アパシーがーる。
あたしにだって、女として見られたいという欲望くらいはある。ただ、それを表に出せないだけだ。ずっと。
アーチャーはいつしか大人になって、相応の女性と――例えば外見で言うなら友達名前ちゃんみたいなのと結婚して、子供が出来て、幸せな家庭を築くのだと思う。いや、思ってる。
そこにあたしは幼馴染みとして、ただの腐れ縁として存在するのだ、と……常々そう考えていた。
結局、男女間の友情なんて、存在し得ないのだ。
あぁ、なんて喪失感。
まるで片腕を失ったような。
まるで自分の存在意義を亡くしたような。
まるであたしがあたしでなくなるような、喪失感。
ゲームの中の世界はなんて輝きに満ち溢れているんだろうか。
そんな、非現実的な感情は、携帯のアラームによって打ち消されたのだけれど。
「行かなきゃなぁ」
何処にって、バイトに、だ。
大学近くにある中華料理店は、大学で宗教学を教えている某神父も御用達で。それなりに集客はあるらしい。
リーズナブルな金額だからか、サークル帰りに利用する生徒も多い。
そんな所で働いて早一年が経つ。ニートになりたいだのと謳っておきながら、何をしているのだろうと考えてしまうが、生きていく為なので仕方が無い。
実家はドがつく程貧乏なので、仕送りとか期待出来ないのだ。
うん、辛い。自分で言って泣けてきた。
「今日晴れてたんだ」
最近はずっと引き篭りだったから分からなかった。
引き篭りと言っても本当の意味のそれではなく、アーチャーと顔を合わさない為に逃げまくってるという方が正しいのかもしれないけれど。
大学の学科は違うが、必修科目は学年毎に違うがあたしとアイツは同学年なので同じだし。まぁ二枠あって、それぞれ担当教師が違うのもあるけれど。基本、あたし達は同じだ。大体。いや、全て。
学科別必修は違うけど。
今日は休講になったものもあるから自主休暇だ。おかげで詰んでいたゲームをクリアする事が出来た。
そして、アーチャーと顔を合わさずに済んだ。
「おはようございまーす」
「名前ちゃん、お、おはようございますアルー」
中華料理店、泰山。裏口から入れば、バイト仲間のバゼットさんが居た。
帰国子女らしいバゼットさんは、何処ぞのお嬢様かというくらい何も出来ない事で有名だ。私よりも長くバイトをしているみたいだが、何と言うか、手際が悪い。
ちょっと前までは格闘技をやっていたとは聞いたんだけど、全く想像出来ないでいる。
ちなみに、店のチャイナ服を着用後は語尾にアルをつけなければいけない。でなければ辞めさせられる。と、去年辞めて行った先輩が言っていた。
「今からアル?」
「そうですー。社畜になりに来ましたー」
「社畜とはちょっと違うから」
苦笑されながら言われ、こちらも笑ってしまった。
影ではダメットさんとか呼ばれているバゼットさんではあるが、あたしは好きの部類に入る人だ。からかうと面白いし。
自分のロッカーを開けて着替え始める。最初は着ることに抵抗があったチャイナ服も、今は普通に着れてしまう。例えスリットが深くて胸元と背中がパックリ割れていてミニスカートであったとしても、だ。
慣れって怖い。本当にそう思う。
「じゃあ、私は上がりだから」
いつの間にかチャイナ服を脱いでいたバゼットさんは、普通の話し方に戻っていた。今度はあたしがアルアル言葉になる番だ。
「お疲れ様っ」
「お疲れ様でしたヨー」
アルアル言葉は、結局エセ中国語に聞こえたらそれで良いのだ。
今日も今日とてお店は忙しかった。
ラストの片付けも終わり、店長を残して他の子も帰って行った。
最後に更衣室の施錠をするのはあたしの役目だ。
責任感があるとか、正義感が強い、とか。そんな理由で。あぁ、あと、腕っ節が立つってのが本当の理由っぽいけど。
裏口からお店を出て帰路を歩く。
明日は大学に行かなきゃ、とか考えていたらお腹が鳴った。賄いを食べたばかりだというのに、我ながら恥ずかしい。
賄いと言ってもただの野菜の盛り合わせだ。サラダとも言うけれど、それは最近のあたしの主食である。
学校に行って、サークルに出て、バイトに行って――と、普段の生活を変えずにサラダにしたら体重はみるみる減ってくれた。
これがちゃんとしたダイエットの仕方とは思っていない。
ダイエットの語源は痩せるための生活とかではなく、健康になる為の食生活とか、なんかそんな感じの言葉だったはずだ。
アーチャーに口酸っぱく言われていた事を思い出した。
「なんで思い出しちゃうんだろう」
それこそ仕方のない事だ、と。溜め息を吐いた。
あたしとアーチャーは小学校からの付き合いで、本当に腐れ縁だ。大学まで同じなんて考えてみれば少しおかしいかもしれないけれど、何だかんだ言ってあたし達はずっと一緒だったのだから。
電灯しかない帰り道は、少し寂しく思えた。
翌日。いつも通りギリギリで大学へと向かえば、ロッカー前で右往左往と行き来している友達名前ちゃんの姿があった。
アーチャーと関係しているメンバーとは会わないようにと努力していたのだが、見てしまったものはしょうがない。それに何やら慌てている様だったので、自分の良心が働いて声をかける事にした。
正義の味方になりなさい。――師の言葉は今でも健在だ。
「友達名前ちゃん? どうしたの?」
「名前!!」
「え、えっと、なに?」
「何も言わずにこっち来て!」
何かを言う前に手を引っ張られて連れてこられた先は男子ロッカー。ここで、何があるのか? という疑問はすぐに無くなった。
――誰かが、喧嘩している。
怒声はロッカー内に足を踏み入れたらすぐに大きいものへと変わり、耳をつんざくような悲鳴が外から聴こえてきた。
この騒ぎを聞きつけた女子生徒が悲鳴を上げたんだろう。少しは空気を読んで黙っていてほしいものだ。
友達名前ちゃんに引っ張られるまま男子ロッカー室の最奥へと進む。
悲鳴を上げた女子が一目で分かるように、中はかなり荒らされていた。
「え、…」
誰と誰かが喧嘩をしているだなんて、声を聞いて理解出来ていたはずだった。
それでも、彼が喧嘩なんてする筈ないと、何処かで思い込んでいたのだ。
だから、咄嗟の出来事に対応しきれず、思わず後ずさりをしてしまった。
喧嘩をしていたのは、クーさんと、アーチャーだった。
「そんなモンかよお前は!」
「貴様こそ、その程度の力しか持っていないのだな。少し期待外れなのだがね」
「うるせぇ! そんだけ足腰フラフラで突っ立ってるお前の方が期待外れだ!」
ロッカーが所狭しと並んでいるはずのロッカールームは、二人を囲むさながらリングの様にロッカーが役目を果たさず倒れていた。
凹んでいるロッカー。収納されていた筈の中身を飛び散らしながら倒れているロッカー。無傷なロッカーを探す方が難しいと思われる。
それくらい、荒らされていた。
「…友達名前ちゃん? これ、今朝から?」
「私が登校した時に大きな音が聴こえてきたから、見に行ったらこの有様。止めに入った男子は皆保健室送り。オディナ先輩はまだ会ってないから登校してるかわかんなくて」
「それで、あたし?」
「こういうのを止めれるのって私の周りじゃ名前くらいなんだもん!」
期待を込めてそう言われると悪い気はしないが、距離をとりつつ相手との間合いを測る二人の間にあたしが入り込めるのだろうか、と不安に思った。
素人の喧嘩なら両成敗! と、鮮やかに、格好良く決まるのだろうが、相手は素人ではない。バリバリの体育会系のお二人だ。止めれる自信がない。
「生徒会長はどうしたの?」
「朝から生徒会会議の準備で生徒会室に篭もりっきりみたい。メール送っても、気にするな、の一言だけだったし」
「オディナ先輩カムバーック!!」
「うーん、無理でしょ」
友達名前ちゃんがいつも以上にさっぱりしてて、ちょっと意外だなぁと思ってしまった。
いや、早く二人を止めろって話なんだけれど。
「他の先生とかは!?」
「多分、誰か呼びに行ってると思うんだけど…」
「なんでそこ曖昧なのっ」
とりあえず。一度深呼吸。
お互い殴り合って蹴り合っての青髪と白髪の男二人をどうやって止めようかと、思案してみる。
――結論。無理だ。
止める事は出来る、と思う、多分。けれど、それ相応のリスクと言うか、それを背負わなければならない。
空手を続けて十数年。そんな事で悩むなんて甚だしい、とか師匠には言われそうな気がする。
きっと、あの人ならこう言うはずだ。迷わず進め、と。
覚悟は決まった。喧嘩を止める為に、あたしの足が一歩を踏み込む。
「だったらおめぇは名前の事はどうでもいいって思ってんのかよ!!」
踏み込んだ一歩から、足が先に進まなかった。
野次馬さえもシーンと静まり返る。
クーさんの一言は、乱闘騒ぎよりも衝撃的だった。
「おいアーチャー。お前だって気付いてんだろ。なのにそのまま気付かないフリをして、今のままの関係を続けるとは随分な御身分だな」
「……何の話だ」
「解らねぇフリもいい加減見飽きたんだよ。オレ達が知らねぇとでも思ってんのか?」
二人の世界だった。いや、断じてネタではない。
恋愛的な、恋人同士的な、そういう意味の二人の世界という表現をしたわけではなく、二人しかわからない話を今クーさんは話しているのだ。
蚊帳の外であるあたしを含む野次馬には何の話なのか全く見当がつかない。友達名前ちゃんも、疑問符を頭に浮かべていた。
「お前がそのつもりならこっちにも考えが――っ、」
振り返ったクーさんと目が合った。
一瞬、双眸を見開いたクーさんではあったが、その表情を無かった事にする為にか分からないが、こっちに近付いてくる。
野次馬の生徒が少し後ずさった。あたしは下がらない。
「悪ぃ」
どうして謝ったのか。
アーチャーと喧嘩したからなのか。
暴力沙汰を見せてしまったからなのか。
それとも、――と、思考を巡らせようとしたが友達名前ちゃんの一声で現実に引き戻された。
「アーチャーに何てことしてんの!」
もう喧嘩が終わったからか、友達名前ちゃんが強気にクーさんを責める。
バツの悪そうな表情をしたクーさんは、男同士の事情だと言葉を濁し、その場を去って行った。
多分、このまま講義には出ないだろうと思う。
「アーチャー大丈夫!?」
友達名前ちゃんが駆け寄る。アーチャーは小さく返事をした。
なぜか、あたしはこの状況を第三者目線で見ていた。
自分も舞台上に立っているのに、客席から舞台を見ている気分になる。
そして分かったのだ。……友達名前ちゃんも、アーチャーが好きなのだと。
「ちょっと悲観過ぎやしない?」
昼休み。凛に話してみると、物凄く真面目な顔でそう言われた。
「確かにアイツはモテるし、それを近くでずっと見ていたのはアンタだからそう考えるのも解るけど」
アーチャーは自分とではなく他の女の子と結婚して、あたしはずっと良き友人止まりなんだろう。
ずっと考えてきた事なのだが、凛からすればこの考えは悲観的なのだそうだ。
自分の想いが成就する事はほぼ皆無なのに、希望を持つこと自体どうかと思うのだけれど。
そういったニュアンスで考えを伝えれば、凛はまた唸り出す。
なんか、ごめんなさい。
「どうしてそうネガティブになるのよ! 私や桜を見習いなさい!」
「見習いたくない場合はどうしたらいい?」
姉妹で同じ男を取り合うっていうのは見習いたくない。
ついでにセイバーもそのメンバーに居るのだから、羨ましい事この上ない。美少女達に囲まれて羨ましいぞ、士郎。あたしも可愛い女の子に囲まれてみたいものだ。
「諦めないって事を見習いなさいって言ってんの。それに、友達苗字さんが本当にアーチャーの事を好きなのかって分からないじゃない。思い込みかもしれないわよ」
「うーん、それは、女の勘みたいな、そんな感じ。今までアーチャーを好きになった女の子をたくさん見てるから。確証は無いけど確信はある」
「言ってる事は何となく分かったけど……じゃあ、結局どうしたいの?」
それは、分からないのだ。
幼馴染みではなく、普通の女の子として見てもらいたい。それはあたしの望みではあるけれど、実際、アーチャーと付き合える! となってしまった場合、今までと変わらない気がする。
朝昼晩とアーチャーがご飯を作ってくれて、たまにその手伝いをして。一緒に学校へ行って、一緒に帰宅して。
それではまるっきり今までと変わらない。
「恋人同士ならキスくらいしますよ?」
第三者からの発言に、あたしの思考が止まる。
振り返ればプレートに二人分のサンドイッチを乗せた桜ちゃんが立っていた。
二人分にしては少し量が多い気がするのは気のせいだと思いたい。三人分じゃないよね?
「ありがと、桜」
「いえ。姉さんのツナマヨは最後の一つだったので、獲得するのに努力しました」
そう言われて食堂の隅にある売店を見れば、烏合の衆がパンやらサンドイッチの取り合いをしていた。ちょっとした戦争みたいだ。
かと言って、売店だけがそうなのではなく、調理場が隣接されているちょっとしたバイキング形式の受付には三ツ星シェフやらおばちゃんがせっせと働く中、生徒の長蛇の行列が成されていた。
「名前さんは食べないんですか?」
「ダイエット中なのですよ」
「えぇ!? それ以上痩せる必要あるんですか!?」
「いや、桜ちゃんの方が細いからね?」
「ご飯も食べないなんてストイックな精神憧れます!」
桜ちゃんは今日もまたどこかズレていた。
「……で、さ。話を戻すけど。桜の言う通り、恋人同士ならキスくらいするものだと思うんだけど」
「あたしがアーチャーと? いや、ないでしょ。ないない」
そう言えば、凛に盛大なため息をつかれた。
桜ちゃんも相当驚いたようで、食べていたサンドイッチが喉につっかえてむせていた。
あたしは何かおかしな事を言ってしまったのだろうかと不安になる。でも、これが本心なのだ。
アーチャーに迫られるとか、考えただけで恐ろしい。怒られる予感しかしない。
「それって、好きだと言っても良いのでしょうか?」
「付き合いが長いからそう思っちゃうんでしょうね。まぁ、名前らしいっちゃあ名前らしいんだけど」
「アーチャーに迫られるとか考えたら鳥肌立つよ。お説教モードに入っているとしか考えられないもん」
「じゃあ、名前さんはどうしてアーチャーさんを好きだって自覚するんですか?」
「……多分、ね。多分だよ? 一緒に居てて落ち着くって言うか、安心出来るって言うか。居ないと落ち着かなくて。一緒に居る事が当たり前みたいな、そんな気がしてて。幼馴染み以上って言うか、そんな存在に思えてきて。アーチャーが居ないとあたしは成り立たないんだなぁって」
子供みたいだけど、幼稚な考えかもしれないけど、アーチャーを誰にも取られたくないのだ。
今は何をしてるのか気になっていたら連絡が来たり、あたしが沈んでたらそれに気付いてくれてアーチャーなりに励ましてくれたり、あの時からあたしの隣はアーチャー以外考えられない。
固執してるのかもしれない。でも、それ程にあたしはアーチャーが好きで、支えられている分、支えてあげようと思える。未熟だけど。
「なんか久々にアンタのニヤついた顔見た気がする」
「え? そう?」
「そう。こんなに自分の事を好きで居てくれる女なんて居ないわよ。そうよね?――アーチャー?」
ん? 今、目の前に居る猫かぶりの優等生は何とおっしゃいました?
目の前に机を挟んで座る姉はニヤつき、妹は顔を蒼白にしてあわあわとしている風に見受けられる。
そして、二人の視線はあたしの背後に。
「えっ――?」
振り返れば、手にあたし用のお弁当箱を持ち、こちらを見下ろしている褐色の肌を少し赤くさせた幼馴染みの姿があった。
(2014/01/15)