木の影ができた石段の上に座ってぼうとしていると聞こえてくるのはミンミンとうるさいセミの鳴き声だ。
意識していなければ特になんともないが、暇を持て余している水希にとってそいつは大合唱、たまったもんじゃない。
ふう、とため息をつくと皮肉るようにむっとした風が頬をなでる。
……暑い。
何もせずともツウとこめかみを滑り落ちた汗を肩口で乱暴に拭った。
しばらく日陰でじっとしていると、タンタン、石段を叩く音がする。
それは水希がずっと待っていたものだが――足りない。
「……遙は」
遠くに見える海を睨みながら水希が問うと、石段を下る足音がピタリと止まった。
「今日は休むって」
ト、軽い音を立てて自分の横に立った真琴を、いかにも不機嫌です、といった顔で水希が見上げる。
「なんで」
「風邪引いたって」
「ばっかじゃねーの」
はん、短く鼻を鳴らし、水希は立ち上がる。
こんな真夏に風邪だなんて。ところ構わず水遊びをして、ろくに体を温めないままその後を過ごすのだから自業自得だ。
水希の一言にはそれだけの棘が含まれていた。
知っているからこそ、真琴は苦笑した。
「きつそうだったけど、一人でいいって聞かなくて」
「ふうん」
「行こっか水希、帰りにまた寄ろう」
タンタン。
石段を下りる真琴。
続くように水希も一段、下に踏み出す。しかし2歩目が出ない。
水希の淡い緑色は、日陰から飛び出してゆらゆらと日にあたるスニーカーのつま先をじっと見ている。
「……真琴」
「うん?」
水希はぎゅうと拳を握った。
「忘れ物、した」
目をあさっての方向に向けている水希は、今、何と言ったのだろう。
きょとりと目を瞬かせた真琴だったが水希のスニーカーのつま先が先ほど自分が立ち寄った家に向かっているのに気が付き、納得する。
――この2人は、本当に仕方がないなあ。
「わかった。ハルのことよろしくね」
「……うん」
いつもならここで遙の名前を聞くと顔をしかめる水希が、珍しくも反論しなかった。
小さく返事をした水希は石段を駆け上がる。
“忘れ物”が物ではないことなど見て取れる。水希が向かう先にあるのは橘家ではなく、七瀬家なのだから。
本当、素直じゃないなあ。心配なら、心配だと言えばいいのに。
――「水希には寝坊って言ってくれ」ずび、と鼻をすすりながら言った、目を潤ませた遙を思い出して真琴は笑う。
本当に、似た者同士だ。
遙の熱は37度ちょっとだと言っていたから水希一人に任せても、問題ないだろう。
遙は意識はしっかりしているようなので、安静にしていれば悪化することはないはず。
彼だって一人暮らしビギナー、ではないのである程度のことも処理できるだろう。
それに水希という補助が付くだけだ。
一人でうんうん唸るよりは、まあ楽であることには違いない。
本当に寝込んで動けない、とかいう状況じゃないので余計なおせっかいはいらない、と遙は言いたかったのだろう。
中でも特に水希の看病を、水希に心配かけるのを(無意識といえども)拒んだことを真琴は知っている。
だけれど水希に遙は寝坊だと伝えたところで眉間にしわを寄せ、彼をたたき起しに行ったに違いないのだから、遙がどんなに水希を拒み根回ししようとムダだ。
もしウソをついていたら「何でウソついたんだよ」と水希に睨まれるのは自分である。
水希が機嫌を損ねると厄介なので、いくら遙の願いに共感できようと、今回は遙の肩を持つことはできなかった。
遙が風邪をひいた。
この時点で水希が遙の看病をすることは決まっていた。
お互い嫌悪し合っているようで、実はお互いひかれあっている。
そんなもどかしい2人に真琴はため息をついて、今度こそ石段を下りた。
♯
とぷん。
水の揺れる音が聞こえた気がして、遙はおろしていた瞼を上げる。
相変わらず体は重たくて上体を起こす気にはなれない。遙は首から上だけを動かしてとりあえずは時刻を確認する。
午前11時20分。
真琴が家を訪ねてきたのが午前8時ごろだったから、3時間近くは眠っていたらしい。
暑くて仕方なくてかぶさっていた薄手の布団を蹴る。
……お腹すいた。頭痛い。着替えたい。喉乾いた――水、に触れたい。
からん。
次ははっきりとした音だった。
確かに聞こえた、水に浮かぶ氷が崩れグラスに当る、高い音。
音源は苦労することなく見つかった。ベットに近い勉強机に置かれたお盆の上だ。
そこにグラスが2つ、汗をかいて立っている。そんなものを出した覚えがなかった。
一体どうして。
不思議に思った遙だが、次に見つけたものに、そんなことはどうでもよくなってしまった。
「……水希……?」
見慣れた幼馴染のつむじ。
遙の隣には、ベッドに背を凭れて眠るクソ生意気な幼馴染の姿があった。
背を向けられているのに加えてたらんと髪が下がっているのでその顔は拝めないが、この後ろ姿、橘水希、彼しかいない。
なんでこんなところに。遙が怪訝な様子で水希を睨んでいると、ぴくりと肩が揺れる。
なんてタイミングのいいやつだ。
ゆらっとあがった水希の頭。同じように緩慢な動きで遙の方を振り返る。
淡い緑と深い青がぶつかった。
「……気分は?」
意外にも流れた微妙な空気を破ったのは水希の方だった。
不意を突かれたが、遙は「まあ」曖昧に頷く。
水希は少し目を丸くして「そう」柔らかく細める。
「喉は?」
「……乾いた」
「起き上がれる?」
ちょっと体に力を入れてみて、首を振る。
水希は腰を上げ遙に近づいた。
「あっついな、おまえ」
いつもは自分をたたく手が今は優しく背中を支えているのだから、何となく落ち着かない。
遙が眉間にしわを寄せたのに気づいて、「大丈夫?」水希が声をかける。
それがやはりいつもと違う。
きっと急な体の動きに脳が驚いているのだろうと思った水希はなるべくゆっくりと遙の上体を起こさせた。
「コップ、持てる?」
いつもなら「コップ持てんの」と疑問符も付かない圧のかかった言葉を吐くくせに、なんでそんなに優しく問うてくるのか。
相手が病人だからか。
コップを持つぐらいなら、きっと大丈夫だろう。
遙はコクリと頷いた。
「ん」
少し行儀が悪いが机の上にあったお盆をベッド近く、カーペットの上に置いた。お盆からグラスを1つとった水希は、それを遙の口許に近づける。
自分で持てる、と言ったのに。
「遙、おまえぼんやりしてるよ」
「……」
「絶対コップを落とすのがオチだろ」
読心術か。
ムスッとした顔になりながらも自分の手にうまく力が入らないのは事実だったので、遙は素直に水希の厚意を受け取る。
氷の入ったグラスはとても冷たかったが、水希の手もどこかひんやりとしていた。
コクコクと喉を動かし麦茶を煽る。
「解熱剤は?」
「朝……」
「そう」
思いのほか自分の声が掠れていて驚く。
「汗拭きたいだろ。ほら、コップ貸して」
そう言って急かす水希に遙は言われるがまま飲み終えて空になったそれを手放す。
水希はそれをお盆の上に直した。
「タオル取ってくる」
「……うん」
「お腹は?」
「……すいた、けどあんまり食欲がない」
「あったら病人じゃないよ」
眉を下げて困ったように笑った水希。
聞いてきたのはそっちだろう、と遙は反論したくなったが、水希があまりにも柔らかく笑うので口を噤んだ。
「すぐ戻る」すくっと立ち上がり、遙に背を向ける。
遙は水希をぼうっと見送った。
誰かに看病を頼むつもりなんて、特にあのクソ生意気な幼馴染(弟)に頼む気なんて、微塵にもなかったのに。
でも勝手に家に上がられてしまったのなら仕方ない。
今の遙には水希を追いだすほどの戦闘力が残っていない。特別毒を吐いてくる様子もないし、害はないだろう。
さすがの水希でも病人には優しいんだなあとどこか感心しながら、遙は再び布団に沈んだ。
――頭痛が、少しだけ和らいでいる気がした。
「遙、タオルと着替え持ってきた」
「……ああ」
なんでタオルや着替えの場所がわかるんだ、とか。勝手に人のタンスをあさるな、とか。
まあそれこそ今さらなので遙は何も言わない。
「あとゼリー」
「……ありがとう」
「うん」
おまえがお礼を言うなんて、気持ち悪い。
そんなことを言われるかとも思ったが、水希は頷くだけだった。
やはり病人効果は高いのかもしれない。
それにしてもそんなゼリーは見たことがない。自分で買って家に置いていた記憶がない。
午前8時から11時の間に水希が買ってきたのだろうか。
ジィと見つめすぎていたのだろう。
ぺりぺりとゼリーのフタを外していた水希が「なに」と問う。
「いや、……」
「? これ、知ってんの?」
そういうわけでもないけれど。
とりあえず頷いておくと、ふにゃ、と水希が笑う。
めったに見ない顔に、遙はドキリと心臓を鳴らした。
「ふうん、意外。遙はコンビニのデザートとか気にしない方かと思ってた」
実際そうだけど。
「今日の昼に食おうと思ってたんだけど、遙にやる」
「、」
「おまえも気になってたんだろ、ちょうどよかったじゃん」
お前、本当に橘水希か。
その優しさが逆に怖いと感じるのはいつもと真逆だからだろう。
水希が自分のために買ったものを、楽しみにしていたものを遙に譲るなんてありえないのに。
呆然とする遙に何を思ったか、はがしたフタとゼリー、スプーンを一旦お盆の上において「先に汗を拭こう」と水希は提案する。
大方湿った服に気持ち悪さを感じてかたまっているとでも思ったのだろう。
寝転んだ遙のもとまで近づいた水希は、やはり丁寧に遙の体を起こした。
「脱げる?」
「脱げる」
「そう」
まさかそこまでしてもらうつもりはない。
もぞもぞと遙が服を脱ぎ始めたのを見て、水希はひとまず、といったところか。ふうとため息をつく。
それに反応した遙がチラと水希の様子をうかがうと、彼は肩口で頬をこすっている最中だった。
「……汗、かいてるのか?」
「遙ほどじゃないけど」
まあ、そうだろうけど。
よくよく考えてみれば今は真夏だし、この部屋の窓はあいているが時たま風が吹き込むぐらいであまり頼りない。
遙は自分の体温のせいでよくわからないが、部屋は当たり前に暑いのだろう。
扇風機はあるのだが電源が入っていないようだ。
「扇風機、つければいい」
「? 何言ってんのおまえ。バカ?」
「……」
ム、口を結んだ遙は今の水希の言葉が気に障ったらしい。
しかし水希は気にした様子もなく、遙が脱いだシャツをひったくって、代わりにタオルを手渡す。
「風邪ひいてんのに、体冷やしてどうしたいの」
「、」
呆れた、とため息をついた水希に、遙は怒ることができなかった。
今の水希の言葉は確かに皮肉だったが、遙の体調を気遣うものだった。
遙を心配しているものだったからこそ、遙は意表を突かれて、言葉が出なかったのだ。
しかも、それにどうしてか嬉しい気持ちが生まれてしまう、なんて。
遙は小さく首を振って、タオルで体を拭い、着替えを進めた。
「汗、拭いた?」
「ああ」
「よし」
納得したように笑って、水希はお盆の上のゼリーとスプーンを拾った。
まさかあの(ある種の意味では)おこちゃまな水希がここまで世話焼きだとは、だれが思っただろうか。
橘の血はあらがえない、といったところか。
水希は真琴の双子の弟ではあるが、あくまで真琴と同い年であり、年下の妹弟がいる。これぐらい手際が良くてもおかしくない。
「ほら」
「んむ」
躊躇なくスプーンを口に突っ込んでくるあたり、真琴とは違うが。
雑だなあと呆れながら遙は口をもごもごと動かす。口の中にやんわりとオレンジの味が広がる。
ああ水希が好きそうな味だ。
遙はぼんやり思った。
「おいしい?」
「おいしい」
素直にうなずくとやはり水希もうっすら嬉しそうに笑う。
ゼリーがひんやりとしているのを感じる限り、冷蔵庫に入れていたのだろう。
ぬかりない。勝手知ったる人の家だ。
もう一口、と遙は自分から水希にねだった。
水希は呆れもせずにスプーンに一口分、ゼリーをすくい、また遙へと差し出す。小さく口をあけて、ぱくりと銜えた。
「放課後になったら、真琴がちゃんとしたもの買ってくると思う」
「……そうか」
「まだなんか食いたい? お粥とかなら作れるけど」
「水、がいい」
「……ふは、遙らしいや」
多分それは、これまでに見た水希の笑顔の中で、一番きれいで、穏やかなものだった。
「蛇口ひねったのじゃイヤなんだろ」
「……それしかないならそれでいい」
「うん。でも今日俺がそれと一緒にコンビニで買ったミネラルウォーターが都合良くあったりする」
「……え? 水希って、ミネラルウォーター、好きだったか?」
「そんなに」
遙のイメージでは水希はミネラルウォーターをわざわざ買うぐらいなら、オレンジジュースを買うような男だ。
しかもそれはあながち外れていなかったらしく、「俺もなんでアレ買ったのかわかんないけど」と水希が付け加える。
「飲み物買うときとか、最初にミネラルウォーターに目がいく」
「ふうん……」
「別に飲みたいってわけじゃないし、買うほどのものじゃないって思うんだけど」
「……」
「なんだろう。なんか、ああ水だなぁ、おまえ、好きそうって。……そんなに睨むなよ、俺だって無意識だったんだから。気付いたらビニル袋に入ってたし、俺は飲まないからもとから遙にやるつもりだった。だから遠慮しないで飲んでいいよ」
睨んだのではない、睨んだのではない、のだけれど。
遙は特別鋭いわけじゃないが、目も当てられないほど鈍いわけじゃない。
だから水希本人が気づいていないだけでとんでもないことを言ってのけていることがわかってしまったし、それを素でやらかす水希が恥ずかしかった。
恥ずかしかったし、苛立った。
ああ水だなあ、おまえ、好きそう――。
おまえとは言わずもがな遙を指しているのだろう。
水希は飲み物を買うときは真っ先にミネラルウォーターに目線がいくといっていた。ミネラルウォーターを見て、遙を連想する、とも。
つまり、飲み物を買おうとするとき、遙を意識している、と言っているのと等しい。
水希はそれに気づいていないようだが、だからこそ質が悪い。
そんな、そんなことを言ってくるぐらいならば、いつものように毒を吐いてくれていた方がまだマシだ。
「飲む?」
「……」
こくり。
首をゆっくり縦に振る。
わかった。水希は立ち上がって再び部屋を後にした。
遙は水希が部屋を出てすぐにぽすんと布団に横になった。
別段体調が悪くなったから、とかではない。
(……調子狂う)
このまま風邪をひいたままでいられたらいいのに。
気付けばそんなことを思っている自分がいて――それを認めたくなくて、目を瞑る。
水希が優しいことぐらい知っている。
水希に素直になれない理由だって知っている。
だけどそれを認めてしまうと、なんだか負かされた気がするんだ、悔しいじゃないか。
「……遙?」
戻ってきた水希が横になって目を瞑っている遙を見て首をかしげる。
「寝た?」そういうわけじゃないけれど、今さら目を開くのもなんだか気が引ける。タヌキ寝入りだ。
「遙」もう一度確かめるように水希が自分の名を呼ぶので、あの一瞬で眠ることはないだろうと水希が疑っているのかと思ったが、杞憂に終わる。
トン、と何かが木の上に落ちる音がする。大方水希がペットボトルをお盆の上に置いた音だろう。
それに続いて遙は自分の顔を覗き込む気配も察する。
水希以外の何者でもないだろうが、タヌキ寝入りがばれるんじゃないかと気が気でない。
「……きついな」
まるで壊れやすいものをそっと包むかのように、やさしく。
水希の手が遙の頬にあてられる。
冷蔵庫で冷やしていたペットボトルを持ったからか、それは変わらずひやりとしていた。
「はやく治せよ」
「……」
「おまえがきついの、いやだから」
その声が存外弱弱しかったので遙は驚く。
自分の左手を水希が両手で掴むので、思わず目を開けてしまったが、水希は目を伏せていたためばれなかった。
水希は遙の左手を自分の額の前まで持ってきていて、愛しいものを扱うような。そんな優しさをまとっていたから。
――ミンミンとセミの鳴き声が聞こえる。
先ほどまでは黙っていたが、休憩が終わったのかまた思い出したように鳴き始めたらしい。
(……ばーか)
そんなに心配しなくたって、すぐ治る。
遙はそっと目を閉じた。
ひやりとした心地の良い手は、まだ自分の手を握っていた。
◆
「ぶっ殺すぞ遙」
「やってみろブラコン」
「も〜〜! ハルちゃんも水希ちゃんもやめてよー!」
土曜日。
岩鳶高校の屋外プールにて漂う不穏な空気。
発生源は犬猿の仲ということですっかりおなじみになってしまっている遙と水希だ。
何があったかはその時の現場を知る渚以外わかるものはいないのだが、どうせいつも通りのどうでもよい“痴話”喧嘩だろうと他は気に留めもしない。
今にも手や足が出そうな状況を必死で渚がなだめようとする。
しかし背の低い彼では、遙と水希の相手を射殺さん勢いの視線を遮ることはできない。
そんな事とはつゆ知らず渚は遙と水希の間でぴょこぴょこと跳ねる。彼の頭上では冷戦状態である。
「どうしたんですか、真琴先輩」
「ん?」
いつもならば止めに入る真琴が穏やかな笑みを浮かべていることに気がついた怜が、彼に声をかけた。
「止めないんですか?」怜は続けた。
ああ、思い出したように真琴は頷く。
それからまた、たれ目を緩やかに細めた。
「なんか、アレも可愛らしく思えてきちゃって」
「え?」
あんな不穏な雰囲気の2人が? 今にもお互い殺しあおうとしている2人が?
怜の言いたいことを察したのだろう。真琴は小さく苦笑いして怜をちょいちょいと手招きする。
今から着替える予定だった真琴はポケットから携帯電話を取り出した。
しげしげとその画面を怜がのぞく。
「ハルが風邪をひいた日、水希が看病したんだけどね」
「え。大丈夫だったんですか、それ」
「うん。当然だよ」
当然だよ、その言葉は今までの2人しか見たことのない怜には到底理解できない言葉だった。
顔を合わせればまず悪口が出てくるような2人だ。当然だよ、というよりも、意外にもね、その言葉の方が適切ではないのだろうか。
「水希もハルも不器用なだけでね。本当はすごく仲がいいんだよ。……ほら、これ」
そう言って真琴が見やすいようにと怜の方に液晶を傾ける。
そこに映し出された光景を怜は一度では認められず、首をひねってうんうん唸る。
だけれど数回瞬きしたってそこに映るものは変わらない。
遙の手を握り眠る水希と、そんな水希と額をくっつけて眠る遙は、そこにいる。お互いに安堵しきったような、穏やかな寝顔をしていた。
「それ、」
「2人には内緒」
シィ、と口に人差し指を立てて真琴は笑った。
怜はパチパチと何度か瞬きして、ゆっくりうなずく。
ああ多分この人は、一番に2人のことを思っていて、心配していて、大切にしているのだろう。
「素直じゃないんですね。2人とも」怜は真琴の優しさに敵う気がしなくて、眉を下げて笑った。