり、かな」
 男は極の山姥切国広を引き連れ、審神者に微笑みかける。薄い目蓋の切れ長の瞳が、三日月を描いた。
「お疲れ様です、そうですね。そちらも今からですか?」
「いや、今終わった所だよ。君は? ゲートは此方では無いはずだけど」
 繊細そうな細い髪が揺れる。首を傾げた男に、審神者の近侍である長谷部は拳を握りしめた。
 どうも胡散臭い男なのだ、この男は。掴みどころが無く、腹の底が見えない。やけに自分の主に話し掛けてくるが、この男が自分の主以外の審神者と会話している所を見た事は無い。
「使用するはずの演練場が押しているみたいで、待機中です」
「へえ。そんな事もあるんだね。……そうだ、どうかな。待ってる間、そこでお茶でも」
 一瞬審神者が動揺したのを両脇に居た長谷部や膝丸は見逃さなかった。
「はい、ぜひ」
 しかし、審神者はすぐに笑みを浮かべ男の提案に了承する。そんな審神者の様子に、長谷部や膝丸はどうする事もできず、その動向を見守るしかできない。
「よかった。それではエスコートしますよ」
 すると男は審神者の手を軽く取ると、そのまま歩き出してしまった。
「え、あの、えっ?」
 流石の審神者も驚きに声を詰まらせる。
「お、おい、」
 主を連れ去れるのでは無いかと、ひやりとした感覚に長谷部が慌てて声を上げる。しかし、それよりも先に、ふわりと桃色の髪が長谷部の目の前を舞ったのだった。
「すまない、その手を離してもらっても?」
 審神者の肩を抱き寄せた蜂須賀の声がやけに通路に響いた。男の隣にいた山姥切国広は、小さな溜息を吐く。
「……あー、ダメだった?」
「そうだな、このような接触は控えてもらいたい」
「接触、」
 ふふ、と蜂須賀の言葉に笑いを零す男は、審神者に笑いかけると、その握っていた手を口に寄せた。その薄い唇が、審神者の手の甲に一瞬だけ触れる。
「こういうのもダメなのかな」
「主」
 蜂須賀に対する挑発とも取れる行為に、蜂須賀の表情が焦りを帯びた。
 しかしそんな男の行為を批難する声は、すぐ隣から聞こえた。山姥切国広だ。
「冗談じゃ済まされない」
「……そうだね、僕が悪かったよ。……不躾な事をしてしまってごめんね」
 男の行為に審神者も思わず不快に表情を険しくさせる。いくら顔が良いからと、それに胡座をかくような男は下衆である。
 この山姥切国広は良識があるらしく、それが唯一この男の妥協点かもしれない。
「いい山姥切国広をお連れですね」
「はは、意外と辛辣だねえ」
 皮肉に機嫌を悪くするどころか、楽しそうに笑う男に、審神者もにっこりと微笑んで返す。

『ゲート番号、B186。開戦準備宜しくお願い致します』

 場内アナウンスに助けられた。前の演練の決着がついたらしい。
「すみません、折角のお誘いでしたが、呼ばれてしまったので」
「おや、残念だな。ではまたの機会に」
 男に掴まれていた手は離され、そのまま蜂須賀の腕の中でおさまっていた審神者は、その蜂須賀の腕からも離れて行く。
 それににんまりと笑った男に審神者は男に軽く会釈すると、すぐに背を向けた。ドライなその反応に不快感を示すことなく、男はその後ろ姿を見送る。
 歩いていく審神者に続くようにして、へし切長谷部、膝丸、厚藤四郎、浦島虎徹、小豆長光とその後ろを着いて行く。しかし蜂須賀虎徹だけが、男に向き直り、その男に近づく。それに慌てた山姥切国広が、刀の柄に手を置いた。
「山姥切、大丈夫。……なにかな?蜂須賀虎徹」
 山姥切国広を制止させると、笑みを貼り付けたまま、男は自分より少し背の高い蜂須賀を見上げた。
「次の機会なんてないよ」
 その綺麗な笑みに、山姥切国広はぎょっとする。殺意さえ篭ったようなその表情をする蜂須賀虎徹を見たのは初めてだったからだ。
 男の本丸にいる蜂須賀虎徹とは切れ味の違うような、目の前の蜂須賀に、山姥切国広は生唾を飲み込む。
 短い要件を言い終えた蜂須賀は、すぐに審神者の本へと戻って行く。
「おっかないなあ、流石あの審神者ちゃんとこの蜂須賀虎徹と言ったところか」
「……主、」
「山姥切、僕はね、あの子の戦い方が大好きだよ。演練といえど、敵と見なせば鬼畜の顔を見せる。興味をそそられるよねえ」
 この男の悪癖ともいえる。物珍しいものが好物のこの男は、骨の髄まで愉しむと快感に震えるのだ。
 しかしあの審神者であれば、喰われるのはこの主かもしれないと、山姥切は思うのだった。