オクヘイマにあるピュエロスはおれにとって最高の場所だ。なんてったって、逞しい男の身体を見放題かつ食べ放題! 日々養分には困らないし、それに……
「ガウガウー」
「ん……よしよし」
薄水色のぬいぐるみみたいな小動物。犬、猫、鳥……どの動物にもぴたりとは当てはまらない姿だが、ひとつ言えるのはこの生き物はとにかく可愛いということだ。
この子たち――ほかの市民がキメラと呼んでいるのを聞いた――は、オクヘイマのいろんなところにいて、聞く話によると市民の仕事を手伝っているらしい。こんなに愛くるしくてか弱そうなのに働くなんて……そしてその身体からは肉球のようなプニプニした感触が得られる。かわいい。
おれの性的嗜好はむきむきむちむちのおにいさんだけど、性的な意味を除けばこういう可愛いものも大好きだ。ピュエロスでぷかぷか浮いてるリトルアザラシも大好き。いつかこっそり部屋に連れ帰って飼おうかなとも思うけど、実行するまでは至っていない。
「アウー、ガオガオー」
なんと言ってるかはわからないけどキメラはおれの腕の中でふくふくとしている。かわいい。今日は早上がりで先程仕事が終わったから、こうやってこの子と戯れていてもおれは怒られないのである。
この薄水色の子に懐かれた経緯はよく覚えていないけど、最初は撫でさせてくれてもだっこはさせてもらえなかったように思う。頑張って餌付けをしたりして愛想を振りまいた結果がこれだ。ふふん……おれは狡猾なのだ。悪魔なので。欲しいものはあの手この手で誘惑するに限る。
「あっ! こら待て!」
どこからか大きな声が聞こえた途端、どむっと背中の下の方に衝撃が走った。思わずよろめいたけど腕の中のキメラを落っことしたりはしなかった。
なんだ!? と勢いよく振り返るが傍には誰もいない。困惑しながら周囲を見渡していると、「グルルル……」と唸る鳴き声と、足元になにかふわふわとした感触。
見ればそこには丸い生き物。キメラだ。淡いグレーと白の毛並みに空色の瞳。初めて見る子である。
「やっと追いついた……お前、ぶつかられてたけど、大丈夫か?」
空色の瞳と見つめあっていたら、少し息を切らした青年がおれのほうへ駆け寄ってきた。
グレーの髪に整った顔立ち、黄色い瞳……服装はあまり見慣れないものだ。異邦人だろうか。
「ぶつかられた……?」
「そう、急に走り出して行ったファイノン……じゃなかった。このキメラに」
「ファイノン? この子にそう名前をつけてるの?」
「あー……そう! 英雄の名前をとったんだ。可愛いだろ。まあいちばん可愛いのは俺だけどな」
「??」
青年はトンチンカンな発言をしてニコニコしている。おれは「あーそれわかる! 自分以上に可愛いものって中々ないよねー」と同意するべきなのか葛藤した。
とりあえず無難に笑っておくことにする。
「そうなんだ。ちょっとびっくりしちゃった」
言葉を返しながら屈んで、まずは腕の中にいる薄水色のキメラを地面に下ろしてあげる。そろそろ解放してあげないとと思っていたのだ。
「アウウー?」
「うん……よしよし、いい子」
ふわふわの頭を撫でた。
そばに居るグレーの子……『ファイノン』が何やら不満そうな顔をしているように見えるけど気のせいだろうか。人間で例えるなら嫉妬してるみたいな表情だ。
「ほら、きみのご主人が待ってるよ」
「ガウー!」
「ええ……お、おこってる……?」
今度こそ明らかにムッとした表情で、おれと、おれにすりすりと体を寄せている薄水色のキメラに注意を払ったあと、そっと近くに寄ってきた。
「ガウ!」
「あっ」
『ファイノン』が鼻先で薄水色のキメラを小突いた。
驚いたのか薄水色の子は逃げていってしまった。すたこらさっさ。ちいさな後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。
「……いじわるしたらダメだよ」
「ガウ」
おれが注意すると『ファイノン』はふすんと威張った。なんてやつだ。悪い子だ。
「…………なあ、ファイノン、お前に懐いてるみたいだから任せていいか?」
「ん……?」
「だから俺はここで失礼する」
「待って、どういうこと?」
「ファイノンを頼んだ! 一日経てば戻るらしいから!」
おれの引き留める声なんか聞こえないみたいに青年は走り去ってしまった。後に残るのはおれと、なぜかおれに懐いてしまった謎のキメラ。『ファイノン』ではなくて、この子を置いていった異邦人ぽい彼の名前の方が重要な気がするのだけれど、本当に何も聞けなかった。
「……君のご主人行っちゃったよ?」
「ガウー!」
「はあ……どうしよう……」
途方に暮れていると『ファイノン』がまたおれの脚にまとわりついてきたので、そっと抱き上げる。ふわふわの毛並みは心地よい。
顔を埋めてみたら気持ちよかった。胸に抱いていると心まで温かい。この子がどうしておれに懐いてしまったかはわからないけれど、仕方がないので家まで連れて行くことにした。
「ここがおれの部屋。狭いけど気にしないでくれると嬉しい」
「ガオ! ガオ!」
おれの家につくと同時に『ファイノン』はおれのベッドに直行した。
元気だ。あまり元気だとおれにぶつかったときみたいに家具にぶつかるかもしれない。
不安になって見守っていたが『ファイノン』はそこまでアホの子ではないようだ。嬉しそうにベッドの上を走り回っている。……やっぱりちょっと心配。
「……あんまり暴れると怒るからね?」
「アウウー?」
ご機嫌なようで、鳴きながらおれのもとに駆け寄ってきた。
抱き上げられて甘やかされるのを期待しているような顔だ。かわいい。
「おいで」
「アウ」
両手を広げて呼びかけてやれば案の定飛び込んできた。おれの膝の上で喉を鳴らすようにゴロゴロ言い始める。なんだか子犬みたいな懐きようだ。かわいい。
「ん、よしよし……いい子だね」
しばらく撫でていると満足したのか、次は遊びたいと言いたげな様子でベッドに戻り始めた。そのまま毛布の中へ潜り込むつもりらしい。本当に自由すぎる。
それにしても……家に帰ってから机に置いておいた石板を手に取って確かめるけど、新着メッセージは特にない。一緒に夕食を食べに行こう、てファイノンから誘われていて、仕事が終わったことはちゃんと伝えたのだけれど返事がない。いつもはびっくりするぐらい反応が早いのに、何かあったのかな。少し心配だ。ファイノンは戦士だし。……だけどおれにできることはやっぱりないというか。探しに行って、見つけられるものかな。
「アウウ……」
「んー? どうしたの。おれにかまってほしい?」
「ガオ……」
うん。とでも言うような鳴き声。意思疎通ができてるのかな。不思議に思いつつも再び抱き上げて撫でてあげると落ち着いたらしい。尻尾が揺れて機嫌良さそうだった。
しばらく抱きしめたまま撫でていたら、『ファイノン』は眠くなったのかうとうとし始めたので毛布の中に入れて寝かせることにした。ファイノンから返事のないおれも特にすることがないし、一緒に横になることにする。
名も知らぬ青年が言っていた一日経ったら戻るというのは『ファイノン』のご主人のことだろう。この可愛らしいキメラにあの逞しい戦士の名を付けた人間を、ちょっと見てみたいかも。
「……おれね、好きな人がいるんだ」
「……ァウ」
「ふふ。よしよし……」
ふわふわで丸い頭を撫でる。キメラの身体はもふもふのふさふさだ。おれが最も好きなのはむきむきのむちむちだけど、次点でもふもふのふさふさが好きかもしれない。
一生懸命瞳を開こうとするかわいらしい命をあやしながら胸元に抱き込む。
「おれの好きな人はね……とても優しくて、強いひと。おれ以外の人に優しいのは少しきらいだけど、やっぱりそういうところも含めて、彼が好き」
胸に抱いた『ファイノン』はもうほとんど眠っている。ちいさな手は、おれの服を握っていて離れようとしない。おれもそうやって、いつも大きな太陽にしがみついている。
「おやすみなさい。かわいいこ……」
ふわふわの額に口づける。腕の中の小さな鼓動を感じて瞼を閉じた。
しばらく意識が落ちていた。……そうだ、キメラの子と家に帰ってきて……その子と一緒に寝てしまったんだった。寝起きのぼやけた頭が徐々に冴えていく中、腕に抱いた小さなかわいらしいキメラを起こさないように慎重に動く。
「……?」
違和感に気づいた。おれが胸に抱くのはおれ自身の腕で、逆に、大きな体に抱きしめられている、と。
「う……?」
混乱する脳内を必死に整理しながら状況を確認していく。
ここはおれの家で間違いない。一緒に眠ったはずの『ファイノン』が腕の中にいない代わりに、本物のファイノンがおれを抱きしめている。どれぐらい眠っていたのかわからない。ファイノンはおれが寝ている間にうちにきて、おれが寝ているのを見て起こさず、一緒に寝ているのかな。
……あのキメラの子はどこに行ったんだろう。もふもふのふさふさ……。あの感触が恋しい。ファイノンの胸筋も魅力的だけど、今の状況では『ファイノン』を探したいからここを抜け出さなければ。
「ファイノン……ファイノン、ちょっと離れて……」
「ん……ふあ……おはよう、ジール……」
「おはよう。あのさ、かわいいキメラの子がうちに来てなかった?」
「……かわいい、キメラ?」
「薄灰色の……かわいいやつ」
「そいつを探したいのかい?」
「うん。寝る前まで一緒にいたんだ」
「……」
ファイノンはなぜか眉根を寄せたあと、ぎゅうと腕の力を強くした。まるで腕から出してやらないぞと言わんばかりの力だ。かわいいキメラの子がいないかどうか部屋を見渡すだけで、すぐにもとの位置に収まるんだけど。首を傾げているとファイノンが拗ねたように言った。
「……君の目の前にいるじゃないか」
「え?」
「ジールが抱えて眠ったキメラは僕だよ」
「……」
「本当だって!」
「きみねえ……ファイノンがおれを子どもっぽいと思ってることは知ってるけど、そんなわかりやすいウソにはだまされないよ」
キメラの成り立ちはオクヘイマを散歩していたときに少しは耳にしている。人間のファイノンがキメラになんかなるものか。思わず半目になって呆れた感情を前面に出しつつも、少し身じろぎしてファイノンの背中に手を回す。
「はいはい……よしよし」
「ジール……」
「そうやって嘘つかなくてもおれは逃げないよ」
ファイノンは気配りができて誠実だけど、たまにいたずらめいたことをする。この前はおれが机に置いておいたおやつをこっそり隠して、それを探す様子を観察して、おれが半泣きになってから「ここにあるよ」って教えてくれた。ひどいやつだよまったく。
とりあえずしばらく構えばファイノンも満足するだろう。あの可愛いふかふかのキメラはまた後で探そうと決めて、彼の頭を撫で回した。
後日『ファイノン』を連れていた異邦人の青年と再会し、彼の名前が穹ということを知り、『ファイノン』が本当にファイノンだったことを教えられた。なんのかんのと話が盛り上がって連絡先を交換したいといわれたので伝言の石板を取り出して――
「おれの石板はファイノンが管理してるから、ファイノンが許可設定してくれたらやり取りができると思う」
と伝えたら、
「お前のスマホ、ペアレンタルコントロールが設定されてるのか!?」
とドン引かれるのだが(スマホとペアレンタルコントロールってなんだ……)――それはまた別の話だ。