アパシーがーる。
黒塗りの車――某SNSではなんやかんやと話題になっているが、野蛮な組合の車とかではなく、知人とも言いたくないけどそんな部類の人物が乗っていると簡単に予想できてしまった。
引き返そうかと悩んでいたら、その悩んでいる間に車の扉が開く。
ふわっふわのウェーブは風を味方につけたように宙を舞い、笑顔で私にとびかかってくる人物。知人とかではなく、紛れもない友人だった。
「名前! ケガは大丈夫!?」
「おういえ。今ぶつかってこられた衝撃で少しジンジンするけど大丈夫だぁ」
「ああああ! ごめん! ごめんね!?」
車に乗っているのは会長だと思っていたけれど、そうだ、親族なのだから友達名前ちゃんが乗っていてもおかしくはない。
唐突な登場には驚いたけれど、数時間前に彼女とアーチャーの事を考えていたのだから噂に影あり、という表現は間違っていないと再確信。
しかしまぁ、どうして友達名前ちゃんが……と思いながらも、促されるようにもう乗り慣れたに等しい黒塗りの車へ乗車すれば、やっぱりか、と納得した。
「我を待たせるとはいい度胸だな、雑種」
「……ごめん、友達名前ちゃん。帰っていい?」
「え!? 駄目だからね!?」
そうですよねー。やっぱりいますよねー。
案の定、煌びやかな車内に鎮座する金ぴか生徒会長。背後には友達名前ちゃんが居るわけで、逃げれるわけもない。
某爆弾を置いていくゲームで例えるなら、一本道の通路で正面と背後に爆弾を置かれて詰みの状態だ。
仕方ない、諦めよう。
諦めて生徒会長から離れた場所に座り、友達名前ちゃんも乗車したのを確認するや否や車はゆるやかに発車した。
「今日は、その、病院から大学の送迎だけだったはずじゃあ……」
「何を言うか莫迦め。帰路で何があるかわからんだろう」
「つまり、ギル兄は名前が転んだりしてケガが悪化しないかと心配ってわけ」
「なんという遠まわしなデレ要素……」
「本当、そうだよねー。そんなドジするならあの時ケガなんてしてないって」
それとこれとは話が別な気もするけれど、ツッコミはせずに黙っておこうと思った。
はて。だとしてもどうして友達名前ちゃんも一緒に車に乗っているのだろうか? と思えば、本人曰く、先生がコンサートの準備で忙しく休講との説明を受ける。なんだかんだで先生や教授達も自由なのが、この大学の良いところだと再確認。
そういえば、犯罪心理学の某教授も好き勝手し過ぎて、心理学科の他の教授に面と向かって嫌味を言われている姿をよく見るし、教える立場の大人が自由にのびのびとしているから生徒もそうなってくいくのだろう。
生徒会長がこの人だから仕方がないか。と、先程から黙りこくっている少し離れた距離に座る人物を見遣る。
黙っていればかっこいい。わかる。喋ると少し残念。わかる。そういう人種だから、好みが分かれるんだろうなぁ、と理解。
「……なんだ」
「いや、なんでもないです」
「そうか」
「え!? 名前ってギル兄みたいな人がタイプなの!?」
「まって。待ってくれ友達名前ちゃん。何がどうしてそうなったの?」
「だって、さっきからギル兄の方をチラチラと見てるし……名前ってそうなのか、と……」
「断じて違うかな。変な勘違いは止めてほしいな?」
「あー……そっか。ごめん」
「たわけが。そこは否定などせず、正直に言っても良かろう」
「何言ってるんですか、あたしが会長を好きだなんてありえるはず無いですからね」
「ギル兄も正直になったら良いのにねー。名前をイチ生徒だと割り切るなら、大学から家までの短い距離を遠回りなんかせずにすぐ送り届けたらいいのに。好意の意思表示が苦手すぎやしないかと私は思うわけ」
「――は、?」
ちょっと待て。何を言い出すんだこの子は。
あたしを送り届けるとか、そういうのは、自分が管轄していた行事でケガ人が出てしまったからとか、そんな話だからでしょうに。
今思えば、大学からあたしの住むアパートまでは徒歩10分圏内。車だったら信号に引っかからなければ5分も経たずに到着する。確かに車に乗っている時間が長いなぁなんて頭の隅っこで考えていたけれど、まさか、そんな、あるわけがない。
タイミングが良いのか悪いのか、運転手の男性が到着したと声を出してくれたから話が途切れてくれたが、無かったら、無言の時間が続いていた気がする。もしくは、友達名前ちゃんの爆弾発言が大量投下されていた気がする。
早く降りよう。そして、アーチャーが帰ってくるまでスマホゲームに勤しもう。その後は、美味しい美味しい夕飯の時間だ。
「勘違いするなよ、雑種。友達名前がお前と話がしたいと言うから、その時間を作ってやっただけの事だ」
「わかってますよー。会長はセイバーの事が大好きなのも知ってますから」
運転手の男性が後部座席の扉を開けてくれたので、友達名前ちゃんにまた明日、と告げて黒塗りの車から降りる。その瞬間、腕を掴まれて体制がぐらついた。
「あのね、」
耳元で囁かれる声。
腕が離されて、アスファルトの上へ両足を付け振り返れば、はにかみながら手を振る友達名前ちゃんの顔が目に入った。
走り去って行く黒い車を見送る心境は、ざわついていた。正直に言えば、今だったら瓦の10枚や20枚割れそうな気がする。
――私、アーチャーの事、好きなんだよね。
そういえば、ちゃんと言われたことが無かったなぁ、なんて他人事のように考えていた。
あんなあからさまなアピールをされていて気が付かないアーチャーもアーチャーだが、周りに気が付かれていないと思っている友達名前ちゃんも友達名前ちゃんだ。隠し通せているわけがない。……これは、アーチャーもそうなのだけれど。
いつの日か、アーチャーにあたしが告白したことを思い出す。それはつい数週間前で、ついでにクーさんに告白されたのもゴールデンウィーク前。怒涛の一か月すぎやしませんかね?
「これで踏ん切りがつくってモンだけどね」
憶測から確信へ変わったので、もうあたし自身がアーチャーに縋る理由もアイツがあたしに構う理由も無くなるわけだ。
さようなら、初恋よ。こんな歌謡曲がありそうだな、と思った。
不思議と悲しくはない。辛くもない。数年前に告白シーンを見続けてしまったので摩耗したのかと錯覚したけれど、多分そうでもない。
キッカケが欲しかっただけで、あたしは既に気持ちの整理をつけていたのだ。後押しが欲しかっただけなのだ。
しかしながら、ふと、思い出したことがある。
昼間、エルキドゥ先輩との話の内容だ。
あの時は話自体を変な方向にはぐらかすしかなかったし、エルキドゥ先輩のいつも通りってやつだと思っていたので半分聞き流していた。
だが、友達名前ちゃんの今日の一言がエルキドゥ先輩が言っていた事をより濃厚にしているというか、なんというか。
帰り際に車から降りるあたしを見もしなかったわけだし、いや、それはいつも通りだから別に気にしていないのだけれど、ここ数日仕方なく二人きりで病院へ連れて行ってもらったりなどしていた空間に比べれば、今日大学に行ってからはツンツンし過ぎではないかと、性格が180度違うような気もするし。
しかしながら、これは全て自分の関わった大学行事でケガ人が出たという責任を踏まえていつもよりも優しくしてくれていたのなら、今日以降は通院の必要もなくなるので以前のように戻ったって説明されれば納得してしまうわけだ。
いや、ここはそう納得してしまおう。友達名前ちゃんとエルキドゥ先輩の勘違いだ。会長は責務を全うしただけ。うん、そうに違いない。
思い込み上等、だ。今日限りでアーチャーの作る夕飯とも卒業だなぁと考えながら、あたしはアパートの階段を上るのだった。
「ギル兄も健気だね」
こちらを見送る雑種の人影を見ながら、従妹の友達名前が呟いた。別段、我に話しかけたわけでもない声量ではあったが、愛い親族の独り言だと耳を傾ける。
「名前を狙うなら今がチャンスなのに」
「狙う? 何を言っている」
「だってギル兄さ、名前の事好きじゃん」
「戯言を」
「わかるよ。ギル兄って、名前と居る時、すごく楽しそうなんだから」
あの雑種と同じ時間を過ごす事に特別な意識など持っておらず、従妹の友人、ただの後輩、生徒としか感じてはいない。
しかし、先日エルキドゥにも言われたが、我があのような雑種に気があるなどとそのような陳腐な噂など捨て置けとその場は言い流したわけだが……そうか。友達名前から見てもそう感じ取れるのか。
「たわけた事を言うでない。我様が愛を囁くのは我に相応しいセイバーのみぞ」
「それずっと言ってるけどさ……セイバーに対する好きって、周りから押し付けられてない? セイバーのどこが好きなの?」
こやつは何を言っているのだ、と。いくら親族の中でも特段愛でている従妹であっても、許されぬ発言があるというものだ。
しかしながら、友達名前は純粋に疑問であるから我に尋ねてきているのであって、悪意があるわけでもないのも事実。他の雑種が同じような問いを投げかけてきたのであればそれ相応の罰を与えるつもりだが、こいつは別だ。
首をかしげる姿もまた愛いというもの。その素直さに免じて、今日は答えてやろうと口を開こうとすれば、手を前に出されて制止されてしまった。なんだというのだ。
「あのね、反応が可愛いだとか、そういうのじゃないからね。あと、ギル兄が決めたからとかでもないよ。ちゃんと、どこが好きか、を答えてね?」
「……ふむ、」
言おうとしてしまった事に関しては、友達名前は我の事を十二分に理解をしていると考える。しかし、だ。その他の面で我がセイバーを恋うている理由を述べるのであれば――、
「我に反抗する姿だな。その姿を崩そうとするのもまた愉しいというものよ」
「……ねぇ、ギル兄ぃ。それって、あの子もそうだよ?」
あの子――苗字名前という名の雑種を指すのだとすぐに理解する。
しかしながら、あ奴に対して愛いなどと思ったことは無く、ただ友達名前の友人でありただの一般生徒、なのだ。その意識は変わるはずもない。
「あー、なんで今エルキドゥちゃん居ないかなぁ」
「朋友がどうかしたのか」
「エルキドゥちゃんならわかってくれるのになぁって。ギル兄鈍感すぎるんだから」
「我が…鈍感、だと……?」
「自分の気持ちに鈍感すぎる! 今度エルキドゥちゃんに聞いてみたら良いと思う。私と同じ反応すると思うから!」
この言葉以降、話は膨らむこともなく友達名前は黙り込んでしまった。
エルキドゥも理解しているというのだから、すぐに連絡を試みてみるものの、電話は繋がらない。
まぁ、いい。明日、確かめてみるのも良いだろう。
あの雑種の阿呆面が脳裏から離れんが、それも全ては我の話を聞かずに行動するあ奴が悪い。
――明日はより一層雑種をいじる事にしよう。
自然と笑みが漏れた気がするが、このような気分は久方ぶりだ。
反抗してくるであろうあ奴の表情を思い浮かべれば、退屈な学業生活も悪くないと思えた。
(2018/12/12)