※ほんのりドラマCD(2013)ネタ


 渚の勉強に付き合っていたところ、彼から受けた質問に水希は不意を打たれた。
 これが時を表す副詞節云々、こいつが不可算名詞だから云々、そんなものを返答として要する質問ではない。
「ね、ね。水希ちゃんは誰がいいの?」
「……」
「水泳部の中で、彼氏にするなら誰がいい?」
 聞き間違いではなかったようで。
 きらきらと目を輝かせる渚に頭痛しかしない。「……なんだそれ……」どうしてそんな話題になったのだとため息を着く。
「みんなとは話したんだけど、そのとき水希ちゃん、いなかったでしょ?」
「多分な……」
 いつそんな会話が繰り広げられたのか知らないし特段興味もない。そんなめんどくさそうな話題に巻き込まれなくてよかったと安心したのもつかの間、結局は渚にその話題を振られてしまっているので喜べはしない。
「ね! 水希ちゃん」
「めんどくさい。考えたくない」
「そんなこと言わずにさあ!」
 水希が答えるまで勉強に戻る気はないのだろう。それを察した水希は、加えて渚の強い押しにも負け、深いため息をついた。
 そのため息が指すものが何かわかった渚は嬉しそうに目を輝かせ、水希の返答を心待ちにする。
「水泳部の中、ねえ……」
 頬杖をついて、頭には渚を含む、4人の部員を思い浮かべる。誰がいいかなんて言われたってやっぱりパッとこない。なにせ全員野郎だ。おもしろいほどビジョンが見えない。
 まず真琴。水希は我が双子の兄のことを考える。
「真琴はおおらかだし、四六時中一緒にいたって疲れないだろうけど……優しすぎだし、付き合っているっていうより、介護されてるって感じになりそう」
「えっまこちゃんじゃないの? 僕、てっきり断言するかと思ってた」
「……一応理由を聞くけど?」
「ハルちゃんが『水希は引くほどブラコンだ』って」
「……」
「僕を睨まないでよ!」
 確かに悪いのは渚ではない。渚ではないのだけれど。
 殺意を宥めるかのように、水希は深く息を吐き、眉間を揉んだ。
 渚はいつでも安全を確保できるよう、膝に手をスタンバイさせている。頭を殴られそうになったら全力でかばうつもりだ。
「じゃあじゃあ、ハルちゃんは?」
「遙は……家庭面では過ぎるぐらい役に立つだろうけど、おもしろいぐらい水キチガイだからなあ……真琴が必死に遙を止めてるの見ると、あれをどうこうするのは俺には無理そう」
「じゃあ、ハルちゃんでもまこちゃんでもないってこと?」
「あいつら2人とは普段の距離が近いから、あんまり想像がつかない」
「うーん。じゃあ……怜ちゃん!」
「怜? ……怜か。あいつ意外と犬っぽいところあるし、理論理論ってうるさいけど、一緒にいるのは楽そうだよなあ。なんかプランとか全部考えてくれそう。完璧に」
「ええ……水希ちゃん、怜ちゃんがいいの? 意外だあ……」
「積極的な行動っていうのが好きじゃないから、怜みたいなのに頼って生きたい」
「水希ちゃんが将来ヒモになりそうで僕は心配だよ……」
「ならないから安心しといていいよ。あと、おまえは天真爛漫だから、疲れそう……だけど、いつも笑顔にしてくれるんだろうね」
「!」
 水希は頬杖をついて渚を見つめながら、冗談を言っているようすでもなく、そうつぶやいた。
「……ま、とにかくみんないいところがあるんじゃない?」
「……僕、今、やっぱりまこちゃんと水希ちゃんって双子だなあって思ったよ」
「?」
「将来相手に恨まれないか心配だあ……」
 ぐっと伸びをして、渚は机に突っ伏す。恨まれるって何だよと、きょとんとする水希にはひらひらと手を振っておいた。
 水希もしばらくは怪訝そうに渚を見ていたがおもむろに窓の外に目線を向ける。
「…………彼氏、ね」
「うん? ごめん水希ちゃん、聞いてなかった」
「別になんでもない」
「ええ? 気になるよー!」
「……ああもう……」
 机をバシバシと叩く渚を心底鬱陶しそうに睨んで、ため息。
「なんだかんだ言っても、そばにいるのが一番楽で、なんとなく安心するのは、遙なのかなって思っただけ。彼氏とか、そんなんじゃなくて」
 渚は元から大きな目をこれでもかというほどに見開いた。それにはぎょっとしたようで、水希が若干身を引く。
「……水希ちゃんってハルちゃんと付き合ってるっけ?」
「は? まさか」
「……無自覚……」
「はあ?」
「水希ちゃんってほんっとハルちゃんのこと好きだよねえ……ハルちゃんは『水希はブラコン』ってばっかり言ってるけどさあ。わりにそのときの顔は呆れてるっていうより嫉妬してるって感じだし、お互い無自覚すぎて胸焼けがしそう」と、言いたいところだが渚はそれをすんでのところで飲み込んだ。代わりにしかめっ面をする水希には、「胸焼けがしそう」と、それだけ伝えておいた。
 首を傾げる水希にはなに一つ伝わっていないことぐらいわかっていたのだけれど、教える気になんかなれなかった。
「……ほら、勉強するんだろ」
「はあい……」
 水泳部が出来たばかりの、とある夏の話である。