アパシーがーる。

つまらない、とぽつりと呟いてしまったのを隣の椅子に座るアーチャーに睨まれた。
だってつまらないんだもん。各学部の学部長の話とか聞かなくても良いじゃんか。あー、くそ。眠い。寝たい。寝ようかな。
瞼がゆっくりと落ちていく。良い子守歌だな、とか思ってたら、太ももに激痛。目を開ければアーチャーが抓ってた。痛い痛い痛い!!

「……ちゃんと聞いておけ」

小声で言われると同時に手が放れる。抓られた太ももは赤くなってた。許すまじ、アーチャーめ!
欠伸を一回。また抓られそうになった太ももをなんとか死守した。
うちの大学は、全生徒が入れるくらい大きい体育館がある。というか、全生徒入ってるんだから、かなり大きいんだろうと思う。学校の敷地も広いし、各部活の部室とか、道場とか、更衣室にシャワー室完備とか、至れり尽くせりの大学だ。
各部数も多いながら、生徒数も多い。めちゃくちゃ多い。人混みが嫌いで、勉強も嫌いなあたしがどうしてこんなマンモス校に入学しなくちゃならなかったんだ。パパンとママンをその時ほど恨んだことはない。
アーチャーくんとずっと仲良くしておけ。ってのが口癖で、その言葉の裏は玉の輿とかそんな事を思っている腹黒な両親だ。そのせいで、高校を卒業したらニートになろうと思ってたのにこんな大学に入学する羽目になっていた。勿論、試験勉強は塾に行く余裕なんて我が家には無いので、アーチャーが家庭教師だったのだが、あの苦しい毎日は思い出したくない思い出トップ5に入る。

「……眠い」
「もうすぐ終わる。我慢しろ」
「それ式が始まってから八回聞いた」
「なら我慢しておけ」
「ちぇっ」

ちゃんと話を聞くとかほんと律儀なんだから。
昔からこいつは律儀だ。外面が良いとかじゃなくて、本当に律儀。悪く言えば器用貧乏。小学校の時とか友達に貸したゲームソフト借りパクされたら、もう一個同じのを買っちゃうくらいお人好しである。その借りパクされたゲームソフトとかは、結局あたしが取り返して渡すんだけど時既に遅し。同じのあるからいらないって事であたしの物になってしまうのだ。
故に、アーチャーの家にあるゲームソフトとあたしの家にあるゲームソフトは同じものが多い。

「遠坂せんせーの話長いんだもん」
「私に文句を言うな」
「言峰せんせーは早かった」
「人それぞれだろう」
「衛宮せんせーも」
「それなら後で文句を言って来たら良いだろう」

呆れながらも返事返してくれるアーチャーは本当にお人好しだ。そんな所がこいつの良いとこなんだけど。
式が終わったのはそれから一時間後だった。さすがに二時間弱もパイプ椅子に座りっぱなしは辛い。腰を回せば骨が良い音を立てて鳴った。

「はしたないぞ」
「だって疲れた。正座よりしんどい。辛い。アーチャーおんぶ」
「……本当に、君は昔から変わっていないな」
「アーチャーもねー」

体育館からとぼとぼと講義のある教室へと向かう。こんな日くらい授業無くせばいいのに。授業じゃなくて、各学部の今年度の説明とかほにゃららしか話さないんだから、それはさっきの式の時に話せばいいと思うんだよね、うん。

「あ、」

教室に向かう人に紛れて、目立つ青い頭を発見した。
名前を呼んで手を振れば振り返してくれるその人は、ある意味名物となっている先輩だ。あ、名物というのは悪い意味である。

「クーさーん! アーチャーが虐めてくる!」
「それはお前が悪いんだろ? 仕方ねぇよ」
「何だと!」
「それより名前、お前、背……」
「伸びてる!? え、身長伸びてるっ!?」
「相変わらずちっせーな!」
「くらえ! 光の鉄槌!!」

クーさんの脳天に思いっきり力を込めたチョップをかました。ジャンプ力はいざとなったら備わるものだと理解。

「苗字はいつも元気だな」
「オディナ先輩っ」

しゃがみ込んで頭を抑えるクーさんを見つけたのか、一つ上のオディナ先輩がやってきた。その辺にいる女生徒からの視線が痛いが、もう慣れたし気にしてない。
そしてクーさんを見るなり一言。

「これで頭が良くなったら良いな、クーさん」

結構な毒舌につい吹き出してしまった。アーチャーに指摘されたが、そんなアーチャーも少し笑っているから同罪だと思う。

「俺は頭が悪くて留年したんじゃねぇよ!」
「大丈夫だって、皆知ってるから。自分探しとかいう意味分からない理由で世界一周旅行に行ってたくらいの馬鹿だもんね、クーさんは」
「おい、それフォローになってねぇぞ」
「フォローする必要もないと思うんだがね」
「お前ら先輩に向かってそれかよ…!!」
「良かったじゃないかクーさん。クーさんの人柄があってこそ、後輩とこんな風に仲良くできるんだから」
「……もう俺学校来ない」

一通りクーさん弄りを済まして、今度は四人で講義のある教室へと移動する。
通称、講義棟。なんか英語で名前があるらしいんだけど、あたしが覚えているわけがない。六階建てのビルみたいなそこは、講義をする教室がびっしりとあって、実技とかが伴う授業ではない限り生徒は皆この講義棟に居る。
ちなみに一階のロビーを抜けたら食堂がある。どこぞの三ツ星シェフが居るとか居ないとかで、料理上手なアーチャーが絶賛する腕前だ。

「お前ら教室どこなんだ?」
「……………アーチャー、どこだっけ?」
「わかんねぇのかよ!」
「…君は2A。私は4Dだ」
「なら俺は名前と同じか。世界文学Aだろう?」
「そうですよー。オディナ先輩と一緒で良かったー! むさ苦しい男共から解放される!」
「悪かったな、むさくて」
「私とこいつを一緒にしないでくれないか」

アーチャーとクーさんの声が揃う。それに笑ったのはあたしだ。いや、笑うでしょ、普通に。

「……アーチャー、お前な、いい加減先輩くらい付けろよ。もしくは敬語な!」
「先輩とは言え、尊敬出来ない人間に敬語を使えない質でね」
「なんだとぉ?」

また始まった。そう言ったのはオディナ先輩だ。
何故か、クーさんとアーチャーは仲が悪い。険悪ってわけでもないんだろうけど、悪友みたいな。そんな感じだ。
溜め息を吐くオディナ先輩にどうしようかと聞こうとすれば、どこからともなく高笑いが聞こえてきた。

「何をしておる雑種共。庶民らしく井戸端会議か?」

またそこら辺にいる女生徒の黄色い声が少しだけちらほらと聞こえてきた。
ハーフらしい日本人離れした金髪に赤い、紅色の目。あとスタイルが無駄に良いその人は、周りに目を向けることもなくこちらへと近付いてきた。
我が大学の執行部部長ーー所謂生徒会長、だ。

「何やら騒がしいと思って来てみれば、また貴様らか。何をしておる」
「……また鬱陶しい奴が来やがった」
「聞こえているぞ、駄犬」
「犬って言うなー!」

吠えるな吠えるな、と軽くあしらわれているクーさんを横目に、あたしは近くに居たアーチャーの背後にすぐさま隠れた。
この生徒会長と一緒にいるとろくな事がない。というか、この先輩メンバーが揃うとろくな事が起きない。まぁぶっちゃけ、被害を被るのはクーさんなんだけど。

「ん? どうした雑種。我を直視出来ずそやつの背後に隠れておるのか?」
「んなわけないでしょ」

早くどっかに行けと言わんばかりに威嚇する。が、この生徒会長には効かなかった。にやにやと笑いながら近付いてくるからたまったもんじゃない。去年入学してからこの生徒会長にはからかわれ過ぎて、色々と摩耗したのは記憶に新しい。主に精神的に。過食しちゃって体重増えたし。
だから、言ってしまえば近付かないでほしい。いや、ほしい、じゃない。近付かないで下さい、切実に。

「ん? お前、よもや……」
「な、何ですか」
「いや、我の気のせいだったようだ。春休みの間に背が伸びるわけが無かったな」

あ、いま、ムカッとした。ムカッとしましたよ、あたし。
良いよね、やって良いよね。殺っちゃって良いよね。

「もう、名前を虐めるのは止めなって言ったでしょ」

あたしが秘奥義を出そうとした瞬間、凛とした声が辺りに響いた。
講義の始まる時間が近いのか、もう一階のホールには人気が無い。声がした方向を見ると、ヴァイオリンケースを右肩に背負った友達名前ちゃんが立っていた。

「これだからギル兄は!」
「なんだ友達名前、学部棟へと行ったのではなかったのか?」
「どっかの誰かさんが家に携帯を忘れてたから届けに来てやったんでしょ」

友達名前ちゃんとこの生徒会長は従兄妹同士だそうで、今は同じ所に住んでいるらしい。一回もお呼ばれしたことが無いから、定かではないけれど。
友達名前ちゃんは、この大学の音楽科に在籍しているヴァイオリニストだ。知り合ったのはこの生徒会長繋がりというのは癪だけど、親戚とは考えられないくらいに優しい。比較対照が会長ってのがおかしいくらい優しい。口調は少しきついけど。

「何か変な事されなかった?」
「え、いや、何もされてないよ…?」
「ほんとに? ギル兄ったら名前を弄ることを目的としてる部分があるから、何かあったらすぐ私に言ってね」
「…う、うす!」
「よし、いい子」

頭を撫でられる。いやいや、子供扱いは止めて下さい。

「和んでいるところ悪いが、一つ残念なお知らせがある」

ふと、オディナ先輩が腕時計に視線を落としながら言った。
なんだディルムッド、とイライラした口調で言ったのは生徒会長だ。オディナ先輩は、言いづらそうに、苦笑いしながら答えた。

「……講義、とっくに始まっているようなんだが」

早くそれを言って下さい。いや、サボれたことに関しては嬉しいけど。


(2012/12/15)