アパシーがーる。
ちゅん、ちゅん。――……ちゅん?
鳥の、鳴き声? あぁ、朝か。
……………あれ、あたし、家に帰ったっけ?
「――っっっ!!」
飛び起きた。
足元には巨乳モノのグラビア雑誌。手元にはプレステ3のコントローラー。そしてあたしの横には、クーさんの顔……ではなく足があった。
「ちょっ、臭いから…!」
いや、実際はそんなに臭いはしないわけだけど、建前的に臭いと言って足を押しのけた。
むくりと起き上がり、辺りを確認する。ついでに自分の服と記憶も確認。
スナック菓子の袋とか、クーさんが飲んだであろう缶ビールの缶がそこら中に散らばっている。
まぁ、つまり、昨日はクーさんの家にエスケープして、そのままゲームをプレイ。お菓子を貪ったりしていて、そのまま寝てしまった、と。そういう訳だと思う。
とりあえず、クーさんにあらぬ疑いが掛かる前に帰らなければいけない。
「……あ、」
洗面所を借りようと移動したら、鏡には腫れた目をしたあたしが居た。――そうか、と、少し深呼吸。
「泣いたんだっけ、」
クーさんのバイクの後ろに乗って、エンジン音で聞こえないから、と言われて号泣したんだった。
素直に泣くなよ。と、昨日の自分を叱咤してみた。
洗顔して、少しうがいをする。ちょっとだけかもしれないけど、幾分かスッキリした気がする。
未だに爆睡中のクーさんの居るリビング兼寝室に戻れば、青い髪色の男はそこに居なかった。
ワンルームマンションのくせにお風呂とトイレが別というとても羨ましいこの部屋の家主の姿は無く、代わりに、笑顔なのにも関わらず、背後に般若の面がスタンドとして姿を現しているオディナ先輩があたしを見ていた。
――ダ、ダ、ダ、ダーン。
昨日に引き続き、あの曲があたしの脳内を占領してきたのであった。
これはどういう事なんだ? と、オディナ先輩は笑顔で問いかけてくる。背後には相変わらず般若の面が見えていた。幻覚なのは理解しているのに、そのイメージが離れない。
「あれだって。昨日コイツとゲームしてそのまま寝ちまった。それだけだって」
「クーさんには聞いていないんだ。俺が外部講義で居ない時に騒動を起こしたのだろう? そんな人の話は聞けないな」
クーさんは起きたままの服装――白いTシャツにトランクスという、とてつもなく恥ずかしい状態で正座をさせられている。
あたしはというと、同じく正座をしていた。般若の前で。
「名前?」
「は、はいっ」
「クーさんは、仮にも、一応、男なんだぞ?」
「……はい」
仮にも、一応、というところはかなり強調されてはいるが、クーさんのために言っておく。彼は紛れもなく男だ。
「そんな一応男性の家で一晩を過ごすだなんて、ダメだろう? 解っているよな?」
「はい……」
「なら、なぜ、俺ではなく、クーさんと一夜を過ごしたんだ? 万年発情期なのだから、襲われても仕方がなかったんだぞ? いや、君は十分に魅力的なのだから、どんな男でも襲われる可能性はあったんだぞ? 理解しているのか?」
「り、理解しております」
「オレ、こいつに発情なんかしねぇ――」
「クーさん? 黙っていてくれないか?」
馬鹿だな、クーさん。こういう時のオディナ先輩に口答えは禁物なのに。
いくらあたしが魅力的ではないと言いたくても言えないのだ。大人しく話を聞いておく事に限る。
くどくどと話は長続きし、やっと一段落ついた時には、お昼時だった。
「………クーさんのせいだ、何もかも」
やっと大学に到着し、トイレに向かえば、げっそりとやせ細った自分の顔が鏡に映っていた。
あれから何度も遅刻すると言っていたオディナ先輩本人が話を長引かせ、本当に遅刻してしまった。
午前の講義が全てパァだ。パァ。
いや、元より受ける気などあまり無かったのだけれど。
しかし、しかしだ。今日の午前の講義は、全て、アーチャーとかぶってしまっている。あたしの姿が無いことに対して、何か深読みしてしまっている可能性は高い。
意外と、アーチャーは傷つけることを嫌う。無関係な相手には何とも思わないかもしれないが、あたしは、違う――はずだ。
幼馴染みだし。一応、だけれど。
いや、ここは一応、なんて思わないでおこう。ネガティブになるのは止めだ。何より、あたしらしくない。
「名前? どうかされたのですか?」
声をかけられてハッとする。背後に立っていたのは、物凄くおかしなものを見るような目でこちらを見ていたライダーと桜だった。
「せ、先輩……? 物凄く百面相をされてましたけど……」
「なっ、ななななナンデモナイヨ!」
思わず吃ってしまった。あと、おかしな言い回しをしてしまった。
あたしの反応を見てか、二人は顔を見合わせる。
あははは、と、取り繕いながら女子トイレを後にする。
廊下に出たあとダッシュした。
あの二人に何かしらの疑問を抱かせてしまったら最後、凛に伝わり、そして最終的にはアーチャーに伝わってしまう。
そうなってしまうと、駄目だ。心配をかけてしまう。そして、また余計な口論に発展してしまうかもしれない。――昨日、ふられてしまった、のに。
「っ、ぶっ!!?」
曲がり角を曲がると、誰かにぶつかってしまった。
そのまま跳ね返って冷たいコンクリートの床に背中と後頭部などを強打するのだろう、と考えたら受け身をすぐにとれるはずなのに、全く体が動かなかった。否、動くはずがなかった。
ぶつかった相手に、抱き留められていたのだから。
「……大丈夫?」
綺麗な薄緑の髪が揺れる。太陽光に照らされて綺麗に光っていた。
この大学にこれ程まで可愛い、綺麗な、女の人なんて居ただろうか。いや、居ない。あたしの記憶している中には全く居ない。
「ねぇ、君、」
大丈夫? と、もう一度声を掛けられた。
思考を元に戻して、何度も頷けば、あたしを支えていた綺麗な人はにこりと微笑んだ。
「良かった。でも、廊下は走っちゃいけないよ」
「あ、っと、…えっと、すみま、せん?」
「うん。それで良し。きちんと謝罪ができる事はいい事だよ。――ギルが気に入るのが分かるね」
うん?
今、この美人さんは、なんて言った……?
「あの、えっと……?」
「あ、僕の事知らない?」
知らないも何も会った事が無いのだから、あたしはこの人の事を知らない。
だけど、この人はあたしの事を知っているようで、それがなんだか居心地が悪い。自分は知らないのに、相手が知っているという事が、とてつもなく気持ち悪かった。
「僕はね、君のことはよく聞いているよ?」
「……誰から、でしょう?」
聞かなければ良かった、なんて、聞いてから考えるものではないと身に染みて感じた。
目の前の美人さんは綺麗な微笑みを浮かべながら口を開く。
「誰って、ギルからだよ? ギルガメッシュ。ここの執行会会長、ギルガメッシュから。話通り、面白い人だね、苗字名前ちゃん」
あぁ、眩暈がする。
(2014/09/21)