「好きだよ。炭治郎のこと」
時が止まった様な気がする。炭治郎の動きがかくんと固まって、それからぎちぎちと拙い動きでこちらを振り返った。前髪が身体の動きとは裏腹にふわりと舞って、善逸が炭治郎の次の行動を固唾を飲んで見つめていると、彼は唐突に吹き出した。
「ふっ」
「え」
「ははははははははは」
「なにヨォ?!突然笑い出して!いい雰囲気だったじゃん?こちとら一世一代の大告白ですよ」
善逸も顔を真っ赤にして抗議をしたが、炭治郎は赤い頬を更に赤くして、大口を開けてケラケラと笑っている。雰囲気からして断られるという可能性は考えにくいけれど。
炭治郎がこんな風に豪快に笑っているのを見たのは久しぶりだった。あんまりにも大輪の花の様に笑うものだから、途中から告白の返事を貰っていないことも忘れてぽっかりと口を開けて見入ってしまう。
炭治郎はひとしきり笑った後、ふっと表情を元に戻した。
「────なぁ善逸」
「なぁに」
瞬きの隙間に吸い込まれそうだ。哀がかった瞳の中に星屑が散っているように思うのはきっと惚れた弱みと言うものだ。眩い昼間の日差しから転換し、今はまさに夜空を横切る彗星だった。善逸はもう見逃すまいと炭治郎の次の言葉を待った。目まぐるしく変わる玉の表情は今まで見逃していた表情の数を数えては、後悔したくなるほど眩く煌めいていた。首を傾げ、微笑みながら、それでいて少しだけ生意気で得意げな顔をして。半分に細められたあつい視線が凄絶に輝いて俺を射抜く。俺の曇った空を白日の元に晒す瞳は夕焼けの色を描き始め、善逸をその場に縫い留めた。
「今更なんだ全く。俺が最初みたいな顔をして。俺の方が前から善逸のことが好きだった。そもそも俺が先に善逸に好きになってもらうって宣言したじゃないか」
「ハァ?!俺の方がもっと前から好きですけど?!どうして突然マウントとってくるんだよ。おまえが俺にアピってくるのずっと心待ちにしてたんだぜ??」
先程まで大笑いしていたくせに、真剣な顔で物言う炭治郎がやけに笑いを誘う。善逸はまた己の口元が緩んでいるのを感じた。あぁ、あぁよかった。本当によかった。やっぱりこうでなくちゃ。俺たちはいつも笑っていなきゃ。忖度はなしだ。もう口に出したのなら、後はお互いがお互いを好きであれるようにいればいい。
「不安がらせてごめん。だが、善逸は最初女の子が好きだったじゃないか。だから俺のことを好きになることはないって思ってて」
「うーん、俺も不思議なんだけどさ。なんか行けるかもって思っちゃったらもうだめだった」
「それもしかして生徒指導室に連れ込まれた時じゃないか?やっぱり凄く最近じゃないか!!自覚した途端襲ってくるとか堪え性がないな」
炭治郎の糾弾が刺さり、善逸はしどろもどろに言い訳を考える。自覚してなかっただけで前から好ましく思っていましたよ。本当です。あーだこーだぎゃいのぎゃいの。取っ組み合いまでして馬鹿騒ぎをして、結局炭治郎は冷却シートを貼ったままだってのに俺と一緒になって床に倒れ込んだ。あんなに緊張していたのに、蓋を開いたら二人とも同じことを腹に抱えている。
『本当はもっと前から好きだった』
馬鹿みたいに時間をかけて歩み寄ったのに、出会った時に告白しても同じ結果が待っていたんじゃないかだなんてそんなことを考え始めるくらいだ。
でもそれと同時に今までのこと、どれが欠けてもこの幸せな結果は訪れなかったんじゃないかなんて、そんな気もしてくるのだ。
目を瞑って二人して息を整えていると、唐突に顔にふぅ、と熱っぽい息が吹きかかった。
「何だよ、炭治郎〜……っ」
?!
目を開けると至近距離に整った顔があって善逸は思わず飛び上がった。
その目は不味い。我慢ができなくなる。
潤んだ目元は劣情を駆り立て、善逸は馬鹿騒ぎをし始めた胸を撫で下ろすべく深呼吸をする。黒髪の頭がぐわんぐわんと重力に負けて揺れていた。
火照った炭治郎の顔から視線を逸らす。こんな時に限ってはだけた襟元にばかり目が行ってしまうのは俺の悪い癖だ。鎖骨の上に膜張る様に色付いた皮膚。男のくせに反則だ。今までは一緒に着替えたって何とも思わなかったのに、好いた男の身体というのはどうしてこうも色付いて見えるのだろう。
「折角付き合ったのにしてくれないのか」
もじもじと指を擦り合わせて、いい匂いのする身体がしなだれかかってきて、善逸は内心叫び声を上げた。まろやかな両の頬が熱っぽく上気し、桜色の唇が半開きになっている。さてはこいつさっきの攻防で熱が上がったんだな。と思考を巡らせて、善逸はそのあまりの艶めかしさに喉を鳴らした。このまま押し倒してしまったらどんなにか気持ち良いだろう。だが、炭治郎は熱を出しているので無理をさせてはならないと欲求を落ち着かせる。また今度。代わりと言っては難だが、善逸はゆっくりと炭治郎へ口を近づけた。
「ぅ、?ぜんいつ────
◇
「綺麗だ。炭治郎」
花嵐。春の精霊と言っても信じ込んでしまうだろう。純白の衣を着せられて、滲む様に朱が目尻に施された麗しい人形。今にも動き出して神楽でも舞うかの様に穏やかな表情は何も変わらないまま静かに眠っている。花弁が辺りを舞って、大量の花と手紙が、どんぐりが、周囲に収められた。
誰一人欠けても、こんな風に綺麗な棺で命を終える未来はなかった。今までの全ての、俺たちが生まれるずっと前の時代から繋ぎ続けたものがここでちゃんと輪になったんだ。
念珠の先は浄土の世界へ繋がっているという。俺達で繋いだ輪の先にもしも極楽浄土があるのなら、俺はそれを見てみたい。できれば誰かと手を繋いで。否、それとも俺たちはまだ繋ぎ続けているのかな。
善逸はちゃりんと輪っかに腕を通して、白い唇に顔を寄せた。最後の別れを告げる。
『またね』
俺達と炭治郎がいつか出会う時まで、また何処かで誰かが繋がっていけばいい。轟々と燃え盛る炎の先に長い旅路が待っているから。
触れた唇はまだ柔らかくて、けれど冷たくて。どうして俺はこの口がおまえの心の様に温かった頃に口付けをしなかったんだろうと。その後悔だけがいつまでも残っている────
「あっっっっつ!!!!」
ちゅぽっ、と慌てて口を離した善逸は炭治郎の唇の熱さにぶり返した熱の高さを知った。
「ん〜〜ぜんいつ〜〜しゅきぃ」
炭治郎はすっかり出来上がっていて、ふらふらと善逸に抱きついた。よもや明日になったら俺の告白も口付けも、全てなかったことになっているんじゃなかろうか、なんて悪い想像が頭をよぎるほどだ。
「炭治郎ベッドに戻ろう」
「長男だからいやら。せっかくぜんいつが来てくれたのに」
「こんなところで長男節出すなよなぁ」
いやいやと首を振る炭治郎をベッドに放り投げ、布団をかけてやる。すっかり温まった冷却シートは貼り替えてやって暫くすると、規則正しい寝息が聴こえてきた。
善逸はジクジクと熱を持った下肢を眺めて溜息を吐いた。
このままでは俺が煩悩まみれになって爆発してしまいそうだ。
令和の煩悩が身を結んでうまれてはじめての恋はこうして身を結ぶことができたわけだが、悩める欲求との戦いは始まったばかりだ。
終わり
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