アパシーがーる。
何がどうしてこうなった。あたしが聞きたいエヴリデイ。日頃の行いが悪いから? そんな事あるわけないぜ、だってあたしはいい子だもん。
なんて微妙な歌詞を作って脳内で歌ってみても、現状を把握する事が出来る訳では無い。むしろ、本当に教えて下さい、お願いします。
アーチャー達と歩いていたらいきなり車に入れられて、助けてー! と叫ぶ前に、隣に居たのはクソ生徒会長だったわけである。
「黙って座っていろ」
なんて言われてしまえば、恐怖を感じつつも言われた通りにするしかない。
どこに連れて行くのかとか、あたしはいつになったら解放されるのかとか聞きたいのに、聞けない雰囲気である。
エルキドゥ先輩が居てくれたらまだマシなのかもしれないのに、好き好んで生徒会長と二人きりになるとかもうそんなフラグ要らないです。
お昼のだけでお腹いっぱいです。デザートとか要らないので帰して下さい。
黒塗りだったと記憶する外装の車内は、目がチカチカする程の金色で視界がしんどい。これも会長の趣味かと理解してしまう程、この人とあたしは合わないな、と理解を深めてしまった。
「……傷は、痛むか?」
「え、あー、いや、そんなに、痛くないです」
「そうか。ならばもう少し気を抜け。取って食おうなど考えてはおらぬからな」
取って食われる前にやり返すつもりだけれど、その点は、まぁ、少しだけ安心する。
ケガの事を聞くという事は、大体どこに連れて行かれているか大体予想はついた。
この生徒会長は、善意かどうか分からないにしろ、あたしを病院へと連れて行ってくれている、という事だ。
当初の予定は明日じゃなかったですかい?
「当日の方が医者も判断しやすかろうよ」
というのは会長談。
どこぞの歴史人かと思わしき言葉遣いにも、もう慣れたよね。
「なんだ、都合が悪かったか?」
「都合と言うか、いきなり過ぎて思考が追い付いていないだけです…」
「ふむ、そうか。ならばエルキドゥ辺りも連れ込めば良かったか」
それはそれでエルキドゥ先輩も驚きなのでやめて頂きたい。
しかし、だ。会長がここまであたしに良くしてくれる事は滅多に無いだろう。今までも無かったし、多分、これからも無いと思う。
だったら、今回だけは甘えるしかない、のかな。
「そういえば、どこの病院に向かってるんですか?」
「我の親戚が経営する所だ。案ずるでない。腕は良いからな」
「……そうですか」
金持ち一族の考えている事はさっぱりわからない名前ちゃんなのでした、まる。
そんなこんなで病院に到着し、あれよあれよと言う間も無く、先に診察待ちをしていた患者の皆様をさて置いて、完全なるVIP待遇で診察をしてもらう。
先生は、確かに良い人だろうと思った。というか、判断が早いのだと感じた。
ちょっとお歳を召した男性だったけれど、軽い触診で折れてはいないと判断し、一応という事でレントゲン検査もした。そのレントゲン撮影もVIP待遇で順番抜かし上等という形だったので、他の方には申し訳なく思ってしまったのだが……まぁ、会長の親戚が経営しているのだし、仕方ないよね!
ただ、やっぱりというか、何と言うか。ここ数年で系列病院を全国に増やしている、有名な病院だった事は確かだ。
一生縁が無い所で、あたしには個人病院がお似合いだろうと思っていたので、なんだか、居づらくも感じてしまった。
「予約待ちの患者も居るだろうに。すまんな」
「こちらとしては全く構いませんよ、ギルガメッシュ様。御足労、痛み入ります」
驚いてしまったのは、会長が謝った事だ。いや、本当に、この場にクーさんが居たら笑い転げていただろうに。
「で、どうなのだ?」
「骨には異常は見付かりませんね。ヒビも入っている訳では無いですし……ですが、この腫れ方だと、暫くは動かさずに安静にしておく方が良いでしょう」
「だ、そうだ。分かったな」
「あー、はい、分かってますよ…」
結局どす黒い腫れは、内出血しているだけだろうとは言われた。つまり、極力動かさないように、と念押しもされたわけなので、当分はアーチャーのご飯も食べにくいという事なんだろうなぁ、と軽く考えている。
あ、でもお風呂はどうしよう。さすがに小学生の頃ではないから、アーチャーと一緒には入れ……いや、言ってみるのも良いかもしれない。
アイツ自体はあたしの事を何とも思っていないと理解しているので、妹の入浴を手伝う感じで入ってくれるかも。
とかとか冗談を考えてしまったが、実際問題、アーチャーは断るだろうなぁ。
「では送ろう」
「え、会計は……」
「要らぬ。元々そういった話であっただろう。剣道部の部費から抜いておくから気にするな」
いやそれめっちゃ気にしますから。主にセイバーから睨まれそうで怖いですから。
といったあたし個人の意見は一蹴されてしまったので、エルキドゥ先輩に止めてもらうように言っておこう。
会長はエルキドゥ先輩の言う事はまだ聞く方だし、最悪、友達名前ちゃんに言おう。うん、それがいい。
黒塗りの車にまた乗せられる。
鞄を車に置きっぱなしだったので、気になって携帯を確認してみれば。予想通りというか、やっぱり着信やらメッセージが大量に入っていた。
アーチャーを始め、クーさん、オディナ先輩、友達名前ちゃんにセイバー、士郎凛桜……うん、家に帰ってからにしよう。
そっと、電源を落としておいた。
「明日は休みだ。体を休めておけよ」
「あ、はい。ありがとうございました」
大学から病院までの道程は長かったような気もするが、病院から家までは少し早かった。
多分、帰りが早く感じるのはなんて言ったっけ。帰宅効果? だったかな。授業で習った気がするけど、忘れてしまった。テストに出るかもしれないから、今度復習しておこう。
黒塗りの車を見送り、アパートの階段を登っていくと、案の定、仁王立ちする白髪の幼馴染みの姿があった。
この階段音が響くんだよなぁ、とか、車の音で気付いたのかな、とか考えるが、まぁ彼には通用しない。
アーチャーの表情を見る限り、怒ってはいなさそうだった。
「行ってきたのか?」
「うん、ちゃんと診察してもらったよ」
「…そうか」
短い会話こその安堵感だろう。アーチャーはあたしが無事に帰宅して安心したようだ。
「友達名前が、車は会長の物だと言っていた。だから落ち着いて君に連絡していたのだが……携帯は見ていたのか?」
「んー、電源途中で切れてたのかなぁ?」
あからさまかとは思うが、少しとぼけてみる。そしてその後に、この手だから携帯見れないっすわー、と言えば、盛大な溜め息を吐かれた。
「来たまえ。君へのご馳走を用意している」
「ご馳走!? なになに!? ハンバーグとか!?」
泣いたカラスがもう笑った、だったかな? そんな気持ちだ。アーチャーのご飯が美味しいから仕方が無い。
階段を駆け上がって隣家であるアーチャーの部屋の前へ近付くと、騒がしい声が聴こえてきた。
「やっぱり帰っていい?」
「皆、君の帰宅を待っていたんだ。その責任を全うしてくれないかね?」
笑顔の圧力はアイリ先生に続いて本日2度目だった。
室内へ足を踏み入れれば、見事に出来上がっているクーさん。それに対して静かにお酒が入っているであろうコップを口に運ぶオディナ先輩。そして酒瓶を抱きながらフラフラ揺れている士郎を間に挟み、言い争いをする凛とセイバー。桜ちゃんの姿は見えないので、きっと帰ったのだろうと推測したい。
未成年の飲酒はダメ、絶対。
「やっと帰って来たわね名前ー」
「あ……はい、ただいま?」
「凛、ケガ人に絡み酒はやめないか」
「はぁー? 酔ってませんけどぉー?」
いや、酔ってる酔ってる。物凄く酔ってる。吐く息がアルコール臭いのが証拠だ。
アーチャーは先程までこの輪の中に居たんだな、なんかごめんね。
「帰ってきたか名前! ケガの具合はどうなんだ?」
「あ、なんかクーさんはまともそう」
「呂律が回っているだけでただの呑んだくれだ。絡むと大変だぞ、気をつけろ」
「あー……つらいわー……」
物凄く帰りたいという気持ちを抑えて、アーチャー宅へと足を踏み入れた。アルコールの臭いと美味しいご飯の匂いが混ざって、表現し難いニオイへと昇華している。
帰りたい。隣の我が部屋に帰りたい。帰りたいけれど、待ってくれていた皆に――特にアーチャーに申し訳ない気がするので、帰らない。我慢も時には大事だよね…!!
「おかえり、名前」
「え、」
「どうかしたのか?」
「い、いや、いつもオディナ先輩って、あたしの事、苗字で呼びますよね……?」
「先輩なんて畏まらないでくれ。それに何を言っているんだ? 俺はいつでも君の事を名前と呼んでいるぞ?」
お酒が入っているからだろうか、いつも以上に色気が増しているオディナ先輩の声に、少しだけゾクッとした。
これは仕方が無い。だって、女としてはイケメンを前にするとそうなるものなのだから。うん、仕方ないのだ。
「おいディルムッド! オレの名前に手を出すんじゃねェよ!」
「いつからクーさんのになったんだ? 違うだろ?」
いやいや、なに口喧嘩始めてるんだこの上級生共。
クーさんもオディナ先輩もどれ程飲んでこんなに酔っ払ってしまったのか。想像はつかなかったのだけれど、リビングの隅にまとめられたゴミ袋を見て、うわぁ、と思わず声を出してしまった。
ゴミ袋の中にあるのはビール缶オンリー。これ、40Lのゴミ袋だよね? なんでビール缶オンリー? しかも士郎が抱えている一升瓶の中身は入ってないのが分かるから、今、クーさんとオディナ先輩が飲んでるのが2瓶目になるのだろうか。
このビールの量と焼酎1瓶をこの5人で飲み切ったのか。
身震いした。この場にあたしは居てはいけない、と警鐘が鳴っている気がする。
「アーチャー、帰りたい……」
「私も実家に帰りたいさ……」
酒飲み達が落ち着くまで、あたしとアーチャーは廊下に立ち往生したままリビングに足を踏み入れる事はしなかった。
全員が押し黙るまでのたった数分が、1時間に感じる程、空気が苦痛に感じてしまった。
「窓開けるぞ」
「換気扇つけるね」
押し黙った――と表現するより、寝入った、の方が正しいのかもしれない。
一番騒がしかったセイバーと凛は士郎を挟んで雑魚寝をしだし、オディナ先輩とクーさんには無理矢理水を飲ませ、なんとか正気を取り戻すまで回復してくれた。
室内に篭ったアルコール臭はとりあえず外へ逃がす事で被害を最小限に食い止めつつ、明日は消臭スプレーの出番なのだろうと勝手に予想する。
片付けをしている最中のアーチャーがするであろう苦悶の表情が、安易に想像出来た。
「先輩方、落ち着きました?」
「……あー、まぁ。オレは元々そこまで酔ってはいなかったし」
「すまない。名前さんに何か失礼な事を言ってしまっていただろうか……?」
「えっと、いや、失礼とかではないので、大丈夫ですよ、はい」
オディナ先輩の為にも、名前呼びされた事は心の中にしまい込んでおこうと思った。
多少呂律が回っていないにしろ、二人は正常な判断が出来そうになってきたようで、本当に良かった。あのままだと、アーチャーの精神的負担が大変そうだったし、まぁ一件落着という事だ。
そして、あたしは今、アーチャー特製のハンバーグ乗せオムライスが出来上がるのを待っている。デミグラスソースの香ばしい濃厚な匂いが流れてきたので、もうすぐ出来るだろう。楽しみだ。
「腕のケガはどうだったんだ?」
「あ、ちょっと酷い打ち身みたいで、骨も折れていないし、安静にしておけば良いみたいですよー」
「なら良かったな! 頼りてぇ時はちゃんと頼ってこいよ?」
「ありがとう、クーさん」
学部が違うから頼る事は無いと思うけれど、その気持ちは嬉しいのでお礼を述べておく。
「俺の事も頼ってくれていいんだぞ?」
「ありがとうございます、オディナ先輩」
「――出来たぞ、名前」
タイミング良くテーブルに置かれたお皿には、ふわっふわでキラキラと光り輝く玉子とその上に鎮座するデミグラスソースがかかったハンバーグ。玉子の下には美味しく味付けがされたバターライスがあるのだろう。
色鮮やか過ぎて、食欲がそそられてしまう。
いただきます、と言おうとして、気がついた。
――ワタシ、イマ、ミギテガツカエナイヨ。
これは左手でスプーンを持つべきなのか。お箸だったら難しいかもだが、スプーンくらいならきっと、多分、大丈夫、なはず……!!
「いただきま……えっ」
お皿に添えてあったスプーンを左手で持とうとすれば、それは軽々奪われてしまった。
「左では食べにくいだろう」
真っ赤に染まっていくあたしの顔面の血流よ、止まれ。
まさか、アーチャーが、アーンを、してくれるなんて。誰が想像出来ました!?
「いや、自分で食べれる――」
「名前さん、遠慮はしなくてもいいんだぞ?」
「あぁ、そうだ。ここは大人しく、後輩らしく、甘えておけよ」
差し出された三つのスプーン。その上にはホカホカのオムライスとハンバーグが一口サイズで乗っている。
この先輩達はまだ酔いが残っていると判断しよう。だが、なんで、アーチャーが? という疑問は、テーブルの上に置かれた飲み物ですぐに判断出来た。
アーチャーが自分用に用意した赤いコップ。それに注がれているのはウーロン茶でも麦茶でもなく、……ウイスキー、しかもロックだ。
ほんのり頬が赤くなっているような気がしなくもない。褐色だからわかりにくい。
というか、どうしてウイスキーなの。ちゃんとお茶出してたんじゃないの。という疑問は、クーさんとオディナ先輩のコップを見れば一目瞭然だった。
二人のお水が入っていたコップの中身が、いつの間にか茶色い液体に変わっている。そして、クーさんの隣、床にごろりと転がっているのはウイスキーのボトル。しかも中身入り。
この3人はウイスキーをロックで飲むという所業をやってしまったのだ。
「自分で食べれるからっ……」
「右手が使えないのだし、甘えてくれていいんだぞ?」
「名前はオレから食いてぇよな?」
「食べてくれないのだろうか?」
聞く人が聞いたらもうベッド・イン間際のセリフではなかろうか、という悪魔の誘い――主にアーチャーの手料理への想いを断ち切るまでの判断は、今まで生きてきた人生の中で、一番早く決断出来た。
3人が行動を起こしてくる前に立ち上がり、カバンをゲットした後に初めて実行するムーンウォークで素早く後退り。
そして玄関から出て合鍵で鍵を閉め、自分の部屋の鍵を開けて中に入る事に成功した。
鍵を閉めるのとチェーンロックも欠かさずに。いくらなんでも、チェーンロックをペンチか何かで開けるような事はしないだろう。……そう信じたい。
自分の領域というものは、とてつもなく落ち着くものだ。名前を呼ばれガチャガチャとドアノブを回される音を無視して、もう何もかも忘れてベッドで横になった。
忘れよう。病院から帰ってきて1時間以内に起きてしまった出来事は、全て忘れよう。
瞼を閉じ、あたしは静かに夢の世界へとダイブする事にしたのだった。
(2017/11/17)