「オススメのデザート?」
「うん!」
「最近クラスでコンビニデザートが流行ってるんだ!」そう説明した渚に水希は何度か瞬きして「ふうん」とどこか意味深長に鼻を鳴らす。水希はなぜ渚が自分にその話題を振ったのか些か疑問ではあったが、いくつかのコンビニとそこで売られているデザートとを思い出し、口をゆっくりと開いた。
「今流行ってるのはフラッペなんじゃない」
「フラッペ?」
「冷菓だよ。かき氷みたいな感じ」
「へえ……」
 とても興味深そうに目をランランと輝かせる渚。
「ねえ水希ちゃん! 他には?」
「他、ねえ……」
 ないことはない。というか、ありすぎて紹介には小一時間じゃ足りないぐらいだ。
 だからこそ水希は悩んだ。
 数あるお気に入りのデザートの中から選りすぐりの逸品を決めるのが難しい。せっかく渚が聞いてくれているのだから、半端なものは教えたくない。
 真剣な顔をしている水希を見ていた渚は、コンビニデザートぐらい、なにもそこまで深く考えなくてもいいのにと困ったが、水希のそういうところが好きだとも思っていた。
 いつだってつっけんどんで口も悪いけれど、ちゃんと人の話を聞いて、じっくり考えてくれるその態度が渚は好きだ。
「……やっぱりシュークリームかな」
 しばらく経って、水希が遠くをみながらそう言った。
「シュークリーム?」
 渚の声には意外だという気持ちが含まれていた。
 そもそも水希がコンビニデザートの話をするところから意外なのだが、まあ、それは置いておくとして。
 渚はもっと、なんというか、すごくゴテゴテしたものを紹介されると思っていたので、よく知った食べ物の名前が水希の口からでてきて少し拍子抜けしたのだ。
 水希は渚をチラと見てまた視線を遠くに投げると、浅く頷いた。
「値段もそんなに高くないし」
 どうやら渚のお財布事情も気にしてくれていたらしい。
 渚は今すぐにでも水希に飛びつきたい気持ちになったがここで機嫌を損ねて、冷ややかな目を受けるのはごめんだ。
 それに、ここまで長く水希との会話が続くのは正直言って珍しい。だからこそ渚はぐっと堪えた。
「シュークリームかぁ……ちなみに、どのコンビニの?」
「そりゃ――」
 遠くを見ていた目がわずかに揺れ動いた。
 中途半端なところで口を噤んでしまった水希に渚は首を傾げる。
 どうかしたのだろうか。水希の様子をじぃっと猫のように窺う。
 いつもよりいくらか柔らかい薄緑が渚を捉えた。
「……一緒に行く?」
「へ……?」
「部活終わった後。渚が用事ないんなら、奢ってやるけど」
 渚は目を見開いたまま一言も発せられなかった。もちろん水希の言葉を聞き逃したわけではなく、むしろその逆で、その逆だからこそ信じられないのだ。
 本人はもちろん、迂闊に誰かに話すといつ情報が漏れてしまうかわからないので怜にしか言っていないのだが、水希のセリフに柔らかい疑問符がついた暁にはこの世が終わると渚は思っている。
 加えて水希の口から飛び出たのは、“一緒に行かないか”という誘いと“俺が奢る”という申し出だ。
 信じられない。アンビリバボー。明日槍が降るどころではない。よもや地球が逆回転し始めているのではないかと渚は疑った。
「おい、渚」
 怪訝そうな声で、ハッと我に返った。
 随分固まっていたようで渚を見る水希の表情は険しい。誰が見ても不機嫌そのものだ。(実のところそれが水希のデフォルトなのだが)こんなところでまたとないチャンスを逃すわけにはいかない。
 渚は慌てて「なんでもないよ!」手をブンブン顔の前で振り、
「行く! 行きたい! 今日なにもないし、ぜひ連れてってよ、水希ちゃん!」
 ぐわっと水希に詰め寄った。
 渚があまりにも必死な血相だったからか、水希は若干引き気味に口を引きつらせたが「そう」といつものように抑揚のない声で頷いた。
「じゃあ、部活終わってからな」
「……っ! うん!」
 まさか水希と一緒に寄り道をする日がこようとは夢にも思っていなかった。だからこそ、その分、喜びは大きい。
 しかも渚から誘ったのではなく水希の方からだ。これはますます渚の気分を高揚させた。
「あ。このことは誰にも……怜は……まあいいけど、特に遙には言うなよ」
「ハルちゃん?」
「うん」
「えっと、ハルちゃんに何を?」
「コンビニデザートのこと」
 きょとん。次第に浮つきがおさまった渚は、水希の言葉に対し純粋に疑問を持った。どうして言ってはいけないのだろう。
 これは怜にも言っていないが、お互いに素直じゃない水希と遙の仲を取り持ちたいと思う反面、そんな2人だからこそ、引っ掻き回してからかってやりたいという、いたずら心が渚にはあった。
 無論それをしょっちゅう持っているわけではなく、たまあにちょっかいかけたくなるぐらいなのだが、今回の渚はその気持ちを膨らませており、自分が水希とコンビニに行ってしかも奢ってもらったことを遙に自慢してみようも考えていたので、それを牽制するような水希の言葉に少々不満を感じたのだ。
「なんで?」
 渚は率直に問うた。
 水希はまさか理由を問われるとは思っていなかったようで、(というよりも渚ならわかった! と何も聞かずに頷くと思っていたのだ)微かに驚き、何やら言いにくそうに眉間のシワを寄せた。
 だから渚はもう一度問う。「ねえ水希ちゃん、なんで?」怒りも悲しみも孕んでいない、単純な疑問をぶつける子供のような声で。
「……変だろ」
 暫時待つと、ぼそりと水希がつぶやいた。
「変?」
 渚がオウム返しする。
 それがどうして変なのかと、またも理由を探るものであることに気づいた水希は居心地悪そうに舌を打った。
 渚のことは嫌いじゃないが、今日の渚は質問が多くてめんどうだ。それが態度にでたのが舌打ちだった。
「渚はあまり違和感ないけど、俺はそういうイメージがないだろ」
「……甘いもの食べてるイメージ?」
 水希がぞんざいに首肯した。
 確かに日頃の水希を見ていれば、コンビニのデザートコーナーで真剣に悩んでいる姿などお笑いものかもしれない。
 いわゆる可愛い系男子な渚ならばお似合いの構図かもしれないが、水希はどちらかというとそういうものとは不釣り合いな雰囲気がある。
 ものすごく簡単にしてしまえば、フワフワとトゲトゲが相容れないものということだ。
 ふっと渚は目を細めた。
「確かに水希ちゃんがコンビニのデザートに詳しいのは意外だと思ったけど、変じゃないと思うよ」
 そう、別に変じゃない。少し驚くものはあったが、むしろギャップがあっていいんじゃないか。世にはギャップ萌えという言葉があるほどだ。
 渚がにこにこと穏やかに笑いながらそう告げると水希は何か信じられないものを見たかのような表情をして(そんな顔をされるとは心外だと渚は感じた)、「あっそ」聞こえるか聞こえないか、そんな大きさの声で言うと、俯いた。
 あ、照れてる。
 そうすぐにわかったが、言わないでおいた。
「……でも、遙には言うな。あいつは絶対ネタにするから」
 口を尖らせ水希が言った。
 渚はそれを見て一瞬ぽかんとし、お互い不器用さんだからなあと苦笑いした。
 水希の言うとおり、コンビニデザートの件をネタにして突っかかる遙が安易に想像できてしまった。ちなみにそれに噛み付く水希つきだ。
 渚は頬をかいて、ふうと息をつく。それから、「わかった」と、承知した。
「じゃあその代わりにさ、水希ちゃん」
「なに」
「水希ちゃんの好きなコンビニのデザート、もっと教えてよ。僕も同じの食べてみたいんだ」
 ね。子供のようでいて、大人みたいな笑みを見せた渚に、水希はごく短い時間、呆気にとられた。それからすぐに「いいよ」と答えた彼の表情は、いつもの無愛想が嘘みたいに柔らかく優しくて。
(やっぱり双子だなぁ……)
 そうしみじみと感じると同時、やはり一緒に寄り道をしたことを、誰にとは言わないが、事後報告してやりたいなあと渚は思うのだった。
 だって始終不機嫌な顔をしている彼の、あんなに穏やかな表情をみてしまったら、やっぱり自慢したいじゃないか。
 きっと遙はそのことで水希をからかうだろうけど、それ以上に。
(なんだかんだで仲良しさんだし、拗ねちゃうだろうなあ)
 ちょっと不機嫌な顔つきになって黙り込んでしまう水泳部一の泳ぎ手を想像して渚はぷっと笑った。
「渚?」
 珍しくも目に見えて楽しそうに話していた水希は渚がふきだしたのを聞いたらしく、一旦とまって首を横に倒した。
「ううん、なんでもないよ。水希ちゃん」
 水希は微妙な顔をしていたが特に詮索せず、渚が促すとまた話を再開した。
 やけに饒舌だな。
 目の前で柔らかい雰囲気を醸し出している水希をみていると、渚はなんだか不思議な気分だった。嬉しいというか…………やはり誰にとは言わないが、勝った気分というか。抑えようと努力はしているが難しい。この2人をからかうのは、日頃取り持ってあげているから、少しぐらい許容してほしいものだ。なんて、聴衆のいない心の中で弁解してみる。
「水希ちゃんとデート、楽しみだなぁ」
「語弊のある言い方すんな!」
「あいたた! 蹴らないでよ!」
 水希にゲシゲシと蹴られながらも、もちろん、その翌日も楽しみだと、渚は人知れず笑った。