アパシーがーる。
彼と出会ったのは、十年ほど前。まだ、小学生の時。
いつものように公園で遊んで――否、正義のヒーローとは何かと説かれていた頃、同じ小学校の上級生である彼が現れる。
純粋で、今と同じように天真爛漫だった彼女は、突然声を掛けてきた彼にもすぐ心を開き、良く懐くようになった。その時は特に何も感じること無く、彼女と共に彼と遊ぶ日々が続いていたのだが、ふと、このまま彼に彼女を盗られてしまうのではないかと感じるようになった。
それは、多分、子供ながらの嫉妬だったと思う。いつも遊んでいた仲の良い友人を奪われてしまうような、また自分は一人になってしまうのではないかという不安。
学校では友人も多くある意味人気者の部類だった彼女は、放課後だけ俺と公園で遊ぶ。その時間は今まで一人だった俺にとって至福なもので、誰にも邪魔されない時間だったからか、彼との時間が増える度にその不安は重なっていった。
それでも、彼女の楽しそうな笑顔が見れるならそれでいいと、この日常を半ば諦めて受け入れていたのだが、逆上がりの練習を一人で必死に取り組む彼女を遠巻きに見ていた俺は、近くに居た彼のふと呟いた一言に不安ではなく恐怖を抱くこととなる。
「将来役に立たない事なのにね。名前ちゃんって本当に純粋だよね」
どういう意図で呟いたのかなんて知る由もないが、彼の表情を見て、体中に悪寒が駆け巡ったのだ。
彼が彼女を見る表情は、獲物を見定めるハイエナのような表情だった。
今だからこそ、小学六年生が出来る表情ではないと断言できる。この男を彼女に近付けてはいけないと察知した幼い頃の自分を、褒めてやりたいとも思う。
気乗りはしなかったが、共に住んでいた親戚に相談の後、遠方に住む両親に事情を説明し、母の家の力もあって彼を遠のかせる事に成功した。
親の力を借りてまでも彼との関係を断ち切りたいなんて、どうかしているとも思う。子供のワガママだと済まされない事を願ったのかもしれない。それでも良かった。彼が彼女に何か危害を加える前に、なんとかしたかった。
この頃、俺は彼女に好意を抱いていたこともあって、これが最善の策だと信じていたのだ。
――それが、今になって、また彼は彼女に近付いてきたという事実に、今度は自分の力で成し遂げなければいけないという別の不安が付き纏う。
彼女に対しての好意は友人としてのものに変化はしているが、昔護ってくれた恩を、今返さなければ。何かが起きてからでは遅いのだから。
「……ふむ。それが本当であれば、彼奴の心意を聞く他あるまいな」
俺の話を一通り聞いた生徒会長が腕を組み直した。生徒会室に設置されている何かの革で出来ているであろうソファに座る俺とオディナ先輩。そしてその対面には衛宮士郎と凛が座っていた。
話を聞きながらもお茶の準備をしていた副生徒会長が、テーブルにティーカップを運んでくる。全員に配り終え、ティーカップに口をつけてすぐ発言したのは、壁に凭れ立つクー・フーリンだった。
「ハーブティーか」
「そうだよ。僕のオリジナルブレンドさ。冷静に、判断できるように、ね」
良い判断だと思った。俺達はもういい大人で、昔のようにワガママで動くことは出来ない。
理にかなった方法でないと名前から彼を離すことは難しい。一口含めば、口内に甘くすっきりとした味わいが広がった。
「でも冷静になんて無理なんじゃないの? あの人、ここの学生でしょ。成績次第では除名出来るかもしれないけど」
「それは難しいだろうな」
副会長から書類を受け取り、視線をそれから外さなかった生徒会長が言う。
「雨竜龍之介、芸術部美術学科、彫刻コースの四回生。成績は充分なくらいの優等生だ。生物学科のジル・ド・レェ教諭のゼミに所属しているな」
「美術学科の生徒が生物学科のゼミに……?」
「この大学の特徴でもありますよね。学科関係無く師事する先生のゼミに入れるんですから」
桜くんの言う通りだ。ゼミに入るのは三回生からという決まりもあるが、それ以外に特に縛りもなく、入る入らないは生徒の自由性に任せており、学部学科の縛りは勿論無い。生徒自身が学びたいと思った教諭を支持し、そのゼミに入る。別にそれ自体に意味はないのだが。
セイバーが首を傾げながら、数人が抱いているだろう疑問を口にした。
「彫刻コースなのにおかしいですね。気になります」
「そんなにおかしい事か? リアルな生物の彫刻を目指すのなら、俺は別に良いと思うけどな」
「士郎がそう言うのも分かるわ。私達はまだゼミには入れないんだもの。そういうのって普通なのかしら?」
「稀だね。でも無いこともないよ。実際、僕とギルも学科の違う言峰神父のゼミに属しているし」
「俺は入ってねぇな」
「クーさんは勉学よりもバイトを優先しているから留年するんだよ」
「うるせぇやい」
それでも、と会話に割って入ってきたのは、先程から何も喋らなかったライダーだ。
「名前と彼を離す理由にはなりません」
「……それもそうだな。エルキドゥ」
「なんだい?」
「変わらず頼めるか」
「いいよ。他ならない君の頼みだもの」
「助かる。アーチャー」
「なんだ」
「貴様の話は有意義なものだ。今から衛宮夫妻の元へ行く。当時の事を聞く必要があるからな」
「わかった。俺も共に行こう」
「他の奴らは変わらず勉学に励めよ。あ奴に勘付かれては困るからな」
本日はこれで解散だろう。
先に出る会長の背中を追うように俺も生徒会室を出る。
「我のモノに手を出したこと、後悔させてやろう」
普段から考えられないような不穏な笑みを浮かべた会長を、彼がこちらの話を信じたように今の俺は信じるしかない。
一人のただの子供が抱いた不安感だったが、周りには手助けしてくれる先輩や友人が多いことに感謝する他無かった。
(2019/09/30)