アパシーがーる。
梅雨前線がどうのこうのと連日のニュースで放送している内容に興味も無く、つけっぱなしにしているテレビを消す為にリモコンの電源ボタンを足の親指で押した。
プツリと消えるテレビ画面。暗いガラスに映るのは、お風呂上がりの不細工な自分の顔だった。
もう泣かないと、諦めると決めたはずなのに、梅雨のように止まない雨。それは、あたしが今、一人だという事を理解させてくれているのかもしれない。
そろそろ体の水分が無くなりかけるのではないかと思っていたが、休日の昼間からスルメを噛んで缶酎ハイを飲んでいるのだから一緒か。
アーチャーがこの現場を見たら、酒は飲み物ではないと取り上げてきそうである。
――嗚呼、駄目だ。また雨が降り出しそう。
肩に掛けている、髪の毛から雫が垂れるのを受け止める役目を担っていたタオルを、雫が落ちきる前に目へと移動させた。
床に敷いているラグへと座り込めば、ベッドが背もたれの代わりになって背中を受け止めてくれる。
あ゙ー、と声を出した。自分自身の意識を保つ為に。
……よし、引っ込んだ。大丈夫、大丈夫。
「なんのゲームしよっかなぁ」
今日は日曜日でありバイトも休み。そして外が雨なら無理に出掛ける必要も無い。つまり、最高のゲーム日和なのだ。外のようにどんよりな気持ちになる必要なんかない。
朝からお隣さんは出掛けたようだし、昼を過ぎても来訪して来ないという事は、多分夜までは帰って来ないだろう。
久し振りに満喫する一人の時間を楽しもうと、買ったままプレイする暇も無く二年程放置していたゲームソフトを見つけた。
「そうそう、これやるの忘れてたなぁ。珍しくアーチャーがやりたいって言ってて、でも二人でやる時間も無くて放置して――」
ダメだ、ダメだ、ダメだ。考えるな、考えるんじゃない。
どうしても幼馴染みの事を考えてしまい、頭を左右に振った。
テーブルに置いていた飲みかけの缶酎ハイを勢い良く飲み干して、自分がやってしまった事に気付く。
これ、最後の一缶だったんだ。
「……買いに行こ。ついでに夕飯もコンビニ飯にしよ」
部屋着のままだが良いだろう。ノーブラだが良いだろう。すぐそこにあるコンビニに行くだけだ。
携帯を部屋着ズボンのポケットに、財布は手に持って部屋を出る。ちゃんと戸締りをして、キーケースは携帯とは逆のポケットに入れた。
結果、雨が降っているのに傘を忘れていることに気付き、もう一回部屋の中に入る事になったのだが、誰にでもあるド忘れだ。仕方がない、仕方がない。
お気に入りの傘を開いて雨の中外を歩くと、車通りも人通りも無く、世界に自分しか居ない感覚になってしまうのだけれど。水が一杯に入ったバケツをいきなりひっくり返したような激しい雨だ。休みであっても仕事や学校であっても、誰も外に出たくないだろう。
家の食料の大半をお隣さんに頼っていたあたしくらいしか出歩かない。そう思っておく。
コンビニに到着するまでの数分で、あたしの足は履いてきたクロックス毎びっちゃびちゃに濡れてしまった。朝シャンならぬ昼シャンをしたばかりだと言うのに、またお風呂に入らなければならない事案かもしれない。
もう外に出てしまったし、後悔先に立たず。諦めよう。家に帰ったらすぐにタオルで拭くか、玄関マットに吸いきってもらえばいい。
自動扉が開き、やる気の無い店員の声が聞こえた。若めの声だと認識したので、多分、今日という天気の日に奇しくもシフトが入ってしまった近所に住む苦学生かもしれない。
可哀想に。あたしは休みだったがな! と変に勝ち誇りながら、雨のせいでコンビニ店内を子供靴のようにキュッキュと鳴らしながら歩いた。
カゴを取って、最近お気に入りの酎ハイ売り場へ。この缶酎ハイシリーズは果実系が多くて、ジュースみたいに飲めるから好きだ。アルコール度数もそんなに無い。まぁ、飲み過ぎは禁物だけど。
いくつかピックアップしてカゴに追加。夏季限定のパイナップル味が陳列していたので、数缶を手に取りカゴへ入れてしまった。こういう衝動買いがいけないんだな。
お酒の陳列している大型冷蔵庫――ウォークの近くには、おつまみコーナーもある。
考えるのに、数秒。おつまみを片っ端からカゴへ入れていくのに数秒。更に今日の夕飯にとコンビニ弁当を適当に選んでレジへとGO!
コンビニで、買い物するとき、考え無用。名前、心の一句。
「年齢確認出来るものはお持ちですか?」
「あー……あ、ありますあります」
いつもお酒を買うとすれば、アーチャーと一緒にスーパーに行く時で。パートのおばちゃんとは顔見知りだから年齢も知られている。
20歳そこそこだとやっぱり確認されちゃうんだなぁ、と思いながら、財布から免許証を見せた。
車には全く乗っていないし今後も乗る気は無いのだが、大学受験が終わった後にアーチャーから将来的に必要になると説得されて、一緒に教習所へと通い獲得した免許証だ。免許の更新だけは面倒なのだけれど、こういった年齢確認時には重宝している。
そこだけは誘ってくれたアーチャーに感謝しているので、二年前の悪態づいていた自分に大人しく免許を取得しに行けと言ってやりたい。
「あの……?」
なかなか免許証を返してくれない店員さん。
どうしたもんかと、おずおずと様子の伺いも兼ねて財布の中身を見ていた視線を上にあげた。
「名前――ちゃん……?」
「えっ、とー?」
あれ? 初対面ですよね? どうして下の名前呼び?
頭の中にはてなマークが大量発生だ。首を傾げれば、その店員さんには面白いと判定されてしまったらしく、噴き出したように笑い出されてしまう。
「やっぱり名前ちゃんじゃん! その仕草、昔のままだねー! 俺だよ俺!」
「えーっと、新手のオレオレ詐欺ですか……?」
「違うよ! 龍之介! 雨生龍之介! 小学生の時、よく一緒に遊んでたじゃん!」
リューノスケ? はて、そんな人知り合いに居ただろうか?
記憶を一生懸命探る。奥の奥深くまで、小学生の頃の記憶を探し出す。――見つけたのは、オレンジの夕日に照らされて、元々の髪色がとても綺麗に輝いていた、ちょっと年上のお兄さんの姿。
「えっ、えっ、龍兄ちゃん!?」
「そうそう! やっと思い出してくれたー! 全く覚えてくれてないんだもんなぁ」
「いや、だってさ。卒業した途端に引っ越しちゃったでしょ? それっきりだったから、すっかりと忘れちゃってて……えっと、ごめんね?」
そうだ、公園でよく虐められていたアーチャーと、それを助けていたあたしと、いつも遊んでくれていた二学年上のお兄ちゃん。
小学校を卒業してから公園に全然来なくなって、中学生はそんなに忙しいのか、と他人事に考えていた事を思い出す。
その後、近所のおばさん達が井戸端会議で引っ越したと話していたのを盗み聞きした事も、ついでに思い出した。
久し振りー! とあたしの両手を掴んでブンブンと振り回すこのテンションの高さは、正しく、誰がなんと言おうと龍兄ちゃんだ。
「龍兄ちゃん、変わってないね! 久し振りに会えて嬉しい!」
「名前ちゃんもぜーんぜん変わってないよ! あ、でも」
考えるように口元に指を当てるリューちゃんの仕草は、昔よく見た気がする。考え込むといつもそんな仕草をするもんだから、近所のおばさんとかお姉さんにどうしたの? と聞かれてたっけ。
考え終わったのか、龍兄ちゃんはニッコリと笑った。
「大人になったね。綺麗になった気がする」
「え。いやいや、それは無いよ龍兄ちゃん。あたしはまだまだ子供で居たいのだよ」
「そういう所は変わってないけど!」
これを機に、と連絡先を交換し、会計を済ませて外に出る。雨が少しだけ弱まったような気がしたけれど、これはきっと、あたしの気分の問題かもしれない。
久しぶりの再会に鼻歌を口ずさんで帰ろうとしたが、店内に傘を忘れたことに気が付いて振り返る。
龍兄ちゃんが傘を持ってレジカウンターから出て、こっちに歩いて来てくれていた。
「忘れん坊なところも変わってないねー。なんだか懐かしくなっちゃうな」
「えー。そんなにあたし、忘れやすかったかなぁ」
そうだよ、と笑いながら傘を差し出してくれたので受け取ろうとすれば、大量に買った缶酎ハイとおつまみの入った袋が重くて受け取れない。
そんなあたしに買い過ぎは禁物と言わんばかりに、龍兄ちゃんは傘を広げてくれた。
「ありがとー!」
「このまま送ってあげたいんだけど、バイト中だからなぁ。ごめんね」
「いやいや、大丈夫だよ! 家はこの近くだし、龍兄ちゃんがここでバイトしてるって事は大学生でしょ?」
「ーーうん、そうだよ。芸術学部の四回生」
「そうなんだ! 学部が違うし、芸術系って講義棟も違うから……そりゃ、今まで会わないはずだ」
「でも、これからは大学で会えるね。嬉しいなぁ、また名前ちゃんと会えて」
「あたしもだよ!」
気をつけて帰ってね。そう言ってあたしと目線を合わすように膝を曲げ、傘を差し出してくれるところは、昔と変わらず優しい龍兄ちゃんの一面だった。
あとで連絡するね、と荷物があって手を振れないので傘を振れば、濡れるよー、と笑いながら手を振り返してくれる。
気分が晴れ晴れしているのは、きっと気の所為ではないだろう。雨はまだ激しく降っているのに、なんだかちぐはぐだ。
先程途中で止めた鼻歌を再開しながら、足が濡れるのなんて気にも留めず、あの頃のように水溜まりでバシャバシャと飛沫を飛ばしながらアパートへと到着する。
お隣さんはいつの間にか帰宅していたらしく、雨に濡れた赤い傘を壁に立て掛け、傘の石突から滴る雫は小さな水溜りを作ろうとしていた。
鼻歌を続けながら鍵を開けて自分の城へと帰宅する。そして、龍兄ちゃんに言われた一言を思い出した。
「やっちまった……」
玄関マットだけでは吸いきることが出来ずに、濡れた足跡という廊下アートが完成してしまう。
やっぱりあたしは、少しだけ忘れっぽいのかもしれない。
(2019/09/13)