アパシーがーる。
「やっと来たっ……!」
あたしの姿を確認した友達名前ちゃんが声を出して手招きしてくれる。
保健室に行っていたはずの士郎達も合流していたようで、全員の表情はかたかった。
友達名前ちゃんの隣が空いていたのでそこに座れば、小声で凛がどんな状態かを説明してくれる。
要約すれば、開始直後は緊迫した雰囲気でお互い探り合っているような状況だったが、クーさんが最初の一手を繰り出してから休む間もなく攻防が繰り返されていたらしい。
あんなに本気を出しているクーさんは珍しい、とオディナ先輩が呟いた。
「名前は何か知ってるんじゃないの? 休憩時間一緒に居たんでしょ?」
「いや、うん、えっと……」
問い詰められる。
クーさんとの話を勝手に他人へ伝えていいものかと。悩む。
この場で言ってしまうと、クーさんが負けた場合はクーさんに対して哀れみが増すだろうし、勝った場合もはやし立てられるだろうし、あたし的にはどっちも受け入れられない。
なので、道場で軽く手合わせをしたと言っておいた。
「あ、」
会話していると、睨み合っていた二人の獲物がぶつかり合った。
クーさんの薙ぎ払うような線を会長は竹刀を巧みに扱って軌道を反らせる。
即座に槍を回転させて、クーさんは突きを連続で繰り出すが、会長は見切って防御を繰り返していた。
まずいな、とオディナ先輩が言えば、アーチャーが静かに同意を示し、セイバーも何故か頬に冷や汗を浮かべていた。
確かに、これはまずいだろう。
一見、攻撃を繰り出しているクーさんが優位に見えるが、体力面を考えると会長の方が断然優位だ。
多分、会長はクーさんの限界を狙っているんだと思う。
いくらクーさんの体力が人よりもあると言っても、無尽蔵ではない。人間なのだから限界はある。
その限界がきた時に、決着をつけるつもりなんだろう。
それをクーさんも理解しているから早めに決着をつけようとする。ある意味、心理戦。
「このままだと――」
クーさんは負ける。
「会長は流石と言うべきか。強いですね」
「ライダーもそう思う?」
「桜もわかりますか」
「先輩との対戦は怖かったのだけれど」
「桜の言う通り、決勝なのにも関わらず手を抜いているようにしか見えないわ。手を抜いているのに、強い」
「そこがあの人の怖いところですね。名前はどう見ますか?」
「んー、わかんない」
「わ、わかんないって、アンタねぇ」
「だってわかんないんだもん。クーさんの体力切れが先か、会長がしびれを切らして一手を打つか。それとも、クーさんが一手を決めるか。本人達にしかわからないじゃんか」
それはそうだけど、と凛は渋々と引き下がってくれた。
あたしは事前の事があったからといってクーさんを応援することは出来ない。会長の強さも知ってるし、クーさんの強さも知っている。けれど、この真剣勝負で、どちらかを応援するなんてのは出来ない。
クーさんを応援したら付き合いたいと思っているのかもしれないし、会長を応援したらクーさんと付き合いたくないと思っているのかもしれない。と、自分の気持ちが矛盾してしまうのが嫌なんだ。
「……名前?」
「え、な、なに?」
「何かあっただろう」
「え? 何が?」
「眉間に皺が寄っている」
「あー、うん、なんでもないから。大丈夫」
どうして、こういう時に限って、気が付くんだ。
アーチャーの気遣いにはやっぱり困る。諦めようとしているのに、コイツは、本当にたらしだ。
「っらぁ!!」
クーさんの声が響く。模造槍の切っ先はそのまま会長の顔の方へと鋭く向かっていたが、竹刀で軌道をずらされ床へと方向を変えた。
「何度も同じ手など通用せんぞ!」
「ンな事ァ、わかってんだよっ」
「っ、なに――っ!」
槍がしなり、床に向かっていた切っ先は床とぶつかった反動で、突きよりも速度を上げ、下から上へと空を裂いた。
とっさの判断でそれを避けた会長だが、足場は場外ギリギリのラインに立っている。
アーチャーみたいに後ろへ避けてしまったら場外になるので負け。
正面には槍の扱いには慣れているクーさんが居るのだから、正面突破は難しい。かと言って、左右も槍の長さを考えれば攻撃を受けてしまう可能性が高い。
「詰んだな……」
オディナ先輩がポツリと呟いた。
とうとう、無敗の王が負けるかもしれない。そして、それを成し遂げるのは一人の槍兵。その槍兵には戦の前に想いを伝えた女性が居て――って、これ部活の台本考えてる子に話したら採用されそうで怖いな、うん。
「クー・フーリンの勝ちか」
「ギル兄負けちゃうのか……なんか意外だなぁ」
「いや、会長はまだ諦めてないから、分からないよ」
「苗字さんはやけにギルガメッシュの肩を持つんだな」
「いや、そういうわけじゃなくて、雰囲気が諦めてないみたいっていうか、……まだ余裕持ってるみたいなんですよね」
まだ、会長の目は死んでない。むしろ、状況を楽しんでいるように見える。
クーさんは必死なのが感じられて、一撃を喰らわないように神経を研ぎ澄まさせてる。
この状況で、勝利に近づく方は、きっと――
「だあー!! くそ! 負けた!」
表彰式も終わり、道場に槍を戻しに来るなり、クーさんが声を出しながら床に寝転がった。
良い一戦だったとは思うのだが、クーさんは納得が出来ていないようだ。
「ギルガメッシュが正面から来るとは思わなかったんだろう? 予想をしていなかったクーさんが悪いと俺は思うのだが」
「予想はしてたっつーの。ただ、石突を狙われるとは思わなかっただけだ」
石突とは、槍の矛先――穂先とは逆の部分の名称の事だ。
ギルガメッシュはクーさんの右を抜けようと見せかけ、構えていた槍の穂先を竹刀で下に払い、石突を足で押さえつけた瞬間に持ち替えた竹刀で体制を崩したクーさんの腹部を払ったのだ。
剣道で言うのならば、胴有り一本。というところだろう。
時間にして一秒か、それとも瞬きをした一瞬か。それ程の短い時間だった。
「あー、くそ! 胸糞悪ぃ!」
「それでもお互い真剣勝負だったんだ。悔いはないんだろう?」
俺が聞けば、騒いでいたクーさんは黙ってしまった。
外から帰宅する生徒の声が聞こえてくる。
「試合についての悔いはねぇよ」
間を置いて、クーさんは静かにそう言った。
「他に悔いが残っているという言い方だな」
「あー、まぁ、なんだ。色々あるんだよ」
起き上がり、帰るわ、と一言告げて道場から出ていく先輩の背中を見て、俺は理解した。理解してしまった。
「まさか、クーさんは苗字さんに告白したのか?」
扉に手をかけようとするクーさんの動きが止まる。
そして、ゆっくりと振り返った。
「何言ってんだよ、お前」
「日頃のクーさんを見ていればわかるさ。もしくは、俺も苗字さんを見ている、と言ったら解るか?」
空気が張り詰めた。
クーさんは俺が言わんとしている事を理解したのか、溜め息を吐いて俺に向き直る。
「オレがアイツに何言おうが勝手だろ」
「さしずめ、ギルガメッシュに勝利したら付き合ってくれ、とでも言ったのだろう? クーさんらしいな」
「喧嘩売ってんのか」
「売ってなどいないさ」
空気はまだ張り詰めたままだ。
クーさんの鋭い視線が俺を射抜く。だが、俺はただ冷静に言葉を紡ぐ事に徹した。
「クーさんが苗字さんに好意を持っていると理解したのは、先日のアーチャーとの一件だ。俺が言いたかった事をクーさんが彼にぶつけたのだからな。それに関しては礼を言いたいくらいだ」
「……それで、なんだよ。お前は何が言いたいんだ」
「フラれた先輩を慰めようかと」
「慰めにも何にもなってねぇよ。あと、フラれてねぇ」
空気が和らぐ。いつものクーさんに戻ったようだ。
「お前はホント何考えてるかわかんねぇよな」
「そうか?」
クーさんと共に道場を出、施錠をする。
準優勝祝いにどこか呑みに行こうかと誘ってみたが、明日の女子が終わってからにしようと断られてしまった。
確かに、明日の試合は楽しみだ。なんて言ったって、名前が出場するのだから。
昨年と同じように、興味を惹くような試合になって欲しいと思う。
「じゃあ、俺は鍵を返してくるから。クーさんまた明日」
「おう、じゃあな」
クーさんと別れ、鍵を返却する為に移動する。
鍵の管理をしている事務員室へと向かえば、事務員室から出てくる生徒が居た。
「あ、オディナ先輩」
噂をすれば影、とは日本のことわざだが、よく言ったものだと思う。先程までクーさんとの話題であがっていた苗字さんだった。
何をしていたのかと聞けば、空手道場で稽古をしていたらしい。明日が試合なので最終調整をしていたそうだ。
なんとも努力家だと思ったのだが、空手部部長が二連覇を成し遂げて欲しいという熱い要望に答えてらしい。
「オディナ先輩は何をしていたんですか?」
「俺はクーさんと試合に使った槍を道場に戻してきたところだ」
クーさんの名前を出せば、苗字さんの周りの空気が少し揺らいだ気がした。
「あ、えっと、そのクーさんは?」
「あぁ、先に帰ったみたいだが、今日はバイク通学だったみたいだし。まだ駐輪場にいるんじゃないかと思うが……」
「そっ、そうですか! ありがとうございます! あ、また明日ー!」
そう言って駆けていく後ろ姿を見て、そろそろ俺も表舞台へと上がらなくてはいけないものかと、再確認した。
(2015/09/10)