アパシーがーる。





会長に対する黄色い歓声と普通の歓声が辺りを包み込んでいる中、あたしの付近に座っていた二人が静かに立ち上がった。
一人は無言。もう一人は息をゆっくりと吐いて、深呼吸をしている。ピリピリと張り詰めた空気があたしの巻き込んで行くので、どうしてもその空気を壊したくてふざけたくなったけれど、自重する事にした。

「アーチャー、本気で来いよ」
「私は元より本気だ。貴様こそ、手を抜かれては困る」
「言ってくれるじゃねぇか。言っとくが、オレは手なんて抜かねぇぞ。この間の続きと洒落込むとするか」

この間の続き――そう聞いて、ピンとくるのは二人の殴り合いの一件しかない。
結局、あの喧嘩の原因はあたしが関係しているという認識だったわけだけれど、どういった経緯でそうなったとか、詳しい事を聞いてもどちらも教えてくれなかった。
お互いの獲物を持っての喧嘩が始まる。そう考えれば、模造の獲物だとしても二人の実力からすればどちらかがケガをしてしまうかもしれない。
不安な表情で二人を見送っていたのか、オディナ先輩から大丈夫だと声を掛けられてしまった。

「二人とも、スポーツマンシップは忘れていないと思うぞ。苗字さんはしっかりと、二人の試合を見てればいい」
「まぁ、そのつもりなんですけど」
「けど? 何か気がかりかあるのか?」
「んー、まぁ。この間の続きってクーさんが言ってたので。先輩は何か知ってます?」
「……それは、」
「その顔。先輩は知ってるんですね?」
「君は勘が鋭いから困るな」

苦笑されてしまった。勘が鋭いから、ではなく、講義を受けている賜物だと思う。これでも心理学科生だ。人の表情や仕草で何を考えているのかを見極めなければ、今後の就職に影響がある。
いや、別に心理学に準じた仕事に就きたいと思っているわけではないけれど。

「俺から言うのはお門違いだろうから。勝った方に聞いてみると良いだろうな」
「それがアーチャーなら、あたしはずっと真相を知れない気がします……」
「分からないぞ? 予選ではクーさんが勝ったのだし、また勝つかもしれない」
「先輩はクーさんを応援しているんですね?」
「俺が負けてしまったからな。先輩であるクーさんには勝ち残って欲しいと思う」

本人には決して言わないと付け加えたオディナ先輩の表情は、照れ笑いが混じっていて、男の人にそう思うのは失礼なのかもしれないが、可愛いと思ってしまった。
そういえば、さっき士郎との試合の後に何かを言っていた気がするけど、何を言っていたのだろう。
思い立ってあたしが聞く前に、友達名前ちゃんが口火をきって聞いてくれた。

「ギルガメッシュに勝つ戦法を話していたんだが……彼が本気だとは思わなかったからな」
「あー、そっか。ギル兄の本気って誰も知らないんだっけ」
「友達名前ちゃんは見た事あるの?」
「何回かだけ。両手で足りるくらいかな。剣道の試合とかもそうだけど、ギル兄って本気出さなくても何でも余裕でこなしちゃうから」
「会長に殺意を覚えたよ」
「我に何だと?」

あー、振り向きたくない。これこそ死亡フラグだ。
士郎応援隊、そしてアーチャー達が居なくなってこの客席一帯にはあたしとオディナ先輩と友達名前ちゃんしか居なかった。
新しく聞こえてきた声は、正しく、今さっき試合を終えたばかりの人しかいないわけで。

「ギル兄! お疲れ様ーっ」
「つまらん試合だった。本気を出すまでも無かったな」
「本気を出さないと負けると考えたから道場に居たのだろう? 相変わらず、君は天邪鬼だな」
「五月蝿いぞ、ディルムッド」

んん? 二人が直接的に話したところを初めて見たような気がする。そして、ちょっとした違和感。
なんか、昔の会長をオディナ先輩は知っているような、そんな会話だ。

「大学入る前から知り合いとか?」
「槍術教室が同じだっただけだ。それ以外は何も無いぞ」
「オディナ先輩、顔が笑顔過ぎて怖いです」
「コイツの毒舌は昔から折り紙つきでな」
「というか、会長も槍術出来るんですね」
「ギル兄はたいていの武道は一通りやってきてるからね。一番になったらすぐ辞めるから、長続きしてるのは剣道くらいじゃないかな?」

あー、なんとなくわかる、それ。
あたしの隣に席を詰めた友達名前ちゃんの隣に腰掛けた会長を盗み見ると、さっきの真剣な表情とは違い、いつもの会長に戻っていた。

「えー、決勝トーナメント四回戦を始める前にお知らせ致します」

エルキドゥ先輩の声が体育館内に響き、ざわざわとしていた声がピタリと止んだ。

「先程の第三試合で場外に飛ばされ、壁に激突後タンカーで運ばれた衛宮君ですが、無事に意識が回復し、特に目立ったケガも無いようなので、皆さんにご報告させて頂きます」

良かった。士郎生きてた。……それは当たり前なんだけど。
見てる限りでの威力は凄まじかったし、もしかしたらあばらが一本くらいいっちゃってるんじゃないかと思ったけれど、そんなわけもなかったようだ。
本当に良かった。
士郎をぶっ飛ばした当の本人は、ふんぞり返っているだけで何を考えているのかなんて分からないけれど。

「それでは、お待たせしました。決勝トーナメント、第四試合を開始します!」

合図を待っていたかのように、アーチャーとクーさんが枠内へと足を踏み出す。
そして、審判の先生が――え、マジかよ。

「オ、オディナ先輩……あたしあの先生が公平な審判が出来ると思えないのですが……」
「ドラクリア先生は一応槍術部の顧問だからな。きっと、大丈夫だろう」

そう言うオディナ先輩も、少し不安そうな顔をしていた。
ドラクリア先生は、なんと言うか、少し変わってる。いや、少しじゃないかもしれないけれど、変わってる。
宗教学は言峰先生とドラクリア先生で教えていて、どちらか選択出来るのだけれど、ドラクリア先生の宗教学を選択した生徒はとてつもなく大変な目に遭うらしい。
詳しくは教えてもらえない。言いたくないと言われたし。
ただ、普通に話すと凄く良い先生だ。ドラキュラ先生って呼ばれてたり、ドラちゃんって呼ばれてたりする。
ちなみに、妻子がちゃんと居て、子供は四人らしい。子沢山でいいお父さんなのだ。……多分。
ぶっちゃけると、あたしは少し苦手だ。

「双方が何事かを思い互いを堕とす。即ち愛を持って互いを制す! 愛とは死であり、死は愛を表現する! 愛すが故に、」
「あー、わーったから。ドラちゃん早く開始しようぜ」

ドラクリア先生の演説を聞き慣れてるのか、クーさんが止めてくれた。
少し歪んだ信仰心をお持ちのようなので、あたしは今後も宗教学は言峰先生を選択しようと思いました、まる。

「開始――っ!」

と、同時にクーさんが槍を横一閃。
アーチャーはそれを跳んで避け、中途半端な体制なのにも関わらず、宙に居る一瞬の瞬間に矢を放つ。
クーさんは即座にその矢を槍の柄で弾き、地面に足の付いたアーチャーの中心、心臓めがけて矛先を突きだした。
そう来ると先を読んでいたかのように、上体を仰け反らせたアーチャーがバク転をしつつ足で槍を弾く。
槍を弾かれたクーさんが、そのままバトンのように槍を回転させてもう一度矛先を向ければ、アーチャーは体制を立て直し、弓を構え、三本の矢先の標準を合わせているところだった。
バックステップで距離を取ったクーさんにアーチャーは否応なしに矢を放つ。三本の矢はそのままクーさんめがけて飛び、そして、槍の柄で弾かれてしまった。

「ヒュー。本気じゃねぇか」
「言っただろう。私は元より本気だと」
「ならテメェじゃオレに勝てねぇな」
「なんだと」
「亀の甲より年の功って言うだ、ろッ!」

高いジャンプだった。ジャンプの最高地点から槍を投擲したクーさんは、着地するなり即座にアーチャーの元へと走る。
矢で弾く事の出来ない槍をアーチャーは弓で受け流したが、その一瞬で決着がついてしまった。

「……飛べ――!!」

クーさんの蹴りがアーチャーの腹に入る。
空手経験者でなくても解る。あの蹴りは重い。
現に、両足で踏ん張ったはずのアーチャーでさえも床から足が少し離れてしまい、軽くジャンプしたようになって、床に足が着いた時にはバランスが取れなくなってしまっていた。
覚束無い足取りでアーチャーが後ろに後退してしまう。敵の動向を捉えるには全身を見れた方が良いから、そうしてしまうのも理解できる。理解出来るけれど、今後退してしまうのは命取りになる。

「終わりだっ!」

受け流されて床に落ちていた槍を拾っていたクーさんが再度横一閃。それを後退して避けたアーチャーが矢を構えた瞬間、試合終了のホイッスルが鳴った。

「アーチャーが場外により、勝者、クー・フーリン」

多分、クーさんの狙いは初めからこれだったんだと、今更ながらに気付いた。
アーチャーを挑発したのも、多分、いつものアーチャーだったらこれに気付いてしまうからなのかもしれない。
普段は冷静なアーチャーだけれど、何かが絡むと暑苦しいというか、なんと言うか、頑固になって人の話も聞かなくなるし周りを見なくなる時がある。
その何かを、クーさんは絡ませたんだと思う。
そして、その何かっていうのは、オディナ先輩も知っているんだろう。会長は……多分、蚊帳の外なので知らないと思う。
何かというのに、あたしが絡んでいそうなのは明らかだ。
じゃないと、この間の続きなんて話を持ち出さないと思うし、クーさんは何も考えていない犬ではない。人の事をよく観察している犬だから何も関係なく、ただ単にアーチャーを挑発する為だけにその事を持ち出したわけはないはず。
オディナ先輩を見れば、やっぱりクーさんが勝つだろう? と微笑まれた。
個人的には、やっぱり幼馴染みだし、アーチャーを応援していたんだけれど。これは熱くなってしまったアーチャーが悪いので、当然の敗北なのかもしれない。
凛にメールでアーチャーが負けた事を報告しておいた。

「只今から、決勝トーナメント最終試合の前に少し休憩時間を挟みます。二十分後に皆様戻って来て下さい」

エルキドゥ先輩が歓声を静止させてから告げる。
確かに、クーさんは試合を終えたばかりなのだからすぐに試合というのは難しいのだとは思う。
先程の休憩時間の時とは少し違うようで、一度静止したはずの歓声がまた始まる。
お互いの実力は五分五分。予選でも激しい試合を魅せた二人なのだから、決勝で息つく間もない、まばたきをしてしまえば損をしてしまう――そんな試合だったのだから、勝者敗者関係なく、惜しみない拍手と歓声が贈られていた。

「名前! アーチャー迎えに行こう!」
「え、あ、うん」

友達名前ちゃんに手を引かれ、席を立って観客席を後にする。オディナ先輩から軽く手を振られた以外、特に何も無いのだが、なんだかいつもはやし立てる人が居ないと少し寂しかったり。
階段を下りると、汗を拭きながらクーさんが体育館から出て来たところだった。
普通だったらお疲れ様と声を掛ける場面なのだけれど、なんとも言えずに黙ってしまう。
友達名前ちゃんはアーチャーを応援していたからか、おめでとうとも言えなくて、ちょっとした無言の時間が流れた。

「――おめでとう。……って、オディナ先輩が言ってたよ」
「お前らじゃねぇのかよ」
「だ、だって、ほら! 私達はアーチャー応援してたし! ねっ、名前!」
「まぁ、うん、幼馴染みだし、一応」
「そこには、幼馴染み以外の感情は無かったのか?」
「えっ……」

やっと出たおめでとうの言葉は、なんか気恥ずかしくてオディナ先輩からの言葉という事にしたのに、その後、クーさんから言われるとは思って無かった言葉に、何も言い返せず詰まってしまった。
友達名前ちゃんは訳の分からない表情をしているし、あたし自身もどうしてそう言われたのかわからない。
ただ、なんだかよく分からない空気になってしまったので話題を変えようと思案していると、アーチャーが遅れて体育館から出てきたので友達名前ちゃんの興味がそちらに移った。
あたしもアーチャーにお疲れ様と声をかけようと一歩踏み出せば、その一歩はそれ以上進まず、原因はクーさんに腕を掴まれているからと気付くのに数秒時間を要した。

「――クーさん……?」
「あー、悪ぃ。まだ休憩時間だよな? ちょっと付き合ってくれねぇか?」
「え、あ、うん。良いけど……って、どこにっ?」

そのまま腕を掴まれ拉致られるあたし。クーさんは何も言わずにそのまま出て行く。
振り返ればアーチャーがこちらを見ていたので、思わず視線を逸らしてしまった。
身長というものは歩幅にも影響するもので、あたしとクーさんとは30cm以上の身長差なのだから、歩くスピードを考えて欲しいと思いながらも目の前の青髪について行く。
後ろに束ねている髪の毛が犬の尻尾みたいに揺れていて、衝動に駆られるまま引っ掴んでしまえば、何してんだよと笑い混じりで言われてしまった。
到着した場所はあんまり人も来ないような、中庭の一角だった。木々が周りを囲んでいるので、死角となっている。そんなところにある木のベンチは少し不自然だなぁと思った。

「……なぁ、」
「なに? どうしたの、クーさん」

振り返ったクーさんの表情は、試合の時とは違う真面目な表情で、無意識に胸が高鳴った。
いつもはおちゃらけていて、よくいじられている人なのに、真面目になると男の先輩だなぁと実感する。

「お前さ――」

そして、クーさんの口から発せられた一言に、あたしはまた言葉を詰まらせた。

「……どうして、クーさんが、それ、知ってるの?」
「知ってるも何も、お前見てたらすぐわかんだよ」
「そんなに、あたし、……わかりやすい、かな?」
「分かり易いとかの問題じゃねぇよ。お前の態度とか見てたら分かる。お前がアーチャーを好きだったってな」
「そう、だけど、……でも、」
「フラれてオレに泣きついてきたよな」
「いや、別に、泣きついてなんかないしっ」

文字通り泣きついたのだけれど、プライドがあたしにもあるのでそこは認めたくない。なので、否定しておいた。
そんなあたしを見て、相変わらず意地っ張りだと言いながら笑うクーさんの雰囲気がいつもと違い、少し、否、かなり変な感じがする。
なんだか、愛の告白をされるような、そんな雰囲気。
いやいや、クーさんに限って、あたしなんかにないないないと頭では否定していても、心が勘づいていた。

「オレさ、お前のそういう意地っ張りなとこが好きなんだよな」

とてつもなく衝撃的な言葉を、この駄犬はさらっと言いやがったのだ。

「えっ……と、クーさん? 良い先生の居る精神病棟教えようか?」
「いらねぇよ。まぁ、そういう反応をされるって分かってたけどな」
「え、え? えー? あたし好きになるとか無いってば。ゲーマーだよ? オタクだよ? 男だとか、男オンナとか呼ばれてるんだよ? 常に無気力だし、やる気無いし、それに」
「極度の面倒臭がり屋で甘党ってか? そんなの関係ねぇよ。それがお前だろ。苗字名前なんだろ? オレはそんなお前に惚れてたんだよ」

あ、やばい。顔が、赤くなる。

「えっと、えーっと、ちょっと待って。いつから? いつからそんな気持ちだったの?」
「いつからだろうな。去年じゃねぇの? 覚えてねぇよそんな事。気が付いたら惚れてた。それでいいじゃねぇか」
「え、じゃあ、なんで、アーチャーと喧嘩したの?」
「あー……それは、……ん、今話さなきゃいけねぇの?」
「出来れば。話して、欲しい」

殴り合いの話を出せば、クーさんは歯切れの悪いようにあー、とか、んー、とか言って、会話が成り立たなくなった。
最終的にはディルムッドから聞いてくれとか第三者を巻き込んだので、後でオディナ先輩から怒られるんだろうな、この人。

「まぁ、その、なんだ。……話を元に戻すと、だな」

取り繕うように咳払いをしたクーさんが、再度、あたしを見てくる。
真剣な表情。真っ直ぐな瞳。この人は普段の態度などからは想像出来ないくらい、カッコイイに属す人種だったのだ、と再確認してしまった。

「次の決勝で、オレがギルガメッシュに勝ったら、付き合おうぜ」
「クーさんそれ死亡フラグ」
「死なねぇ!――答えは、どうなんだよ」
「あー、えっと、」

言葉の歯切れが悪くなるのが、今度はこっちの番だった。
クーさんの事は嫌いではない。むしろ、好きな部類だ。
ただし、それは先輩後輩という垣根があるから成り立つ感情であって、実際に付き合えるか想像してみると、難しいのかもしれない。
クーさんは本当に、良い先輩。良い男友達。多分、今はあたしの中でそれは変わらないのだと思う。

「えっと、考えさせて、ほしい」
「わかった。じゃあ、オレがギルガメッシュに勝ったら、問答無用で付き合えよ」
「うん、わかっ――え、いや、会長に勝つとか無理でしょ」
「やってみなきゃわかんねーだろ!」

勝ってやるからな、とどこに意気込む箇所があったのか、あたしの頭をぐしゃあっと撫でたクーさんは、来た時と同じように後ろに束ねた髪――青い尻尾をゆらゆら揺らしながら体育館の方へと歩いて行く。
あたしは、今の状況を整理したくて、不自然だと思っていたベンチに一人、腰掛けるのだった。


(2015/07/10)