アパシーがーる。
オディナ先輩に言われた通り駐輪場に向かえば、クーさんはヘルメットを被って今にもバイクで走り出してしまいそうだった。
エンジン音がけたたましく鳴り響き、大きめに声を出して呼んでみたが、やはり気付かれる事は無くクーさんはそのまま走り去ってしまった。
「もう少し早く走れば良かったなぁ……」
時既に遅し、とはよく言ったものだ。
クーさんは負けてしまった。だから、あの賭け――というのだろうか、アレは無しになるのだろう。
だが、あたし自身、ちゃんと返事をしたいというか、話さないといけないと思ったのだけれど……なんですぐ帰っちゃうかなあの駄犬先輩。
クーさんの事だ。きっと、なんて言われるかとか予想がついているんだろう。
そして、返事をする機会を設けてしまえば、明日の女子の部であたしが集中出来ないとでも思っているのかもしれない。
それはそれで武術を嗜む者としてはナメられたものだと思ってしまうのだけれど。
それでも、まぁ、明日になったら必然的に顔を合わすのは分かっているし、その時に考えよう。
――そう思っていたのに、どうしてアパートの前にクーさんのバイクがあるのかとてつもなく知りたい。
あたしは普通に帰宅する為に歩いただけだ。携帯を確認してみても、誰からも連絡が無い。
自分の部屋の前まで行けば、隣人であるアーチャーの部屋から聞こえる笑い声。それで全てを察した。
会長に負けたメンバーで酒盛りしてるな、うん。
これはもう気にしたら負けだ。普通にお風呂に入って普通にご飯を食べて普通にゲームをして、そして普通に寝よう。
明日は自分の試合がある。そう、自分の試合だ。ハーゲンダッツのかかった試合なのだから、コンディションも万全にして挑まなければいけない。
クーさんの事は一旦忘れよう。精神統一。それが空手道だ。
とか言いつつも、夜中まで続いた隣の宴会は、あたしの睡眠時間を悉く削るのだった。
「うおっ…!」
思わず出たであろう名前の声は、彼女が所属している空手部員達の応援の声にかき消されてしまう事となる。
日付が変わった今日、女子の試合が始まり、昨日発表された対戦表に従って総当たりの試合が始まっているが、名前の相手は剣道部の期待のホープらしい1回生の女生徒だった。
セイバーと違って竹刀の振りが大振りで、相手が獲物を使用している分、リーチが短い名前の拳や蹴りを届かせる間合いまで近付く事が出来ないようだ。
しかし、対戦相手である女生徒は大振りなのにも関わらず有効手を狙ってきているようで、これは難儀な相手だと他人ながら思った。
「見よ! これが余の全力だっ!」
間合いを長く取っていたのが失策だったのか、一気に距離をつめられてしまう。そのまま右胴を目掛けて横一閃。
名前もなんとか肘と腿で防いだが、空手の道着の中に組手用の装備をしているとはいえ、生身に近い部分に攻撃を食らった為か、体制を崩されてしまった。
あの女生徒の筋は良い。セイバーが絶賛する事はある。しかし、あの性格は、なぜか会長を思い出してしまい、無性に俺の感情をくすぶってきてしまうのは、どこか似ている所があるからなのだろうか。
「っ――!」
「むぅっ!?」
体制を崩したはずの名前が即座に足払いをかける。まともに受けた女生徒の重心が崩れ、膝が床についてしまった。
即座に立ち上がりながら重心を変えた名前の左足が振り下ろされる。
それに即座に反応して竹刀で受けようとした女生徒だったが――、
「は、っなに――!?」
竹刀は無残にも折られ、そのまま踵は女生徒の顔へ――振り下ろされる事は無く、寸前の所で止められた。
「そこまでっ。勝者、空手部!」
審判をしている教諭の声が響く。
それを合図に、名前の左足はゆっくりと床に下ろされた。
「はあぁ……楽しかったよ、ネロちゃん」
「っ、…つ、つ、次は余が勝つからな!!?」
両者が礼をし、また客席から拍手が送られる。
俺は幼馴染みであるからなのか、無意識の内になのか、はたまた他に応援をする人物が見当たらないからか、どれかにせよ彼女を応援してしまっているのだが、それは隣に座るクー・フーリンやその隣に座るオディナ先輩などもそのようで、試合が終わった後に緊張して強ばった体を緩めて座席に深々と座った。
「剣道には足に対する攻撃自体無いから即座に反応して間を取る以外に方法は無いからな……良い一手だった。さすがだな、苗字さん」
「ヒヤヒヤしたけどな。オレら以上にアイツらの方がヒヤヒヤしてるだろうけど」
クー・フーリンが視線をやる先には、まだ1勝しただけというのに喜びの声をあげている空手部一同の姿があった。
確かに、部費の増額などが優勝賞品等で掲げられている今大会では、男子の部で優勝は元より決勝に進めなかった空手部からすると女子の部での大会結果は大事なのだろう。
しかし、まぁ、竹刀を折るとは我が幼馴染みながら恐ろしい。
大会用の柔らかい竹を使用されたものと言っても強度はそれなりにあるはずなのだが。
「ねぇ、アーチャー」
「なんだ」
「名前って、もしかして瓦とか木の板とか割れるの?」
「瓦は知らないが、木の板は段を取っていくと割れると言っていた気がするな。だが、組手をやっているからとかなんとか。すまないが私も専門外なもので詳しい事はわからない」
「私、あの子がちゃんと空手してるの初めて見たんだけど……竹刀割るってどれ位の威力になる?」
「そうですね…。友達名前は加工された竹を二つに割れますか?」
「え、そんなのやった事ないんだけど…」
「基本竹刀はあのようにほぼ二つに割れないものですので、尋常ではない威力かと」
「なにあの子。怖いんだけど。悪い意味じゃないけど、アーチャーってよく名前と関係続けてられるね」
「いや、私もあの様に竹刀を割るなんて芸当初めて見た」
「あぁー! 桜は大丈夫なのかしら。あの子ってアガリ症なのよね…」
「次の相手は嬢ちゃんの妹なのか。そりゃ見物だな」
笑いながら話すクー・フーリンに対して、笑い事ではないと怒鳴りつける凛を横目に、試合会場である体育館内の区切られた3つの正方形を見下げる。
約5分後にはまた名前の試合だ。それまで他の試合へと視線を移動させてはみるものの、セイバーは美綴女史に勝利していたし、槍術部同士のの対戦も終わりそうだった。
「バートリーさんも中々だが、やはり、」
「師匠に勝てるわけねぇよなぁ…」
1回生らしきの女生徒が振り回した槍を適度な力で防ぎ、跳ね返し、そして距離を詰めることによって女生徒が後ろに下がっている。
槍の弱点を知り尽くしたかのような動きをしている対戦相手だが、クー・フーリン曰く大学の生徒でもない、槍術部の客員講師らしい。
人数の都合上、急遽の大会参戦のようで、決勝に駒を進めるつもりも無く、ただ単に大会を楽しみたいというだけで参加を許可されたそうだ。
「師匠はこういう祭り事が、顔と歳の割に好きだからなぁ…」
隣のクー・フーリンは独り言をぽつりと言ったつもりのようだが、一瞬、女講師がこちらを見て睨んだ気がする。
俺に教える義理は全く無いので、気付いていない隣の青い男には何も伝えないでおこう。
あとでこの男がどうなっても俺には関係ないのだから。
「温いな、エリザベート。そんな乱れた槍では私は殺せんぞ。……ふっ!」
「ち、ちょっ、待っ、――あ、」
「エリザベート・バートリー場外の為、勝者、スカサハ!」
試合が決着した。呆気ないと言えば呆気ないが、いい戦法だ。
破壊するのも一つの手だが、相手の獲物を場外に弾いて使用不能にするか、場外に出してしまうのが一番手っ取り早いと俺は思う。
名前のように最後の一手まで詰める必要も無い。彼女は試合となると手加減が出来なくなる事を長年の付き合いで知っているが、どうしても試合と普段のギャップには慣れない。
例えるなら、そう、小動物のような雰囲気をしているかと思えば、いきなり狩りをする肉食動物に変わる、という感じだろうか。
そういえば、そろそろ次の試合が始まるというのに姿が見えないな。
「名前、遅いね」
友達名前がぽつりと呟いた。
あー、やばい。もうすぐで試合始まるし。もうやばいな、これ。うん、帰りたい。
廊下を駆け足で走る。どうして体育館から女子トイレは遠いんだ、全く。
誰にも気づかれないように抜け出したのに、時間がかかってしまえばどこに行ってたかとか聞かれてしまうので本末転倒だ。
歓声が聴こえてくる。体育館までもう少し。
扉を開ければ、タイミングが良かったのか、ちょうど桜ちゃんが弓を携えているところだった。
よし、間に合った。
「遅いぞ、苗字」
「すみませーん」
今回の審判は言峰先生だった。負けたらバイト先で麻婆豆腐を奢らされそうだなぁ、と考えながら軽くストレッチをする。
ちらりと桜ちゃんを見れば、少し顔が強ばっているようだった。
「楽しもうね! 桜ちゃん!」
「負けませんから! 私、頑張りますから!」
うん、力んでいるのを緩ませるつもりだったのだけれど、逆効果だったようだ。
これはこれで桜ちゃんの可愛い所なので許す。
「両者、前へ」
床に貼られたテープを越えて、一歩進む。
大丈夫。大丈夫だ。落ち着け、苗字名前。
一礼すれば、ほら、目の前には倒すべき相手が居るだけ。
「これより、弓道部一回生、間桐桜。及び、空手部二回生、苗字名前の試合を始める。………始めっ」
言峰先生の声を合図に一気に距離を詰めた。
弓兵の相手は簡単だ。矢を構える前に決着をつければいい。
狙いが定まらないように右に左にと動けば、大会初参加の桜ちゃんを惑わす事が出来る。
矢が放たれる。けれどそれは簡単に避けれた。
そのまま次の矢を構える前に回り込んで、脇腹目掛けて回し蹴り。――――あ、やば。
「……そこまで。勝者、空手部」
「桜ちゃんごめん!! マジでごめん!! 大丈夫!!?」
あたしの回し蹴りは桜ちゃんの左脇腹に見事ヒットし、桜ちゃんはそのまま場外になってしまった。
力加減はしたつもり、だ。つもりなだけかもしれないけれど、これはやり過ぎたかもしれない。
後で凛に怒られる事を覚悟しておこう。
「次の試合まで30分ある。二人共、医務室へ向かいたまえ」
「桜ちゃん、立てる…?」
「せ、先輩……私、…あれ? 私……負け、ました…?」
「うん、ごめんね。モロに蹴っちゃってごめんね。アイリ先生のとこ行こうね。ついて行くからね」
混乱している桜ちゃんに肩を貸して2人で歩いて行く。
これは凛以外にアーチャー達にも怒られるだろうな。
むしろ、何やってんのよー! と大きな声が頭上の方から聴こえてくるので、もうあたしは凛から言葉のマシンガン攻撃が決まっているのだ。
でもこれは試合だから仕方ないんだなぁ。勝つか負けるか、倒すか倒されるか、殺るか殺られるかなんだなぁ。
言っても意味無いのは分かっているけれど。
しかし、桜ちゃんはあたしよりも少し身長が高い。そんな後輩に肩を貸しているわけだから、いい感じにおっぱいが顔をかすめていくので少し癖になりそうだ。
「先輩すみません…」
「いや、悪いのはあたしだから。気にしないでね?」
「姉さん怒るだろうなぁ」
「大丈夫、怒られるのはあたしの方だから」
「二人で怒られましょうね」
「遠慮したいから逃げてもいい?」
駄目です。なんて弱々しく笑う桜ちゃんが可愛くてあたしのハートは撃ち抜かれてます。これが勝負に勝って本質に負けたというものなのか。いや、何か違うけどまぁいいや。
医務室の扉を開ければ、笑顔のアイリ先生と無表情の衛宮先生が出迎えてくれた。
「打ち身ね。あと倒れた時に軽く脳が揺れたかしら? ちょっと横になりましょうか」
手早く桜ちゃんを看てくれるアイリ先生に感謝しつつ、あたしは送り届けた任務を全うしたので体育館に戻るとしよう。と、思ったら、衛宮先生の暗い瞳に見られている事に気付く。
リアルサバゲーはしないですよ、と言えば、冗談は程々に、と言い返されてしまった。
「君は、大丈夫なのか?」
「あたしは至って元気ですよ?」
「そうか。……くれぐれも、アイリの手を煩わせないようにしてくれよ」
「先生のそういう所、士郎もアーチャーも衛宮先生に似てますよね」
何も言い返してこない衛宮先生の代わりに、一本取られちゃったわね、とアイリ先生がクスクス笑いながら棚から湿布を取り出していた。
それを渡す先は桜ちゃんではなく、あたしだった。
「使わなくていいの?」
「あ、はい。本当に大丈夫です。痛いところとか、無いですし」
「そう。じゃあ、痛くなったらすぐに来てね?」
むむ、この2人には逆らえないな、と思ってしまった。
ベッドで横になった桜ちゃんを残して医務室を後にする。
とりあえず、あたしのせいではあるが、桜ちゃんの残りの試合は棄権になるとの事なので、エルキドゥ先輩に報告に行かなければ。いや、ちょっとしたケガの処置を体育館で任されているロマン先生にでも報告したらいいだろうか。
うん、悩んだけどエルキドゥ先輩にしよう。ロマン先生はなんだか頼りないし。というか、頼りなさ過ぎる。
ゆっくりと歩きながら体育館へと向かう。途中で凛達とすれ違わないか不安だったが、要らぬ不安だったようだ。
棄権にさせてしまった桜ちゃんの代わりにあたしは決勝に残らなければ。後は、ハーゲンダッツの為に!
桜ちゃんを医務室へと送ってから、多分そろそろ30分経とうとしているはずだ。
あたしの次の対戦相手を張り紙で確認する。そこにはカタカナでアルトリア、と書かれていた。
うん、逃げたい。
「名前! 私の準備は万全です! さぁ、昨年の雪辱果たす時!」
「お、御手柔らかにだよ…?」
昨年の大会であたしは運が良かったのか、セイバーに勝ってしまっていた。白刃取りからの虚をついた飛び膝蹴りが効いた結果だったのだが、今年は同じ手は使えない。それに、セイバーも対策を練ってきている事だろう。
さてさて、どうしたものか。簡単に間合いへ入らせてくれたら良いのだけれど。
等と思考を巡らせながら腕を伸ばす。準備運動は念入りにしなければならない。
よし、大丈夫そうだ。
体育館内に生徒達が戻ってきて観客席が埋まり出した頃、エルキドゥ先輩の凛とした声でアナウンスが流れる。言わずもがな、桜ちゃんの事。視線が自分に注がれている気がしない事もないが、試合前なのでなるべく平常心を装おう。
深呼吸をして、まだ試合が始まっていない中で竹刀を構え、精神統一をするセイバーを見据えた。
ここでセイバーに負けたとしても、あと2勝を上げれば決勝に行けるはずだ。
保険は考えてみるものの、やっぱりセイバーに勝つなんてビジョンは浮かんで来なかった。
「えっ! ちょ、ちょっと!?」
運営席の方から声が聞こえてくる。体育館内に居る全員がその声の方向へと視線を向けてしまう。
こちらへ歩いてくる人物が一人。
必死に止めようとしているエルキドゥ先輩の制止を振り切れる人物なんてあたしの知っている生徒では一人しかいない。
そうだ。きっと、愛しのセイバーの試合を間近で見たいとか思ったんだろう。とてつもなくセイバーが大好きな一人の事なのだから、それでこちらに向かって来ているのだろう。
それしか考えられない。考えられないのに、セイバーではなくあたしを見ながら歩いて来ているのは、一体なんでなのだろう?
「おい」
「は、はい?」
声を掛けられたので、返事をする。
その瞬間、あたしの体は宙に浮き、会長の肩へと担がれてしまった。
普段のあたしであれば自分は米俵ではないと言い返すのだろうが、本当に、何が何だか理解が追いつかないので何も言えない。
「エルキドゥ。こ奴の全ての試合を棄権させろ。代わりに空手部には後で我から説明する」
「いきなり過ぎだよギル!? 僕にくらい説明してくれないかな!?」
会長が歩き出し、やいやいと文句を言うエルキドゥ先輩が遠くなっていく。
とりあえず、あたしは会長に拉致られてしまう事になったらしい。
一体全体何がどうなったのか会長に聞けば、返ってきた言葉は今は黙っていろの一言だったので、何も言えずに拉致られるしかなかった。
(2017/02/20)