happybirthday!
「……なにこれ」
ぷすぷすと煙を上げる黒い塊は、とても食べ物とは思えない。つくれぽ1000件超えの人気レシピをしっかり忠実に作ったはずのそれ。何がいけなかったのか、オーブンの温度はどれだけにしたっけ。焼き時間は。駄目だ、数分前の自分の行動が思い出せない。
壁に掛けられた時計の針は彼が来る30分前を指していて、もう作り直す時間も無く、なまえは途方に暮れた。
せっかくの付き合って初めての新一の誕生日、彼の幼なじみや友達に聞き込んで知った好物だと言うレモンパイを出して喜ばせてやろうと力を入れたものの失敗。一応プレゼントは買ってあるため、どうしてもそれが必要という訳ではないが、なまえは自分の作ったレモンパイを食べさせてプレゼントを渡す、そしてその後は……×××。この流れを何度も思い描いてはたのしみにしていたのだ。
オメーって変な所で完璧主義だよな…と頭に浮かんできた恋人を黙らせて、黒の物体Xに立ち向かった。
見た目はアレでも、食べてみたら実はーー、なんてこともあるかもしれない。
まず焼きたての物体Xは熱くて柔らかく、型から取り出すのに一苦労。とりあえず切ってみようとまな板の上に置いた頃には何故か三角形になっていた。
「………」
包丁を入れたはいいが、どこがパイ生地でどれがレモンかもさっぱり不明。こんなものを食べるなんてどうかしてる、ありえない、食べなくても結果なんて知れている。が、なまえは物体Xにフォークを入れ、とうとうそれを口に運ぶ。
「っ〜〜〜〜〜!!!!!」
そのままシンクにげえ、と吐き出してコップも使わずに水道水を口に含んだ。何度も何度も口を濯いでも苦味が消えることは無く、舌先がイガイガする。
「まっず……!分かってたけど…、これただの炭…」
違和感しか無い舌をどうすることもできず、とりあえずは黒焦げの炭を新聞紙で包みゴミ箱へ。勿論、新一載っていない新聞であることは確認済みだ。
なまえの思い描いた完璧な新一お誕生日おめでとうラブラブお家デート作戦は残念ながら出来そうにない。
あまりの無念さにソファへと沈みこんだなまえは、数分後、更なるショックを受けることになる。
「なぁ、そろそろ機嫌直せって」
「…知らないっ!」
予定時間の5分前、なまえのスマホに届いたのは事件が起きたから少し遅れるとの連絡。自分思い通りには行かないもどかしさ、それでも彼は探偵だからと自分に言い聞かして待ったものの、実際に新一が家に着いたのはそれから二時間後の事だった。
もとより気が長くもないなまえは、部屋に入るなり今回の事件について語り出した新一にとうとう反応を返す事をやめた。
私は今日会えるのを凄く楽しみにしてたのに、新一は事件の謎解きの方が楽しかったらしい。謎解きする新一の表情は好きだが、それとこれとは別だ。
心のもやもやは治まることなく、思考は悪い方へと傾いていく。
新一の誕生日、笑顔でたくさんお祝いして、喜ばせてあげたかった。せっかくの誕生日にこんな機嫌悪い女の相手をして面倒に思っただろうか、今日くらいは彼のために我慢して笑顔でいれば良かったかと後悔の波が押し寄せる。
新一の顔を見たい、けれど見るのがこわい。
「なまえ」
腹に回された両手が温かくて、なまえのちっぽけな反抗心は溶けて消えていく。
首筋に新一の前髪が掛かって擽ったい。
「…ごめん新一」
「俺も悪かったよ」
お互い向き合って、額をコツと合わせる。クスッと小さく笑い声が漏れ、視線が重なりどちらともなくキスをした。
「プレゼントあるの、貰ってくれる?」
「あたりめーだろ」
「誕生日おめでとう、新一」
青い包装紙と赤いリボンで飾られた小さな箱の中身は、最近若者に人気のブランドもののキーケース。
3ヵ月前からバイト代を貯めて漸く買えたそれを、彼は気に入ってくれるだろうか。あまりブランドには興味ないようだけど、もう大学生だしひとつくらいは持っていてもいいとは思う。
「…どう、かな?」
「すげーうれしい。サンキューな、なまえ」
笑いながらぎゅう、と力強く抱き締められて頬に熱が集まっていく。きっと今、自分の顔はだらしないことにだっているだろうけど、どうでもよかった。
「そういえば、レモンパイは出てこないのかよ?」
は。口が開いて、でも声は出なくて。
何で新一がレモンパイのことを知っているのか。
「オメー、蘭たちに俺の好物聞いたろ?それから、水切りに置かれたボールやパイの型、手を洗わせて貰った時に洗濯機の中のエプロンも見えた。それと、ゴミ箱にも不自然な新聞の包み」
私の好きな謎解きの顔付きも、今はうっとり眺めている余裕はない。レモンパイを作ったことどころか、失敗したことまで推理されている。
一瞬冷えた体がまた火照り、羞恥で顔が赤く染まっていくのがわかる。耳が熱い。
ああ、あとは、
「オメーとのキス、ちょっと苦いんだよ」
「…っ新一のバカーーーー!!!!」
思い描いた通りには行かなかったけれど、本日の主役が随分楽しそうに笑うから、まあ、これはこれでアリかもね。