「ハルちゃん、水希ちゃん、王様ゲームしようよ!」
気付けばこのメンツである。
渚の提案に水希が即座にため息をつき「2人でやれば」と素っ気なく返す。
渚が遙を見ると目があった。
「2人でしたって意味ないだろ」渚の言いたいことを遙がそのまま口にする。
遙の横では渚がうんうんと力強くうなずいている。
水希はそんな2人を呆れた目で見た。
「2も3も変わらないだろ」
「諭吉が2枚あるのと3枚あるのとではだいぶ違うぞ」
「それとこれとは話が別だろ」
なんだよ諭吉って、生々しいなと眉間にしわを寄せたあと、とりあえず諦めろと言わんばかりの表情をする。
しかしそんなつれない水希にいちいち項垂れていてはことは始まらない。
渚はどこから取り出したのか3つの棒を手に「1番と、2番と、王様があるからね。ほら、早いもの勝ち!」と言う。
「だから、やらない……って」
遙が渚の手から1本取った。
空気を読めと彼を睨んだところで時間は巻き戻らない。
渚は残った2本のうち1本を背中にまわし、選択肢すらない棒を水希の方にずいっと差し出した。
ああもうどうにでもなれと水希はそれを受け取った。存外疲れた顔だった。
「王様だーれだ!」
渚がばっと勢いよく自分の持った棒を見「あっ、僕1番だ」となんてない様子で言う。
ちょっと待てと水希が声をかける前に遙が静かに棒を見て「俺だ」と名乗り出た。
ばちりと2番目の召使水希と王様遙の目線が交わる。いや付け加えよう、この目、暴君七瀬遙である。
「2番のやつ、俺に――」
「待て! これ絶対無効だろ!」
渚が自分の番号言っちゃってるし! と水希が抗議する。
自分の言葉を遮られた遙がムッとする。
渚に至っては「そうだったっけ?」とキョトン顔だ。その顔に嘘などない。どうやら思ったことを気付かぬ間に口にしてしまっていたらしい。質が悪すぎる。
「ほら。水希、やりたくないからってでたらめを言うな」
「おまえのその顔腹立つんだけど! 絶対遙は聞いてただろ!」
「まあまあ落ち着いて水希ちゃん」
こいつ……と水希は鋭い目で渚を睨んだ。
もとはと言うと誰のせいだ。彼の穏やかな声も今は恨めしい。
この2人といると水希の中の常識というものが非常識に思えてしまう。今だってまるで水希が悪いかのような空気だ。だから負けるしかない。水希は納得いかない気持ちばかりがあったがぐうと黙った。
気を取り直してと、遙がこほんと咳払いをする。
「水希、俺と付き合え」
「てめ、名指し…………は?」
遙の胸倉をつかもうとした手が中途半端なところで止まった。ついでに水希の時も止まった。
沈黙した空間で渚の口笛がひゅうと鳴る。
「わあハルちゃん大胆だね! ほら、水希ちゃん」
「仰せのままに! 仰せのままにー!」とコールしながら固まっている水希の肩を渚がぽんと叩く。
そうすると不自然に水希が首を横に倒していく。
まるで油さしの必要なロボットみたいな動きだ。
「……付き合うって、なに……?」
「そのままの意味だ」
「え……? いや……え?」
「水希ちゃん。王様の命令は絶対だよ」
水希は自分の背中を押す渚を見て、また遙を見た。
特に遙は、真剣な目だった。
ひたすら混乱する頭はろくな思考回路をもっちゃいなかった。
何が水希に次のセリフを言わせたのか、本人だってわからない。勝手に口が動いてしまった、のだ。
「……王様ゲームの命令って、ゲームの期間中のみ有効なやつだろ」
「?」
「ゲームが終わったら無効、でいいの」
「……?」
先ほどの威勢はどこへやら、ただひたすら疑問符を飛ばす遙に水希は真剣なまなざしで続ける。
「というかさ……そういう大事なことはちゃんと言えよ。遙、俺は命令なんかされなくても」
ぐいっと遙の胸倉を引っ張り水希は彼を引き寄せた。
渚が思わず「おお!」と声を上げる。
この場にいる3人は王様ゲームはどこへやら、主旨が随分逸れているのに誰も気づいていないようだ。
――いや、渚は気付いていた。だがそれは渚の思惑通りだった。
「おまえが望むなら、そばにいるよ」
あんまりに2人が進展しないのでちょっと手伝ってやろうと思ったゆえの、王様ゲームだ。
もちろん遙に事前に話していたし、こういう命令をしてみてよ、とも言っていた。要は2人で仕組んでいたわけだ。
すべてが望むとおりに動くという確信はなかったが、渚はきっとこの計画がうまくいくだろうと思っていた。
単に彼らは不器用なだけで、ちょっと助けを入れてやれば、案外すんなり、進んでしまうとわかっていたから。
予想外の水希のセリフに遙はすっかり言葉を失ってしまい、珍しくもうろたえた。
水希も水希で今しがた自分の吐いたセリフに羞恥が込み上げてきたのか、顔を真っ赤にして俯く。
渚はそんな二人を満足げに見つめた後、こっそりこっそり、部室から出た。どうしてって、2人が落ち着くまで他の部員の侵入を阻止するためだ。
あのまま2人だけにして大丈夫だろうかとも一瞬思ったが、きっとうまくいくと思った。
あの遙の反応といい、水希の表情といい。これはすばらしい進展を期待するに値する。
(我ながら最高のキューピットじゃない?!)
心内自分を褒め称える渚は、存外機嫌がよさそうだったと目撃者は語る。
数十分後、何となくだが距離が近くなりいつもよりしおらしい2人に真琴たちは首をかしげたが、渚は一人ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、よかったね、と遙の肩を小突いてやった。
うるさい、としかめ面をされたが、照れ隠しだと知っていた。「今度話を聞かせてね」とこっそり言うと、遙はちょっと気まずそうに目線を逃がした。
ああもう、これだからこの2人にちょっかいをかけるのはやめられないのだ。
「水希ちゃんのセリフも、かっこよかったよねえ……」
「……」
「……もうほんとやめて」
脛を蹴ってこないあたり本当に恥ずかしいんだなあと察し、渚はそろそろからかうのをやめにした。
といっても、緩む口許は隠せなかったのだけれど。