アパシーがーる。

腕の痛みも無くなり、ある程度動かしても痛くなくなった。見た目もちょっとした青タンが残るのみなので、もうほぼ完治。
自由に腕を動かせるって最高だ。全治に二週間以上かかるのは辛かったが、それはそれ。
空手部の方にはまだ参加出来ていないが、演劇部は違う。走り込みとか体力作りの面では体育系の部活とそう変わりはないけれど、それ以外は文化系の部活なのだ。
だからこそ、参加の許可が下りた。誰からだって? あの金ピカ傲慢会長からだよ!!
講義を休んでいた分を取り戻す為にカレンやらウェイバーやらに色々貸しを作ってしまったのも、結果的にあの人のせいなのだ。
定期考査までまだ先だとしても、親のスネを齧って生きていくとなればそれなりに学業も大事になってくるのだから、好成績を残し続けなければならない。
だって我が家は貧乏だからね! 奨学金制度なんて利子無しを続かせるには大変なんだからね!

「それで、この講義の時はこのプリントが……って、聞いてんのかよ」
「……あ、ごめんウェイバー。聞いてなかった」
「お前なぁ。折角この僕が教えてやってるんだから、ちゃんと聞いとけよな」
「ありがとう、ウェイバーちゃん。あとでイスカンダルさん所でプリン食べようね」
「なんでそうなるんだよ!」

食堂の端っこの端っこ。タイミング良くアーチボルト先生の講義が休講になったので、ウェイバーをとっ捕まえてノートを見せてもらっている状況。
傍から見たら、これは仲睦まじい恋人同士がお昼も過ぎた人気の無い食堂でキャッキャウフフと勉強の教え合いをしているように見えるのかもしれない。
だが、現実は違う。
意外とウェイバーはスパルタ教育なのだ。アーチャーよりマシだけれど、分からなかったら嫌味を言ってくる。でも、誰よりも教えるのが上手い。

「あ、ここ。定期考査で出るから覚えとけよ」
「え? そうなの? あの先生がそんな事言う?」
「言ってない。ただ、僕が気付いただけ」
「あぁー、なるほど。独特の言い回しってやつね」
「そう。だから覚えといて損は無い。こっちのプリントの応用にも使えるし」
「さすがウェイバー。頼りにしてます」

ウェイバーのヤマカンは外れない。外れた事が無い。どうしてかと言うと、各先生の話し方やクセを見抜いているから。それもあって、彼から教わるのは理にかなってるのだ。

「ノートは貸しといてやるよ」
「本当に!? すっごく助かるー! ウェイバーのノート見やすいんだよね!」
「僕だからな!」
「さっすがウェイバー・ベルベット君!! あとでイスカンダルさんの所で、」
「だからなんでそうなるんだよ!!」

なんだかんだ言って、イスカンダルさんの所で某有名ゲームをプレイしているのをあたしは知っている。そして、それを知っていてイスカンダルさんの名前を出すのだから、彼にとってあたしは限りなく悪友に近い立ち位置なのかもしれない。
いや、そういう立ち位置が、あたしにとってはとても心地好いので、自分から男友達にはそういう風に接してしまうのかもしれない。
お互い教科書を片付けながら、ふと、ウェイバーは思い出したように口を開けた。

「なんで僕なんだ?」
「は?」
「お前の周りには成績優秀者が多いだろ? なんで僕に聞くんだよ」
「だってウェイバーと同じ講義多いもん」
「そりゃそうだろうけどさ……」
「あとね、ウェイバーは教えるのが上手いの。分かりやすいの。いつもありがとう」
「おっ、ま…!」
「なになに? 照れてる? ウェイバーちゃんは可愛いねー」
「っ、……照れてない!!」

本心を伝えたつもりだが、ウェイバーに関してそれはド直球のストレートになってしまったようだ。
褒められ慣れていないという訳では無いと思うけど、こうやって照れる彼はたまぁに女の子に見える。……想像するのをやめよう。負けた気がする。

「そういうとこだぞ!」
「え? 何が?」
「……もういい」

何がそういうとこなのか気になったが、これ以上追求してもはぐらかされるだけだろう。
呆れたように、重ねて疲れたように大きな溜め息を吐くウェイバーの姿を見て、イスカンダルさんに聞いてもらおうと思った。こんな時こそゲーマーの人脈を使わねば!!

「名前、次どこ?」
「次はねー、犯罪心理学だねー」
「そういえば心理学科だっけ」
「そうだよー」
「なんで理系受けてんの?」
「え?」
「えっ?」

あたしの目の前にはウェイバーの真顔。
ウェイバーの目の前にはあたしの真顔。

「心理学って文学部だろ?」
「うん」
「なんで理系の講義受けてんだよ」
「だって、この大学の良さは他学部でも受けれる講義多いし……」
「だからって――……いや、いい。お前に聞いた僕が馬鹿だった」
「なんだとぉ!?」

まぁ、ウェイバーの言う事にも一理ある。
完全理系なアーチボルト先生の講義を受ける意味は、ぶっちゃけてしまうと特に理由は無い。むしろ、二年も連続で選択してしまった事に関して、なぜ君がここに居る? と、先生本人に言われた事もある。
一回生の時は講義の空き時間が多くて、中途半端に暇になるのも嫌で。折角外に出ているのだから、と講義を詰め込んでいたわけなのだが。
自分でも分からないくらい、二回生になった今でもそれは続いている。
一度知ってしまった事を投げ出す事が悔しいというのも理由かもしれない。

「意地っ張りだよな」
「知ってる」

くすっ、と、自然と笑ってしまった。ウェイバーも呆れたように、それでいて認めてくれているように笑ってくれる。
アーチャーとも、こういう関係をずっと続けられれば良かったのに。――なんて、後の祭りだな。

じゃあな、と軽い感じで去って行く友人の背中を見送る。それに手を振り、あたしも背を向けた。
なんでもアーチャーの事に繋げるのは良くない、良くないぞ苗字名前。
いい加減受け入れるんだ。――とは考えるものの、たった数週間で十数年抱いていた恋心を忘れろなんて難しい。女心とは本当に難しい。
あとで、一人カラオケにでも行こう。




「七月に行う新入部員公演の台本が決まりました! むしろ毎年恒例です! 台本を配るので、一回生の皆はそれを見ながら去年の公演のダイジェスト映像を見ましょう!」
「ちょっと待って部長……!!」

久しぶりに参加した部活動でそんな事は聞いていないと声を荒らげてしまった。去年の映像があるなんて聞いていないぞ。
演劇部の新入部員のみで行う新入部員公演は毎年七月に行われる。練習は短期間だが、外部からこの公演を見に来る人も多く、一切手を抜く事が許されない公演だ。いや、演劇部の公演はいつだって手を抜けないのだけれど。
その去年の映像には、言わずもがなあたしも出演しているわけであり、新入部員の子達に醜態を晒してしまう結果になる。そりゃあ部長の暴挙を止めるしかないってやつだ。

「大丈夫よ、苗字さん。芸能学科の先生達も褒めてくれていたじゃない」
「いやいやいや、そういう事ではなくですね!?」
「名前、諦めなよ。大道具の私も出てるんだから……」

遠い目をした大道具担当の友人がそう言うが、止めたい理由はもう一つ。

「はい、全員に台本が行き渡ったねー? じゃあ試聴室に行くよー」

止める暇もなく、新入部員達は声高々に返事をして部長や先輩達の後ろをついていく。あぁ、もう止められない。

「去年の私達の気持ち、分かった?」
「……はい」

三回生の先輩の言葉が、とても胸に染みた。


配られた台本のタイトルは、銀河鉄道の夜。毎年恒例の台本ではあるが、毎年内容が少し違う。芸能学科や文芸科の先生達が、未定稿のこの作品をローテーションでアレンジして毎年演じても飽きさせない内容に仕上げているのだ。
去年に至ってはほぼ原案そのままで台本を渡され、そのまま演じる事となった。脚本のアレンジした先生曰く、個人の作品を改変するのは性にあわない、との事。
結果、幾度のオーディションを経て役を演じる生徒は、過度な期待を背負う事となってしまった。

『ジョバンニ……僕はもう行くよ』
『何を言っているんだ、カムパネルラ。僕も行くよ』
『君は駄目だ。お母さんが牛乳を待っているんだろう?』
『でも君を置いてはいけない』

映像の中の舞台が、クライマックスへと迫る。
遠い目をしながら映像を見ていた友人達は、いつの間にか、巨大なスクリーンを食い入るように見つめていた。
目が死ぬ、心が死ぬ、とはこういう時に使用するのかもしれない。

『僕は、行くよ』

暗転。汽車の音。水の音。大人達の必死な声。その喧騒の中で、スポットライトに照らされるジョバンニの姿。

『あぁ。カムパネルラ。僕も行くよ』

光の道へと歩き出すジョバンニ。
エンドソングがスピーカーから聴こえると共に、試聴室に拍手の音が響いた。
あたしの心は戻ってこない。むしろ魂までどこかに飛んで行った気もする。

「はい。これが去年の新入部員公演でしたー。世界観はなんとなく分かったかな? 今週の金曜日にオーディションをするので、どの役を演じたいか台本を読み込んで来てねー」
「……あ゛あ゛ー」

解散していく部員達。死にたい気分だ。
ふかふかしている背もたれに背中を預ける。動きたくない。自分を見る事が、とてつもなくしんどい。

「名前ー、気を確かに持って。強く生きてー!」
「無理……死にたい……」
「エミヤくんが外で待ってるから。がんばって」
「なんで!!?」

先に試聴室を出たらしい友人から声が掛かる。
これ以上の負担は精神的に壊れちゃう!

「……なぜここに居ると分かった」
「どうして君はそんな言い方になるんだ」

まぁ、アーチャーも部活動があったわけだし、弓道部の友人が演劇部の誰かと仲がいいとかありえそうだし、別にそれはそれで構わないのだけれど。
今は事情を知らない相手に八つ当たりしたい気分。と伝えれば、いつも通りで安心した、と言われてしまった。ちょいムカ。

「……なるほど。銀河鉄道の夜、か」
「なぜ分かった」
「君が手に持っている物はなんだ?」
「台本。あ、なるほど」
「やはりいつも通りだな」

やっぱりムカッとしたので腹パンしようと左拳を突き出せば、避けられてしまう。体がなまっている証拠か。

「君のジョバンニは素敵だったよ」
「うるさい。ドンファンめ」

廊下を歩きながら、ふと、ウェイバーとの会話がフラッシュバックした。
前のままで、幼馴染みとして、悪友として、コイツの隣に並べているだろうか。

「今日はオムライスで如何かな?」
「仕方がない。許す」

並べていたら、それ以上の嬉しい事はないな。
暫くはこの立ち位置を譲るつもりはない。
ジョバンニとカムパネルラのように離れてしまっても、アーチャーの中の幼馴染み兼悪友は、あたしだけで充分だ。


(2019/05/23)