アパシーがーる。
武闘大会もあり、代休も含めて連休が続く五月初旬。
そろそろ腕の痛みも無くなってきたので、なるべく外界と交流を持つこと無く引きこもり生活を満喫していたあたしの元に、突如、来訪者が現れた。
病院には連休明けに行く予定だと会長から連絡があったし、アーチャーはアーチャーで打ち上げのウィスキー事件から気まずいので顔を合わせていないので、一体誰だろうと思いながらインターフォンに出る。
今やっていたスマホゲームがいい感じの所だったので、邪魔をされた事に対して少し苛立ちを感じながらもどちら様ですか、と受話器に向かって言えば、家に来る事が全く該当しない人物の声が聞こえてきた。
「お! ちゃんと起きてたな?」
「……なんで? クーさん旅行に言ってたんじゃないの?」
「おう!」
「いや、おう! じゃなくて、」
「とりあえず開けろよ。土産持ってきたから」
有無を言わさない開けろコールに仕方なく同意し、とりあえず玄関まで移動する。
今更ながらスウェット姿で髪の毛も何も整えていない女子としてはあるまじき状態だったのだが、まぁ、クーさん相手だからさほど気にもせずに気だるく扉を開ければ、やけに笑顔が眩しい青い髪の青年が立っていた。
「休みだからってそりゃないだろ」
「女子にも女子としての休みが必要なんですよー」
「お前に期待はしてねぇけどな。上がるぞー」
「家主の返答無く?」
「別にいーじゃん。やりたいって言ってたゲーム、一緒にやろうと思って持ってきてやったんだから」
これまた有無を言わさずに部屋へと上がり込む先輩に溜め息をしつつ、そこまで悪い気はしていないのでクーさんを迎え入れる。
少しだけ広めのワンルームに座り込んだクーさんは着ていた革ジャンを脱ぎ、五月になると暑いなぁ、なんて世間話をしながらカーペットの上に座り込んだ。
とりあえず飲み物は麦茶しかないので、左手での動作に慣れた仕草を見せつけつつテーブルにコップを置けば、いつも通りの笑い方で礼を言われる。
やっていたスマホゲームを止めて違和感無く隣へ座った筈なのに、その瞬間からとてつもない違和感が押し寄せてきたのは何故だろうか。
今までクーさんが一人でやって来て朝までゲームをするなんてよくあったのに、少しだけ、ほんの少しだけ戸惑ってしまった。
「ほら、土産」
「ありがとう。……なに、これ」
「キーホルダーだよ。見てわかんねぇのか?」
「変なの書いてる……」
「オレの実家に伝わる文字っつうか、呪いみたいなもんだな」
「なんて意味?」
「知らね」
「知らないものをお土産にするのはどうかと」
「魔除けって思っとけよ」
「あー、うん……ありがとう」
クーさんから手渡されたのは緑色の、クローバーの形を象ったキーホルダーだった。どこの国の言葉なのかわからないけれど、クローバーの中にクローバーのような図形がある。一見すると風車のような形だ。
普通に可愛らしいデザインなので、家の鍵にでも付けておこうと決めた。
「あと、これ」
「この間発売したやつ!! この会社のゲーム好きなんだよね!! ありがとう!!」
「これはあげねェぞ?」
「ケチ」
「一緒にやろうと思って持ってきたって言ったよな!?」
「聞こえなーい」
「ほんとお前って花よりゲームだな…」
グチグチと何やら言われているのはさておき、パッケージに描かれている美麗なイラストに興奮した。
数年ぶりに出た有名シリーズの新作とあって、パッケージのイラストも凝っていて素晴らしい。
前情報でのプレイ動画も見ていたのだが、世界観もかなり壮大なものだった。実際にプレイするのが待ち遠しくなる。
痛みはマシになったものの、まだ右手が動かせない状態なのでコントローラーが握れないのだ。
クーさんはそれを知っていて持ってきた筈なので、これはあたしが保管していても良いという事だと勝手に解釈する。それはつまり、貰ったも同然なのだよ。
「元気そうで良かった」
「え? 何が?」
「いや、どこにも出掛けて無いんだろ? だから、暇潰せてんのか心配になってな」
「んん? なんで出掛けなきゃいけないの?」
「そこかよ」
「元々引きこもり生活万々歳な人種ですよ、あたし」
「自分で言うなよな…」
「自宅警備員最高!!」
呆れるクーさんだったけれど、結局便乗して笑い出したのでそれはそれで良しとしよう。あたしとしても、人と話すのが久しぶりだったので喋るという感覚を忘れそうになっていたし感謝だ。
「次は隣に行くんでしょ?」
「なんでだよ」
「え? あたしにお土産渡しに来たなら、アーチャーにも渡すものかと」
「野郎達に渡す物なんか無いね!」
「酒盛りして迷惑かけてるのにー?」
「嬢ちゃんやセイバーとかと一緒に食えるもんなら買ってるし、勝手に食うだろ」
「クーさん……セイバーに食べ物渡したら誰にも渡らないんだぞ……」
「経験済みか」
「見事なまでに」
あたしが複雑な表情をしたからか、クーさんは笑いながら頭を撫でてきた。いつも通りのわしゃわしゃっとした撫で方は嫌いではない。
いつもは髪型が崩れるのだけど、今は何も整えていないから特に気にせずその撫で方を受け入れた。
「……あー、あとさ、」
「なに?」
「いや、……お前と話したかったから」
「……はい?」
思わぬ言葉に聞き返してしまう。
そして、先程押し寄せた違和感の正体を知ってしまった。
……あたし、クーさんに告白されていたんだった。
結局、有耶無耶になってしまっただろうあの賭けの内容は、クーさんの中で決着がついていないのだろう。あたしも、ちゃんと返事をしようとして、出来ていなかった。
意識をすると無言になってしまう。何か他の会話をしようとしても思いつかず、自分から聞き返したのに俯いてしまった。
「無理にとは言わねェし、押し付ける気も無い。ただ、今の名前の気持ちを教えて欲しい」
「あ、…え、えっと……」
「ギルガメッシュに負けちまったからな。あの内容は無視して、お前の気持ちはどうなんだ?」
「……ん、んー……」
脳みそがパンクしそうだ。自分の頭から蒸気とか出ていないだろうか。クーさんの顔を見る事が出来ない。
見れないけれど、真剣にあたしを見ているであろう視線が辛い。
何が辛いって、あたしはまだ、アーチャーの事を諦めきれていないのだ。
既にフラれているし、アーチャーが好きなのは友達名前ちゃんだし、叶わないっていうのは理解しているし、アーチャーはあたしの事を幼馴染みという関係でしか見ていないのはとてつもなく知っているのだけれど、あたしはやっぱりアーチャーが好きで、他の人を好きになる余裕が今は無い。
長年の片思いが無事に昇華されて、良い思い出になれば簡単なのだけれど、人の気持ちというものは複雑になっていてパソコンみたいにすぐ処理はしてくれないのだ。
どう返事をすれば良いのかと迷っていれば、クーさんに両肩を掴まれて、正面を向かされた。
目の前には、クーさんの真剣な顔。滅多に見れない、喋らなければイケメンと言われる顔があった。
「もう一度言う。オレは名前が好きだ。お前がアーチャーを好きなのも知ってる。アイツが友達名前を好きな事も知ってる。……だからこそ、お前が悲しむ顔とか泣く顔を見たくない。オレを選んで欲しい」
あぁ、クーさんはお人好しだなぁ。あと、余計な一言が多い。
そんな男気のある先輩から後押しされるように、あたしはちゃんと返事をする事が出来た。
突如来訪してきた先輩を見送り、また一人だけの部屋になった事に安堵してベッドに腰掛ける。
夕焼けに染まる部屋には、あたし一人分の影しかない。
深呼吸すれば、バイクのエンジン音がして、建物から遠ざかって行くのが聴こえてきた。これから何処に行くのかな、と思いつつ、きっとバイトかオディナ先輩辺りを誘って飲みに行くのかもしれないなぁと悟る。
――あたしは、クーさんの告白を断った。
クーさんはなんだかんだ言いつつ優しいし、年長者らしくよく周りを見ている。あと、気遣いだってクーさんらしいやり方で出来る人だし、思いやりもある。
だからこそ、あたしは断った。
確かに、クーさんが彼氏だったら毎日が楽しそうだし飽きないだろう。お互いゲームもするし、協力プレイだってしてくれると思う。
でも、何か違うと感じた。
気遣いが出来る所とか優しい所は好き。でもその好きというのが愛情としてなのか、それとも先輩としてなのかが分からなかった。
けれど、やっと今日、それが理解出来た。
あたしはクーさんの事を友達として、先輩として好きだったのだ。
クーさんと付き合ったら、きっとアーチャーの事は忘れられるし諦められるだろう。それに、楽しい毎日が待っているだろう。でもそれじゃあ駄目なんだ。
アーチャーではなく、別の誰かを身代わりみたいにするのは、その誰かの気持ちを踏み躙ってしまっている。あたし自身が乗り越えなくちゃいけない気持ちなのだ。
だから、あたしはクーさんにちゃんと伝えた。
「アーチャーへの気持ちが整理出来ていないし、他に好きな人を作れる自信も無い。クーさんの事は好きだけど、それは友達としてで、恋愛感情として好きなのかはわからない。今は自分でもどうすればいいか判断出来ない。だから、ごめんなさい。クーさんがそう思ってくれていたのは凄く嬉しいけど、やっぱり、その気持ちを受け入れれる程あたしは大人じゃないんだと思う」
クーさんははにかんで、わかった、と言ってくれた。
それは多分、クーさんなりの強がりだったのかもしれない。その返事に甘えてしまったあたしも悪いけれど、あたしの気持ちを優先させてくれた優しい先輩にちゃんと気持ちを伝えれた。その事は、あたしを安心感で満たしてくれた。
力無くベッドに倒れ込む。つい数分前の事なのに、思い出すだけで気力が奪われてしまいそうになった。
ちゃんとしていればイケメンなのだから、クーさんにはあたし以上の彼女が出来て欲しい。
今後、あたしがクーさんを好きになる可能性なんて分からないけれど、幼馴染みに未練タラタラな優柔不断女よりも、ちゃんとした女性に恋をして欲しい。
そう願ってしまうのは、あたしのエゴなのだろうか。
連休が明けて、講義が始まって、またいつも通りの生活に戻っていく。
その中に今まで通りクーさんが居てくれれば良いなぁ、と、思いながら、あたしは目を閉じた。
(アイルランドはクローバーが有名です。 文字の部分はルーン文字。2018/04/09)