スタファイの遙さんが新しく始まったドラマに出演している。そしてわたしはそれを毎週予約している。それはわたしがそのドラマを見たいからではなく、
「……」
 薄ピンクのビーズクッションを抱えて画面に食いついている相方、水希さんのためである。
 水希さんの家にもテレビは当たり前にあるけれど、同棲している遙さんがかのドラマを録画する許可を下ろしてくれなかったんだとか。
 こっそり録画していたら即バレして見る前に消されたらしい。その話をわたしにした時水希さんはちょっと泣いてた。水希さんの涙目なんて珍しいこともあるものだ。
 遙さん出演のドラマが始まるのはわたしも知っていたので、水希さんから「ドラマ予約しといて」とLINEがきたときは特に困惑することなくドラマを録画予約にいれた。
 水希さんのLINEに文字が足りないのは今更言うまでもない。大体彼からの連絡は読解力の問われるものが多いのでわたしもだいぶ鍛えられたと思う。
 ドラマは少女漫画が原作。無口な男の子に恋をした内気な女の子のお話らしい。もうここでお察しいただけただろうが、その無口な男の子こそが遙さんの演じる役だ。「適任すぎる」と水希さんが真顔で言っていたし、わたしも深く頷いた。
 そしてもう1つ、もう言わなくていいだろうけれど、そのドラマは恋愛ものだ。人気絶頂のスタファイメンバー、かなりイケメンである遙さんと、最近売れている美女の女優さんを使ったそれは若い女性を中心に人気を集めている。(かくいうわたしもこのドラマに最近ハマっていたり)
 恋愛ものだから、遙さんは水希さんに見られたくなかったのだと思う。手をつなぐとか抱きしめるとか、キスとか。どうしても恋愛要素のあるそれが、たとえドラマといえど、水希さんへの後ろめたさがあったのだろう。
 遙さんは最初ドラマの出演を断った。と、お兄ちゃんが言っていた。けれどマネージャーの説得に折れた結果が今のテレビ画面だ。
 水希さんは恋人が女の人と甘酸っぱい関係を演じることに抵抗があるんじゃないかと、彼がわたしの家に第1話目を見に来たときはすっごくヒヤヒヤしたものだ。
 今は、クッションを抱きしめて画面を見つめる水希さんに、ひたすら可愛さで負けた気がするぐらいの心の余裕がある。水希さん、実はすっごい天然入ってるし(悪く言うと女たらしだ)、可愛いところ(クッション抱きしめたりとか)も結構あるので日頃のわたしへの雑な扱いが憎めない。
「……かっこいい」
 今の発言はわたしのものではない。テレビの中の女優でもない。ビーズクッションを抱える水希さんのものだ。
「うわ、うわー……すっげーかっこいい……」
 ぎゅううっとクッションをさらにきつく抱きしめる水希さんは身悶えしている。
 テレビには主人公のピンチに駆けつけて、主人公を抱きしめる遙さんが映し出されている。
「うわー……」
 顔は完全にクッションにうずめて足をパタパタさせて悶える水希さんは、きっとこの場にわたしがいることを忘れているのだろう。
 しばらくしてテレビはスタッフロールに突入した。
 語彙力の低下した水希さんがこちらを向く気配がしたので、わたしはサッと彼に背を向けて、スマホ画面の赤丸をタップする。最後の余分な部分はあとでトリミングすれば問題ない。
「今回はどうでしたか?」
「ん、……うん。かっこよかった」
 少し頬を染めた水希さんがそっけなく頷いてそっぽを向いた。正直すごく可愛い。いつももっとしれっとしてるのに、遙さんが絡むと本当、この人は……。
「ほんと水希さんは変わってますよね。普通恋人が他の人といちゃつくドラマなんて心内穏やかでいられませんよ」
「そんなもんか?」
 水希さんは不思議そうにわたしを見上げた。
「そんなもんです」と頷いてマグカップを2個持ってソファーに腰掛ける。ちなみに水希さんはソファーの下、ラグの上に座っている。
「どうぞ」
「あ、悪い。サンキュ」
 差し出したコーヒーを水希さんは早速飲んだ。
「そういやクッキー買ってきたんだった」
「手作りじゃないんですか?」
「俺のより市販の方がおいしいだろ」
 水希さんはマグを片手にローテーブルの横に置いてあった紙袋を持ち上げわたしに差し出した。
「わざわざ録画してくれて、しかも家に上げて見せてくれてありがと」
「いえ! なんだかんだでわたしも楽しんでいますので! あ、でも」
「ん?」
「クッキー。次は水希さんの手作りがいいです」
「はあ? やだよ、絶対市販の方がいいって」
「じゃあもう録画しません!!」
「わかった、作ってくる。味のリクエストあるなら言って。なかったらないでいいよ」
 水希さんはダルそうな態度からキリッと真剣な様子に急変した。本当に遙さんのこと好きすぎますよ、どんだけ遙さん出演のドラマにかけてるんですか。
 心内あきれつつも、わたしは水希さんの手作りお菓子をもらえることに両手を上げて歓喜している。水希さんはああ言ったけど、水希さんの作るお菓子はかなりおいしい。味はもちろん見た目もいいのでアイドルじゃなくてパティシエを目指した方がいいような気がするぐらいだ。
 水希さんはいつの間にかまたクッションを抱きしめている。
 そのビーズクッション、そんなに気に入ったならあげようかな……クッションも水希さんに抱きしめられて幸せそうだし……。柔らかいクッションと硬い筋肉のコンビネーション……ステキ……。
「こう、ドラマもっかい見ていい?」
「えっ。まあいいですけど……」
 わたしから許可を得ると、水希さんはローテーブルにカップを置いて、すっごくわかりにくいけど興奮した様子でリモコンを手にした。
 本当、飽きないなあ水希さん。
「わたしだったら主演の女性に嫉妬しますけどねぇ……」
「……そう?」
 わたしはソファー、水希さんはラグの上なので、必然的に水希さんがわたしを見上げる。いつもは見下ろされるばかりなので、不思議そうにわたしを仰ぐ水希さんはすごく新鮮だ。
 わたしが話しかけたので、テレビではさすがの水希さんでも飛ばす見飽きたオープニングが流れ始める。
「役者に嫉妬、ね……俺は別にそういうのないけど」
「変わってますね」
「……そうか? 俺はこうの言う気持ちの方がわからないよ。ドラマで役者が遙に抱きしめられてるシーンとか、こっちは抱きしめられてる方が見れない遙の顔が見れるし、すっげードキドキする。新鮮? ってやつかな。抱きしめてくる遙の顔とか俺もあんま見ないし」
「……」
「それになんか、『俺は演技じゃない本物の遙の笑顔とか、優しさとかを知ってるんだ』って優越感があるかな」
「…………もういいです水希さん。わたし砂糖吐きそうです……」
「は? なにその遠い目」
 そりゃあ遠い目もしたくなりますよ。
 本人は惚気た自覚がないのだからなおさら質が悪い。遙さんからよく「水希の不意打ち本当にやめてほしい」とLINEで愚痴が来るけどその気持ちが大変よくわかる。今のセリフだって、たとえ遙さん本人が相手であったしても、しれっと言ってのけるのだろう。
 わたしは唐突にそんな天然タラシの水希さんに無性にイラっとした。
「ほんっと水希さんは遙さんが大好きですよねーっ」
 そう嫌みで言ったつもりだった、が。
「ん。大好きだよ」
 優しく目を細めて答えられるなんて。思ってもみなかったし、その言葉がわたしの発言への肯定すなわち遙さんに向けてであることぐらいわかっているのに、ボッと顔に火がついた。
 なんだかんだ言って水希さんはアイドルだ。常日頃行動を共にしているのでわたしは忘れがちだけれど、彼はかなりかっこいい。かっこいい、のだ。
「なんだよ顔赤くして……」
「水希さん最低です! タラシ! 天然タラシ!」
「うわっ、おいばかっ! 埃が立つだろ!」
 ソファーに置いていた別のクッションで水希さんを殴った。
 水希さんは腕で直撃を防いでいた。
 ステキな上腕二頭筋でした。
 テレビではすでにオープニングが済みドラマが始まっていたのだけれど、わたしたちはしばらくもめていたのだった。

 水希さんが帰った後からさらに時間が過ぎてふととある人物にLINEをする。
 送った動画はドラマを見て悶絶する水希さんだ。遙さんを見て「かっこいい」とクッションを抱きしめていたあの水希さんだ。
 ちょうど誰かとやりとりしていたのか既読はすぐについた。ちょっと怖かった。
 動画を見ているのだろう。すぐについた既読とは裏腹返事はない。きっとしばらくはなにも返ってこないだろう。
 スマホを握って身悶えする彼の姿は安易に想像できた。見てるこっちが胸焼けしそうなほど愛情が深いのは水希さんだけじゃない。
 おおよそ1時間後に「可愛すぎた。こいつなに見てるんだ?」とLINEがきていたので「その水希さん、遙さんが出演してるドラマを見てかっこいいかっこいいって悶絶してるんですよ」と返信しておいた。
 既読はついたけど、しばらく経っても遙さんからの返事はなかった。
 代わりにスタファイのみんなもいるグループの方に、水希さんから「かれこれ30分この状態なんだけど、こいつどうしたらいいの」と、遙さんが床でうつ伏せに丸まっている画像が送られてきたのは笑ってしまった。
 ほんとにもう、好きすぎますよお互いに……。