アパシーがーる。
会長に俵担ぎをされて数分。
扉を開ける音が聴こえたので目的地に到着したのだと思うが、あたしから見えるのは廊下のみで、どこに向かっていたのかなど分からないし、会長が見ている視界が分からない。なので、到着した場所が何処なのかだなんて分からない。
分からないはずなんだけど、なんだろう、道順がデジャヴュである。
多分、これは――、
「あらあら、珍しいお客さんね」
聴こえてきたのはアイリ先生の声だった。うん、ですよね。さっき桜ちゃんを送った道順と似てたから、そうだと思ったよ!
「此奴を頼む」
「あらぁ、やっぱり苗字さん駄目だったのね」
間延びしたアイリ先生の声を合図に、そのまま空いていたであろうベッドに下ろされた。
乱暴にされるものかと思っていたけど、案外優しく下ろされたのでちょっとビックリだ。
それまでの間に重鎮である衛宮先生にじろり、と睨まれたので、それはまぁ、気にしないでおこう。
「ありがとうね、ギルガメッシュ君」
「無茶をされると実行委員が困るだろうからな」
「それは、賢明な判断だね」
「……あの、会長」
「なんだ」
ぶっきらぼうなのはいつもの事だ。友達名前ちゃんとセイバーの事以外、この会長は見ていないし興味が無いのだから。
だからこそ、聞きたかった。
「どうして、気付いたんですか?」
「疑問を持つという事は、それ程腕は痛まない証拠よな。貴様は我様の嫌いな無茶をする。ただそれだけの事だ」
うん、回答になっていない。遠回しに心配だった、という事だろうか。……わからない。
あたしが考えている間に会長は医務室を出て行き、代わりに湿布を持ったアイリ先生がレールにぶら下がっているカーテンを閉めて入ってきた。
にっこりと微笑む顔は綺麗なのだが、今のあたしにとっては恐怖でしか無い。
こんな事なら、体育館にいる救護ブースで診てもらえば良かった。ロマン先生は優しいし。あ、ナイチンゲールさんは別です。あの人怖い。
「さぁ、患部を見せてね?」
アイリ先生、背後に般若が見えますよ。
道着を脱がされ、露見した自分の体を見て、思わず、うわぁ、と声が漏れてしまった。
―――すごかった。何が凄かったかって、自分の腕が凄かった。
めちゃくちゃ真っ赤になってて、腫れてた。語彙力が無いのがなんとも情けないくらいだ。
ネロちゃんの剣筋はとても良かった。あれをモロに脇腹で食らっていたら、折れていたかもしれない。何がって、あたしの肋が。
右腕で受けようと思っていたからだけれど、衝撃で右肘が右腿に当たってそこは青タン程度。でも、右腕が本当にやばい。肩下から肘にかけて真っ赤に腫れ上がり、一番打撃を受けた所は青タン異常に黒ずんでいた。
明日は代休なのだからちゃんと病院に行ってね。とは、アイリ先生の言葉だ。
折れているかもしれないから、すぐに行った方が良いかもなのだけど、とも言われたが、桜ちゃんを無事に運んでたわけだし、そこまで酷くはない、と思う。
そう思うのに、あたしの右腕は動かさないようにと包帯を巻かれて、副木(そえぎ)をされ、三角巾で固定されている。ついでに、胸元からも腕に向かって包帯を巻かれて固定されている為、本当に上腕部が動かない状態だ。
これだけ見ると、重症患者みたいに見える。
主にアーチャーに驚かれるんだろうなぁ、と呑気に考えながら御礼を言って体育館へと向かえば、大きな歓声が聞こえてきた。それに続いて、エルキドゥ先輩のアナウンスの声。
「女子の部、これにて終了となります。五分後、閉会式を行いますので、参加選手は整列して下さい。又、一般生徒はそのまま客席待機をお願いします」
これは……あたしも行かないといけないものなのだろうか。
このままひっそりと帰ろうかと思ったのだけれど、偶然にも、今まで試合をしていてこちらを振り返ったセイバーに見つかってしまった。そして、鬼の形相でこちらへと向かってくるまでコンマ五秒くらい。
別に悪い事はしていない。していないけれど、逃げたい。あの顔に睨まれたら、逃げなきゃいけない気しかしない。
しかし、今のあたしに逃げ切れるなんて考えは無いので、焦りながら待つしかないのだ。
「何があったのですか!! まさか、あの性悪男に何かされたのですか!!?」
「痛い痛い痛い痛いからとりあえず落ち着いて痛いいいいい」
「あ。す、すみません」
両腕を力強く掴まれたらそりゃ痛いでしょうよ、アルトリアさん。怪我してない左腕も痛かったよ。
とりあえず、事情を説明する。かくかくしかじか。話を聞いたセイバーは、深いため息を落とした。
「部の先輩として謝罪します」
「いやいや、真剣勝負なんだし、気にしなくても……」
「いえ。名前が防いでいなかったら一大事になっていました。閉会式が終わったら、ネロと共に謝罪します」
「えええ……気にしてないのになぁ……」
「そこまで固定をして動かなくしているのです。折れている可能性も捨てきれません。明日、病院へ行くのなら、その費用はネロと私に出させて下さい」
「待って待って! そこまでは要らないから! 一応、アーチャーに言われて貯金はしてるし、大丈夫だって!」
こうなったセイバーは人の話を全く聞いてくれない。どうしたもんだと思うけれど、これは、士郎に相談して一緒に説得してもらうパターンが一番正解だ。
もうすぐ閉会式だしその話は後にしよう、と言えば、ナイスタイミングでエルキドゥ先輩のアナウンスが流れた。
絶好のチャンスとばかりにセイバーの体を反転させて、左手で背中を押す。無理やりにでも体育館へと入ればこちらのものだ。
セイバーの後ろに隠れつつ体育館内を歩いて、そそくさと空手部の団体へと紛れ込めば、あたしの姿を見た部長達の表情が驚愕から絶望へと変わっていく様が面白かった。
「只今より、閉会式を行います」
エルキドゥ先輩の凛とした声が響いた。
「君は馬鹿か!!」
自分でも思いの外、大きな声を出してしまった。
怒鳴られると理解していただろう当の本人は、肩を竦めながらも真剣勝負だったからと言い訳をしているが、それで私の怒りが収まる訳では無い。
結局、治療費は会長が出してくれるから良かったものの、折れていたりすれば選手生命に関わる問題だ。
昔から、空手に本気で取り組んでいた姿を見ていたからこそ、私はそれを隠そうとした事に腹が立って仕方がない。
隠しても意味がある事ではないのは、彼女自身、なぜ分からないのだろうか。
「これ以上、俺を心配させないでくれ」
「え、えっと……ごめんね……? 全部の試合が終わったら言うつもりだったんだけど、」
「試合が終わる前に悪化していたらどうする」
「その時は、その時かな、と」
「会長が気付いたからまだしも、君はどうしてそう無茶をするんだ!」
ごめん、と俯いてぽつり。続けて、心配かけてごめん、と。
昔から他人に心配ばかりかけさせる性格だとは思っていたが、それがここ迄だともうどうにも言い表せれなくなってしまう。
彼女は、俺の幼馴染は、そういう人物だと理解しなければならない程に。
「まぁまぁ。落ち着きなさいよアーチャー。名前も反省してるんだし。まぁ、桜の事は許さないけど」
「おいおい、遠坂……」
「本当に大丈夫なのか? そこまで固定しているという事は、」
「大丈夫ですよオディナ先輩! 体が丈夫なのが名前の自慢みたいだし。アーチャーも心配し過ぎだよ。武道やってるんだから怪我なんて当たり前――」
「君はした事が無いからそう言えるんだっ!」
ハッ、とした。周りに八つ当たりをしてしまった。しかも、一番したくない相手に。
これは違う、と否定しようとしたが、友達名前の戸惑った表情が目に焼き付いて、口が上手く動かせない。呼吸も、心臓も、時も、止まったようだ。
「もう! あたくしの為に争わないでぇ!」
名前が戯れ言を言ってくれなければ、私は、否、俺は、何も出来なかった。
「駄目だよアーチャー。友達名前ちゃんが悪いわけじゃないしさ。元はと言えば、あたしが上手に避けれなかったのが悪いんだから。八つ当たりなんてらしくないよ?」
「あ、あぁ……すまない。友達名前も、突然怒鳴って、すまなかった」
「い、いや、大丈夫っ! 私は全然平気だし!」
「本当に、すまない……」
アーチャーは色々気にし過ぎなんだよ。あたしを見習わなきゃね。と、名前が言った事により、ばかり少しばかり和んでくれたのが幸いだった。
先輩方も、どうしたらいいのかと収拾がつかなくなっていたので、こういう時の彼女の行動、言動には感謝をせねばならない。
「で、明日。病院に行くんだろ? ついてってやろうか?」
「いやぁ、なんか会長が迎えに来てくれるそうなので……お金を出してもらえるみたいだし、今回だけは甘えようかと思いまして……」
「あー、そう、か……まぁ、そりゃそうだよな」
「フラレたな、クーさん」
「オレはまだフラレてねぇっつーの!!」
場が一気に和んでくれた。
今日は感謝の意を込めて、名前の好きなものを作ろう。それで罪滅ぼしになるはずだ。
着替え終わったセイバーと桜くんも合流し、それが日常となったように全員で歩き始める。
桜くんは横になっていたら、症状も大分緩和されたようで凛は安心していた。
武道大会の打ち上げをしようなどたわいもない話をしながら門を出た瞬間に、また、事が起きた。
道路に停まった黒い外国車。その外国車の後部座席に、名前が引き摺り込まれ、そして去って行った。
咄嗟の事で、皆が皆、何があったのかと理解するのに数秒を擁した。
そして、誰かが誘拐と言う前に、友達名前が言葉を発する。
「……――あれ、ギル兄の迎車だ」
(2017/09/07)