Zet at zeT



FGO / 槍術狂ニキ達


カルデアの職員というもの、廊下を歩けばいきなり霊体化から実体化する英霊が居ても、食堂で激しいシミュレータの設定画面を見ているような戦闘が始まっても、マスターであるあの子が起きない日が続いたとしても、冷静に対処するスキルを身につけるべきだ。
ーーと、私自身そう思い、考え、実行してきたわけなのだが。如何せん、今の状況に何を冷静に対応すれば良いのか判断出来なくなっていた。

「魂が似ているのならば、思い出させれば良い話だ」
「何度も言わせんなよ。似ているだけで別人だっての」
「バーサーカーってのはここまで話聞かないもんかねぇ」

事の発端は、約数時間前に遡る。

マスターが召喚システムを使用し、私はその動向を見守っていたのだが、新しく召喚に応じてくれたのは、カルデアへ既に召喚されていたクー・フーリンの別側面であるバーサーカーの彼だった。
特異点での彼とは違い、狂戦士といってもマスターに従う気はあるらしく、また特異点での記憶も保持していないような彼は、ただの無口で無表情の英霊となっていた。……ような気がしたのは私だけだったのかもしれない。
マスターやマシュ、ドクターとダ・ヴィンチ女史への挨拶はそこそこに、鼻をひくつかせた彼がゆっくりとこちらへ近付いてくるのが見える。
他のスタッフへの挨拶もするなんて、別側面であっても律儀な英霊なのだな、と関心しながらもシステムに負荷が無いかなどの作業に取り掛かった瞬間ーー頭の上から、低く身体に響く声が、聞こえて来た。

「……なぜ貴様からエメルの匂いがする」
「はーーはい……?」

なんの事だ、とシステム画面から声の方へと顔を向ければ、特異点の記録映像で見た、凶悪さが滲み出ている目と、視線を交えてしまった。
震える体とは真逆に、どこかで聞いたことのある台詞だと思い返せたのは、日頃から冷静に対処する事を心掛けていたからなのかもしれない。
思い出したのは、少し前にもクー・フーリンの別側面に同じような事を言われた記憶だった。

「あの、私は一切関係無いかと思うのですが」
「……フン」

何がフン、だ。納得したのかどうなのか、マスター達の元へと戻る背中を見送り、私は私の業務へと思考回路を戻そう。
電子キーボードに指を滑らせ、ドクターやダ・ヴィンチ女史に引けを取らないくらいだと自負する早さで業務を進ませつつ、腕時計を見遣れば休憩に持ってこいの時間だった。
出来た分の作業を保持処理して、食堂へ向かう事にする。
各国の英霊の中でも料理上手や料理自慢が厨房を担当している食堂のメニューは、コーヒーや紅茶のような飲料一つとっても凝りに凝った深い味わいを楽しめるのだ。
これはカルデアの職員でなければ堪能する事が出来なかった味だと思う。
スタッフの激減に伴う激務も重なって、レーションや缶詰めを開けて食べていたあの頃が懐かしい。決して戻りたくはないのだけれど。
食堂の扉が開くと、何体かのサーヴァント達や何人かのスタッフ達が食事やミーティングをしていた。
空いている席もある為、席取りをせず先に飲み物を、と厨房を覗けば、青い髪を束ねたランサークラスのクー・フーリンが珍しいバーテン服で立っていた。

「おう、スタッフの嬢ちゃんか」
「あの……私、嬢ちゃんと呼ばれるような年齢では無いのですが……」
「そうか? オレから見りゃあカルデアのスタッフの中では若い方だろ」
「そういう意味ではなく……」
「ンな事より、なんか注文しに来たんだろ? 生憎出払ってる奴も居るが、オレがきちんと注文を聞いてやるよ」
「はあ……では、紅茶を一つ。ストレートで」
「それならオレの得意分野だ。ホットで良いんだよな? 待ってな、美味い紅茶を淹れてきてやるから」

厨房の奥へと消えていったクー・フーリンだったが、湯気と香りが鼻腔をくすぐる口にせずとも匂いで美味だと判断できる紅茶を淹れて直ぐに戻ってきた。
嬢ちゃんへの特製だ、と言う彼の思惑は理解しかねるが、紅茶を口に含むだけで癒された気分になってしまう。これが、本場というものなのか。

「そういえば、バーサーカーの貴方が召喚に応じて下さいましたよ」
「ーー会ったのか?」
「えぇ。と言いますか、私、貴方と同じ事言われました」
「……キャスターのオレはそこに居なかったか。いや、まぁいいか。教えてくれてありがとな。ゆっくり休憩していけよ」

そう言うなりすぐに霊体化した彼の思惑はやっぱり理解出来ず、自分の手の中に残された紅茶に舌鼓を打ちながら、残り少ない休憩時間を堪能する事とした。

ーーそれが数分前。
リフレッシュされて油断したのかもしれない。
安心しきった私は、業務に戻る途中の廊下で、またもやバーサーカーのクー・フーリンと出会してしまったのだ。
出会してと言うよりも、霊体化して待ち構えられていたのかもしれない。
大きい手で口を塞がれ、人気の無い奥まった廊下へと引きずり込まれるこの状況は、さながら人攫いの過程のようだ。
電灯も点滅しているような脇道の廊下で、壁に押さえ付けられながら、貴様は何者だ、と問われた。

「ただの、人間ですが……」
「嘘をつけ。ならばなぜ人間からエメルの匂いがする」
「あの、そのエメルさん? って、誰ですか……?」
「まだ白を切るつもりか。ならばーー」
「いやいや、ちょっと待てよ別側面のオレ」

軽やかな声。それと同時に私とバーサーカーのクー・フーリンの間に割り込んできた特徴的な杖。
助けが来た事にホッとして、腰が抜けてしまい床にへたりこんでしまった。

「いくらオレであろうと、邪魔はさせん」
「違ぇよ。話聞けって。この嬢ちゃんは魂が似てるだけの別人だ。何世紀経ってると思ってんだよ」
「悪ぃな、キャスター。オレと同じ説明させちまって」

同じ容姿と同じ声のオンパレードだった。
私を助けてくれたのはキャスターのクー・フーリンで、その背後からはランサーのクー・フーリンが近付いてきている。
三人が何を話しているのか理解しようとすると意識が朦朧としてしまうのだが、要するに、私は理不尽な被害を受けなくて済んだようだ。
しかしながら、座り込んだ私を取り囲む別側面であれ同一人物が三人もいる光景に、私自身冷静さを欠いてしまいそうになる。第一、そのエメルさんって誰なんだ、もう。

「お前さん、無事か?」
「はい、ありがとうございまーー」
「キャスター風情が勝手に触れるな」
「落ち着けよ狂戦士」

差し出されたキャスターの手を取ろうとすれば、何故かバーサーカーにそれを阻まれ、槍を構えて臨戦態勢のランサーが睨みを効かせるこの三竦み。
さて、私はどうしたらいいのだろうか。
運良くマスターに関係する誰かが通ってくれる事を願いながら、視線の先の明るい廊下を見るしか出来なかった。