アパシーがーる。
「完治とまでは言えないけれど、もう大丈夫そうだね。激しい運動自体はもう少し控えて欲しいから、そこだけは気をつけて」
ゴールデンウィークも終わり、あたしの腕を検診した若い外科の先生がパソコンでカルテを更新しながらそう言った。
講義をサボっ――休んで会長に連れて来てもらった病院だったが、若い先生でも腕は確かなようだ。
骨折していた訳でもないので、特にリハビリなども無く、あたしの通院は計二日で終了を告げられる。
まだほんのりと青タンの痕は残っているが、消えるのも時間の問題らしい。病院は嫌いだが、なるべく動かさずにいた事が幸をそうしたみたいで嬉しい。
ルンルン気分で待合室へと行くと、意外にも周りの一般患者に紛れ込んでいる会長が居た。
「その様子ならもう状態は良いみたいだな」
「はい、お陰様で。ありがとうございました」
「礼など要らぬ。我の学び舎で起きた事故だ。率先して終結させるのは当たり前であろう」
お前の大学じゃないけどな。なんて口が裂けても言えないので、お口をミッフィーにしてノーコメントを貫く。
部活動自体はまだ難しそうだが、日常生活に支障が無い程度には回復しているしこれなら連休中に出来なかったテレビゲームを集中して出来そうだ。
治療費などは全て受け持ってもらったしあたしとしてはいい事づくめなのだけれど、確か剣道部の部費から引くとか言っていたような気もするので、セイバー達からの何か言われそうなのでそれだけは止めて欲しいと話せば、阿呆か貴様は、と一蹴されてしまった。
「お前の医療費くらい微々たるもの。我のポケットマネーで既に済ましている」
今だけ、会長が成り金息子なのかもしれない、と思ってしまった。
そのまま引き摺られるように車に乗せられ、家まで送ってもらえるかと思えば着いたのは大学。講義を受けさせる気は無いらしく、連れて行かれたのは医務室だった。
ポイッと犬猫を扱うように医務室へと放り投げられたのだが、一応まだ怪我人なので扱いには気をつけて欲しい。
「あらあらぁ。ちゃんと治っているようで安心したわぁ」
「服越しに見ただけで分かるとかアイリ先生まじ凄い」
「これでも医務室の先生ですからね」
エッヘンと胸を張るアイリ先生の揺れる胸しか見れないのだが、飛び込みたくなる衝動を抑えて椅子に座るように促されたので診察用のパイプ椅子へと座った。
アイリ先生のデスクの上には何枚もの書類があって、先生曰く、この書類を書いて大学の事務へと提出しなければいけないらしい。
大学側で起きてしまった怪我なので、そこはちゃんとしないと教育委員会からとやかく言われるのだそうだ。
数枚の書類とボールペンを手渡され、名前など記入する所を指で指示される。
何回も自分の名前を書いているとゲシュタルト崩壊しそうになるのだけれど、そこは仕方ないと自分に言い聞かせてボールペンを紙の上に走らせた。
「はい、良いわよ。ありがとう」
「腕が疲れた……」
「ふふ、そんな事言っていると切嗣に嫌味を言われちゃうわよ?」
「そういえば、衛宮先生は……居ないみたいですけど…」
「今の時間は講義に出ているの。顔を合わせなくて良かったわね」
本当に顔を合わせなくて良かった。
衛宮先生に会ってしまえば、アイリ先生に手間を掛けさせたとかでリアルサバゲーになりそうだ。というか、確実なるかもしれない。
考えただけで身震いしてしまう。
「今日までは通院って事で休学にしているから、もう帰っても大丈夫だけれど…」
「あー、帰ります。その前に学食でご飯食べます」
「そうよね。もうすぐお昼ですもの。まだ講義中だし、空いてるんじゃないかしら?」
「食券争奪戦になる前に行ってきます!」
「気を付けてね」
アイリ先生の優しい笑顔に送り出されて、医務室を後にする。
久しぶりの構内なわけだけれど、テラスやロビーで談笑する生徒の姿がちらほらと見掛けられるだけで、やっぱり今がまだ講義中だという事を知らされる。
とりあえず、持ってきた携帯で凛やセイバー、友達名前ちゃんに怪我の具合と今大学に居る事を告げて、利用者の少ないであろう学食へと向かった。
そう、利用者が少ないと思った。居たとしても早弁みたいな感じで昼食をとる教授とか、休講になって暇を潰している生徒だと思っていた。
ただ、それが自分に関係ある人物だなんて考えもしなかった訳で。
あたしは自分自身の考えがまだまだ甘い事を思い知らされる。
比較的静かな学食で昼食タイムを楽しむ人の中に、学食を利用する事がほぼ無いであろう人物が居たのだ。
動く度にヒラヒラと存在をアピールする白いワンピースは他の男子生徒を魅了し、女子生徒はその外見に羨望の眼差しを向ける。
そしてその人物はあたしの存在に気付くなり、笑顔でこちらに手を振ったのだ。
「名前ちゃーん!!」
その少女は、外見に似合わない少し低い声だった。
「……何してるんですか、エルキドゥ先輩」
「あれ? 似合わない?」
「なんというか、某ゲームのエルキドゥ先輩の性格が冷酷なので、ちょっと抵抗があります」
「そういうメタ発言止めてくれない?」
「それで、どうしてワンピース着てるんですか? 性転換手術でもしたんですか?」
「してないよ!? 演劇部の子から貰ったんだ! 可愛いでしょ? 僕ってなんでも似合ってしまうからなぁ……あぁ、美しさは罪だね……」
「自分に酔ってるところすみません。ぶっちゃけ興味無いです」
テンションの高いエルキドゥ先輩は、やっぱりあたしの知っているエルキドゥ先輩だった。
そんな先輩を放置して自分の食事を選ぼうと食券売り場へと向かえば、後ろをついてくるのはやっぱりエルキドゥ先輩だった。
なんだこれ。こういうゲーム知ってるぞ。クリア条件を満たさなければ主人公が30日で死んでしまう内容だった筈だ。現状のクリア条件が全く分からないので、その主人公にはなりたくないのだけれど。
どうして付いてきているのか聞けば、会長からの託けであたしの昼食を奢る為らしい。素晴らしい待遇だ。
「ギルがねー、名前ちゃんの事凄く気にしててさ。毎年ケガ人が出ないようにって気をつけてる行事なだけに、責任感じちゃってるんだよ」
「いや、病院代とかも出してもらってるのにここまではさすがに悪いですって。至れり尽くせり過ぎると、忘れた頃に何を要求されるのか不安ですし」
「あはは、それは大丈夫だよ!」
途端に笑顔になるエルキドゥ先輩はとても楽しそうに、「名前ちゃんはギルの好みじゃないから」と言い放った。
好みになられても困るのだけれど、その発言はあたしを傷付ける事になるなんてこの先輩は微塵も考えないのだろうか。――否、傷つくわけが無いと知っているからこそ、こう言えるのかもしれない。
何を食べようかと考えていれば、勝手にボタンを押され、勝手に食券が出て来た。
何してくれてんだこの女装変態先輩め。
しかしながら、出てきた食券を見たら大学の学食にしては破格の諭吉一人があらよっと飛んでいくランチフルコースだったので、口から出そうになったお悪い言葉は引っ込みました。
「食べた事ないでしょ?」
「むしろ学食に万超えのランチなんて必要なのかと思ってました、はい」
「僕やギルはいつも食べてるんだけどねー。人気無いみたいなんだよ。美味しいのに」
そりゃあ、毎日諭吉とさよならなんて一般学生は出来ませんからね! なんて事を言えるわけも無く、大人しくエルキドゥ先輩の後について行けば、普通の学食テーブルではなく区画化された会長御用達のVIP席へと辿り着いてしまった。
ここはあたしの様な一般学生が不用意に近付いて良い場所では無い。
学食と同じ室内にありながらもパーテーションで仕切られた一角にあるVIP席は、生徒会役員しか入ってはいけないと言われている。それ以外の人間が入ったら呪われるとも聞いた事がある。
急いで出ようとすれば、無理やり引っ張ってくるエルキドゥ先輩の力に適う事など出来ず、あたしはそのまま赤いソファーへとダイブしてしまったのだ。
あー、これ、やっちまいましたわ。あたし呪われちゃう奴ですわ。せめて大学くらいは卒業したかったなぁ。
「名前ちゃん? どうかしたの?」
「いやぁ、あたしの人生はこれで終わりかと思うと……少し切なくなったりならなかったりしましてね」
「あはは、何言ってるんだよ。やっぱり面白い子だよね、名前ちゃんって」
あたしの心境を知ってか知らずか笑い飛ばすエルキドゥ先輩に悩みなんて無いのだろう。うん、無さそうだ。
とりあえず呪い殺されるのならお高いランチコースを食べ終わってからにしようと、ソファーに埋もれる上体を起こす。
パーテーションの隙間からこちらを伺う食堂のおばちゃん――ではなく、シェフの姿が見えた。
「さぁ、フルコースだよ。美味しく召し上がれ」
目の前の白いテーブルクロスが敷かれたテーブルに置かれたお皿には、小さな料理らしきものが乗っていた。
これはなんだ? と頭を抱える。フルコースと言うなれば、最初に出てくるのはオードブルだ。でもこれがオードブルと言うのか?
頭を抱えていれば、オードブルの前にアミューズが出るんだよ、とエルキドゥ先輩が教えてくれた。
「昼休憩の時間も短いからね。フォーマルフルコースにしてるんだ。アミューズは突き出しの事だよ。その後にオードブル、スープ、ポワソンって続いて、最後にカフェ・ブティフール」
「ブ、ブティ? ……何語ですか」
「フランス語だよ?」
さも当たり前のように話す目の前の金持ちに多少なりとも違和感を感じながらも、あと何品来るかわからないフルコースを食べるのであれば普通におばちゃんの定食が食べたいと思ってしまった。
(2018/04/17)