アパシーがーる。
あたしの頭の中には、今、某作曲家の、とても有名な曲が流れている。
ダ、ダ、ダ、ダーン。――運命というものは絶望から始まるものなのだろうか。なんて、ちょっと思想家っぽい事を考えてみた。
目を白黒させながら互いを見たまま固まっているあたし達は、傍から見たら何をしているのだろうと不審に思われているだろう。
ただ一人、あたしの背後で笑いを堪えている猫かぶりの優等生は別なんだけど。
「さぁさぁ、ここは若い二人だけにしておいて私達は移動しましょうかね? 桜?」
「えっ!? え、えーっと、頑張って下さい名前さん!」
いつの間にか、凛の座っていた席にはアーチャーが。そして二人の姉妹は少し離れた士郎の居るテーブルへと移動した。
あの猫かぶりにはいつしか仕返しをしてやろうと思う。
「………………」
「………………」
気まずい。今まで生きてきた中で一番気まずい。この先これ以上の気まずさなんて訪れるのかと思うくらい気まずい。
俯いているからアーチャーの表情は分からないし、何を話せば良いのかも分からない。
いつもだったら、元の様に話せばこの喧嘩した状態は解消されるものの、さっきの凛の戯れのせいでそれも出来ない。
あたしはそんなにメンタルが強いわけではないので、本当に、どうしようこれ。
「……名前、」
そろそろ食堂から生徒が居なくなり始めた頃。どれくらい黙っていたか、そんなの気にしなくなりつつなった長い長い沈黙を破ったのは、他でもないアーチャーだった。
呼ばれて咄嗟に顔を上げれば、テーブルにはあたしのお弁当箱が巾着袋に包まれて置いてあった。
「君の気持ちを考えず、強要してしまって悪かった」
強要と言うのは、きっと食事するという事をだろう。
それを言うなら、せっかく作ってもらったものを食べないと言ってしまったあたしも悪い。
というか、アーチャーはあたしを心配してくれていたのに一蹴してしまったあたしの方が悪い。それなのに、アーチャーは、自分が悪いと言ったのだ。
あたしも、謝らなければいけないのに。
「だが、食べないというのは体に障る。君のように運動部で活動していてバイトもしているのなら尚更だ。だから、」
ダイエットメニューを考えて作ったんだ。――お弁当を見ながら、アーチャーはそう言った。
「豆腐や野菜で栄養バランスを考えている。肉類よりは少ないが、野菜でも同じような栄養は得れる。それから、カロリーも抑えめにするように心掛けた。だからあまり量を気にせずに、」
「わかったってば」
まくし立てるように、あたしを納得させようと、許しを得ようとするように話すアーチャーの言葉を遮り、ちゃんとアーチャーの顔を見た。
――心配されていた。それが、とても嬉しかった。
「ありがとう。あと、……意地になってごめんなさい」
食べていい? と聞けば、口に合うかわからないが、とアーチャーらしくない返答だった。
巾着袋を開けて、お弁当箱を取り出す。
配色も綺麗なおかずと白米ではなく雑穀米が、蓋を開けると姿を現した。
素人目から見ても解る凝られたメニューだった。
「うん、おいしい」
小さいサイズで作られていた豆腐ハンバーグを食べる。
やっぱりアーチャーの料理は美味しい。食べ慣れたものではあるけれど、それ以上に、アーチャーの気持ちが嬉しかった。
そして、やっぱりと言うか、何と言うか、この人が好きだと、あたしは再認識してしまったのだ。
だからつい、好き、と口走ってしまった。
「な、ッにを、君は――」
「好き。あたし、アーチャーが、好き」
また赤面顔になる幼馴染み。
褐色の肌でも少し赤みを帯びるものだと、なんとなく関係の無い事を考えてしまった。
「気付いたのは中学の時。アーチャーに好きな人が出来て、相談されて、付き合い出したりとかした時。でも、多分、それより前から好きなんだと思う」
「だから、君は、……その、今言う事ではないだろう……それに私は、」
「知ってる。アーチャーがあたしの事を妹とか、世話の焼ける幼馴染みとか、そんな関係としか見れない事も知ってる」
アーチャーの色素の少し薄い双眸が見開かれた。
「ずっと言わないつもりだった。でも、言わなきゃいけないって思った。矛盾してるけど、もう辛い思いするのは嫌だし、あたしが先に進めないと思ったの」
頭は冷静だった。
言葉がすらすらと出てくる。
自分の気持ちは言えた。それでいい。
これでアーチャーに、私も君の気持ちに答えなければ、とか言われて付き合う事になったら、逆に彼を叱ってしまうかもしれない。
それほどに、あたしは長い間、この優男で家政婦でお節介なお母さんの幼馴染みが好きだったのだ。
食堂の片付けをする音だけが食堂に響く。
一回だけ、アーチャーが深く深呼吸をした。
「俺は、君を大切な友人だと思っている。それは今も昔も、この先もずっと変わらないと思う。ただ、俺にとって君は掛け替えのない友人で、君を無くしてしまうと今の俺は存在していない。だから、――これからも良き俺の理解者として、良き友人として居てくれないだろうか?」
今度はあたしが深呼吸する番だった。
深く、深く、深く。ゆっくりと息を吸い込んで、肺に溜めて、ゆっくりと吐き出した。
……よし、落ち着いた。
「ありがとう、アーチャー。そう言ってくれなかったら殴ってるところだった」
「そんな物騒だったのか、私の幼馴染みは」
「そんな物騒な奴なんですよ、アンタの幼馴染みは」
笑い合った。それが、在るべき姿の幼馴染みなんだ。
本当に、コイツを好きになれて良かった。心からそう思えた。
「講義、サボっちゃったねー」
「そうだな。まぁ、たまには良いだろう」
「なにそれ。アーチャーらしくない」
「私も息抜きぐらいはしたいさ」
ふぅ、と息を吐くアーチャーは、結構緊張していたらしく、椅子の背もたれに背中を預けていた。
あたしはと言うと、折角作ってくれたお弁当を残すわけにもいかず、口に頬張っては咀嚼し飲み込み、頬張っては咀嚼し飲み込みの繰り返しをしていて、二人の間に会話は無い。
けれど、その会話のない沈黙はさっきとはまた違った、心地良い沈黙だった。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末様でした」
お弁当を片付けて巾着袋に入れ、アーチャーに返却した。
明日も作ってくると言ってくれたので、楽しみにしてます、と笑顔で言った。
「今日は部活なのか?」
「部活でバイトー。なんで?」
「一緒に帰れないかと聞きたかったのだが、難しそうだな」
「ごめんね」
「気にしないでくれ。その代わり、演劇部の公演を楽しみにしているぞ」
「やだー。プレッシャーとか止めてよー」
お互い片付け終わり、食堂を後にした。
1階のホールには講義が終わったらしい生徒がまばらに歩いていた。
携帯で現在時刻を確認すれば、次の講義が始まる時間が迫ってきていた。
次の講義は幸いにもアーチャーと別だったので、ロッカーに荷物を取りに行くと言って別れる事にした。
――笑い合えた。それが、在るべき姿の幼馴染みなのだから。
本当に、アーチャーを好きになれて良かったんだ。心からそう思い込んだ。
「おーい」
泣きそうになった。けれど、泣いてしまってはダメだと思った。
今は、泣いてしまうと本音を言ってくれたアイツに申し訳が立たない。
「おいって! 名前ー!」
ずっと、ずっと、叶わない片想いだと理解をしていたはずだった。
それでも、あのドンファンな幼馴染みを好きになってしまって、忘れる事が出来なかったのはあたしが悪いのだ。
「おいっ!」
肩を掴まれた。
振り返ると、真っ赤っかの真紅の瞳を見開いたクーさんの姿があった。
ぎょっとした顔のクーさんは、頭をポリポリ掻いた後、あたしの手を引っ張って早足で何処かへ向かうのだった。
(2014/04/10)