はっと目を覚ますとかぶっていたはずの布団は床に落ち、動悸が激しく、首元には嫌な汗が浮かんでいた。
 嫌な夢を見た。
 いつものように泳いでいたら得体の知れない何かに足を引かれる夢。
 夢なんて起きれば大半忘れてしまうのに、そのシーンだけが、都合悪くも鮮明に脳裏に焼き付いている。
 しばらくはぼんやりと天井を見つめていたけれど、もう一度瞼を下ろす気にもなれず、寝返りを繰り返す。
 どうも落ち着かない。
 夢だとわかっていても、安心できなかった。
 枕元の携帯電話を手繰り寄せてディスプレイを確認する。時刻は午前2時だった。
 少し躊躇ったあと、ベッドからおりて部屋を出る。
 こんな時間に起きているはずがないとわかっていたけれど、あのままでもどうにもならない。
 うそ寒い廊下を歩き、隣の部屋のドアノブをひねる。ノックをしろと怒られたことはない。
 暗闇に慣れている目は、すぐにベッドの上の塊を見つけた。
 お腹を出して寝ると翌朝お腹を壊すよ、といつも注意をしているのになかなか直らないらしい。
 水希は寝相はそこまで悪くないはずなのに、どうしてか寝ている間に大体服が乱れる。今日もそれは健全だ。けれどそれを見た俺はどこかほっとしていた。
「水希……起きてる?」
 わけないのだけれど。
 声をかけても返事はない。
 そろそろと近寄って軽く肩を叩くと居心地悪そうな唸り声。
 こんな夜中に起こすのは申し訳ないとは思ったのだけれど、もう少し強めに、体を揺する。
「水希……」
「……んん……」
 ゆっくりと水希の瞼が持ち上げられ、暗闇に慣れた俺の目が薄緑を確認する。
 水希はすぐ横に立つ俺を認識すると、いかにも大儀そうに眉を寄せ、上体すら起こさずに「なに……」と掠れた声で言う。
 怖い夢をみたんだ、とは素直に口に出せなかった。
 ここまでやっといて何なんだと、自分でも思う。でも俺はもう高校生だし、双子といえど水希の兄貴だし、夢見が悪かったから一緒にいてほしいなんて、簡単には言えない。
 やっぱりプライドもあるし、何より恥ずかしい。
「……ごめん。やっぱり、なんでもない」
 もやもや考えてみたけどやっぱり言えそうになくて、こんな時間にごめんな、と小さく謝って身を引く。
 水希は相変わらず半分寝ているような目で俺を見ていた。
「真琴」
 部屋を出ようと身を翻した途端、名前を呼ばれたかと思えば思いのほか強い力で腕を引っ張られた。
 あまりにも急なそれに声を上げる暇もなく、バランスを失った。
 強い衝撃に身構えたが、なんとも拍子抜けなことに、体は柔らかいマットの上に落ちた。
 パチパチと何度瞬きしても、目を閉じた水希の顔が目の前にあるのは変わらない。つまりは水希に腕を引っ張られて、ベッドに、水希の横に俺は倒れたようだ。
「水希……?」
「まだ時間あるだろ……寝るよ」
 目を瞑ったまま水希が言う。
 それにきょとんとしていれば、腕を掴んでいるのとは逆の手でぐいっと引き寄せられた。ぐんと水希との距離が縮まる。
 抱き寄せられたはずが、体格差的に、俺が覆いかぶさるような形になっているのは言うまでもない。
 ぽんぽん、と2回背中を叩かれる。
「おやすみ」
 俺は水希の行動にただひたすら困惑していたのだけれど、その一言でぱちんとシャボン玉が弾け飛ぶように、恐怖心だとか、羞恥心だとか、とにかく胸に充満していたモヤが一瞬で消えた。
「……ありがとう」
 何も言っていないのに、水希が俺が何を求めていたのかわかってしまったことが嬉しいのか、恥ずかしいのか、悔しいのか、やるせないのか、さっぱりわからなかったけれど。
 でも確かに、そうやって、何も聞かずに、静かに受け入れてくれるこの温かみが愛しかった。
 朝起きたら水希は驚くかもしれない。
「え、なんで一緒に寝てんの」とか、そんなことを言う水希は安易に想像できて少しだけ笑う。
 ああ、今なら瞼をおろしても、気味の悪い夢の続きを見ないで済みそうだ。
 起きたら、もう一度お礼を言おう。
 そっと目を閉じてぎゅっと水希を抱きしめる。
 それに応えるように、背中をまた、叩かれた気がした。