アパシーがーる。
すべて終わったような気がしたのも束の間だった。気づけば梅雨の季節は去っていき、湿気の高い夏がやって来る。
生徒の殆どは気休め程度に羽織っていたカーディガンでさえも脱ぎ捨て、二の腕を晒しながら学内を闊歩する姿は、さながらランウェイを歩くパリコレモデルのようだ。
キャッキャと騒ぎながらも自分を主張して、マウントの取り合いをしつつカースト勝負を行うのが女子大学生というものなのかと、自分も同じ分類なのに違う種族のような気がしてならない。
夏用の薄手のパーカーは、冷房で冷え切った講義室では大活躍なのだ。さむーい、なんて言いながら薄着を主張するギャルとは違う。そんな簡単な策略で落とされるのだから、男というものは、とも思ってしまうけれど、生憎、あたしの周りにはそんな男性があんまり居ないのだ。
「君達、女性がそのような服装をしてははしたないぞ」
「セイバー、寒くないのか?」
衛宮兄弟が母親気質を存分に発揮しているので、あたしはもう何も言うまい。むしろ、この幼馴染達のおかげであたしはこうなってしまったのだ。毎日口うるさく言われてしまえば、こっちだって前もって対策をするというものだし、インナーがタンクトップであっても薄手の何かを羽織っていれば何も言われない。であれば、こちらから自主的に何も言ってこない状況を作ればいいだけのこと。
凛はアーチャーと少し言い争っているけれど、士郎がそこに入れば言い負かされるのは時間の問題だろう。
確かにムシムシと湿気の影響で暑苦しくなってきてはいるけれど、まだタンクトップを着る時期ではないと思うのだ。人間それぞれ体感温度は違うけれど、せめて半袖で良いじゃあないか。
それに、あたしは自分の体型にあまり自信が無いので、尚更露出は避けたい派だ。セイバーや凛、桜ちゃんにライダーに……とそれぞれ良さのある体型だと思うのだけれど、皆よりもあたしは普通に過ごしたいし、露出をして行為を持つ男性の気を向かせるだなんて。まず相手が居ないからするわけがないよね、うん。
「逆にアンタは暑くないわけ?」
「ないよ? それにこのパーカー、夏用の薄手だから。通気性抜群なのだ」
えっへん。と胸を張れば、聞いてきた本人である凛は呆れながら、あっそ、と言った。
この薄着論争を第三者として聞いていた、肌が白い代表であり学年が上であるイリヤ先輩ちゃん曰く――、
「名前には、士郎とシロウの躾が行き届いてるのよ」
――と言った言葉には物凄く解せなかったけれど、確かにそうなのかもしれないと考え直す。口うるさく言われるのが嫌だから言われないように対策をする、というのは、違った方面から見れば躾けられたのかもしれない。
そう思うと無性に苛立ってくるのでパーカーのチャックを下まで下ろし、バッと脱いでタンクトップになってみる。が、コンマ数秒後には肩から若草色の薄手の上着が掛けられた。
後ろを振り向けばニッコリと笑うオディナ先輩の姿。おおう、怖い。怖いぞ。
「食堂は冷房が効き過ぎているから、身体が冷えてしまうぞ、苗字さん」
「……う、うっす」
「先日は倒れたり体調を崩すことが多かっただろう? 普段から気を付けた方が俺は良いと思う」
「ア、リガトウ、ゴザイマス」
パーカーを着直し、肩に掛けられていたオディナ先輩の私物である上着を返却する。ちょっとだけ、柔軟剤の良い香りが鼻先をかすめていった。
男の人の服の匂いが気になるなんて変態っぽいと思ったが、嗅いだことのあるような匂いな気もする。んー、思い出せない。
「あらあら、天然タラシさんじゃないの。今日は追いかけられてないのね?」
「君からも言ってくれないか? 彼女は後輩だろう?」
「嫌よ。あの子、人の話聞かないもの。それに逃げ続ける意味がわからないわ。定演くらい来たら良いのに」
何やらイリヤ先輩ちゃんとオディナ先輩にはちょっとした関係があるようだ。そういえば同じ学年だったっけ? まぁ、そんな事は置いておいて、気になる単語が出てきたので首を突っ込むことにする。
自分が舞台関係だからこそ、舞台関係の単語には地獄耳なのだ、うん。
「なんの定演?」
「名前も興味あるの? 音楽科の定期演奏会」
「あるある。かなりある」
「そう。じゃあ私の名前で招待してあげる。士郎とシロウは当然来るのよね? なんたって姉が舞台上に居るのですから」
「分かってるよ。じいさんもアイリさんも行くだろうし」
「私は既に先約から誘われているからね。姉さんの晴れ舞台は見に行くさ」
「よろしい。先約が誰かは聞かないでおくわ。そして天然タラシさんも来るんでしょう? 私の大切な後輩の事、宜しく頼むわね」
キラキラと光る銀髪を靡かせて颯爽と去っていくイリヤ先輩ちゃんは、外見は幼いけれどやっぱり先輩だった。
「ったく、イリヤは何の為に来たんだか……」
「人騒がせな姉だ、全く」
と、本人の姿が見えなくなってから悪態吐く弟二人は、同時にため息を零した。それに対して、そんなの簡単よ、と凛が言う。
「姉だもの。自分の弟が気になるのは当たり前でしょう」
「確かにそうですね。凛はいつも桜を気にしてるように思います」
「んー、要するに、姉のお節介?」
「なっ! ちっ、違うわよ! 何言ってるのよ名前!」
「なんであたしだけ!?」
なぜかセイバーではなく自分だけ怒鳴られたのだけれど、これは凛の照れ隠しなのでもう慣れたものだ。ちょっとだけ解せないけれど。
あぁ、あと一つ。解せないことがあったんだった。
「ねぇ、アーチャー。先約って――」
「君の予想で合っていると思うぞ」
あたしの声が幼馴染に届く前にそれを遮ったのはオディナ先輩の優しい声。やっぱりそうですよねー、と相槌を打つ。
音楽科の定期演奏会ならば、あの子も出演するはずで。という事は、前もってお誘いはされているだろう。あたしだってアーチャーにいの一番に声を掛ける。
自分の努力を想い人に見て欲しいと望むのは、何ら間違ったことじゃないのだから当然だ。
「もう、気にしない?」
「ですね。気にはしてないです」
「苗字さんは強いなぁ」
「そうです?」
「あぁ。俺だったら気にしてしまうからね」
なんだか意外だ。オディナ先輩ならどんな女性でもオトせそうなのに。と言うよりも、女性の方からアタックされているイメージなので、女性関係では困ったことはないと思っていた。ただ、あちらこちらからアプローチをされ過ぎて、その対応には困っているイメージ。
だからこそ、本命がいらっしゃるのであれば簡単に振り向かせれるのではないか。……なんて、あたしの偏見かもしれない。
「先輩なら、相手の方から寄ってきそうですけどね」
偏見であっても、思ったことをすぐに口に出してしまうのは、本当に自分の悪いところだと再認識する。口が滑ったではなく、口が止まらなかったのだ。
言ってしまったものはもう遅いのですぐに謝罪しようとすれば、先輩が笑い出したので言葉を飲み込んでしまった。
「そうだな。苗字さんの言う通り、来てくれたら俺も苦労はしないんだが」
「えっ、あたし、変なこと言いました……?」
「いやいや、違うんだ。笑ってしまいすまない。だが、苗字さんも理解してるだろう? 振り向いて欲しい相手が難しいからこそ、恋愛を楽しめるものだと」
「えー……っと、正直、わからないです……。ただ、自分はずっと心変わりしなかった稀有なパターンだとは理解はしてるつもりですよ?」
「――。うん、それでこそ、苗字さんだ」
要するに、この先輩は本当に何を言いたいのだろうか。
ハテナマークしか頭に浮かばないのだけれど、褒められた事はなんとなく理解できるが、なんだか解せない気分である。
とりあえず御礼を言えば、先程の笑い方ではない上品な笑い方で頷かれた。
その微笑みに、あたしはまだディルムッド・オディナという先輩の事を十分に理解していない、という事を理解したのだった。
(2020/12/01)