審神者になった日


 小学校低学年。何の変哲もない普通の家庭で長女として育った私は、ある日担任の教師に呼ばれ、審神者となって歴史を守る事を言い渡された。
 分厚い封筒を与えてもらったばかりの赤いランドセルに入れて帰宅すると、幼い妹と弟が目をキラキラとさせて出迎えてくれた。
 封筒を受け取った母は心配だと口にした。母も父も、祖父も私の気持ちを優先すると言って、私の言葉を待った。
 ――私、審神者になるよ。
 素直に審神者になれる事が嬉しかった私は、浮き足立ったような思いでそう言った。
 
 時の政府が迎えにやって来ると、私は家族に「またね」と言って手を振った。
 最後の別れでは無いのに、泣いてしまう母と妹たち。そして私も、寂しくて泣いてしまった。
 少しの後悔だけを残して、その日私は家族の元から離れたのだった。

「今日から皆さんは歴史修正主義者から歴史を守る為に審神者になります。この国や皆さんの家族の為、平和な未来の為に是非皆には頑張ってもらいたいと思っています。あなた達は選ばれた人間です。審神者となったあなた達には歴史を守る責任があります。まだ分からない事の方が多いでしょう。あなた達と戦いを共にする刀剣男士達も同じです。日々学びを怠らず、より良い歴史の為に皆さん頑張りましょう」
 黒いスーツを着た、よく声の通る女性が淡々と話していく。周りには同い年ぐらいの子供ばかりだったが、その視線はじっと女性を見上げていた。
 女性の話が終わると、私たちはお互い話す時間など与えられず、現れた大人たちに個々に案内された本丸へと連れられて行く。
 眼鏡をかけたその男の人は、私の田舎の曽祖父の家に似た広々とした日本家屋の本丸の説明をすると、服などの支給品の入ったダンボールを玄関に起き、タブレットを私に渡した。
「そちらのタブレットで全て説明してくれます。まずは初期刀をお選びください。それでは失礼いたします」
 外の世界では、審神者になる事は名誉あることだとされている。先程の女性が言うように、選ばれた人間しか審神者にはなれはいのだと。
 しかし政府の人達は作業のように私たち子供を本丸に置いていくだけなのだ。
 広すぎる日本家屋の大きな玄関に、小さな私だけが立ち竦む。
 静けさに不安を覚え、渡されたタブレットを見下ろした。

 薄暗い玄関に突如現れた煌びやかな男。
「なんとなく、綺麗だから」そんな理由で選んだ私の初期刀は、蜂須賀虎徹だった。
「蜂須賀虎徹だ。蜂須賀家に伝来したことから……」
 澄んだ男の声が、私を見下ろす。
「小さな主だ。これからよろしくたのむよ」
 あまりに目の前の男が綺麗だったので、私は口を開けずにいた。そんな私の目線になって、屈んだ蜂須賀虎徹はくすりと微笑む。
「わ、私の名前は……」
「あ、こら、だめだよ。審神者は自分の名前を俺たち刀に教えていけないんだ」
「……それは、どうしてですか?」

 神様は、気に入った人間を神隠しにあわせてしまうらしい。
 目の前の男は人にしか見えなかったけれど、月明かりに照らされたその瞳に、私とは全く違う何かを蜂須賀虎徹に感じざるを得なかった。

 その日、私と蜂須賀虎徹は一緒に米を炊き、納豆と沢庵をおかずに夕飯を共にした。
 タブレットの説明書を読みながら、大きすぎる風呂に湯をためて、蜂須賀虎徹に風呂の入り方を教えた。
 小学校低学年といっても、女の子の成長は早いもので、すでに父や弟と混浴をしていなかった私は、蜂須賀虎徹とは別に風呂に入ったが、外で待っていてくれる蜂須賀の存在にそわそわした。
 ドライヤーに感動している蜂須賀虎徹の綺麗で滑らかな桃色の髪を乾かしていると、昨日妹の髪を乾かした事を思い出す。
 寂しくなっていると、今度は蜂須賀虎徹が私の髪を乾かしてくれた。大きくて優しい手だった。

「目を瞑ったら、いつの間にか寝てると思うよ」
「そうなのかい、人間の体は不思議だね」
 あまりにも広すぎる本丸で、一人で寝るのが不安だった私は、家族にも言ったことのない我儘を、夕方会ったばかりの蜂須賀虎徹には簡単に口にできていた。
「蜂須賀さん、……おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ。主」

 これが私の審神者になった日の話。