ひとりで、たったひとりで前を向いて進むのはどうしようもなく辛い。

  なまえはため息をつき愛機を撫でる。この世界に来て、キリトとアスナが結婚して、メッセージに可愛い娘が出来たと書かれてあり、なまえは荒んだ気持ちを小さく声に乗せることで発散させた。

 くそ、死ねッ

 弁解しておくが別に彼らが憎くて荒れているのではない。もちろん嫌いなんかではない。ありふれた話、なまえが嫌いなのは自分自身の弱い心だった。悪態をつけばムカムカとした心はほんの少しだけ楽になる。

 自分の唯一の相棒は魔力を失い会話が出来なくなり、時間つぶしにも暇つぶしにも、自分を肯定してくれ、咎めてくれることもなく、なまえは荒れに荒れていた。


 人間、時間の経過とともに性格が変わっていくのが常らしいが、なまえは相変わらず俯いてコミュニケーションを図ろうとはしなかった。いや、むしろ悪化したと言える。キリトとアスナ以外話しかけても当たり障りなく聞き流し、しずかにその場から立ち去っていた。

 この世界での希望は彼ら。今まで以上にそう決めつけ考えることを放棄しなまえはこの世界でも再び小さくなった身体で生きることに決めた。

(けど、心が限界だな…)

 自身の胸元を小さな手で握りしめて、自嘲気味に笑った。このVRMMO、仮想現実大規模多人数オンライン(Virtual Reality Massively Multip layer Online) 元の世界ならば目一杯全力で遊べただろう。ゲーマーな血が騒ぐ!と大はしゃぎしていたにちがいない。

 絶望にくれていたところキリトと出会い最前線で戦い続けたなまえは、ただひたすら終止符を待った。もしかしたら、今度は…。そんな期待に胸を躍らせる年齢はとう過ぎた。


 クナイでグサリと刺し、音を立てて崩れ落ちた7体のリザードマン。この世界では意味のない忍。きっとウィザードの職があるのなら私の魔力も使えたのではないか。

 無い物ねだりしていても仕方が無い。そう気持ちを切り替え再リスポーンしないうちになまえは歩いて来た道を歩いて戻る。

 回廊結晶も転移結晶も初めのうちボス狩りをしていたなまえは余ってはいるが、今は経験値を逃すのが惜しいと感じていた。

 スキル【バトルヒーリング】を習得し熟練度を上げるためになまえは攻略組から一時撤退し経験値狩りをしていた。


 帰路につきなまえは、ふと、過る。
 もう、2年か。この2年でなまえの生活もだいぶ変わった。なまえは拠点が必要だということもあり、59階層のダナクに家を構えた。といっても借家だが。レベリングには最適だった。

 お金は、まあある。ユニークアイテムを売ったりして儲けているから。

 画面を操作しながら本日の食事を検討する。
 美味しいものが食べれたら満足であるのだが、贅沢は言ってられない。けれど味覚があるなら料理スキルをカンストさせたいな、とも思ったがまあ上級者に手が届く程度にしておいた。ここの料理はなんと言うか作りごたえがまるでなかった。

 ポスン、背中に何かがぶつかった。

 戦闘区域外だからって気を抜き過ぎたな、意識を戻すと私とそう背の変わらない子供がそこにいた。


「ぅっ…ままぁ」

「…………え?」

「おかあさ、ままぁ…!」

 後ろから抱きつかれ何事だと慌てていた意識は、少女の声によって引き戻された。

「…………え?」


 恐る恐る振り返る。


「ユウ…?」

 うそ、え、なんで、え?あれ?どうして?なまえの脳内でぐるぐるぐると疑問ばかりが浮かんでは消え浮かんでは胸を熱くさせた。

「うあああああ!」

 なまえの呼びかけに泣き出した少女。驚いたなまえは一度無理やりはがし、もう一度マジマジと少女をみた。ステータスを見ればたしかにそこに『ユウ』と記されていた。


「ユウ、ユウだよね…どうしてこんなところに…」

 確信を持ったなまえは肩口にユウを抱きしめ宥めるように抱きしめ頭を撫でる。


「うっく、こ、コウも、」
「コウもいるの?!」
「いいいいるぅユウ、かあさん見つけて、走って、」


「ユウ!」


 ユウの嗚咽に紛れるか細い声に耳を傾けてたなまえは突然響いたその声に心臓が震えた。

「お前はいきなり走り出して…」
「ユウ…心配する」


 少年の手を引き走りよる人物に、信じられない気持ちで目を見開く。そして「あれ…」とつぶやきなまえはその人物と目が合う。

 ユウに会ってうるんでいた涙腺は瞬く間に崩壊した。

「クロノ…くん…コウ…」
「……なまえ…!?」

 決壊してしまったなまえの涙腺は大粒の涙で、とめどなく涙を落とす。ユウにしがみついて泣いた頭でどうしてこんなことが起こったのか精一杯考えるが、なまえはこれが敵の罠だろうが今念もチャクラも魔法も使えない今だからこそ、モンスターによる幻だろうが白昼夢だろうが関係なくやっと出会えた喜びで泣いただろう。

 涙でぼやけて見えた彼らは何よりも私が求めていた人だった。


「なまえ、なまえ!やっと見つけた…!!」

 ユウごと抱きしめられたなまえはVRMMO内でも感じられる温もりに匂いに言葉にならない思いが込み上げた

「母さん元気そうで、安心した…とりあえず、目立つからどこか行こう」

「ご、ごめんね、コウ、目立つよね私が借りてるところに行こうか」

「ん、そうしてくれるとありがたい」

「お母さん、手、繋いで!」

 号泣から復活したユウの願いに快く頷き、差し出された手を握り返せば「ルークだ!」と嬉しそうに笑った。

 今の私よりも頭3つ分以上は確実に高いクロノくんを横目に、今のこの状況に荒んでいた心が潤い道溢れるのを感じた。

 なまえはこうなった経緯などをきちんとした説明を詰まりながらも行う。そして謝罪した。道中ユウに聞いた話、5年間音沙汰なく私が居なかったらしい。コウは随分大人っぽくなって、ユウは変わらず泣き虫で頬が緩んだ。

「ごめん、ごめんなさい…クロノくん、会いたかったよ…」

「なまえ…」

 クロノや子供たちにとって5年。なまえにとっては軽く30年なのだ。
 しゃがんだクロノに抱きとめられながら肩口に顔を埋めて嗚咽を零す。

「それで、いったいどうしたんだ?その懐かしい姿は…」

 肩口に埋めた頭を片手で撫でられ、問われた内容に首を振る。

「そうか…」
「クロノくんたちは、どうやってここに?いつからここに?」
「そうだな、1年くらい前にロッテとアリアになまえの手がかりがあるって聞いて…」
「ふたりに!?」

 がばりと顔を上げなんでそんなことに!?と驚愕した。

「外部の侵入は出来ないという話だったからエイミィに頼んでハッキングしてねじ込んで貰った」
「なのはたちも行くんだって聞かなかったんだが、子供たちを置いては行けないから身体を任しておいた」

「なまえのことだ、ゲームかそれ関係の厄介ごとに巻き込まれてるんじゃないかとロッテとアリアに持ちかけられたときは半信半疑だったが、見つかってよかった」

5年経った今でも変わらず自分を真っ直ぐ見てくれ、わずかな手がかりで自分を追いかけてくれたクロノになまえは愛おしい気持ちがこみ上げて唇を震わした。

「まさか出会った当初の容姿だったとは驚いたが…」

「ユウもコウもこんなに小さい私が母親だって、お母さんだって言ってくれて…」

「フェイトやエイミィになまえの幼少の映像をみせられて育ったからな」

 て、てれる…久々に出会えたがそんなことになっていたとは…頬を手で抑え照れを堪える。さみしい思いさせてしまったことを思い出してすぐにその熱は下がったが。

「なまえは死ぬはずがないと信じて探し続けてよかった」
「私も、クロノくんに、子供たちにもう一度会うこと諦めなくて本当によかった」
「諦められたらたまったもんじゃない」
「うん…うん。見つけてくれて、探してくれて、ありがとう」

 なまえはここで、はたりと気がつく。
 もしクリアしてしまったら、私はまた彼らと別れ、離れ離れになってしまうのではないか…と。

「えっと、あのクロノくん、ごめん。私自分の体がいまどこにあるか知らないんだ…」
「エイミィにも探してもらってるが全く分からないとなると手掛かりが何もないな…アクセスログを調べて見て貰ってるんだがいかんせん強固な防衛システムみたいだ」
「う…そっか…」
「このゲームじゃ外界と連絡取れないしな…」
「うん、ここからでたら、また…離ればなれに…」
「安心しろ絶対見つけるから」

 ぽん、と頭を撫でられなまえは俯いていた顔を上げた。穏やかに微笑まれなまえは激しく動揺した。

 この優しい人が旦那なんですよ。信じられないだろうけど、本当なんですよ。私もちょっと信じてないです。私には勿体無いくらいの良い旦那だよ畜生!

「最前線で戦ってる子達と知り合いなの。その子達、新婚さんなんだよ」
「……そ、うか…」
「うん、クロノくんのこと、紹介したいな…」

 びっくりするだろうなぁなまえは口端を上に持ち上げ笑った。

 この世界が、実は元の世界と繋がっていたなんてなまえは考えてもいなかった。そして探しに来て、迎えに来てくれるなんて。緩む頬を抑え、なまえを挟んだ未だ幼い双子の頬を愛おしそうに撫でて、クロノに向き合う。この世界はデスゲームだけど、私が必ず貴方達を守るから。

「クロノくん、ただでさえ大変なのに二人のこと、連れて来てくれてありがとう…。」
「当たり前だろう、大事な家族なんだから」

 家族。幼いなまえが嫌いだった言葉。なまえはいまこの言葉をクロノから告げられ胸が締め付けられた。手を握られ照れ臭そうに苦笑いを浮かべたクロノになまえが噛み締めていた口を緩めこっそりと囁いた。


あなただけをあいしてます


照れた顔のクロノくんはとても可愛くて私まで両頬を赤く染めた。