アパシーがーる。

あれれー? おかしいぞー?――と、どこかで聞いたことがあるかもしれないし無いかもしれない台詞が、脳内に浮かんですぐに消えた。
最近、友達名前ちゃんと喋ってない。学科も違うし別棟だし会うことは稀なのだけど、ロッカールームでも学年必須講義でも声を掛けようとすれば聞こえてないのか背を向けて教室から出て行っちゃうし、食堂でも姿を見なくなった。
これでも演劇を嗜んでる身なので、声の聞こえやすさには自信があったのだけれど……やはりザワザワとした喧騒の中では聞こえにくいのかな? なんて思いながら数日が経ったのだが、ブロックされているのかと考えてしまうくらい先日のスタンプ以降送ったメッセージに既読の表示が出ないメッセージアプリの画面に首を傾げた。
元気に大学へ通えてバイトにも行ける健康な体を軽んじてしまった自分が悪いのかもしれないが、定期演奏会に行けなくなったからって無視するのはどうなのか?
……いやいや、無視ではなくタイミングが悪いだけかもしれないから、こうやって決めつけるのはやめておこう。そして、風邪になったのはあたしのせいではない。熱帯夜のせいだ。うん、そうだそうだ。

「いや、お前の自業自得じゃねーか」
「やだなぁ、クーさん。乙女のモノローグに入ってくるなんてたちが悪いゾ」
「さっきからだだ漏れのモノローグ聞かされてるこっちの身にもなってくれませんかねぇっ?」
「ごめんなさーい。あ、クーさん、次のエリアはマシンガン推奨」
「お前このゲーム結構ソロでやり込んでんだろ。リロードのタイミング完璧過ぎんだけど」
「そりゃ基本的にソロプレイヤーですので。ゲーセンで偶然見つけた先輩誘ってやる内容じゃないって事も理解してますよっと」
「ゾンビゲーはゲーセンデートの定番だろ。まぁ先輩以前に、お前にフラれてんだけどなっと」
「そういえばそんな事もありましたねっと」
「忘れてたのかよっと」
「あ、クーさんそれ避けて。即死――あー……」
「……悪ィ」
「あー……」
「悪いっつってんだろ!?」

ゆーあーでっど。死んでしまったら仕方ない。結構熱中していたので一時休戦という事にして、コンティニューはせずに筐体から離れた。
クーさんのせいで負けたのだから、と自動販売機でジュースを買ってもらい口と喉を潤した。たった十数分であったとしても、集中していたからパッサパサしている口の中。砂漠地帯に雨が降ったみたいに水分を取り戻し、舌が雨乞いの踊りやめた。
なんだかむしゃくしゃするので外出した結果、偶然クーさんと出会い、これまたお互いゲームセンターへ用があったので行動を共にしていたのだけれど、思わず今の気持ちを吐露したわけなのだが。とりあえず気持ちをスッキリさせる為にプレイしていたシューティングゲームは、ほんのすこーしだけ効果あったようでなによりだった。

「――で、根本的に何悩んでんだよ」
「え? だから、友達名前ちゃんから連絡が……」
「話聞いてっと、それは建前な感じがするんだよな」
「建前とな……?」
「お前さ、アイツの事を絡めてんだろ」
「アイツ……?」
「いけ好かないアーチャーの事だよ」
「なんでさ?」
「え? お前、マジで? 気付いてないの? 自分の事なのに?」

某ネット広告のように両手を口に当てて驚いている目の前の先輩の両目を潰したい衝動に駆られたが、めちゃくちゃ我慢して足を踏む事で折り合いを付けた。

「いっ! てぇぇええ!!」
「ごめんね、クーさん。クーさんが何を言ってるのか、あたしには全くわからないんだ。詳しく説明してくれないかな?」
「おまっ、話を聞きたい人間の行動かよそれ!」
「これが人間のやることだよ!」

どういう事なのか、と話を聞く為に移動した先は喫煙室だった。クーさんは喫煙者だから仕方ないのかもしれないけれど、一応あたしは女なわけで。女性をこういう場所に連れてくる所をどうにかしないとモテないぞ、と言おうとして口をつぐんだ。

「今の会話のどこに、アーチャーとの関わりがあるのかわっかりませーん」
「鈍感にも程があんだよ。……まぁ、なんつーか、」

と、言いながら、クーさんは咥えたタバコに火を点けた。

「お前、アーチャーの事、諦めきれてないだろ」

そして、なんとも革新的な一言をあたしに言い放った。

「いや、段々と整理はついてきてるんですよ? ただ、感情に思考が追いつかない、みたいな。その逆も然りなわけで」
「そういう奴に一番効果のある方法知ってるか?」
「なんです?」
「自分に好意のある手頃な男がここに――」
「ここに? なんだ? クーさん?」

クーさんからすれば思わぬ伏兵なのかもしれない。
まさか、ゲームセンター独特にデザインされている喫煙所入り口に、背中を預けた立ち姿が違和感無い人間が居るなんてあたしも思ってなかった。
元々会う予定をしていたのか、クーさんはげ。と表情を歪ませて、まだ吸える長さだろうタバコを吸殻入れに押し付けて火を消した。

「もっと遅くても良かったんだけどなぁ」
「尊敬する先輩をこれ以上待たすなんて、俺には出来ないさ」
「嘘つけ。予定から二時間も経ってっけど?」
「それは店の店長に言ってほしいな」

嫌味を言うクーさんを棒読みに近い口調であしらうオディナ先輩の会話を聞いていたら、この二人は本当に仲が良いんだなぁ、と見せつけられている気分になる。いや、実際に眉目秀麗なこの二人を見ていると、自分が間に居ること自体不思議に感じるし、お前は場違いな人間だと遠回しに周りから言われているような、いないような。
そう考えれば、うちの大学ってイケメン多くない? 性格はアレだけど、黙っていればイケメンが多くない? あと、黙っていれば美人も多いよね。ものすごく自分が場違いな気がしてきたぞーう。

「苗字さん、悩んでいるようだけれど……クーさんが何かしたのだろうか?」
「えっ! いや、違います違います! 美形二人が喫煙室に居るの変な感じだなーと、思ってましてですね」
「おっ。やっとオレの魅力に気付きやがったか」
「喋らなかったらクーさんは美形だと思うよ。喋ると駄目だと思うよ」
「ははっ。言い得て妙だな」
「ディルムッド……お前まで……。オレ、一応お前らの先輩だかんな?」
「はいはい。ちゃんと分かってますよー。頼れる兄貴肌のせんぱーい」

ぶつくさとまだお小言を続けながら、クーさんは新しい煙草に火を点けた。
なんだか、自分が悩んでいることが馬鹿らしくなってくる。目の前で話す先輩二人に内心感謝を贈り、今後どうするかを思案してみたがどうにもならないのかもしれない。友達名前ちゃんと話すことはあたしの意見を押し付けることになってしまうし、友達名前ちゃんの事だからその場限りで受け止めてはくれるけれど今後あたし達の関係がどうなるか予想がつかないのだ。
だったら――、

「今は、そのままで、良いかなー……」
「苗字さんが何に悩んでいるのか、俺は当事者ではないので分からないが。君がそうしたいならそうしたら良いさ。ただ、後悔が無いような選択をすべきだとは思うよ」
「うん、ありがとうございます。オディナ先輩」
「ディルムッドで構わないって、以前に話した事は覚えていないようだね」
「あれ? そうでしたっけ……?」
「まぁ仕方ないさ。あの頃は部活動やクーさんの事があったから、忘れてても気にしないから。今後はディルムッドと呼んでくれると嬉しい」

そして、オディナ先輩――ディルムッド先輩は、自分の口元に人差し指を立ててイケメンなウィンク。

「クーさんは名前で呼んでいるのに、俺だけ名前でないのは寂しいだろ?」
「……あー、これが眼福ってやつですね」
「惑わされんじゃねぇぞ。こいつが良いのは顔だけだぞ」

クーさんじゃあるまいし。と、本音が漏れた。
しかし、オディ……ディルムッド先輩の言う通り、名前で呼んでほしいなんて言われただろうか? いやでも、確かにあの頃は部活に忙しかったし、ケガの事もあったし、……ついでにクーさんの事もあったし。先輩には申し訳ないけど忘れてても仕方ないか。
グイッと背伸び。縮こまっていた背骨が伸びて、ポキ、と軽やかに音が鳴った。

「よし! でもスッキリしました。クーさんもオディナ先輩――じゃなかった。ディルムッド先輩もありがとうございました! これで今日も元気にバイト行ける!」
「おう、頑張ってこいよ」
「無理せずに。いってらっしゃい」
「いってきまーす!」

スッキリしたのは本当だ。少しだけでも話ができて心が軽くなった。
あたしはあたしが後悔しない方法で、この問題に取り組むことにしよう。……当面は何もしない。何か友達名前ちゃん側からアクションを待とう。あたしが動いてもただ引っ掻き回してしまうだけかもしれないし。
ゲームセンターを出たら、空は雲が無い快晴だった。





「……なぁ、ディルムッド」
「なんだい?」
「お前さ、名前呼びの事、本当に言ったわけ?」
「さぁ? どうだろうな?」

壁に凭れながら、滅多に吸わない煙草を口に咥える姿は、大学生のソレじゃあない。慣れた手つきで眼鏡のテンプル部分を持ち上げる目の前の後輩は、友好的に見える垂れ目を細め、こちらを見てきた。
その様子に気がかりな部分を感じながらも、声を掛けたクー・フーリンは彼の眼を見ながら言葉を続ける。

「お前、何もしてねぇよな?」
「何の事だか」
「……ならいいけどよ。余計なことしてんじゃねぇぞ。アイツらの青春なわけで、オレとお前は部外者だ。解ってるよな」
「部外者、ね。うん、そうだな。クーさんは部外者になってしまった」
「オレが?」

ディルムッド・オディナの煙を吐く姿は、優美を纏っていて、それでいて妙だとクー・フーリンは思った。
決して苗字名前の前では煙草を吸わない。むしろ、気を許した相手の前しかコイツは本性を出さない。好いた女を手に入れる為には、どんな方法もやってのける人物だ。と認識しているからこそ、溜め息が出てしまう。
告白して振られたお前はただの先輩になったが、自分は違う。なんて目の前の後輩は暗に言っているのだ。溜め息の後には笑いが込み上げてきた。ハハッ、と出た空笑いに対して、目を細められた。

「そうだな、オレは部外者になっちまった。でもな、ディルムッド。お前が考えてるよりアイツの芯は通ってるぞ」
「……クーさんも自分の事だから理解はしているんだろう? そういうところだよ」

そういうところ。苗字名前のその性格が、自分を自分だと認め、他の男と区別しないところに惚れたんだ、と。彼は笑みながら言った。
その言葉にまた溜め息が出てくる。

「……オレはな? 先輩として忠告してんだ。余計な事は、すんなよ?」
「そうだな。余計な事は、しないよ。大丈夫さ。今回の件でオレが関わっているのはこちら側ではないし、クーさんが心配しているような手出しはしてない」
「こちら側って、お前な……」

そしてディルムッド・オディナは先ほど見せた表情とはまた違う顔で、口元に立てた人差し指を当てながら口角を上げる。

「後輩には分け隔てなく優しいオディナ先輩。――俺はその役目を全うしているだけだからな」

背筋に悪寒を感じた。それと同時に、こいつやりやがった、とクー・フーリンは全てを察した。
後から知った話になるが、無事に決着がついたという雨竜龍之介の件でもコイツに協力を頼んだと聞くし、本当に敵に回したくないタイプだと再確認した。それと同時に、自分はこの件で蚊帳の外には居られないと認識した。
振られてはいる。だが、苗字名前は自分にとって大切な後輩だ。それ以上の感情は簡単に消えてくれないので少しばかり思考へ影響しているのかもしれないが、クー・フーリンは改めて目の前の後輩に視線を向けた。

「なんかあったら、オレ、止めるぞ」
「上等だ。……でも、まぁ、クーさんが考えるようなことにはならないさ」
「……想定外の事が起きる可能性は少ねぇってか」

あー、ほんと、性根が腐ってんだか、性悪なのを隠すのが上手い奴なんだから。――と、クー・フーリンは頭を掻くのだった。

(2021/09/27)