アパシーがーる。
車で拉致られ数分。広いリムジンなのに隣に座っているはずの友達名前ちゃんは口を開かず、車内にはエンジン音と雨粒が車体に当たる音しかない。
何の用? とか、講義に遅刻しちゃうよ? なんて言葉を投げ掛けても返事が無く、行く先も伝えてもらえず、あたし的には凄く八方塞がりな状況だった。
一体あたしは何かしただろうか。と、思考を巡らしてみても何も思いつかず、直接的に友達名前ちゃんには何もしていないだろうと結論付いたのだが、それじゃあ何故? と新たな疑問に繋がり、この子に何もしていないのであれば次は関係しているであろう人物を思い浮かべてみるが、会長にも、アーチャーにも最近は会ってないし講義が被れば少し話す程度で、何ら悪影響なんて及ぼしていないと思われる。
直接的にも間接的にもあたしが悪影響を及ぼしていないのだとすれば、この無言は一体何を表しているんだ。あたしは無言が一番嫌いなのだ。仲が良い子と一緒に居るのに、お互い何もせずただ無言の時間が過ぎるなんて、ある意味拷問ではなかろうか。
こういうのは何回経験しても慣れない。アーチャーにも無言攻撃を何度もされてきた経験はあるけれど、女友達にされるなんて初めてで、しかも自分に理由が思い当たらないなんてどう解決したらいいんだ。
乙女ゲームではなんて言ってたっけ? ギャルゲーは? それともRPG? あ、あの現代舞台では? あの小説では?――駄目だ、思い浮かばない。心理学科専攻しているのに、人間の心理は難しすぎる。自分のことも分からないのに、他人のことなんて分かるわけないじゃないか。
どう切り抜けたらいいのかしか考えられず、緩やかに停車したはずなのに車体の反動でシートベルトが体に食い込んだ。
雨は、いつの間にか止んでいた。
「……着いたよ」
「えっと……? どこに?」
ドアが開けられ、促されるように外に出れば、そこは見たことのある場所だった。随分昔になるのか、それとも数年前という年月は昔とは言わないのだろうか。あたしが、いや、あたしとアーチャーが初めて会って、よく一緒に遊んでいた、公園だった。
大学から離れてはいるけれど、市が違うだけで高速道路を利用すれば簡単に来れる距離ではある地元の風景は、全く変わっていない。
時刻はまだ朝と言ってもいい時間で、昼でもない。
公園内を利用しているのはちょっとした運動で訪れているらしい年配の方が数人いるだけで、遊具の数は減ったもののあたしの知っている公園だ。
どうしてこの場所に来たのだろうという疑問が浮かぶ。友達名前ちゃんが知っているはずはないので、多分、アーチャーに聞いたのだろう。もしくは、会長かエルキドゥ先輩の助力か。どちらにせよ、この場所に案内されたという事は、何か意味があるという友達名前ちゃんの意思表示なのだろう。
懐かしい土の感触に、少しだけ、胸が高鳴った。
「此処で、一緒に遊んでたんだよね?」
「……えっ、あ、……うん、アーチャーとだよね? そうだよ。あの辺りで虐められててね。偶然見つけて、助けたの。今と違ってヒョロヒョロのもやしみたいなアーチャー――シロウはね、凄く泣き虫で、弱かったんだよ」
「そうなんだ。見てみたかった」
公園のちょうど真ん中に位置する円形の植木辺りを指差せば、あたしの隣に並んだ友達名前ちゃんは羨ましがるようにその場に視線を向ける。
もう撤去されてしまったらしいタイヤのブランコで落ちて泣き喚いていたり、体育のテストの為に逆上がりを何度も練習したり、どっちが綺麗な泥団子を作れるかを勝負したり、子供ならではの遊びをしてきた思い出を話していれば、友達名前ちゃんはそれを黙って聞いているだけだった。
「あのね、」
一通り思い出話が終わり、利用していた年配の方々が去っていく頃。友達名前ちゃんが空いたベンチに腰掛けた。
風景はあたしの知っている公園なのに、友達名前ちゃんが座るだけでなぜか別の公園に変わってしまった気がする。ここは何処かのお城の中庭なんじゃないかとか、あたしの思い出が一掃されてしまったような感覚。
なに? と訊けば、姿勢を正した友達名前ちゃんの真剣な眼差しがあたしを射抜いてくる。
「私ね、アーチャーが本気で好き。名前の事も、友達として好き。だから、名前が悩んでたら手を差し伸べたいし、助けが必要なら助けたいと思ってる。これは本心」
「……うん」
「でも、名前がアーチャーを困らすなら、迷惑をかけてしまうなら、アーチャーと名前のどちらかを選ばなければいけないなら、私は――アーチャーを選ぶ」
「うん、良いよ。だって好きなんだもん。それは仕方ないよ。あたしもそうするかもしれない」
「ありがとう。名前なら、そう言ってくれると思った。だから……」
ひと呼吸。風が吹く。雨で濡れた木々の葉から、雨粒がそれに乗って地面を濡らす。
「だから、今アーチャーを困らせている名前の事は、嫌い」
突然の話だった。
あたしが、今、アーチャーを困らせてる……?
「待って、あたし、最近アーチャーと話してないし、困らすことしてないと思うんだけど……?」
「気付いてないの? 本当、そういう所、鈍感」
なんだか、トゲのある言い方だった。
自分が鈍感……というのは認めたくないのだけれど、クーさんの一件もあったから、実はそうなのかもしれないと受け入れだしてきたのだが。うーん、こうハッキリと言われてしまうとは、少し傷つく。
しかしながら、あたしは知らずの内にアーチャーを困らせていたのか。なんでだろう、と首をひねった。
自分で自炊するから要らないと言った事しか出てこず、アーチャーはあたしにご飯を作ることが生き甲斐だったのか? そんな馬鹿げたことで困っているのなら、しっかりと話をしないといけないし、かと言って、それで困るなんてなんとも懐の小さい男なんだとも思ってしまう。あたしの知っているアーチャーなら、自分の時間が増えたと喜ぶものだ。
普段から掛けていた負担が減ったのだから、そこは喜ぶだろう。本当のお母さん基質ならまた別だろうけど、そこまで男は捨ててないと思う。ただの面倒見の良い性格なだけだと、あたしは理解しているから、これは絶対違うはずだ。
じゃあ、困らしてるって、何を……?
「ごめん、友達名前ちゃん。やっぱり何も思いつかないんだけど。最近そんなに喋ってないし、部屋は隣だけど行き来してないし、困らすことなんて無いとあたしは思ってる」
「本当に? 本当にそう思ってる? 思い込んでない?」
「無いよ。何も思い当たらないんだもん。というか、ちょっとだけ、本音で話しても良い?」
「……良いよ。話して欲しい」
今度はあたしがひと呼吸置く番だ。すー、はー。
友達に、あんまりこういう話をしたくないし、言いたくもないし、友達名前ちゃんとアーチャーがどこまで進んだとか、そういうのは気になるけど、今はそうじゃなくて。ただ、素直に、思っていることを言おう。
「あのね、友達名前ちゃんがあたしを嫌いになろうが、どうしようが別に気にしないから良いんだけど。んー、あたしさ、過干渉嫌いなんだよね。んー、どう言ったら良いのかな、難しいんだけど。友達名前ちゃんはアーチャーを好きで、その事に関しては別にあたしは関係無いし、二人で仲を深め合ったら良いと思ってる。でも、それは多分これからの話だから置いておいて。今、あたしがアーチャーを困らせてるって状況なんだよね? だったら、あたしとアーチャーの話じゃない? なんで友達名前ちゃんが間に入ってくるのかなって、思ってて、今」
「……うん、そうだよ」
「じゃあなんで? って疑問しかないんだよね。さっきも言ったけど、あたし、過干渉ってのが嫌いでさ。なんか、友達名前ちゃんの話聞いてると、あたしとアーチャーにどうなって欲しいのかが分からないの。喧嘩してるわけじゃないから、仲直りってのはおかしいのかもだけど、仲直りしてほしいのか、それともどうなって欲しいの? あたしが、アーチャーの側から離れて欲しいって、そう言ってるように聞こえるんだけど」
「そういう訳じゃないよ。離れて欲しいんじゃないの。そういう訳じゃなくて、」
「じゃあ、どういう訳? 友達名前ちゃんの言ってることが理解出来ないよ。あ、待って、ごめん、責めてるつもりはない。ただ、心意が聞きたいだけで、嫌な気分になってたらほんとごめん」
言葉攻めをして、困らせるつもりはなかったのだけれど、少し喧嘩腰になってしまったかもしれない。そこは反省だ。
友達名前ちゃんの眉がハの字に下がってしまったので、間に合う内に訂正して謝る。自分が悪いと思ったらすぐに謝罪しなければいけない。あたしは、友達名前ちゃんが嫌いというわけではないのだから。
「嫌な気分にはなってないよ。なんか、名前の話聞いてたら確かにそうだって思ったし、何言いたいんだってなるよね。そこは私もごめん」
「いやいや、謝らないで! あたしの方が悪いんだって! 言い出したら止まんないから、本当、こういう所気をつけなきゃっていつも思ってるんだけど……本当にごめんね!」
「名前はもう謝らないでいいよ。本音聞けて嬉しい。……何が言いたいかだよね。えっと、名前に対して思ってること、ちゃんと言うと、キツイ言葉になるかもしれないくて。遠回しにしっちゃってた。こっちこそ、ごめんね」
「待って、友達名前ちゃんも謝らないでいいってば。なんか、結局あたしが悪いっぽいし、友達名前ちゃんはあたしに聞きたい事があるって話だし、うん、だから、えっと、ぶちまけ給え!!」
両手足を広げてウェルカムポーズをすれば、何それ、と笑われてしまった。――うん、女の子は笑ってるほうが良い。
「……あのね、今まで通り、アーチャーと仲良くして欲しいの」
「仲良いよ……?」
「いや、そうじゃなくて、今まで通りで居て欲しい」
「今まで通り……?」
「うん。今まで通り」
今まで通り、というのは、はて。どういう事だ?
友達名前ちゃんの知っている今まで通りというのは、多分、大学入学以降の事だろう。それが今まで通りというのなら、それは、つまり――、
「あたしにアーチャーのヒモになれ、と?」
「ヒモだったの?」
「いや、ヒモじゃない! と思いたい!」
断じて違う。ヒモなんかじゃない。一応、あたしバイトしてるし。自分の生活費とか色々賄ってるし、金銭面でアーチャーに頼ったことはない。よし、ヒモじゃない。という事は、だ。
「オカンと、子供……?」
「名前の中のアーチャーの立ち位置って、どうなってるの?」
「いや、それしか思い浮かばなくて……」
「もー。さっきまでと違いすぎて、笑けてきちゃうんだけど」
「えっ、いや、なんかごめん……?」
笑いを堪えきれなくなったらしい友達名前ちゃんがお腹を抱えて笑い出す。その様子に戸惑ったけれど、笑ってくれて良かった。
なんか、友達と変な雰囲気になるのは嫌だったし、昔の二の舞はご免だったから、まだ友達名前ちゃんとの関係は壊れてなさそうだ。
アーチャーに恋した中学時代の友人を思い出す。最初はアーチャーも含めて仲良かったのに、気が付けばあたしとアーチャーの仲に嫉妬して、喧嘩して、離れていった同級生達。
友達名前ちゃんとは、そうなりたくないなぁ、と、心から、そう思った。
「ごめんね、変な話して」
「いや、こっちこそごめんね。別にアーチャーを困らせてるつもりは無かったんだけど、他の人にはそう見えてたんだよね。気を付ける」
「うん。名前がアーチャーと仲良くても私は気にしないし、二人は幼馴染みってだけで恋愛感情は無いって、私は知ってるから」
ドシン、とのしかかった言葉の重みだった。そう、恋愛感情は無い。もう、無い。
本心で友達名前ちゃんの事を応援していると告げれば、頬をほんのりと赤く染めて、はにかんでくれた。
「友達名前お嬢様、お取り込み中失礼します」
雨で濡れた土を踏む足音と共に、さっきまでリムジンを運転してくれていた運転手さんがやって来た。
お嬢様と呼ばれる友達名前ちゃんの存在は、庶民のあたしからすれば遠い人なんだなぁ、と再確認してしまう。
ベンチから立ち上がった友達名前ちゃんがゆっくりと運転手さんに向き直った。
「なに?」
「ギルガメッシュ様方がこちらに向かっているようです。どうなさいますか?」
「えー、もうバレちゃったの? まだお昼にもなってないのに」
「バレ……? え? 友達名前ちゃん、どういう事?」
「お嬢様は名前様を連れてこの場所に来た事を誰にも話されてないのです」
「マジか! じゃあなんでこの場所知ってたの!?」
「ギル兄の部屋にあった在学生資料から名前とアーチャーの出身学校見たの。んで、公園で遊んでたって聞いたから、マップから割り出したってだけだよ」
「ストーカーかな!!?」
違うよー、と笑いながら訂正する友達名前ちゃんは探偵かストーカーのどちらかになりそうだ、と友達の将来を心配してしまった。だって考え方が犯罪者のそれっぽい。お金持ちだから許されるってやつではない。これは友達としてあたしが正さないといけない。
あのね、とあたしが口を開く前に、車のエンジン音が公園の入り口近くで停まった。入り口付近には二台の黒いリムジンが並んでいる。普段では目にしない光景過ぎて、汗が背中を伝っていく。
遠目でもその姿は視認出来る。車から降りてきたのは金髪を靡かせた会長と、あと三人。
先程まで会話の中心人物だったアーチャーに、ついで感のあるクーさんとオディナ先輩だ。
近付いてくる会長の表情は凄く険しい。これは、所謂、おこモードなんだろう。後ろについて歩くクーさんのかったるそうな表情と反比例しすぎて、嫌な予感しかしない。
「このたわけめ!!」
あたし達の場所に来るなり、会長の怒号が辺りに響いた。その声に、あたしは肩を竦ませてしまう。
会長の怒号の先は言わずもがな、友達名前ちゃんだ。
「身勝手に行動しおって! 何を考えている!!」
「身勝手じゃないもん。名前と話したかっただけだもん」
「だからって時と場所を考えぬかたわけ!! 大学は休講では無いのだぞ!!」
「それくらい知ってますー。もう、ギル兄うるさーい」
「五月蝿いとはなんだ! 元はと言えば貴様が名簿を盗み見おったからだろう!」
「机に出しっぱなしにしてる方が悪いと思いまーす」
機密文書を出しっぱなしにしてる方が悪い。それは友達名前ちゃんに同意しよう。でもね、勝手に見るのも悪いと思うよ、あたしは。
ズラズラと並べ立てられる怒号と反省していない言い訳が繰り広げられる中、ゆっくりと歩いてきていた他三人も合流する。
呆れた表情の先輩二人とは違い、アーチャーは公園内を懐かしむように眺めていたので、会長の飛び火が来ないうちに、と近付いてみる。
懐かしい? と訊けば、あぁ、と短い返事が返ってきた。
「大分、遊具無くなっちゃったね」
「時代だからな。仕方あるまいよ」
「なんだか寂しいね」
「そうだな。だが、思い出は確かにある」
「うん、そうだね」
利用しなくなってそんな年月も経っていないのかもしれないし、経っているのかもしれない。それでも、幼少期に過ごした思い出は中々消えないものだ。
所々錆びてしまった鉄棒や滑り台。柵が設けられた砂場に、撤去される予定なのだろう立入禁止のテープが張り巡らされたアスレチックやジャングルジム。沢山怪我して、沢山泣いて、沢山笑った思い出が、この公園にはある。
「そういえば、」
「なんだ?」
「あたし、アーチャーを困らすような事、してた?」
「――……いや、何も。手のかかる子供が居なくなった感じだな」
「やっぱり、オカンと子供じゃん」
「何か?」
「いーや、何もありませーん」
目線の先には従兄妹同士の喧嘩を止めるクーさんとオディナ先輩の姿。
一通り言い合いを終えた二人それぞれのリムジンに乗り込み、あたし達は大学へと戻ることに……はならず、友達名前ちゃんとクーさんの言葉でサボりを決め込み、全員で少しだけ早いお昼ご飯をファミレスで食べたり、繁華街で遊ぶことになった。
その時だけあたしは龍兄ちゃんの事を忘れていて、鞄の中にあるお弁当はその存在意味を無くしてしまっていた事に気付いたのは昼過ぎに届いた一通のメッセージだった。
そのメッセージが目に入ったのか、隣を歩いていたはずのアーチャーはあたしから離れ、会長とまだ言い合いを続けている友達名前ちゃんの元へと向かう。
その背中に声を掛けようかどうか迷い、開けた口をゆっくりと閉じた。
(2019/10/25)