アパシーがーる。
昔なじみに会うのはとても喜ばしいことなので、あたし自身特に意識していなかったのだが、そういえば、龍兄ちゃんはアーチャーのことを覚えているのだろうか。と、ふと疑問に思った。
最近休み時間や昼休憩も龍兄ちゃんと過ごして、会えていなかった分の埋め合わせのように昔の思い出話やこの大学に入学するまでの事を話していたのだが、あたしの思い出には大体アーチャーが絡んでくる。
幼馴染みだしアイツと出会ってから全ての生活に関係しているものだから、話の都度にアーチャーの名前を出すのだが、龍兄ちゃんからのリアクションは薄い。
アイツからしても昔なじみなわけだから、あたしだけではなく、久しぶりだと顔を合わさなきゃいけないのだろうと考えてるのは自分だけなのだろうか。
「あー、褐色の子だよね。覚えてるよ。一緒に遊んでたじゃん」
あれ? と違和感。アーチャーがサーフィンにハマって褐色になったのは中学の頃だ。小学生の頃ならまだ色白で、オレンジ寄りの茶髪で、双子である士郎と変わらない外見をしていたはずなのに。むしろ、今、龍兄ちゃんにアーチャーと士郎をセットで会わせれば、間違いなく士郎があの頃のアーチャーだと思うはずなのに。
なんだろう、この違和感。
梅雨時期の珍しく晴れた昼休憩時の中庭は、人が多くて会話が多くて聞き取りにくい。もしかすると、あたしが聞き取れなかった部分があるのかもしれない。
そう思って、もう一度、龍兄ちゃんに尋ねる。
「ちゃんと、覚えてる……?」
「覚えてるよ。弓道部でしょ? こっちだと運動部なんて見に行かないから、たまにふらぁっと寄ったら身長も大きくなってたよね。昔は名前ちゃんより低かったのに、今は俺よりも大きいんじゃないかな?」
そうか、ちゃんと今のアーチャーを理解出来ていたのか。あたしの勘違いだったらしい。
だったら尚更、あたしのようにアイツも龍兄ちゃんに懐いていたから会わせてやりたいと思った。
その提案をすれば、龍兄ちゃんはベンチから立ち上がって軽くズボンを手で払う。
「男の子って気紛れだからね。俺と会いたいかどうかはわからないよ」
「そうかなぁ。アーチャーも龍兄ちゃんと遊んでたし、沢山話したいことがあるかも……」
「いやぁ、無いねー。絶対。断言できるよ」
「どうして?」
「だって、俺――あの子の事、嫌いだから」
なんと。それは知らなかった。そりゃあ、あたし達よりも年上で、自我がはっきりしていたのだから、人間の好き嫌いは子供にだってあっただろう。
でも、それでも放課後一緒に遊んでくれていたのは、どうしてなのだろうか。
「嫌いだったのに、遊んでたの?」
「うん、そうだよ。だって、俺は名前ちゃんが好きだからね」
この好きは、後輩として、友人としてだと思った。なので、あたしは照れること無く、あたしも龍兄ちゃんが好きだと告げる。
ラブではなくライクなのだ。それ以上でも以下でもない。龍兄ちゃんがありがとうと笑ったので、笑い返した。
「そろそろ昼休憩も終わるねー」
「あっ、やばい。次の講義のレポートやってない!」
「それは大変だ。四年になったらやること少ないし、俺は暇で仕方ないよ」
「羨ましいー!」
「がんばれ、二回生っ」
背中をポンッと叩かれる。そういえば、龍兄ちゃんは四回生なので、来年には卒業だ。卒論とか大変なんだろうなぁと、自分にも待ち構えている一大イベントになんとも言えない気持ちになりながら、お弁当の入っていたバッグを持ってベンチから立ち上がる。
また明日も会う約束をして、あたしは芸術科の棟を背にしてロッカールームへと足を急ぐ。
明日のお弁当はどうしようかと考えながら歩けば、自然と軽やかなステップになっているような気がした。
翌日、早起きしてお弁当作りに勤しんでいれば、充電をしていたスマホが鳴った。
なんだろうと手を止め、ベッドに置いてあるスマホを見に行く。時刻は早朝の六時過ぎ。こんな時間に置きているのはアーチャーぐらいだと思ったのだが、画面に表示されている名前はそうではなかった。
友達名前ちゃんと表示され続ける画面は、スマホを手に取った瞬間に消えて、代わりにメッセージアプリが起動する。メッセージを送ってきた相手は、言わずもがな友達名前ちゃんだ。
内容は、今日の昼休憩時間に芸術科の棟へと来れないかというもの。龍兄ちゃんに会うので行くことは行くのだが、用事が何かによっては友達名前ちゃんと会えないかもしれない。約束をしていたのは龍兄ちゃんの方が先なので、そちらを反故にするのは間違いだと思う。
申し訳ないが、何の用? と聞き返すこととした。既読の表示がすぐに付く。が、返事は一向に来ない。
何の用事だったのか気になりながらも、お弁当作りに時間を費やすこと20分。彩りも考えて詰めたお弁当に、自分自身も納得の出来栄えだった。
これなら龍兄ちゃんもまた満足してくれるだろうとウキウキ気分になる。人にお弁当を作るなんて滅多に無かったけれど、これはこれで良いものだ。今度からアーチャーのお弁当ではなく、自分で作ったお弁当を持って行こう。食費の削減にもなるし、いい加減自立しなければ!
意気揚々とエプロンを畳み、大学に行く準備をする。カーテンの隙間から見えた窓の外の天気はものすごく曇天だったので、今日は雨が降るから中庭でご飯は無しだなぁと思った。その場合、多分、龍兄ちゃんから連絡が来てどこかの空き教室で昼飯になるだろう。
あとで連絡をしておこうとスマホを見れば、そろそろ家を出る時間が迫ってきていた。
今日の授業はなんだったっけ。あー、座学が多かった気がするなぁ。学年が上がれば講義数も減るし、今だけの我慢だと自分に言い聞かせよう。
誰も居ない部屋に、行ってきます、と一言。玄関を出れば、案の定、小雨がぱらついてきているようだ。傘も持ったし、お弁当の入った手提げごと、無理矢理リュックに詰め込み、でも傾かないようには注意をして、傘を広げつつアパートの階段を降りる。
そしてあたしは、アパートの敷地から出てすぐ黒い車の中に引きずり込まれ、無事に拉致されたのだった。南無。
(2019/10/03)