ーー強くなれたかはわからないけれど、主が泣いてそうな気がしたので、明日にでも帰ります。待っていてくださいね。

そう書かれた三枚目の手紙が届いたのは昨日のこと。つまり今日、捌宮の懐刀である平野は本丸に帰還する。しかし捌宮は現在本丸には居らず、白藍として現世に渡っていた。
本来なら今頃、皆と共に平野の帰還を待っていた筈なのにーー、白藍は小さく舌打ちし、数メートル先のスーツ姿の男を睨みつける。男は以前から18歳未満の子供を攫ってはブラック本丸跡地に投げ入れている、と監察がマークしていたものの、なかなか尻尾を出さずこれまで上手く隠れて逮捕を逃れていた人事の古株。それが今日、現世米花町への転送が発覚したため、急ぎ現行犯逮捕を狙うこととなったのだ。
相手は件の人事が一人、サポートに三人、うちの一人は小道に止めた黒いワンボックスの運転席に。大方、転送する前に車内で甘い言葉で言いくるめ、血判を押させて契約するつもりだろう。
「…獅子王、車をお願いします」
「おー、行ってくる」
「あとはあちらの行動を待つだけ、ですね」
携帯端末を触り、いつでも写真を撮れる状態にしておく。物的証拠は多いに越したことはない。

「…」
男が部下二人に小声で囁くのを確認し、白藍はグレースーツを着こなすへし切長谷部に視線を投げる。ダークグレーのスーツ、ワインレッドに少しの茶色を混ぜた上品なマルセラカラーのニットベスト、同色のストライプタイは背筋が良く整った顔立ちの長谷部にとても似合っていて、スーツ会社に広告として雇われたモデルのよう。どこに居ても目を惹いてしまう長谷部は、白藍に小さく頷いて二つの藤を瞼に隠す。再びその色が光を見た時、彼は一切の気配を消した。
「早く捕まえて帰りましょう、頼みますね」
「主命とあらば。」
小さく小さく出された声は白藍にしか届かない。

男達が進む先には三人の子供たちとスーツ姿の営業マン、買い物帰りの主婦。狙うとしたら三人の子供の誰か、それとも全員纏めてか。見たところ小学校低学年、あの男に子供たちの笑顔を、未来を奪われる訳にはいかない。必ずここで捕まえて悪事全てを暴き、これ以上の被害拡大を防がなければ。

人の良い笑顔を浮かべた男が少年少女に近付き、声をかける。白藍は不自然にならないように端末を構え、写真を撮り始めた。子供しか目に入っていない男には見えないだろう。彼の部下二人は既に長谷部によって音もなく意識を奪われ、ひと仕事終わらせた獅子王が素早く移動させている。人目に着かない場所で転送ゲートを開き、今頃は課に送り込まれている筈だ。

「こんにちは、ちょっといいかい」

「こんにちは!おじさんどうしたの?」
「もしかして、ボク達少年探偵団に依頼では!?」
「まじかよ!なんだなんだ?」
子供たちは警戒心という言葉もしらないのか、すぐに男へと駆けて距離を詰める。まさか自分達を攫おうと企んであるなど全く考え付かないようだ。殺人事件が毎日の様に起こっているこの米花町でそんなことではいつ事件に巻き込まれてもおかしくない、随分と平和な頭をしている。白藍は痛む頭を抑えた。今現在、少年少女は誘拐事件に巻き込まれているのだった。もちろん未遂にしてみせるが。

「そうなんだ、小さな探偵さんたち。僕の友達が悪い人に意地悪されてね、とても傷付いているんだよ」
食いついて来た獲物を愚かだと嘲笑いながらもそれを表に出さない、一流役者。胡散臭い仮面に隠された、目も当てられない程に汚れた下心は子供たちに気付かれることは無く、男は今回の“スカウト“の成功を確信している。
「いじわる、ですか?」
「わかったー!歩美たちが犯人を見つけ出せばいいんだよね!」
正義感と好奇心を浮かべてきらきらと瞳を輝かせる子供たちに、屈んで目線を合わせて声を潜めた。数歩後ろに立つ長谷部には、気付かない。
「いや、君達にはその友達のケアをお願いしたいんだ。実はーーー、」

僕の友達は神様で、君たちは彼らに選ばれた特別な存在なんだよ。

特別、子供にとってはこれ以上なく嬉しい言葉。一瞬の静けさ、そして子供たちの喜ぶ声が辺りに響く。
さあ行こう。差し出された男の手は三人に触れる前に、強い衝撃を受けて地に落ちた。
「ぃ、っ……!は、」
ミシミシと骨が悲鳴を上げる。汚れひとつないダークブラウンの革靴が、潰れる手の上から退かされる気配は無い。不格好な昆虫標本の様に地面に縫い付けられた男は身をよじり、自身を痛めつける靴の主を見上げた。
「なっ…!?へし切、長谷部!」
冷たい藤が驚愕する男を貫く。風に揺られる髪の隙間で、“彼女“を表すあの色のピアスが光った。
「ま、さか…っ、監察の白藍が…!?」
「はい、お久しぶりです」
浮かべる微笑みに温度はない。白藍が端末画面を翳し、長谷部は胸ポケットに忍ばせていたボイスレコーダーを再生する。突き付けられた証拠に息を飲み、男は唇を噛んだ。周りを見ても部下は居らず、少し離れて獅子王が住宅の塀に凭れているだけ。
張り付けられた偽物の笑顔は砕け散り、屈辱に塗れて白藍を憎々しげに睨んでいる。
「…これで、もう言い逃れはできませんね。話はあちらで」
「おい!待てよねーちゃん達!!」
白藍の言葉を遮ったのはおにぎり頭の少年だった。きっ、と白藍と長谷部を睨み付け大声を上げる。

「おじさん痛いって言ってるじゃねーか、離してやれよ!オレたち少年探偵団が許さねえぞ!」
「そ、そうです!確かに神様とか何とか、怪しいこと言ってましたけど…」
「弱い者イジメはしちゃいけないんだよ!」
弱い者イジメされそうだったのは君達なんだけど。つい引き攣った頬を手のひらで覆い、眉を下げた。
「主はお忙しい。さっさと家に帰れ」
白藍は子供が嫌いという訳ではない。しかし、7年間現世から離れていた白藍にとっての子供とは、己の顕現した短刀達のイメージに塗り直されていた。もちろん彼らは自分よりも長い時を過ごしてきた御刀であり、一般的な子供とは全く違うというのは理解している。
でも、今の現世の子供って、こんなに強烈なの?
「ぐぁ…!くそ、こんな所で…っ」
子供達に意識が逸れ、隙が出来たとばかりに動き出した男は長谷部の靴の下から手を引き抜くことに成功したが、腰を浮かし立ち上がる前に肩を蹴られ仰向けに倒れていく。サッカーボールでも蹴るように簡単にやって見せるが、男が受けた痛みは相当のもので、手を肩に当てて苦しみ、熱い息を吐く。まるで死にかけた芋虫だ。
白藍は今どきの子供に軽くショックを受けながらもすばやく男を手錠で拘束し、耳元に触れる。
馬鹿な男だ。ただの人間が刀剣男士に勝てる訳がない。
「無事拘束しました、すぐに送ります」
『忙しいところありがとうございました。平野さんの帰還には間に合いそうですか?』
「まだ何も連絡が来ないのですぐに帰れば大丈夫でしょう」

子供達へのフォローは獅子王に、男の転送は長谷部に任せて白藍は端末に触れる。ホームの壁紙はいつかの審神者会議へ参加した時の写真だ。この日の為に仕立てたお高い着物を着付けて、左に国永、右に平野。本丸の前で撮った一枚。平野が帰ってきたら、彼の写真を設定しようか。
彼の帰還が、心底楽しみである。
軽い通知音、タイミング良く届いたメッセージは国永から。
『第0002本丸の厚藤四郎が帰還したらしい』
………まじか。
こんのすけから情報が届いたのだろう、既に一振りでも帰ってきたなら平野もいつ帰還してもおかしくない。
「長谷部、獅子王!帰れますか!」
「俺はいつでも大丈夫です。…おい獅子王、いつまで主を待たせるつもりだ。さっさと来い」
「分かってるって」

白藍達の行動を、勿論審神者の事などは伏せてざっと説明した獅子王は一人ずつ頭を撫で、手を振り二人へと駆け寄る。残された三人の子供は知らされた事実を噛み締め、大きく叫んだ。
「…まってください!」
「歩美達を助けてくれてありがとう!」
「また会ったときには煎餅一枚やるからよー!」






転送ゲート開門、審神者帰還のアラームが本丸に鳴り響く。

「主殿」
「ただいま、一期。まだだよね?」
はい、と柔らかな微笑みにほうっと息を吐いて肩の力を抜いていく。よかった、間に合った。
「二人も急だったのにありがとう」
「いえ、当然のことですから」
「そうそう!それに俺現世好きだし気にする事無いって」
急な任務も嫌がらない出来た刀たち。二人を着替えに行かせ、捌宮は一期一振ら粟田口派と、出迎えに来た国永と共にゲート前で懐刀の帰還を待つことにする。

「ぶはっ、獅子王!お前高校生か!」
日本号が制服姿の獅子王を笑う大きな声と物吉の揶揄う言葉。
「高校生活はどうでした?」
「もう黙れよ…」
獅子王が学生服を嫌がった理由はこれだろうか。次の現世任務は私服で行かせてあげよう。それにしても彼等は本当に仲が良い。


「主君…」
大きな瞳を捌宮に向け、前田は落ち着かなさげに両手を組む。ええと、その。珍しく言うのを躊躇う様子が気になり、足を折って目線を合わせ、言葉を待った。
マントが夏の風に揺られ、一度キツく目を閉じると、今度はしっかりと目が合わされた。一期の手が優しく少年の背を撫でて、それに安心したのか小さく口を開く。
「平野が、僕よりも前から主君にお仕えしていることも、僕よりずっと強いことも分かっています。修行に出て、更に強くなって…。僕達は平野に到底敵いませんが、これからも、僕達を使って下さいますか?」
気付けば仲良くお喋りをしていた乱や秋田、他の短刀達も黙り込んでじっと捌宮を見詰めていた。
その様子がいじらしくて、捌宮はきゅう、と胸が締め付けられた。平野が修行を終え、極めて帰ってくる誇らしさと、自分がそこには到達できないもどかしさ。

「もちろん。皆、私が忙しいのは知ってるでしょ?これからもしーっかり、働いてもらうからね」
錆び付かせるつもりは無いよ。



聞き慣れた転送ゲート開門のアラーム。
さあ、懐刀のご帰還だ。