アパシーがーる。



暫くは演劇部も空手部も活動が頻繁ではない中だったので、舞台に触れられる機会があるのはとても嬉しかった。
いや、普通に空手道大会や昇級昇段試験はあったのだけれど、あたしはこれ以上極めるつもりもないし大会ももう遠慮しようと思っているから出場していないだけで、男子は何人か出場していたらしい。あと、初心者の後輩達も。
後輩でもあり先輩でもあるのだから応援に行けば良かったのだけれど、如何せんこの暑さなので外に出たくないし演劇部の公演の後すぐだった事もあって遠慮していたのだ。
兼部の宿命なのかもしれないが、お咎め無しなのでこういう時こそ甘えていたい。
バイト先だけはシフトの調整で店長に渋い顔されたが、フリーターのダメットさん……ではなくバゼットさんが代わりに入ってくれているので、こちらも難を逃れた。
思えば、あたしは周りに恵まれているのでは? と勘違いしそうになってしまうのは何度目だろう。十数度くらいはあったかもしれない。
特にアーチャーに関しては構われ過ぎて解せない事もあるが、目の前のオムライスを見たらそんな事言ってられないよね、うん。

「ご馳走様でした!」

アーチャーが夕飯の面倒を見てくれるのは週に2回くらいと以前より数は減ったものの、友達名前ちゃんや龍兄ちゃんの件なんて関係無いようにあたしと接してくれていた。
個人的にはモヤモヤってする部分が無いというわけではないけれど、アーチャーが幸せになるならもうそれでいいや、という気持ちに昇華してきているので、時間が解決するというのは本当らしい。
あたしからすればアーチャーは幼馴染みでオカンなのだ。それ以上でも以下でもない。……もう、それでいい。
第一、家庭的なエプロン姿が似合う男性が身近に居るなんてあんまり認めたくない。だから男性ではないという理解をしようと思った。

「……そんなに、私の背が気になるのかね」
「いや、後ろから見たらエプロン似合わないなって」
「余計なお世話だな」

こんな冗談も言い合えるのだから、もっとなんて最初から望んではいけなかった。望んでしまった数ヶ月前の自分を思い出してしまい、黒歴史として封印したい一心だ。
とりあえず、何を言いたいかと言うと、燃え尽き症候群をなんとかしたい。

「ここぞとばかりにゲームソフトの消化に勤しんでいるじゃあないか」
「違う。これはクーさんが通信しようって言ってきたからクエスト行ってるだけ」
「君は……本当に一貫しているな」
「まてまて。どういう意味、それ」
「そのままの意味だが? 意志が太いと言い直した方がいいか?」
「んー、んんんー? いや、いいや。あたしは一貫してるけど、アーチャーは節操が無いよね」
「それこそどういう意味だ」
「そのままですよー」

食器の片付けが終わった幼馴染みは、自前の赤いエプロンを畳みながらあたしの隣に座る。
あたしの身体や目線はテレビ画面だが、肩越しに風を感じ、紅茶を飲むアーチャーの息遣いやほんのりと伝わってくる体温を意識してしまって、これは駄目だ、とクーさん適当なメッセージを送って通信とゲームを終わらせた。
もう終わったのか、と珍しそうな声色で言う幼馴染みになんでもない素振りをして、冷凍庫からアイスを取り出した。

「君はまた太るつもりか?」
「たまには良いでしょ。最近どんどん暑くなってるんだから」
「それはそうだが、食べ過ぎると体を冷やしてしまうぞ」
「……アーチャーのそういう所は、本当にオカンなのだった」
「何を言っている」
「なんでもないよー」

適当に受け流してアイスを一口。シャクリと爽快な音がした。
まぁ、この時のオカンの忠告をちゃんと聞いておけば良かったとあたしが思ったのは、その三日後だったのだが。このアイスのせいだとは思いたくない。
異様に暑い夜が悪いのだ。
あと、すぐに涼しくしてくれるエアコン。そして扇風機。最後のコンボでよく冷えるタオルケット。
この最高のメンバーに、あたしの体はノックダウンされてしまったのだった。
だが、あたしは悪くない。決してアーチャーの言いつけを守らず、寝る前にもアイスを食べたからとか、朝もアイス食べて昼も休憩時間もアイス漬けだったからでもない。
これ全て暑い夜、熱帯夜が悪いのだ。
スマホの画面にはイリヤパイセンからの苦情兼心配のお言葉を戴き、だるい身体を引きずり唸りながらも冷凍庫から持って来た氷枕に頭を沈めた。
あー、冷たい。全てが緩和されるような気がする。あとは額に貼る熱冷ましのシートがあればいいのだけど、どこに収納しているか記憶していないので諦めた。
アーチャーならきっと分かったんだ。というか、アイツがしまっていたのであたしは関与していない。いくら自分の城と言っても従者にやらせている所は分からないのである。
……こんな事言ったら、もうご飯を作ってくれなさそうなので黙っておこう。

「定演行きたかったなぁ……」

演劇をする上で音楽というのは切っても切れない存在だ。オペラやミュージカル、様々な場面で密接な関係である音楽をそれを専門的に学んでいる学科の演奏会に行けないなんて辛過ぎる。
これもアイスを食べ過ぎた自業じーーじゃなく、熱帯夜野郎の所為だ。
枕元には大学へ行く前にアーチャーが持ってきてくれた1Lのポカリが三本。あとお粥の入っている一人用の土鍋。食べる気がないので放置してしまっているが、ポカリは水分を摂取せねばとストローを挿してゴクゴクと飲んでいる。
上半身を起こすだけでも辛いのだが、これも試練だと受け入れてやるしかない。家の中でも動かないと、快復した際に筋肉が衰えて動けなくなるって昔師範に言われていたのを思い出した。
休むことも大事だけど、無理のない程度に体を動かすのも大事だ、と。まぁ人より運動を続けているので、すぐに筋力が衰えるわけではないとは理解しているのだけれど、二十歳を過ぎたら女は痩せにくくなるとか筋肉がつきにくいとかそんな根も葉もない噂話が頭にチラついてしまう。
これが大人になるってことなのかもしれない。……いや、違うか。
横になって暫く寝ていた関係もあって、体が少し軽くなったのを良いことに柔軟体操をかるーくやってみる。少しだけ頭が揺れたけれど、無理のない程度なので大丈夫だと思う。素人初見だけれど。
そういえば、家の大学に医療系の学科はなかっただろうか。あったとしてもさすがに別の棟とか、校舎のある場所が違うのかもしれない。
一生懸命思い出そうとするけれど、実際自分の周りに居ないので思い出せず、ただ脳みそを回転させるためにエネルギーを使っただけになってしまった。
実際に医療系の学科に通っている先輩や友人が居たら良かったのだけれど、勉強や研修とかで忙しいだろうし第一関わりを持つのは難しいのかもしれない。あたしの周りにそれ程まで頭が良い人が居るのなら、毎回テスト勉強に付き合ってもらっていたかもしれないし、むしろアーチャーよりも教え方が上手いかもしれない。いや、アーチャーは飯で釣ってくるのであたしの扱い方を網羅しているという意味では適任かもしれないけれど、自分でこれ考えてて辛いからやめよう。

「……あ、」

噂をすれば影。あたしが考えていたからなのかタイミングが良かったからなのか、スマホの画面にはアーチャーからメッセージが来たと表示されていた。
時間は昼過ぎで通常なら講義のある時間。多分、偶然空き時間になったから連絡してきてくれたんだろう。
体調はどうだ? の短い文章に対して、ちょっとマシ、と送る。食欲は湧かなくて土鍋内のお粥は残っているし、ポカリを1L飲んだだけで発汗も微妙だけれど、起き上がれているからマシな方だろう、多分。
余計な心配をさせたくないし、音楽科の定期演奏会――もとい、友達名前ちゃんの晴れの舞台に誘われているのでこちらの事を気にしてほしくないから、ちょっとだけ空元気。電話では騙せそうになくても文字ならなんとかなるのだから、現代機器というのは最高だ。
もしかしたら一緒に居るかもしれないと考え、気を遣わせてはいけないと友達名前ちゃんにがんばれ! と表示されたスタンプを送ってみる。
既読のマークはちょっとだけ間が開いてから付いたけれど、返事は送られてこなかった。

(2021/01/23)