「困るよお客さん! モラがないなんて……」
賑わう街に突如として響いた大声に、店の露台で米まんじゅうを食べていたシャルルは自然とその声の出処を探した。
口に咥えた饅頭を片手に支えつつ席を立って、転落防止の柵に寄りかかる。もぐもぐ咀嚼しながら周囲を見渡すと、シャルルのいる建物の近くの露天に、焦ったように身振り手振りする中肉中背の男と、拱いた手を口元に添えて何やら思案する背の高い男を見つけた。
長身の男が何か言うと露店の店主は「支払ってもらわないと……!」と声を荒らげる。慌てている店主の声しか聞こえないが、どうやら長身の男が支払いをしてくれないらしかった。
シャルルは小さくなった饅頭を口に押し込み、柵の上に頬杖をつく。
背の高い男は後ろ姿しか見えないが、上品な服を身に纏っていてしゃんと背筋を伸ばして立っている。よく見る宝盗団なんかとは違って悪意はないし、モラに困っているようにも見えなかった。
(財布忘れたのかな)
ちらちらと彼らを見る人々はあれど声をかける猛者はいない。シャルルは口の中身を嚥下して、少し考え頬杖を解こうとした。
「鍾離先生、なにしてるの?」
揉めている現場に声をかけた猛者がいた。その猛者はシャルルの見知った人物だった。
声をかけられた方はゆっくりと振り返り「おや。公子殿」と返事をしている。
シャルルは頬杖を解くことも忘れて、ぽかんとその光景を見下ろした。
(タルタリヤの知り合いなんだ)
「また財布を忘れたのかい? ……しょうがないなぁ。ここは俺が払うよ」
「、」
シャルルは思わず手のひらから顎を滑らせた。
タルタリヤがなんてない様子で財布を取り出し支払いをしていて『鍾離先生』と呼ばれた男も「悪いな」なんて言いつつ自然とそれを受け入れている。
『先生』と呼ぶあたりタルタリヤにとって慕う相手なんだろうかと彼らの関係を思案しつつも『鍾離先生』のために抵抗なく財布を出したタルタリヤに、シャルルはまあまあ動揺している。
それに『また』と言っていた。『鍾離先生』が財布を忘れることはしょっちゅうある事でそれの支払いをタルタリヤがすることもまた然りなのだろう。
シャルルは先程のっぴきならない様子が気の毒で、あちらに行って状況を聞き支払える額ならば立て替えようかと思ったが、それは今回に限るからこそできることだ。
知り合いが頻繁に文無しだったらさすがに見放す。……かの幼馴染みが『今月も使いすぎちゃって……』と毎月しくしくしていたら見放せないが。
ともかく。
(気前いいなぁ……。やっぱ慣れてるな、あいつ)
気さくに笑うタルタリヤを眺めながらシャルルは柵に寄りかかるのをやめて腕を組んだ。他人の支払いを爽やかに行える人間はこの世にどれぐらいいるだろうか。
「それじゃ、俺は行くよ。先生もそろそろ財布を持ち歩いてくれよ」
「ああ。礼を言う、公子殿」
「あはは、お礼なら手合わせで構わないよ」
「考えておこう」
タルタリヤが歩き出したのを見てシャルルもグッと伸びをした。
軽食は済んだし露店の揉め事も収まった。勝手に眺めておいてなんだが面白いものが見れたな、なんて思いつつ、そろそろ依頼を受けている相手のところに行かなければと動き出そうとしたときだ。
「……、……」
琥珀色の瞳と目が合った。『鍾離先生』が腕を拱いてシャルルのことを見上げていた。
確かに上からずっと眺めていたが、まさか彼がシャルルの方に気づいていたとは思うまい。面白い光景だなと思っていたことが後ろめたくて、シャルルはぎこちなく頭を下げ、数秒絡んだ視線を外し、次こそ露台を後にした。
依頼の内容は鉱山に鉱物を取りに行きたいからその道中や採掘中、護衛をしてほしいというものだった。
璃月に限ったことではないが街中を出ると魔物とは簡単に出くわすし、貴重な資源である鉱物を一人で抱えていたら宝盗団に襲われるのも珍しいことではない。
シャルルはそれを承諾し、言われていた通りの時間に依頼主の元を訪れ、護衛任務に勤しんだ。今も周囲を警戒しながら、ピッケルを振るう男の様子を眺めている。
カン、カン、カン。高い音。
「……」
「……」
シャルルは一人ではなかった。依頼主の男がいるのだから一人ではないだろうという話ではなく、依頼主のことを待っているのがシャルル一人ではないという話だ。
シャルルの横には長身の男がいた。それはつい数十分前に、シャルルが店の二階から見下ろしていた男だった。
依頼主が『護衛は君に頼むけれど、もう一人、鉱物の目利きをしてほしくて依頼している人がいるんだ』と言った時、シャルルは特に気にしてなかった。護衛担当が二人になるのなら連携をとる必要があるので面倒に思うところだが、鉱物の目利きをする人間が増えるくらい大したことではない。
と、思っていた。この場に『鍾離先生』が合流するまでは。
『鍾離先生』とシャルルはここまで特に会話をしていない。合流したときに軽く挨拶をした程度で、道中はほとんど依頼主が話すのに、鍾離が返事をしたりシャルルが返答したり、とにかく鍾離とシャルルは会話をしなかった。
シャルルは別に他者との沈黙は苦手ではない。けれど今回に限っては、タルタリヤに支払いをさせていた現場を眺めていたことが『鍾離先生』本人にバレているので、やや気まずい。
(……って言っても、仲良くしたいわけでもないしな)
こういう時に限って魔物も宝盗団も姿を見せない。手持ち無沙汰に指先を動かして、冷たい空気を手遊びした。
カン、カン、カン……。
どれぐらいそうしていただろうか。
「名前を聞いてもいいだろうか」
「…………え? 俺、ですか?」
横から落ち着いた声で問いかけられ、シャルルは一拍遅れて反応した。
「ああ。貴殿の名を知りたい」
ずっと無言でいたのに名前が知りたいとは唐突だ。話すタイミングでも窺っていたのだろうかと奇妙に思うが、シャルルはその質問に黙秘する理由はない。
「……シャルル」
「そうか。俺は鍾離だ」
それは、タルタリヤが『鍾離先生』と呼んでいたので知っている。シャルルは戸惑いつつも頷き、馴染みのない名前を口の中で揉んだ。
「シャルル殿は璃月人ではないな。生まれは?」
「フォンテーヌ」
「なるほど。『自由人』という意味か」
「……」
語ったことのない名前の由来など初めて当てられた。見たところ彼の方は璃月人……のようだが、他国の語源にも詳しいのだろうか。
「旅は好きか?」
「え? うん、……はい」
「砕けて話してもらって構わない」
「……別に、敬語が苦手なわけではないです」
シャルルはこの独特なテンポの会話に訝しげに眉を寄せる。
「ふむ。まあいいさ。……俺の旧友も旅が好きだった」
「……へえ……」
シャルルは無遠慮に鍾離の顔を眺める。『旧友』なんて言うがこの男はまだ若く見える。それなのに鍾離の口から出た『旧』という言葉は、数年前とか、数十年とか、そんなものではなく、数百を超えていそうな、そんな重みを感じさせた。
(彼は俺に昔話をしたいのか)
その理由までは知らないが。シャルルは自分を真っ直ぐに見る琥珀色の瞳を見つめ返し、話の続きを促すように瞬きをする。
鍾離は目を細めた。
「貴殿はなぜ旅をする」
「……世界を見たいから。生きているうちに世界のことなんか一割も知ることができないだろうけど、未知を少しでも既知にしたい」
「……」
「まあ、鍾離さんのご友人がどうして旅が好きなのかは、俺は知りませんが」
「鍾離先生! この鉱石はどうでしょう?」
「む。……確認しよう」
鍾離は依頼主に呼びかけられ、組んでいた腕を解いて男の元へ向かって行った。
「……変な人」
一人となったシャルルは肩を下ろして溜息をつき、くるくると手先で氷の軌跡を描いて遊ぶ。
このあたりには驚異がない。近くにいたヒルチャールは既に払った。暇だ。
カン、カン……。
近くの岩に腰をかけ目を伏せてその音を静かに聞いた。カン、カン、カン。それ以外に特に音はなかった。
日が暮れた。「二人のおかげでたくさん鉱物が取れました!」と喜ぶ男から報酬を受け取り、その日限りの集まりは解散となった。
男が去っていくのを見送り、シャルルは小さく息をつく。と、「シャルル殿」横にいる鍾離に名前を呼ばれた。
視線を向ける。
「貴殿は輪廻転生を信じるか?」
「……、なんですか。急に」
藪から棒な質問にシャルルは顔を歪めるが、鍾離は至って真剣な様子だ。
シャルルは仕方なく話に乗った。
「俺はあまり。そういうのに興味がない」
「……」
「今を生きるのに精一杯なのに、生まれ代わったらとか生まれる前なんだったのかとか、考えてられませんよ」
「やはり、以前と同じ回答だな」
「は? ……初対面ですよね」
「……魂とは不思議なものだな」
「……」
噛み合っているようで噛み合わない会話にシャルルは眉間を押さえて口を噤んだ。
(……これは、宗教勧誘か?)
生死の絡む話題でシャルルが思いつくものはこれだ。『貴方は神を信じていますか?』この手の話題の謳い文句である。今回は『輪廻転生を信じるか?』であったが、いずれにせよ似たようなものだろう。
(そういえば、タルタリヤは『鍾離先生』って言ってたし……。あ)
もしや『鍾離先生』は宣教師で、タルタリヤが気前よく代金を立て替えていたのは『先生』の熱心な信者だからだろうか。
その考えに行き着いたシャルルはゴクリと唾を飲み込んで、鍾離に畏怖を孕んだ眼差しを向ける。
「……俺、宗教はちょっと」
「……? 待て。誤解しているようだ」
「珍しい組み合わせだね」
雲行きの怪しい空間に第三の声が響いた。
「タルタリヤ」
「公子殿。む……」
シャルルと鍾離が声の持ち主の呼び名を口にするのは同時で、反応が多かったのは鍾離の方だ。
「知り合いか?」
「それは俺の質問なんだけどな」
タルタリヤは大袈裟に肩を竦めた。
シャルルがタルタリヤを呼んだことで、鍾離はシャルルとタルタリヤの縁を知り疑問を持ったようだが、それは問われたタルタリヤの方が、二人に聞きたい言葉である。
「タルタリヤは友達。鍾離さんは、さっき依頼で一緒になった」
どちらかが説明する前にどちらの疑問にも答えられるシャルルがそう口にした。
タルタリヤはシャルルに対して目を眇め「深い仲だよね」と意味深長に口角を上げる。
「ただの友達だろ。変なこと言うなよ」
「ただの友達、ね」
「なに」
「別に?」
含み笑いをするタルタリヤを前に、シャルルは無意識に冷たい剣の柄を握る。
「頭に血が上りやすいのも変わらないな」
無言で二人のやり取りを見守っていた鍾離が呆れたようにそう口にした。
明らかに自分に向けられた言葉にシャルルはぎょっと鍾離を向き「ま、まだその話してるんですか……」と若干怯えたように鍾離に問う。
そしてはたと気づく。宣教師と熱心な信者が揃ってしまった、と。
「……え。なに? シャルル、俺に嘘をついたのかい?」
「ついてない。鍾離さんはさっき知り合ったばかりだよ」
「……」
「落ち着け、公子殿。俺が彼と同じ色の魂を知っているだけだ」
「え?」
「宗教怖い……」
シャルルは怯えた。この混沌とした会話は手に負えなかった。
◇ ◇
それは今から数千年前。テイワットに七つの国が設立される前の話、まだ七神ではない岩の魔人にはとある友人がいた。
その友人は猫の姿をとった純水精霊で、曰く『水に乗ってたらここまでたどり着いた』らしい。湖畔でのよくわからない出会いから、岩の魔人モラクスは、たびたびその純水精霊の姿を水辺で見かけ、そのたびに向こうから話しかけられた。
『友人』には、モラクスが申し出てなったわけではない。純水精霊のほうから勝手に友人認定されていたのだ。
純水精霊は気ままな性格だった。
混沌とした戦火の燻る世界を巡り、気まぐれに人を助け、生命を慈しんだ。『何か使命を持っているのか?』とモラクスは尋ねたことがある。『いつか意識を繋がなければいけない』純水精霊は自分でもよく分かっていない様子で答えた。
「それまでは旅をしていたい」
「なぜ」
「世界を見たいのさ。生きているうちにこの世のことなんか一割も知ることはできないだろうけれど、素晴らしい命を、たくさん知りたい」
「……」
モラクスにはよくわからなかった。
変なやつだな。そう思った。
純水精霊は己の見た世界をモラクスに語り、時にはお土産だとか言って綺麗な貝殻を渡してきた。
戦争は激化した。純水精霊の気まま旅も、そううまくはいかなくなったようだ。
戦争の最中モラクスは自らの手で命を奪いさえした。多くの死を経験したモラクスは何気なしに友人に問うたことがある。『お前は来世を望むのか』と。
友人は訝しげに眉を顰めて『とんでもない』と首を振った。
「今を生きるのに精一杯なのに、次の人生なんか考えている暇がないよ」
「……」
「まあでも、もしも一生を終えて生まれ変わるなんてことがあるなら、俺はまた旅をする。その時にあなたに会えたら、また友達になろう」
「……。それは、契約か?」
「参ったな。単なる個人の希望だよ。あなたと契約なんかしたら、岩に食われてしまいそうだ」
失礼なことを言うやつだなとモラクスは眉を寄せた。その日の軽い冗談が、モラクスと友人の最後の会話だった。
◇ ◇
シャルルは茶を啜った。璃月港では講談師がよく昔話を語っているが、鍾離もそういうプロに負けず劣らずの、それどころか彼らよりも達者な語り口であった。
かと言ってシャルルは鍾離の話に感銘を受けたわけではない。なぜならこれは宗教の勧誘で、鍾離は宣教師、タルタリヤは信者だと思っているからだ。
湯呑みに口をつけたままぼうっとしていると、横にいるタルタリヤに小突かれる。
「君って神の眷属だったわけ?」
「ただの人間だよ……」
シャルルは呆れたように返事をした。熱心に話を聞いていたかと思えばこの反応、さすが信者である。
それにしても語られた話のどこまでを本気にしていいのだろうか。鍾離の話をまとめれば、数千年前の記憶が鍾離にはあって、その数千年前の友人の魂がシャルルの魂と同じであって、鍾離はモラクスである。
どれもにわかには信じ難いのだが、琥珀色の瞳を持つ男は、どうも嘘を言っているようには思えない。
(……これが『宣教師』なのか……?)
信じられない話を信じさせる。そういう話術なのか? シャルルは疑心暗鬼に陥りかけていた。
「鍾離さんが鉱山で俺に言った『友人』って、今の話の人ですよね」
「ああ」
「その友人と、俺が同じ魂……をしている?」
「そうだ」
「でもそれだと、鍾離さんは『モラクス』だってことになりませんか」
「ふむ。今の俺は凡人の鍾離だ」
「…………?」
シャルルは眉間を揉んだ。なんだろうか、この、微妙に噛み合わない会話は。堪らず「うう〜〜……」と唸って椅子の背にだらしなく凭れ、額を叩いて天を仰ぐ。
「あはは。先生、彼にはあんまり難しい話はしない方がいいよ」
シャルルの横に座るタルタリヤが大層愉快そうに笑い声を上げた。
シャルルは額に当てていた手を下ろし、タルタリヤのことを瞳孔を開き気味に睨む。
「あんたはそろそろマジで泣かせてやろうか」
「お、やる気かい? いいね。俺は大歓迎だよ!」
「今のうちに笑ってろよ。一週間はスネージナヤで休養させてやるから」
タルタリヤが笑みを引っこめてゆっくり席を立つ。
シャルルも真顔で立ち上がった。
「ふむ。二人は仲がいいな」
「よくない! ……です」
シャルルははっと口に手を当てる。鍾離に向かって怒鳴ってしまったのがなんだか気まずかった。
「……。君、鍾離先生相手だと借りてきた猫みたいで面白いな」
「人をペットに喩えるな」
「いや、実際は飼っていたのだが」
「は?」
「うん……?」
剣抜弩張の空気を霧散させたのは鍾離だった。しかしその発言は新たな火種を生むこととなる。
タルタリヤとシャルルは揃って鍾離に視線を向けて、その発言をなんとか噛み砕こうと試みる。
「多少難儀したが首輪もつけた」
「……? 鍾離さんは、さっきの『友人』の話をしてます?」
「ああ」
「ちょっと先生。『飼っていた』ってどういうこと?」
「なに。利かん気が強い猫をわからせただけさ」
「……」
「えっ。待って、怖い……さっきのはいい話じゃなかったのか……?」
シャルルは困惑した。昔話は特別な盛り上がりもオチもない単純な過去の追憶のはずだった。鍾離の古い友人との、不和のない友情話。それなのに今、鍾離は『利かん気の強い猫をわからせた』と言った。
たとえばである。
数千年だなんて途方もない時間の、たった数年の短い時の存在を、いつまでも覚えているものだろうか。シャルルが思うに答えは否だ。覚えているとすれば、相当因縁のある関係となるだろう。
たとえばである。
数千年の思いを馳せた因縁深い相手と再び巡り会った時、人はどうしたいと思うものだろうか。
仇であれば討ちたいだろう。
師であれば敬愛するだろう。
では飼っていた猫の場合は? また飼いたいと思うのか?
たとえばである。
鍾離が本当に数千年の時を生きる存在で、その長い人生の中で出会った儚い友人と同じ色の魂を本当に自分が持っているのなら、この出会いはシャルルにとっていいことだろうか。
「……鍾離さん」
「なんだ?」
「俺にどうしてほしいんですか」
「ふむ。そう問われると思うことは幾つもあるが」
「……」
「友になってくれないか」
「え。……」
身構えていた分シャルルはその返答に呆気にとられた。「友達、」ぽつりと呟いて瞬きする。
「また俺に冒険譚を語ってくれると嬉しいのだが」
「……、宗教じゃないんですね?」
「宗教ではない。なぜそのような思い込みをしている?」
「え、……だっていきなり『輪廻転生』とか『魂が同じ』とか言うし……」
「ぷっ」
「タルタリヤはあなたを『先生』って呼ぶし、貢いでいるようだから……」
「待った。なんだって?」
タルタリヤが笑えたのは一瞬だけであった。
腕を引っ張られたのでシャルルは怪訝な顔をタルタリヤに向けて「あんた鍾離さんに昼間貢いでただろ」と言い直す。
「昼間……?」
「公子殿が俺の支払いを立て替えてくれた時のことだな」
「ん……? あ。なるほど? 見てたのかい?」
「見てた」
「一体どこで?」
「え? 店の二階。饅頭食べてたら、揉める声がしたから」
「呑気だなぁ……」
「は?」
「鍾離先生はモラを持ち歩かないんだよ。よくああいうトラブルを起こしているのさ」
「へー……タルタリヤは『鍾離先生』の信者かと思った」
「冗談言うなよ。なんでファデュイの俺が岩王帝君を信仰するんだ?」
「……? うん?」
「シャルル殿」
何かひっかかるなとシャルルが疑問に思ったのは束の間のこと。名前を呼ばれてそちらを向いたシャルルは、差し出される手とそれを差し出す鍾離とを交互に見て、素直に手を伸ばし、握手をした。
鍾離の手は大きい。華奢な美丈夫に見えるが体つきはしっかりとした男性らしい。
「よろしく……?」
「ああ。よろしく。似合う首輪を探しておこう」
「……はい?」
「シャルル。君って本当にバカだね」
「は?」
横から刺された罵倒に振り向いた。タルタリヤが相当呆れた顔をして「この話、俺はともかく幼馴染みにできるのかな」と付け加えてる。憐れみすらあるそれが苛立ち、シャルルはタルタリヤに手をあげようとする……が、握った手の力がやけに強い。
「……鍾離さん」
「どうした。シャルル殿」
「……猫は、あんまり構うと嫌われますよ」
「心得ている」
鍾離が綺麗に笑う。その美しさはこの世のものとは思えない。
シャルルは輪廻転生に興味がない。けれども今ばっかりは、前世にどのような悪行を重ねたらこんな災厄に見舞われるのだろうかと、こくりと唾を飲み込んだ。