milksop


 ふと、いつも私ばっかりだな、と思ってしまうときがある。

 彼は聞き上手だから仕方ないのかもしれないけど、会うといつも私ばっかり悩み相談をしていて、彼が「じゃあ気分転換にスイーツでも食べましょ」と言って連れ出してくれて、あとは最近見た映画が良かったとか、学校でこんなことがあったとか、世間話で終了してしまう。

 嵐の悩みを、私は聞いたことがない。


「女の子同士仲良くしましょ」

 はじめて仕事を一緒にするとき、彼はそう言って私の緊張をほぐしてくれた。同い年だけどモデルとしては私なんかよりも遥かに先輩で、嵐から教わったことも多い。

 これは私だけではないけど、嵐は女の子のモデルと仕事が一緒になったり、偶然会ったりすると「送ってあげるわァ」と言う。最初はどきっとしてしまったけど、それを女性モデル全員にしてるって言うんだから、ああ、私が特別なわけじゃないのか、とがっかりした。

 嵐は学校の話をするときにいつも「椚センセェがね」と繰り返す。だんだん嵐の見た目が椚章臣に近づいていくときもあって、そのときは若干ひやひやした。嵐じゃなくなってしまうような気がしたから。

 椚章臣の話をする嵐は可愛かった。男であることを忘れてしまうくらい。きっと、嵐と接したほとんどの女の子は男の子としてではなく、女の子として、お友達として好きになるのだろう。

 でも私は、淡く抱いてしまったものが、大きくなってしまった。嵐が乙女になる素敵な恋の話を、私はモデルの端くれのくせに酷い顔で聞いていた。

 伝えることは、できなかった。だって前に、私と同じような気持ちを持ってしまった子が、「ごめんなさいねェ」と断られているところを聞いてしまったから。

「アタシ、好きな人がいるの。物凄くカッコいい人なのよ、可愛い女の子じゃあないの」

 そういう意味で椚章臣のことが好きなの? 嵐の恋愛対象って男なの?
 聞きたくても踏み込めなかった話題だったけれど、私は自分の分身にも見える、私とは比べ物にならないくらい可愛い女の子が振られているのを見て、漸く理解した。

 嵐が好きなのは男なんだ、椚章臣なんだ。
 じゃあ、私が気持ちを伝えても意味なんて無い。気まずくなって、友達に戻れなくなるだけ。

 なら押し殺そう。忘れよう。
 そう思って、私はスキャンダルにならないよう気をつけながら、男性とお付き合いをすることにした。仕事で知り合ったタレント、お笑い芸人、モデル。どれもあまり長続きしなかったから、嵐には尻の軽い女だと思われてそうだ。

「だからあの男はやめとけって言ったのに」

 嵐の口癖みたいにもなっているその台詞に、私は苦笑いを浮かべてアイスティーを飲んだ。

(貴方を忘れるためなんだからしょうがないじゃない)

 お腹の中で恨み言を零す私を尻目に、嵐はチーズケーキをぱくりと食べた。綺麗にケアされた唇だ。それにキスできたら、なんて考えたこともある。昔、ちゃんとケアしないと駄目だって怒られたこともあったっけ。

「あの人、しょっちゅう女の子に手ェ出してすぐ泣かせるって有名よォ? 名前ちゃんだって知ってたでしょ?」
「うーん、ちょっと冒険してみようかなって」
「危険な綱渡りはしないで頂戴……まったくもう」
「あはは」

 たぶん私、その人より嵐に泣かされてる。こんなに泣いてるのに、気づいてくれない。まあ、気づかれても困るから、良いんだけど。

 正直な話。私が色んな男の人と付き合っているのを見た嵐が嫉妬してくれるのを期待してる。傷ついて泣いてる私の手首を掴んで「アタシにしなさいよ」って言ってくれるのを、期待してる。そういう少女漫画ってあるでしょ。憧れるでしょ。

 今回も失敗。言ってくれない、捕まえてくれない。というか、そもそも私が泣いてない。嵐のことを思うと、心の中はいつも雨が降るのに。もうお祖母ちゃんになってしまったのか水分が枯れちゃったみたい。あれ、歳を取ると涙もろくなるんだっけ。

 いっそ、嵐と会うのをやめれば良いだろうか。そうしたら辛くないのかもしれない。椚章臣の話をする可愛い嵐を見ずに済むから。

 私、嵐にはかっこよくあって欲しい。ごめんね。黒歴史だっていうけど、セクシーで、男性らしくて、はだけてるあの表紙の嵐が、一番好きなの。大事に大事に、宝物にしてるの。

 そんな嵐に押し倒されてって妄想しちゃったりして、ドン引きだよね。
 嵐がやりたい仕事は、そんな路線じゃないのにね。

 私がいきなり会わなくなったら、嵐は悲しむかな。たぶん心配はしてくれるよね。

「ちょっとちょっとォ! 最近全然会ってくれないじゃなァい!」

 こんな風に言って。それで私は、

「ごめん。最近忙しくて」

と返す。そのときまでに、新しい好きな人を探しておかないと、な。

 ここのアイスティーは随分量が多い。トイレに行きたくなった私は「ごめん、お手洗い」と言って席を立った。

 トイレに入ってすぐ、酷い顔が飛び込んできた。鏡に映った私の顔だった。可愛くない、きつめの顔。よくよく考えてみれば、可愛いものが好きな嵐が、私を好きになるはずがないのだ。

 それにしたって、私がこんな顔をしているのに嵐は何とも思わないのかな。私のこと、ちゃんと見てくれてないじゃない?

 私のことなんてどうでも良いんだろうか。本当は、私の気持ちに、気づいていて、陰で嘲笑っているんじゃないだろうか。馬鹿な女だって。

「……って、私じゃないんだから」

 いくらなんでも性格が悪すぎる。嵐はそんなんじゃない。優しくて、私の話を聞いてくれる、『女の子の友達』だ。そう、『最高の友達』。心の友、大親友。そう思え。そう思え、私。そんな友達を無くしたくないだろう。

 深呼吸をした私は鏡の前で一度微笑んでみる。ああ、やっぱり可愛くないな。