アパシーがーる。
――終わった。
何もかも終わった。
終わったんだ。
「終わってはいないだろう。馬鹿者」
「ぐえっ」
頭に乗っけられた紙の束。いや、乗っけられたではなく、落とされたが正しいのかもしれない。
演劇部の舞台から数日。それはもうあたしは死んだような状態だった。全てが真っ白になっていた。
その真っ白だった全てを嫌々カラーリングしやがった行事が、すぐ目の前に迫っている事なんて忘れ去りたかったのに、また、引き戻されてしまうだなんて信じられない。
綺麗にホチキス止めされた厚さ1センチ弱の紙の束は、ドサッという音を立てて会議室の床に落ちる。
どうしてこんなにペラペラの紙が分厚くなるのだろうか。
このホチキスは業者用とか業務用ではないのか、なんてツッコミは誰も聞いてくれないので発言はせず、静かにあたしを引き戻しやがった金髪俺様を睨んだ。
「えーっと、各自にぶあっつい資料が行き渡ったと思いますが、一昨年、去年と好評だった異種武道交流大会を今年も行いたいと思っています」
ふかふかそうな椅子にふんぞり返った金髪はさておき、進行役であるエルキドゥ先輩が言った。
異種武道交流大会――通称、異種武道大会は、運動部の中でも武芸に秀でた部活同士が二日間にわたり競い争う大会である。交流なんて言葉は無いに等しい。
この大学にある武道系の部活は、空手、柔道、槍術、剣道、薙刀、弓道と六つあり、男女各代表選手を2人ずつ選出し、実際に闘う仕組みになっている。
また、槍術、剣道、薙刀、弓道はそれぞれ、槍、竹刀、薙刀、弓を使用してもいいが、槍と薙刀は模造だし、弓矢はシリコン製のモノになる。
そして、単純に言うと相手をK.O.させたらいいというとてつもなく簡単なルールだ。
もっと簡単に言うと、剣道の場合は追加点を上げて一本を取れれば勝ち、という事である。
つまり、何でもありの格闘技デスマッチ、だ。
まぁ、死ぬまではいかないけれど。
「今回も、各部活から男女2人ずつ選出してもらいます。ここに居るのは前大会の優勝者、準優勝者だから言わずもがなだけれど、他に有力候補が居るならば辞退しても構いません。辞退しない場合は必然的に出場選手として登録するので、期限内に候補を選出して下さい」
ちらほらと返事があがり、それぞれ資料を読んで自分の部活に知らせるようにとの事で話し合いは終わった。
つまり、そうなのだ。あたしは前大会の女子の部の優勝者なのだ。
なんてチート。ちなみに空手部にはあたししか黒帯を持つ女子が居なかったので、必然的に出場選手に選ばれたわけなのだけれど。
ちなみに、空手部ではもう卒業された元主将が第一回の開催で優勝したらしい。
テーブルの上にある分厚い資料を読む気が無いので、部長にバトンタッチする事にしよう。
「また矢を避けなきゃいけないのか…」
そう思うと気が重い。
選抜されるのは経験者が優遇されるわけだから強者揃いではあるけれど、柔道と弓道の相手は正直しんどかった。
飛んでくる弓矢を避けつつ相手に拳を入れなくてはいけなかったり、柔道なんて掴まれたら終わりだし。
長物の相手も怖かった。断言すると、セイバーが怖かった。士郎のご飯が関係すると物凄く怖かった。鬼の形相だった。本当に。
「君はまた参加するのか?」
「……多分。女子でまともに空手出来るのあたしだけだし。アーチャーは?」
「勿論だとも。まぁ、選抜の試験があるがな」
あー、弓道部には貴方の嫌いな士郎が居ましたね。
士郎とアーチャーは反りが合わないようで、凛とあたしがよく止めたものだ。懐かしい。
「今年の弓道部女子は誰出るの?」
「桜くんは確定だろうな。彼女は筋がいい」
「やっぱり桜ちゃんか」
「君のところはどうだ?」
「優勝は無理だろうねー。経験者居ないし」
「格闘系の部活は大変だな」
「あたしくらいでしょ。ずっと空手してるの。女子は思春期きたら止めちゃうんだよ。大体の子はね」
分厚い資料を持ちながら、アーチャーと道場までの道を歩く。
他の人が試合をしてるのを見るのは楽しいが、自分が出るとなると色々心配になってくる。空手の場合はほぼ確実にノックアウト形式の判断になるので、相手を気遣わなければいけない。
「今年は4回生達が見ものだな」
「ん? なんで?」
「剣道部からは会長が出るだろうし、槍術部からはクー・フーリンとオディナ先輩が候補だろう?」
「こりゃ、うちの部負けたな。部長に負け戦頑張ってって言わなきゃ」
「失礼だな、君は」
「そっちだってそうじゃん。弓道部も微妙でしょ?」
「女子は綾子くんが出るぞ」
「……………やばい。あたし負けるかも。セイバーと綾子を相手にするなんて、武将へ当たりに行く歩兵のようなもんじゃん」
せいぜい頑張ることだな、なんて隣の褐色はイヤミったらしい笑みを浮かべたが、こっちは引き攣った笑いしか出てこない。
綾子なんて去年は薙刀部だったじゃないか。どんだけ部活を変えるんだ、あいつは。
「気が重い……」
「俺は楽しみにしているぞ」
「はいはい」
空手部が使用する道場が見えてきた。
先輩達に資料を投げつけた後に辞退する旨を話そう。そうしよう。
なのに。
「どうしてこうなった!!」
口に出した瞬間に、空手部女子代表の名前が呼ばれる。それはもちろん、あたしの名前しかないわけで。
「今年もお前一人か?」
「ええ、そうですとも」
「苗字さんは頑張り屋だな」
「褒め言葉になっていないです、オディナ先輩」
辞退届けは部長が提出をしなければいけない決まりがある。つまり、あたしの辞退は受け入れられなかったのである。
それを知ってか知らずかクーさんは笑うし、オディナ先輩は天然を発揮してるし、もう嫌になってきた。
『運動部統括教諭からの開式の辞』
呼ばれて壇上に立ったのは言峰先生だった。相変わらず目が死んでいる。
「ケガも無く、スポーツマンシップに法って大会を終わらせて下さい」
去年もそうだったが、やっぱりというか何と言うか、1文のみだった。
各自解散、とのアナウンスが流れ、生徒はそれぞれの部活の集団に紛れていく。
あたしも言わずもがな空手部の方へと向かうつもりだったのだが。肩をぽんっと叩かれてしまった。誰かなんて、言わずもがなわかった。
「よ!」
「…綾子」
「暗い顔してんなぁ!」
「そりゃそうでしょうよ。なんで弓道部なわけ? 去年は薙刀だったじゃんか」
「いやぁ、いろんな部活したいじゃん。ほら、私って文武両道だし?」
「イヤミにしか聞こえないんだけど」
「アンタは遠坂みたいに頭良くないしねぇ」
「うるさい」
「二日目楽しみにしてるから! いい試合しようぜ苗字っ」
相変わらず元気だなぁ、と弓道部の集団へ向かう綾子の背中を眺めながら思った。
弓道部の集団には桜ちゃんもいるし、アーチャーも士郎もいる。剣道部にはセイバー、会長、小次郎がいる。槍術部にはクーさんにオディナ先輩。……なんだろう、疎外感。
周りを一瞥してから空手部の方へと向かえば、苗字名前目指せ二連覇! という大袈裟な大弾幕が掲げてあった。
「名前先輩! 頑張って下さいね!」
「苗字! 選手になれなかった俺達の為にも頑張れよ!」
「いや、あたし男じゃないですし」
「俺の為に優勝してくれー! 苗字ー!!」
「部長も頑張って下さいね。男子は激戦ですから。あ、カッコ笑いでお願いします」
女子の部は二日目にある。一日目である今日は男子の部だ。
部長の応援もしつつ、今日だけは高みの見物しておこうかな。
(2015/02/22)