空を仰ぎ見たところでなにも変わらない。水希は暇になった腕を組んで角の壁に凭れた。目を閉じない限り視界に飛び込んでくるベンチは満席である。
 なによりも鬱陶しいのは途切れることを知らない人の往来だった。
 人の多いところがあまり得意でないことぐらい自分自身が一番に理解している。それゆえのため息であった。

 きっかけは毎度のことのように渚だ。「思い出作りをしようよ! 水泳以外にもさ」そう提案したのは4人に向かってだったのだろうがちらりと飛んできた水希への窺うような視線。
 瞬間はなんだろうかと眉間のシワを濃くすることしかできなかったが、ああと合点がいった。しかしますます表情は曇った。
 その種目には人数制限がある。だからリレーを泳がないと決めたのは水希自身だ。誰かに言われたわけでも、誰かを気遣って辞退したわけでもない。リレーが素晴らしいものであることは知っているし、そこに憧れをもっていないというと嘘になるが、わざわざ他人のものを取る趣味なんかない。
 言えば枯木寒巌だが、リレーは、その内にある仲間同士の強い絆は水希に無関係なのだ。それが仲間はずれだと思ったことは一度もないし、水希はこれっぽっちも気にしていなかったのだが――渚は違う。
 大会のたび観客席で江の横に立ち自分たちを見下ろす水希に晴れないものがあった。
 その晴れない気持ちが今回の動機であることを察した水希は渚から目を逸らした。めんどうだ。そんな、俺は気にしていないのに。
 真琴の意見は大凡水希のと合致する。楽しそうだなあと声を明るくする真琴に後は委ねておいた。
 あまり乗り気でない遙を渚が説得する場面を除けば話は円滑に進んだ。
 あれよこれよと予定は決まり、渚たちと途中で別れてからは、先ほどまでの賑やかさが夢だったかのように静かになった。
「明後日、遊園地だって」詳細は真琴が伝えた。水希が景色に意識を飛ばし、なにも聞いていなかったのを真琴は知っていたのだ。
「行かない」
 即座に答える。非難の眼差しが水希を突き刺した。
「ゆるキャラがいるぞ」
「……」
 遙のどこかずれた発言に水希はがくっと片方肩を落とす。渚にそう説得されたのだろう、目が輝いている。ああおまえ、ゆるキャラとか好きだもんなあと心内笑いながら納得した。
「もうハル……水希にそんなの通用しないって」
「写真撮って送ってくれればいいじゃん」
「興味あるの?!」
「! そうだな」
「ってハルも納得するなよ!」
「水希にいいように流されるなよ!」とゆっさゆっさ、真琴が遙の肩を揺する。きょとんとする遙なんかは真剣に写真を撮って水希に送ろうと思っていたのだろう。
 一番厄介な人物をどうにかして抑えたと思ったのに、双子の兄ときたら余計である。こういうときは本当に察しが悪いとこっそり悪態づいたのは内緒だ。
「ねえ水希、どうして嫌なの?」
 こればっかりは真琴でもわからなかった。
 水泳部で、なにを考えているのかわからないと評判の遙と水希の通訳は大体真琴が行う。真琴曰く遙も水希も意外と顔に書いてあるらしいのだが、こういうときばかりは、水希は真意を隠すのがうまかった。
「なんでって……」
 ――渚に気を遣われているからなんて言えるわけないだろう。結局口にしたのは、人混みがいやだからとかいうとってつけた言い訳だった。が、案外うまい言い逃れだったようで、真琴も、ついでに遙も深く頷いていた。
 そんな一昨日のことを回想して、ふっと笑う。
 結局、連れて来られたわけだが。
 あの納得はなんだったのだろうと悲愴の笑みが浮かぶ。かの2人は変なところでずれているから困るのだ。
 連行されれば逃れられず、燥ぐ後輩2人を、ゆるキャラとやらを探してきょろきょろする遙を後ろから見ながら、お目付役なのかなんなのか自分の横に立つ真琴に倣って遊園地を歩き回って――先導する渚の勢いに疲れてほんの少し立ち止まったときだ。
「! いた!」
 遙のお目当てが見つかったのだ。そのゆるキャラは存外人に囲まれていて、そこは人集りが今までと比にならなかった。
 ゆるキャラが何かしたのだろう、わっと動いた衆人のおかげで隣にいた真琴とは呆気なく離れ、水希は押し返してきた人ごみに流された。
 真琴、と呟いたそれはすぐに飲まれる。わずか1メートル離れただけでもここでは致命傷だというのに、水希はよろめいた先で他の波に飲まれ、流され――
 気づけば比較的幼い子とその親が集うメリーゴーランドの前に来ていた。
 それで冒頭通り、角の方でぼうっとしているのである。
 残念なことに携帯電話は持って来ていない。名前と反してそれを携帯する習慣など水希にはなかったし、今朝だってかのお目付役と遙が持っているので必要ないと思っていたのだ。真琴とはぐれるつもりなんかなかった。そもそも迷子になる気もなかったのだ、なるとしても横には遙がいると思っていた。とにかく予想外なことばかりである。
 水希は周りを見、肩を竦める。偶然出会う以外の手段はない。迷子センター? はっ、笑わせないでほしい。
 いっそのこと家に帰ってそこから連絡しようか。そう思えばそれが最善の策である気がして、思い立てばすぐ行動、水希はメルヘンな電子音を背に1歩2歩と歩き出した。
 しかしその歩みはわずか数十歩でとまった。
「……」
「……」
 偶然、出会ったのだ。けれどもそれは真琴たちではない。
 私服を見るのは初めてな気がする。水希は呆然と2人を見つめるのだが、驚いているのは、2人――宗介と百太郎も同じなのだろう。なかなか声が出ず、空気を読まないメルヘンチックな電子音のみが鳴り響く。メリーゴーランドが回り始めたのだ。
 宗介が水希の周囲を確認する。
「……一人か?」
「なわけないだろ!!」
 らしくもなく水希が思いっきり、叫んだ。


「へえ! 迷子っすか!」
「…………まあ」
 3人が出会うのを見計らったかのように空いたベンチに彼らは腰掛けていた。順番は左に水希、真ん中に百太郎、右に宗介だ。百太郎が2人の手を引いてベンチに座ったのでこの順番になっただけで、他意などない。
 元の性格もあるのだろうが、百太郎は他校生の水希が珍しいのか、積極的に話を振っている。百太郎とて水希が岩鳶水泳部であることは知っているし、何度も見たことはあるのだが、声を掛けたことはない。
 百太郎の考える橘水希とは、七瀬遙と山崎宗介を足して2で割った存在だ。どういう意味かって、要は話しかけづらかったと言いたいだけである。
「俺たちも迷子なんすよー!」
「へー……」
「……なんだ」
「別に」
 なんだか意味深長な視線を送られたのだが、十中八九嘲りだろう。迷子かよなっさけねえ。そんな瞳だったがお前が言うかと殴ってやりたい。
 水希のことは、彼に興味津々な百太郎に任せて、宗介はポケットから携帯を取り出した。一緒に来た凛と愛一郎に連絡するためだ。
 このメリーゴーランドの前ならば迷うことはない。すぐに合流できるはず。
「あ、山崎」
「?」
「凛に連絡するんだろ。ならついでに真琴にメールするように頼んで」
「……」
「……頼んで、くれませんか……」
 一睨みすればぐぬぬと言わんばかりの口の曲げようで敬語に正してきたのだが、そういう意味じゃあない。
「? 橘さん携帯持ってないんすか?」
「橘だと紛らわしいから名前でいい」
「あっはい! 水希さん! 俺も百って呼んでください!」
「(あ、こいつの名字御子柴か……)ああ」
「メアド……あ、水希さんは携帯……」
「持ってるよ」
「え? ……え?」
「今ないだけ」
「それって意味ない!!」
 携帯電話を携帯しない人間は初めてだと百太郎は膝をばんばん叩きながら笑う。
 こんな型の人間、鮫柄にはいないと百太郎は言うが、水希も同じ気持ちだ。おまえみたいに騒がしい人間、岩鳶にはいない。彼の陽気さは渚を上回っている。
 彼ら(というよりも主に百太郎)が賑やかにする中、宗介は簡単にメールを打っていた。内容はメリーゴーランドの前で百太郎といるというもので、水希のことは特に触れていない。
「どうせなら、俺と山崎先輩と一緒に遊園地を回りましょうよ!」
「は?」
 ボタンを押そうとした指はとまった。
 ふっと視線を外して百太郎を見れば、ちょうど彼は宗介を見上げている。水希はといえば、百太郎に手を取られ強く握られるものだから困惑しているようだった。
「ね! 山崎先輩!」
 宗介は唖然と百太郎を見つめ――ふっと笑った。
「それもいいかもな」
「! ですよね! 水希さん、絶叫系とか平気っすか?!」
「え、あ、うん……問題ない」
 水希の困惑の眼差しが突き刺さってきていることぐらい知っていたが、宗介はあえて反応せずに、メールの文面を打ち直す。
 百太郎がどうしても乗りたいアトラクションを見つけたので合流は少し待ってほしいこと、それが終わればまた連絡をすること。それと――
「山崎先輩、凛先輩にメールできましたか?」
「ああ」
「じゃあいきましょー! 水希さん、ジェットコースターとフリーフォールどっちがいいですか?!」
「ど、どっちでも……」
「じゃあフリーフォールで!」
 七瀬のアドレスを教えてほしい。なんて、きっと凛は困惑するだろう。この賑やかな遊園地の中で着信に気づくのはいささか難しい。返事はしばらくかかるだろうから、宗介は携帯を徐にしまった。



 水希とはぐれたのに真琴はすぐ気づいた。それであたりをくまなく探したのだけれど。
「失敗したぁ……! 水希にも携帯を持たせとくんだった……」
「まこちゃんそれもう3回は聞いたよ」
 コーヒーカップの前で項垂れるのは真琴で、それを慰めるのは渚だ。どよーんと影を背負った真琴にひたすら苦笑い。ゆるキャラ騒動で水希とはぐれてからもう数十分はたっていた。
「水希ちゃん、迷子センターとかいきそうにないもんね。そんなことするぐらいなら家に帰る方が賢明だー! とか思ってそう」
 渚の発言が数分前の水希の考えと完全に一致していることを知るものはここにはいない。
「もう僕たちが迷子センターに行けばいいんじゃない?」
「……確かに」
「でもさ、どうして水希ちゃんに携帯をもたせなかったの?」
 渚の質問に真琴は顔を上げ「……絶対にはぐれないつもりだったし」ぽつりと言って、コーヒーカップに乗る遙を見る。ちなみに遙は巻き込まれただけでそれに乗りたかったわけではない。
 遙があれに乗るに至ったのを説明するのは――「僕の華麗なハンドル捌き、見せて差し上げましょう!」そんな怜の話まで遡らなければならないので、割愛する。
「はぐれるとしても、絶対にハルと一緒だと思ってたから」
「……なるほど。じゃあハルちゃんは携帯をもってるんだね」
「ほんと……読み違えてた。水希、大丈夫かなあ……」
「あはは、大丈夫だよ。水希ちゃんだって子どもじゃないし、ここは砂漠でもないんだから」
 死にはしないよと渚は冗談めかしていう。確かにそうだ、死にはしない。けれど真琴は水希が人混みが非常に苦手なことを知っていた。
 学年集会などで集まるぐらいもダメなのだ。自分か遙かがそばにいてやれば幾分平気らしいのだが、顔を青くしたり、ひどいときには冷や汗をかいたりされては、なにが平気なのかまったくわからない。
 そこまで人混みが苦手な理由は教えてもらえていない。多分、幼い頃になにかあったのだろうが、教えてもらえないのだ。だからこれに関しては真琴も無理して聞こうとは思っていない。
 それなのに無理して遊園地に連れてきたのかと言われると身が縮まる。だって水希も一緒がよかったのだ、どうか目を瞑ってほしい。
「……水希ちゃんは、リレーを泳がないでしょ」
「?」
「水希ちゃんだって同じチームなのに、そばにいるはずなのに、なんだか遠いところにいる気がして……なんて」
 唐突に胸の内を明かした渚に驚きつつ、真琴はゆっくりと彼を見た。渚は珍しくも自信のない様子で俯いている。
「水希は、水泳部ができてからそれまでよりもよく笑うようになったよ」
「……?」
「蘭たちに話すのも大体水泳部の話。特に渚と怜のことはよく言ってる。そのときの水希はさ、いつもの無愛想が嘘みたいなんだ」
 ぽかんと口を開けて見上げる渚に真琴は優しく笑いかけた。
「リレーをしてる“俺たち”が好きなんだって」
 ぽんぽんと頭を撫でる真琴の手は、まれに水希がしてくれるのとまったく同じ手つきだった。渚は思わず涙ぐんで、ごしごしと目をこする。
 一昨日水希が遊園地に行きたがらなかったのは人混みだけが原因ではなかったのだろうなあと今更ながら真琴は気づく。きっと水希は隠された渚の気持ちに気付いていて、居心地が悪かったのだ。遠い距離なんかにいないんだよ、大好きだよ、大切だよ、それがうまく伝わらないのがもどかしいことなのは真琴だって知っている。
「ただいま戻りました!」
「あ、おかえり怜ちゃん、ハルちゃ……」
「うわあハル顔真っ青!! 怜なにしたの?!」
 真琴と渚を包んでいたしんみりとした空気は弾け飛んでしまった。口に手を当ててふらふらとする遙を心配し、真琴が駆け寄る。
「? 僕の華麗なハンドル捌きを見せただけですが……」
「川が見える……」
「渡っちゃダメだよハル!!」
「ハルちゃんの場合反対の岸にいかないでずっと泳いでそうだねー」
「そんなこといってる場合じゃないってばあ!」
「サバが泳いでる……」
「どんな川ぁ?!」
「オークチンホソイソンくんが手を振って……る……」
「?! ハルしっかり!!」
 がくっと崩れ落ちた遙は真琴が支えた。救護班、救護班ー! と叫ぶ真琴は一体どこの漫才師なのか。
 遙は岸の向こうで待っているオークチンホソイソンくんに出会うため、サバが泳ぐ川を渡ろうとしているし、真琴は慌てすぎだし、怜はどうしたんでしょう……なんてなにもわかっちゃいない。
「……水希ちゃんがいないと、僕たちって案外ボケばっか……?」
 頬をかいて渚は苦笑した。迷子センターに行くのは少々後回しになりそうだ。



「……意外とえげつねえな」
 宗介のつぶやきを器用にも拾って見せた水希が彼を見上げる。「なにが?」と首を傾げたって彼の横にいる、やつれきった百太郎は見え見えだ。
 絶叫系アトラクションに乗ろうと言い出したのは百太郎で、それに繰り返し乗ろうと提案したのは水希だ。
 宗介は2回目以降は辞退したのだが、好奇心旺盛な百太郎は断らず。だからこそ乗るたびに目をキラキラさせる水希に気づいたのは宗介だけなのだ。
 絶叫系が好きだったとは意外だ。遊園地なんか似合わないおとなしい性格かと思っていたのだが……。
「……あ」
「水希さあん……もうやめましょうよお……」
「? なにいってんの」
 この様子じゃあ百太郎はしばらく絶叫系に近寄らなくなるだろう。
 水希が突然足を止めたので宗介も足を止めて、ふらふら進む百太郎の首根っこをつかんだ。真琴たちを見つけたのだろうか。「どうしたんだ?」と問いかけつつも水希の目線の先を追うが、どうも彼らの姿は見当たらない。代わりにあるのは比較的女性が集うカートだ。
 この甘い匂い、クレープだろうか。そういば小腹が空いたような気がする。
「……買いたいのか?」
「……あ、うん」
「行くぞ」
 ぐいっと乱暴に水希の腕をとって宗介はずんずん進んで行く。今日だけで何度目なのかあっけに取られた様子で見てくる水希はなんなのだろう。宗介が(意図的ではないのだが)ぎろりとした目つきで水希を見る。そういう目には慣れていないのか、ぐっと押された水希であったが、
「……山崎って、意外と優しいんだな」
「……」
 とりあえず言いたいことは言ってやった。が、言ってやってから後悔する。なんでって、宗介が反応しない。(失礼だが)てっきりツバでも飛ばされると思っていたのだけれど。
 互いになんともいえない微妙な空気にまとわりつかれる中で、未だ呻く百太郎だけがそこにいなかった。



 遙がメールが来ていることに気づいたのは、怜が真琴に説教を受ける傍で時刻を確認するためにそいつを取り出したときだ。
 差出人は凛だ。一体なんの用だろうかと不思議に思いながら確認すれば「宗介にメアド教えた。わりい」とのこと。
(山崎に?)
 話がまったく読めなかった。メールには余計なことが書かれていないので遙の考えでしかないが、宗介に聞かれたから凛は遙のアドレスを彼に教えたのだろうが、宗介が自分のアドレスを知りたいと思う理由がわからなかった。
 まずそんなに仲良くないし、連絡をとらなくては困る関係にあるわけでもない。
 メールを見れば見るほどわけがわからなくなったので遙は考えるのをやめた。気にしなくてもいいだろう。凛からのメールは数十分前のもの、つまりは遙が怜の華麗な(以下略)に半ば殺されかけていたときに送られて来たようだ。遙は了解の旨を返信した。
「遙先輩……」
「? なんだ?」
「さっきはすみませんでした……」
 今回ばかりは真琴にこっぴどく叱られたのだろう。しょんぼりする怜を責める気など遙にはない。
 気にしてない、大丈夫だ。そんなことを言って携帯をしまおうとしたとき見計らったかのように電子音。
「? メールですか?」
「ああ……」
 凛からだとするといささか早すぎないか。それにあのメールに返信なんていらないのに。
 怜と同じように小首を傾げながらメールを確認する頃には、渚と真琴も寄って来ていた。
「迷惑メール?」
 真琴に問われて曖昧に答える。確かに相手は登録していない人のようだ。
「添付ファイルがついてますね」
「開いてみなよ、ハルちゃん!」
「待て、変なものだったら――」
「えいっ!」
 横から手をにゅっと出した渚が、ためらう遙の代わりにボタンを操作した。
「渚!」と非難の声をあげられたって知らぬ顔。うっかりうっかりーなんて舌を出しながら言えば、大概は見逃してもらえることを知っている。
「……え、これ、水希……?」
「は?」
 遙が画面を傾けたためその添付ファイルとやらを真っ先に目にしたのは真琴だった。
 遙が慌てて画面を確認すると、真琴の見間違いではなかったようで、今迷子中の幼なじみが映し出されている。しかも盗撮ではないようで、カメラ目線だ。いや、カメラというより写真を撮っている人物を見ているのだろうか。
 右の頬を親指で押され、苦しそうに目を細めている水希は……多分その人物に気を許しているのだろうが……。
「ここ、どこかな? 背景が全然写ってないよ」
「待ってください。水希先輩が持ってるこのクレープ……ロゴを遊園地内で見たような気がします」
「えっ、じゃあ水希は……?」
「この送り主と一緒に遊園地内にいるみたいですね」
 一先ずは彼がどこにいるのかわかったことに真琴は胸を撫で下ろす。それにクレープを食べているのなら、苦手な人混みのせいで口を押さえていることもないのだ。水希の無事がわかっただけでも一安心である。
「それで、送り主は?」
「……『かくれんぼだ』」
「えっ?」
 一同揃って首を傾げる。説明するのが煩わしいのか遙は彼らに見えるように携帯を動かした。
「『かくれんぼだ七瀬』……?」
 渚が読みあげたのと同じ文章は、何度瞬きしたって変わらないのだ。



 ぶすっとむくれる水希の機嫌の取り方なんて宗介は知らない。まさかここまで拗ねるとは思っていなかったのでそろそろお手上げだ。
「そろそろ機嫌直せよ」
「……」
 ぎろりと睨みあげられるわけだが、クレープ片手にやられたって怖くない。
「おまえ、さっきの凛に送ったんだろ」
 水希が不機嫌なのは――数分前の宗介の行動が原因だ。
 宗介と百太郎が後ろで待っている中クレープを購入した水希は、浮かれ気味に戻ってきた。(ちなみに水希は2人にも買おうかと聞いたのだが、百太郎はもの酔いのため遠慮、宗介はクレープよりコーラがいいなんて生意気を言ったので腹パンをしてやった)
「コーラはなかった」と言いながらクレープを食べる水希。なんだかんだで買おうとしてくれていたらしい。腹パンを決めたくせに。
「甘いもの、好きなんですか?」
「ん」
 百太郎いわく、この前合同練習で会ったときとはまったく印象が違ったとか。
「あ、おい。顔についてんぞ」
「?」
「ったく……」
 右の頬にクリームを少量つける水希にため息をつく。ガキか。指摘するのもなにもかもめんどくさかったので、さっさと拭ってやることにした。
 手を伸ばして、ちょっと強めに親指で頬を拭う。そのときの水希はなんら抵抗しなかったのだが、その様子がネコみたいで。
「……?」
 なんとなく、写真に収めるなんて、柄じゃないことをしてしまったのだ。
 かしゃっとシャッター音が聞こえた瞬間水希が慌て出す。今撮っただろ! 消せ! 消せ! なんて、百太郎の水希に対するイメージが根本から変わるぐらいの慌てようだった。
 それがおもしろくて宗介は「消してえなら自分でやれ」と携帯を高く上げて挑発。
 水希とて背が低いわけじゃない。この場にいないが渚や愛一郎以上あるのは確かだし、もしかすると百太郎よりも若干高いかもしれない。それなのに宗介から携帯を奪えなかったのだ。
「こんの……っよこ、せっ!」
「おっ……と」
 ピピ。そんな高めの音。
「あ、わりぃ。送っちまった」
「あ゛?!」
 ここでやっと宗介から携帯を奪えたのだが、画面に表示されているのは送信完了の4文字。誰にかなんてすぐ予想がついた。自分と宗介とで共通の知り合い。凛しかいない。
「おまえまさか……!」
「ああ。写真も添付した」
 前言撤回、こいつ全然優しくない。それから水希のネコのような威嚇が始まるのである。
「水希さん、どうしてそんなに不機嫌なんですか?」
「うるさい!」
「むぐっ?!」
 心配した百太郎が声を掛けたのだが、彼は水希にクレープを口に突っ込まれ強制的に黙らされてしまった。といっても酔いのさめた百太郎は、水希さんにクレープもらえた……! と喜んでいるのだが。
「俺、絶対変な顔してたし……」
「女子か」
「ぶっころすぞ」
「そっちが素か? 口悪いな」
「……凛の親友じゃなかったらそのツラぶん殴ってんのに……」
(こっわ……)
 イライラ、目つきを鋭くしている水希はどこぞの不良みたいだ。クレープを食べているときとの格差に人ってこんなに変わるものなのかと感心するしかない。
「……そういや、凛、真琴に連絡してくれたの」
「……」
 宗介はゆっくり水希を見下ろした。未だにぶすっとしてそっぽを向いている水希は、小学生の頃の凛とのケンカを宗介に思い起こさせた。
「……まだ返信がねえってよ」
「……ふーん」
 真琴は携帯には望みはないだろうと踏んで確認していないのだろうか。そんなことを思いながら水希は、先ほど乱暴に百太郎の口に突っ込んでしまったせいで随分と量の減った、残り少ないクレープを胃に収める。
「水希さん! それ、うまかったです!」
「……おう」
 ほらみろ、ただの単純野郎だ。宗介はちょっと水希の頬が緩んだのを見逃さなかった。
 要は退屈しのぎなのだが――この広い遊園地でのかくれんぼだ。そう簡単には見つかるまい。



「相手にメールしてみたら?」
 渚の提案は尤もだ。それ以外のコミュニケーションはないのだから。
 送り主不明のメールが届いてからしばらく4人で悩んでいたのだが、遙はゆっくりと指を動かす。文面を考えなければいけない。
「相手は……俺たちの知ってる人だよね? じゃないとハルのアドレスを知ってるわけがないし、第一水希がついて行くとも思えないし……」
「……どうだろうまこちゃん」
「え……?」
「意外と相手は僕たちの知らない人で、水希ちゃんはとんでもないことに巻き込まれたのかも……」
「渚くん!」
 青ざめる真琴と声を低くする渚の間に怜が慌てて飛び込んだ。冗談でもそんなこと言うものじゃないと咎めれば、ごめんごめんと反省の色の見えない謝罪。渚にとっては悪ふざけなのだろうが――真琴は随分と気を鬱いでしまったらしい。
(確かに水希、意外とバカだから相手が温和そうだったらすぐに警戒を解いちゃうだろうし、食べ物でつられるかも……)
 もし水希が渚の言うとおり、何かに巻き込まれてしまっているなら、今頃は――――
「ほら、言うこと聞かねえとこっちの恥ずかしい写真もばらまくぜ?」
「ん、ぐっ……!」
「強情だよなあ……かわいいかわいいお顔には傷をつけたくねえんだけど……」
「はっ……!」
「かくれんぼは俺の勝ちだなあ、だあれも助けに来やしねえ」
「……っ……て」
「あ?」
「たすけ……まこ……」
 水希は掠れた声で、助けを――。
「うわあああ!!」
「えっなにまこちゃん?!」
 なんだそれ冗談じゃない。見ず知らずの男に弟の純情が踏みにじられているなんて、冗談じゃないのだ。
 いきなり発狂した真琴に渚は心底驚いて後ずさる。
「ハル! 相手に水希の体は無事なのか聞いて!!」
「? ……? あ、ああ……」
 あまりの剣幕に遙は聞き返せなかったのだが、多分水希が人混みが嫌いなので真琴はそういう意味の心配をしているのだろうと考えた。相違していることは言わずもがなだ。
「……あ」
 ちょうど遙が文章を打ち始めたとき、またしてもその謎の人物からメールが届く。飽きずに添付されたファイルを、遙は次はなんらためらいなく開いた。
「今度はこっち、向いてないね」
「これは……インフォメーション? ですかね」
 怜の言うとおり設置された大きめの掲示板――園内の地図を指差す水希が写っている。その横には誰かいるらしいのだが、ぎりぎりフレームに入らなかったようだ、わからない。
「少なくとも……5箇所はありますね」
 園内のパンフレットを取り出し、怜は青い印のついたところを指で追う。インフォメーションボードは5つの場所にある。それの中で最も近いのは目に見えるところにあるが、そこにはいないので、他の場所だろう。
「……待って。水希……」
 真琴の真剣な声に一同ごくりと喉を鳴らす。真琴は写真に写るボードと、怜の持つパンフレットを十分に見比べた上で口を動かした。
「お化け屋敷……指差してない?」



「苦手なんじゃないのか?」
 宗介の前にはどこか及び腰な百太郎とそんな彼の腕を掴んでいる水希。そんな彼らよりも前にあるのは、おどろおどろしい建物。
「? 特には」
 恐怖の館。そう綴られた文字は赤色で、いうならばどこかどろどろとしていた。
 水希の機嫌がやっと戻って来た頃に、彼が行きたいと言い出したのはお化け屋敷であった。
 宗介は凛から「真琴は怖いものが苦手だ」と聞いたことがあったのでてっきりその双子である水希もそうなのだろうと思っていたが違うらしい。あの目をみてみろ、百太郎を何度もフリーフォールに駆り出したときのとおんなじだ。
「いつもは真琴がいるから入ったことないんだ」
 なるほど兄に遠慮して好奇心を抑えていたのか。宗介は一人納得して、またおどろおどろしい建物を見直す。
「やめましょうよ水希さぁん……」
「真の男になるには必要だ、百」
「真の……男……?」
「ああ。それこそ御子柴……おまえの兄ちゃんみたいにな」
 あれ、あの人名前、なんだったっけ。そんなうっかりはなんとかごまかした。
 そんなんで頷くわけないだろ、と宗介は呆れたのだが……ああ、その目、クワガタを捕まえたと喜ぶときのと同じだ。
「やってやるぜ……! 見てろよ兄ちゃん!」
 バカばっかりだ。宗介のため息は重たかった。その反面、水希にもああいうノリができるんだなあと感心していたりもする。甘いものが好きで、負けず嫌いで。子供っぽい面もあって……普通の男子高校生のようだ。
 うちとよそへの応対が極端に違う。そんな印象を宗介に与えた。つまりはすでに百太郎も宗介も、水希の「うち」にいるのだ。
「山崎……いや、宗介」
「!」
「行こう」
 伸ばされた手をしばらくはじっと見た。
「……ああ」
 自分自身の手よりも幾分小さい気がするのに、力強く感じたのは、この手はたとえ自分が絶望の淵にいても躊躇わず引っ張り上げてくれそうな気がしたのは、どうしてなのだろう。
 そっと重ねた手はぐんと勢い良く引っ張られた。

 水希が友人から聞いた話だと、道が分岐していて間違えると引き返さなければならないものや、ヘッドフォンを装着するものもあるらしいのだが、これは決まったコースを歩いていく最も一般的なものらしい。
 ところどころで見られたいわゆる「ドッキリポイント」に、いちいち大声を出す百太郎と、さすがに肩を跳ね上げずにはいられない水希たちの歩みも終盤まできたようだ。そしてこの恐怖の館とやらも、その怖さがクライマックスだ。
 廃墟となった病院を表現しているらしいこの部屋は、白っぽさを混ぜた緑のライトばかりが頼りで、あたりには散らばった医療器具、鉄錆のついた棚、極めつけは何かを引きずった跡なのか、筆で引いたかのような、長い長い血痕。その行き先が水希たちの進むべき道ではないことが唯一の救いか。
「う゛え゛え……にいちゃあん……」
「俺は御子柴さんじゃねーよ……」
「……」
 いつの間にか出来上がったのは、水希の腰に手を回して必死でしがみつく百太郎を一番後ろとし、真ん中に水希、先導するのが宗介なんていう陣列だった。
 セリフからあまりびびっていないようにみえて、この男、宗介の服の端の方をちょんとつまんでいるのなんて、宗介にはばればれだ。真琴ほどではないが、恐怖心は持ち合わせているのだろう。彼もまた人の子なのだ。
「、」
「いてっ!」
「おぶっ!」
 と、ぴたりと先頭の宗介が足を止めるので、なるべく周りを見ないように足元を見ながらその後ろからついてきていた水希は彼の背中で鼻を打ち、百太郎にもその衝撃が伝わったようだ。変なうめき声が聞こえた。
「……っ、宗介?」
 鼻を押さえながら水希は彼に問う。どうしたのか、なにかあったのかと。
「やべえな……向こう、なんかいるぜ」
「……そういう振り、いらないんだけど」
 ひた、
「……なんか、暗くなってない?」
「……おい、御子柴、水希」
 ひた、ひた、
「なんですかぁ…………っ?!」
 百太郎は顔を上げその勢いで横を向き――言葉を失った。
「あ゛あ゛アァ……!」
「うぎゃああああ!!」
「い゛っだぁ……! てめ、っ力、強すぎ!!」
「なにしてんだ走れ!!」
 あの血痕の先から、目をひんむき、体の骨をむき出しにした、あるいは赤黒い何かを付着させたそれが、1人2人なんて、可愛い数でなく、無数に走り出してきたのだ。
 足が竦んだのか百太郎は動かない。助けを求めるように水希の腰に回した手にありったけの力を百太郎がこめたので悲痛な声が漏れたのだが、それを心配している暇などない。宗介は水希の腕を掴んで、全速力で駆け出した。
「に゛い゛ち゛ゃ゛あ゛あ゛ん゛!!」
 引っ張った体が随分重たかったのは、多分一番後ろの彼のせいだ。
 それからは一本道だったので客が変に迷わないよううまく誘導されていたのだろう。
 出口から転がり出た宗介と水希は、膝に手をつき体を曲げ、何せあの全速力の後だ、ぜえはあと息をする。百太郎はついには引きずられる形になっていたらしく、水希の腰にしがみついたままだらんと伸び、えぐえぐ嗚咽しながら、未だ譫言を言っている。
「すっご……っ、びびった……」
「……っ、ああ……」
「おい、百、しっかりしろ……」
「う……うう゛……っ」
 お化け屋敷の出口の方はすっかりメルヘンチックな世界だ。ついでにそこにはお化け屋敷から出てきた客を見る客なんていうものがいるらしく、今も必死に呼吸を整える水希たちを、好奇の目で見る人は大勢いた。
「なにしてんだお前ら……」
 そこには愛一郎と並んで呆れる凛の姿もあった。
 はっはっと息をしながら、水希は驚いた様子で凛を見るが、凛もまた、驚いているらしい。が、その反応はおかしい。
「水希……?」
「はあ……ああ、偶然……あってな」
「……おい。待て、宗介……」
 おまえ、凛に頼んでくれたんじゃなかったのか。そんな水希のセリフは次の大声でかき消された。
「渚ぁ! こっち出口だろ?!」
「もしお化け屋敷に入ったんなら、僕たちがったどり着く頃には……っ! 出口にいるかも、しれないでしょ?!」
「はあ、たしっ、かに……!」
「遙先輩早く!」
「怜はなんで……っそんなに余裕なんだ……! ここまで全速力だぞ……っ」
 ぽかんとするのは水希と凛、愛一郎。4人の視線の先には、ムダに整ったフォームで走る怜、必死な真琴と渚、意外にも一番後ろにいる遙。そんな岩鳶の4人がいる。
 そして彼らはお化け屋敷の出口に立っている水希に気づいたらしく、どこにそんな体力が残っていたのか大声を上げた。
「水希ーっ!!」
「水希せんぱぁい!!」
「水希ちゃん! 無事で良かったよぉ!」
「……なにしてんの?」
 すっかり息の整った水希は思ったままを口にした。
 自分の前でぜえぜえ荒い呼吸をする3人にはなんだか既視感を覚える。
「なに? なんでそんなに慌ててんの?」
 確かに自分は彼らとはぐれていたが、そんなに目を潤ませるほどのことでもないだろうに。(いや、目が潤んでいるのは全力で走った後だからなのだろうか?)
「水希……っ!」
「遙……っ?!」
 遅れてやってきた遙はその勢いのまま水希に抱きついた。水希はかろうじてそれを受け止め、ひたすら混乱する。遙はすっかり息があがっているのに、どこからそんな力が出てくるのか、先ほどの百太郎に負けないぐらい(それどころか上回るほどに)強く抱きしめてくる。
「ちょ……遙、苦しいって……」
「水希……」
「なんだよもう……」
 ぎゅうっと水希を抱きしめる遙は、彼の腰に何者かの手が回っていることに気づいた。それでいくらか冷静になって、力をほんの少し緩めて、窺えば。
「水希さん……にいちゃん……水希さあん……」
「……御子柴……金太郎?」
「いや、百太郎だ」
 冷静な水希のつっこみがはいった。
「なんだ、お前らも来てたのか」
 凛がキャップをいじりながら水希たちに近寄って、未だ唸っている百太郎を水希から剥ぎ取ると、しっかりしろと、その頬をぺしぺし叩く。
「百くん、大丈夫……?」
「う゛う゛……」
「アイ、そこのベンチにつれていくの、手伝ってくれ」
「! はい!」
 凛と愛一郎はうんうん唸る百太郎をつれて一旦水希たちから離れた。
 お化け屋敷の出口に残されたのは、岩鳶水泳部の部員らと、宗介だ。
「よお七瀬。元気そうだな」
「……山崎……お前がかくれんぼの鬼か」
「ああ。どっちかっていうと、お前らが鬼だったけどな」
「? かくれんぼ……?」
 遙と宗介の不穏な空気と、全く覚えのない会話の内容に水希は首を傾げる。けれどどちらも教えてくれる様子はない。
 水希から離れた遙がゆらゆらと宗介の前に立つ。どことなく水希を背中に隠しているようにも見えた。
「……?」
 どうして遙は不機嫌になっていて、宗介は意地悪な目をしているのだろう。一人途端に蚊帳の外に追い出された水希は、仕方なしに真琴に声をかけた。
「真琴、なんではる……っ」
「ああよかった水希! 大丈夫だった?! 汚されてない?!」
「(汚される?)別に、なにもなかったけど……」
「ほんと?! 口止めされてるとかじゃないよな?!」
「はあ……? なんなのおまえ、なんの心配してんの……?」
「それは――」
「真琴」
 水希が行方不明になってからのことのあらましを説明しようと真琴が口を開いたとき、遮るように遙が真琴を呼んだ。
 見れば、宗介と向かい合ったときのように強い目をした遙が仁王立ちしている。
「その件については……話がついた」
「ハル……?」
「山崎が水希の写真をくれるらしい。それで解決した」
「は?」
「……あ」
 聞き逃さなかった水希がぴくりと片眉を動かすのと、遙がうっかり言ってしまったと慌てて口を押さえるのは同時だった。
 遙を睨みつけるよりもまず先に水希は宗介を睨みつける。気づいた彼がひらひらと手を振ってくるのだが扇動にしかならない。
「おい、宗介! おまえいつ俺の写真なんか――」
「は?」
 ずんずん勇んで宗介に歩み寄るのをじゃましたのは遙だ。いきなり腕を掴まれた水希は、今の不機嫌さもあって、勢い良く遙を睨む。
「離せ、俺は宗介に殴らないと、」
「それだ」
「あ゛?」
「お前、いつから山崎を名前で呼んでる?」
 岩鳶水泳部の間に走った沈黙。そこに凛が戻って来て首を傾げた。
「……? なんだこの空気」
「さあな」
 宗介はかすかに笑った。それはなんの答えにもなっていなくて、ますます凛は首を傾げるのだ。
「なんだっていいだろ! しつこい!」
「よくない! ちゃんと答えろ!」
「うるさいなあ! あいつのいけすかない顔を殴ってからでいいだろ!」
 水希と遙はケンカ中だ。それも、真琴が仲裁を試みても聞かないのだからしばらく続きそうである。
「うーん……なんかよくわからないけど、水希ちゃんも無事見つかったことだし、みんなでお化け屋敷に入ろうよ!」
 渚の提案を真琴が全力で断って、それを凛が笑うのはすぐのこと。
 そのあと遙と水希のケンカは凛と真琴に止められて、結局岩鳶と鮫柄メンバーとで遊園地を回ることになって、じゃんけんに負けた奴らで行ってこいなんていう話にまで発展して。
 野郎まみれのメリーゴーランド(かぼちゃの馬車)なんて地獄絵図が見られたのは、そのメンバーが誰であったのかは、余談である。
「……(このクレープの食べ方あざとい)」
 遙に数枚の写真が送られてきたのと、彼の携帯に新たな連絡先が増えたのも、また、余談だ。