アパシーがーる。

 

あたしの昔なじみと会う昼休みの一時は、突然の終わりを告げた。
いや、実際は突然でも何でも無く、演劇部の新入生公演が近付いてきた事もあって昼休みを含む全ての休み時間に準備作業を進めなければならなくなってしまった、というのが正しい。
部内オーディションも無事に終わり、役者志望の一年生は台詞の読み合わせや練習に時間を割き、美術科の生徒含む裏方の上級生と裏方志望の一年生は舞台美術などの制作で忙しくなってきた。ついでに、一年生では足りない役を上級生が演じるので、あたしは余った役を演じることになった。まぁ、自分の出番以外は音響やら証明の手伝いをするので暇ではない。
講義の合間の休み時間、移動中に偶然鉢合わせした後輩に呼び止められて台本を見せられるのが当たり前となっていき、去年の先輩達を思い出した。
快く応じてくていたものの、少しだけ迷惑だったんだろうなぁ……と、今の自分の内心と重ねてみる。皆一生懸命なので顔には出さないけれど、せめて講義の始まる寸前まで引き止めるのは控えて欲しい。単位が足りなくて来年同じ学年、というのは絶対嫌だ。去年もギリギリの進級だったので、留年だけは避けたい。

「ありがとうございました、苗字先輩」
「大丈夫だよー。ジョバンニの心境の変化って演ってみないと分からないもんねー」

そういえば、とスマホで時間を確認して、今回ジョバンニに選ばれた子に疑問を投げ掛ける。

「カムパネルラの子は? 最近部活にも来てないし、読み合わせ出来てる?」
「……えっと、それが――」

なんだか不穏な言葉を耳にした気がするので、改めて聞き返した。……うん、同じ内容だ。
さて、どうしたものか。と、後輩と別れて次の講義室へと向かいながら、スマホのメッセージアプリで部長に連絡してみる。既読は付いたもののすぐに返事は来ず、講義が終わってから確認してみても返事は無かった。
眉間に皺が寄っていたのか、隣の席に座っていたウェイバーに珍しいと茶化されてしまう。何かあったのかと聞かれたが、部外の人間なので適当に濁してみるのだが、今度はウェイバーの眉間に皺が寄った。

「お前な? いい加減自分の性格を自覚しろよな。そんなんだから周りに心配以上の迷惑を掛けんだよ」
「おっと、説教モードですかウェイバーくん」
「誤魔化すな。……まぁ、僕に言えない事情なら仕方ないけどさ。頼れる奴が居る内に頼っとけよ」
「はーい。心配ありがと」
「別に、礼を言われることでもないだろ」
「いやいや、ウェイバーくんにはいつも感謝しまくりだよ。この間もノートコピーさせてもらったし」
「それは講義被ったって聞いたから仕方なく……てか、学科必須以外は自由に講義受けれるって言っても、必要無いものはもう取るなよ」
「だって、色々知りたいじゃん? 百聞は一見にしかず、だよー。じゃ、またね」

知らないことを知る、というのは演技において重要なことだと思う。あと知識が増えればその分、今後の選択肢が増えていくわけだし、ついでに周りに博識だと崇められるのだから悪い気はしなくて済む。それがあたしの持論ではあるが、まぁ、学友の言う通り、後期からはちょっと考えて講義申請をしようと思った。
ウェイバーと講義室で別れ、次の講義の為に一度ロッカールームへと向かって歩く。複数ある講義棟などを繋ぐ渡り廊下は、連日降り続く雨のせいか、複数の足跡で濡れていた。
雨の日は気分が憂鬱になってくるというものだ。出来れば家から出たくないし、どこにも行きたくない。ずっと引きこもりしてたい。ニートになりたい。
だけれど、それでも大学に来るのは一応通わせてもらっている身分でもあるし、部活動関連で後輩の演技指導もしなければならないからだ。講義は……うん、ノーコメント。知らないことは知りたいと思うけど、勉強をしたいかしたくないかと問われればあたしは後者なのだから仕方がない。
ポケットに入れていたスマホが震える。すぐ確認した。
メッセージアプリの受信通知。演劇部のグループだった。部長からの連絡で、昼休みは部室に集合とのこと。なにか話の進展があれば良いのだけれど、とちょっとした不安を無理矢理に拭い去り、あたしはロッカールームへと急いだ。



一人を除いて全員集合した演劇部の部室内では、一年生が全員暗い表情のままお弁当やコンビニ飯を食べており、二年以上は険しい表情で台本を眺めていた。
食事を始める前に部長が一通りの経緯を話したのだが、カムパネルラ役の一年生が大学を自主退学していた事実とその連絡が誰にも無く、顧問も知らされていなかったそうだ。つまり、一年生公演までのあと二週間で代役を準備しなければならない、という事になってしまった。
自主退学したのが一週間前で、それまでは普通に大学に来ていたし辞める様子なんてのも無く普通だったと話したのは同じ学科の一年生だ。それが、公演前の一ヶ月にいきなり連絡が取れなくなり、気が付いたら退学していた、と。なんとも不可解である。
家庭の事情とかならまぁ仕方ないのかもしれないが、高校から仲が良い子も居て、それは無いと断言される。
じゃあ何故? とミステリー小説や推理小説のような思考回路になってきたが、理由を何も話されていない身となれば推測、憶測するしかなくなってしまうので、全員が口を閉じてしまった。
仕方ない、と言ったのは、台本を読み返していた部長だった。

「名前、いける?」
「は?」
「ほら、牛乳屋と出番被らないじゃない」
「早着替えにも程がありますけど!? その後すぐザネリ達に混ざってますけど!?」
「そこをカットして……」
「いやいや! カットしたら最後に繋がりませんけど!?」
「じゃあ、牛乳屋を変えて……」
「確定ですかい!?」

話がおかしい方向へと進んでいく。いくらあたしでも、一年生の公演にガッツリと混ざるなんてしたくない。
なんとか部長を説得するが、一年生の不安な表情、そして同級生と先輩の託すような表情の板挟みになり、あたしは急遽、カムパネルラを演じることになってしまった。これが創作であれば、俺TUEEE! な主人公の邁進劇に繋がるのだろうが、そんなの望んじゃいない。普通に学生生活を過ごしたいのに、どうしてこうなった。
しかし、可愛い後輩にお願いしますと頼まれてしまっては断れないし、今更役を変えて台詞の覚え直しも緊張が付き纏う初舞台では大変だろうし。ヤケになって了承してしまう。
今日の放課後からがんばるぞー! という掛け声に、あたしはやる気の入らない声を上げるのだった。
一連の話を会話のネタにと、部活終わりに寄ったコンビニでシフトに入っていた龍兄ちゃんに話をすれば、ケラケラと笑われてしまう。そんなに面白いことなのかと訊ねれば、あたしが頼りにされている証拠だと言われる。

「かと言って、一年生からその役を出すことは出来ないんでしょ?」
「そうなんだけど……でもさ、ほら、上級生が出張るのも良くないじゃんか」
「確かにね。それでも、他に代役たてれないんだからさ。棚からぼた餅って事でがんばろうよ」
「んー、ぼた餅なのかな……」
「俺個人としては、名前ちゃんとご飯を食べることが出来なくなって寂しいけどね。部活動で忙しいのは分かるけど、やっぱりもっと会いたいし」
「って言いつつ毎日連絡取ってるし、あたしもこのコンビニ良く来るから会ってるには違いないけどねー」

まぁね。と龍兄ちゃんはレジで会計を済ませて、レジ袋の持ち手を軽く捻りあたしの方へ向けてくれる。
それを受け取って、お釣りとレシートも貰った。

「じゃあ、バイト頑張ってね」
「ありがと。がんばるよ。気をつけて帰ってねー」

ヒラヒラと手を振られたので振り返す。龍兄ちゃんは終始笑顔のままだった。
その笑顔が何を意味するのかなんてあたしは考えず、ただ単に自分と喋るのが楽しかったのだろうと捉えていた。


(2019/11/03)