朝っぱらからハルと水希の機嫌が悪かった。
俺がハルの家にブレザーを忘れたから取りにいっている間、2人には外で待っていてもらったのだけれど、このざまだ。
間、といってもほんの2分ぐらいなのに、どうしてこうなっているのか。
「水中毒」
「ブラコン」
「コミュ障」
「不愛想」
「はあ? おまえに言われたくねーよ。無表情」
「すぐ不機嫌に眉をつりあげるやつのどこに愛想があるんだ。短気」
「うるさいな。水泳キチガイは黙ってろ」
「キャップもろくにかぶれないお子様は口を閉じてろ」
「……ハル、水希」
いつまでも幼稚で不毛なやり取りを続ける2人は俺が戻ってきていることに気付いていないようだった。
ごほん、と一つ咳払いをし2人の名前を呼ぶと、そろって俺のことを見ては、ツーンとお互い顔を背ける。
その息のぴったり合った様子といったら、本当は2人とも仲がいいんじゃないの、と言ってやりたくもなるけど火に油。
重いため息をついて水希とハルの前を歩くと、2人は無言で俺の後ろについてきているようだった。
俺の幼馴染と俺の双子の弟は、今日も今日とて仲が悪い。
ほんの僅かに2人っきりにするだけであんな状況に陥るのだから本当隙がないというか。
俺の立場としては2人に仲良くしてもらいたんだけど、そううまくいったら困ってないわけで。
「……おい。なんで俺の隣を歩くわけ、一歩引けよ」
「は? 水希が後ろに行け」
「……真琴。隣来て」
「…………さすがブラコン」
「あ? ……ああごめんなぁ、遙は真琴が好きだからそうやって俺を挑発して真琴の隣になろうとでも思ってるんだー」
「……しね」
「おまえがしね」
「水希」
「…………」
前を向いたまま振りかえらずに水希を呼ぶと、口論はすぐにやんだ。
どちらを牽制するか迷わなかったと言えばうそになるけれど今回の場合水希が悪い、と思うからとりあえず水希を。
こればっかりは身内贔屓できる話じゃないよ。
見ずともわかる。今水希は相当不貞腐れた顔をしていて、ハルは得意げに水希を見下ろしている。
なんでわかるかっていえば俺はそういう現場を何度も見たことがあるからだ。
2人は全然成長しない。
いつまでも幼稚なやりとりを繰り返してはいがみあっている。
「ハルも水希も、もっと仲良くしてくれないと俺の身がもたないよ」
はああ、と大息をつく。2人の返事はなかった。
口論はやんで、海の波音がやけに大きく聞こえる。
大人しくなったな、と後ろをちらと見るとハルも水希もそっぽを向いてむくれた顔をしていた。
歩く俺の後ろからは揃った足音。
距離は付かず離れず、つまりはまあ同じ速度で同じ歩幅、その息の合い具合といえば集団行動やマーチングもびっくりの綺麗さだ。
ハルと水希は無意識に仲良しってわけだ。
黙ってればこのコンビも可愛いのになぁと、静かにだけど切実に願った俺の思いはきっと神さまは勿論この2人にさえ届きやしないんだろう。
信号待ちになったところでハルが俺の横に並ぶ。
あれ、水希は、と首を傾げたのを見計らったかのようにトットッと小走りの足音。
「おい、遙」
「なんだ」
「カギ落とした」
「……」
ちょっとだけ息を乱した水希がハルの手に彼の家のカギを握らせる。
それを見た俺もハルもびっくりする。
俺はそのままつい頬が緩んでしまったけど、ハルは数回口を動かして結局言葉は紡がず、黙ったままカギをポケットに押し込んだ。
「そんなにぼんやりしてて大丈夫なわけ」
「うるさい」
「お礼ぐらい言えよ」
「水希に言うぐらいなら鯖に言ったほうがマシだ」
「……」
せっかく水希がデレたのに。
そこは素直になろうよハル、とこっそり肩を小突くとハルは小さく舌を打ってぷいと顔をそむけた。
水希は機嫌を悪くしたのか青になった信号を一人足早に渡っていく。
もはや、待って、という声をかけれやしない。双子ゆえか見慣れた背中だけで俺はそれを察することができる。
水希はすこぶる拗ねてる。
「って、あ……」
水希のカバンについていたキーホルダーが落ちたのに気がついて慌てるも、俺の横にいたハルが屈んでそれを拾う。蘭が水希にプレゼントしたそれは、水希が持ってるには意外なデザインで、ハルはほんの少し目を丸くしていた。
ぱちくり、瞬きをする間にハルは拗ねて早足になった水希に軽く駆け足で近づいていった。
完全に置いてけぼりにされた俺だったけど、数メートル先でなにやらもめながらもキーホルダーを水希に渡しているハルを見た途端、フッと力が抜けてしまった。
そこでは嫌みを言いあっているに違いないけど、殴る蹴るとか、そういった大喧嘩に発展する様子は微塵にもない。
嫌いだとか何とか言いながらお互いに落とし物を拾っては律義に相手に届けるんだから素直じゃない。
ほんと、なんだかんだ仲がいいんだから、このままでもいっかなって許しちゃう俺はまだ甘いんだろうな。